「アスランさん、おはようございます……ちょっとアンタ、大丈夫ですか?! そんなに隈出来るなんて、休みの間に何してたんです!? またレオの改修で徹夜したんじゃないでしょうね?!」
何やら急ぎ足で進む久しぶりに会う人へ声をかける。憂鬱な事があって、挨拶の声が萎んでしまった。怒られるかなと頭を上げれば、休暇明けなのに目の下にベッタリと隈を作ったアスランさんが目の前に居た。慌てて声をあげると、目頭を揉みながら挨拶を返される。
「おはよう、シン……お前も休暇明けだが元気がないぞ。今回は違う、少し考え事があって眠れなかっただけだ。お前はイザークからミケールの居場所について聞いたのか?」
心配そうな顔つきに何て反応したら良いか迷ってしまう。
休暇中ではステラと一緒に父さんと母さん、マユにも会いに行けたし、ネオさんとナタルさん、スティングやアウルとも賑やかに過ごせた。二人揃ってゆっくり羽根を伸ばせた良い休暇だったと思う。帰ってきた後、ファウンデーションでのミーアさんの公演にダンサーとして出たいという緊張した顔でのステラのお願いを笑顔で快諾した。
それなのに、その数日後にはミケールの居場所がファウンデーションの近くらしいとジュール隊長から教えられた。ショックだったけど、一度良いって約束してお祝いまでした事をやっぱりダメだなんて言えない。朝令暮改も良いところだ。行かせてあげたいけど不安で心配で、その事でどうしても落ち込んでしまっている。
だけど、この人に余計な心配はかけたくない。アスランさんだってミーアさんのライブが無事に出来るかどうか不安でたまらないはずだ。だから俺がこの人の支えになりたい。ただでさえ抱えてる荷物が多い人だ。これ以上は重荷に潰されるんじゃないかと心配になる。分けて欲しいのに、今の俺じゃ自分の事で精一杯だ。悔しくて唇を噛んでしまっていると、励ますように肩を叩かれた。そのままワシャワシャと頭を撫でられて言葉を続けられる。
「大丈夫か? ミーアからステラの事も聞いた。あの子も今回の作戦に巻き込んでしまうかもしれないが、何が起きても二人とお前達の安全は守ってみせるから」
ステラまで巻き込まれるなんて聞いてない。震えそうになる口でどういう事かを問いただす。アスランが目を瞬かせた後、心底嫌そうに舌打ちをして顔を歪ませた。
「すまない、余計な事を言った。ミーアを通じてデュランダル代表から作戦内容を伺ったんだ。向こうのファウンデーションの上層部と首脳陣が協議した結果だ。警戒心の強いミケールに怪しまれないよう、ミーア達の護衛として俺達ライブラが同行する形であの国に入る。そういう計画だそうだ。ミケールの奴を確実に捕えるためにはそうした方が合理的だと分かっているが……
イザークとディアッカが向こうとの会議前にあの国の実情や作戦の予定を詳しく説明してくれるそうだ。作戦は仮決めらしいがな。本当ならレイやルナマリアも一緒に行きたい所だが、待っている時間は無い。知らせてしまった事だしな、お前だけでも一緒に来るか?」
一も二も無く頷く。ジュール隊長もディアッカさんも情報部に異動して忙しそうだって話だ。それなのに態々時間を作ってくれるなんて、この人を大事にしてくれてる何よりの証だろう。少しだけ嬉しくなったのも束の間、ここまでしてもらうんだからミケールを捕まえなくてはと気が引き締まる。同じ事を考えていたのか、携帯を閉まった真剣な顔が振り向いて促してきた。
「イザーク、ディアッカ、質問に答えろ。なるべく詳しく頼む。ミケールが居るのは確実なのか? ファウンデーション王国の安全性は確実か? あの国の外交面や軍備、内情はどうなっている? 事情があると言えども一般公開されている情報がやけに少ないが?」
会議室に入ってきた同期から矢継ぎ早に質問が飛ばされた。横に居る緋色の後輩から若干引いたような目線を向けられている。礼の言葉を飛ばしたからだろうか。小さくため息をついて咎めてみるが、アスランが意に介した様子は一向に無い。日が昇る前に受けた電話ではどうにか出来ないかと頼み込んできた姿を思い出す。せめて人心地つけるよう、知りうる全てを伝えてやりたいからこうして時間を捻出した。上層部との会議前だから急ぐのも重なり、ディアッカに視線をやった。肩を竦めた右腕がモニターの灯りを灯した。海に面した美しい王国の姿が現れた後、無機質な岩肌が姿を見せる。ミケール達ブルーコスモス残党が拵えた要塞だ。その小さな窓から警戒を顕に外を睨むミケールの写真を見せれば二人揃って息をのんでいた。
「ファウンデーション近くを哨戒していたあの国の小型無人機がこの要塞を見つけた。その時に撮影されたものだ。通報を受けて俺達ザフト情報部と連合の広報局、サジタリウスが総力を挙げて精査した。フェイクの可能性はゼロだ。奴の警戒心の強さは追っているお前達もよく知っているだろう? それ故に、今回のカモフラージュが提案された。お前達には負担を強いてしまう事になるが……」
思わず言い淀んでしまうとアスランが首を横に振った。悔しさに目を伏せたのも刹那、職業軍人として鍛え上げられたトップガンの冷静な声が小部屋に響く。
「先日もフェイク情報を拡散されたばかりだからな。確証があるなら問題無い。必要な理由も理解して納得している。作戦成功率を上げるためには同行してもらった方が一番だとな。それより欲しいのはミーアの安全と安心の絶対的な保証だ。それと、現地に入るのは彼女だけで良いのか? ダンサーなどは後から? それとも最初から同行させるか?」
自嘲する笑みを視界に捉えた瞬間、僅かな寂寞の念に囚われる。こういった面は変わらない。こいつはアカデミーの頃から作戦成功の為に優先順位を決めるのが早く、正確だった。その癖割り切るのは下手で、せめてどうにか出来ないかと自らを省みずに足掻き続ける。
ミーア嬢だから常より必死になっている所はあるだろう。しかし、たとえ名前も知らない他人であってもお前は安全を確保しようとするに決まっている。後は自分も守る対象に入れればこちらの負担も軽減される。これは未だに高望みなんだろうか。
アスランが投げかけた問いに祈るように緋色の輝きを揺らしながら見つめてくる後輩を静かに見返す。彼の婚約者に等しい立場に居る少女が関与しているのは聞き及んでいた。最後の奴の問いはこの後輩を慮ったものだろう。目線を向けた先、萎れた黒髪の他の人も大丈夫か気にする呟きが微かに鼓膜を震わせた。
本当にこの二人はよく似ている。命の価値は全て等しく捉え、護ろうと手を伸ばして必死になる性分が余りにも似通っている。心配を飲み込んでから質問に答えた。
「作戦時の同行はミーア嬢一人がこちらとしても望ましい。あまり同行者が多いと情報が漏れる危険性もあるからな。彼女の口の堅さは誰しもが知っている」
なにせ平和の歌姫の代理を長期間勤め、誰も偽りだとは思わなかった程だ。気づいたのは彼女個人と面識のあったごく僅かだろう。そして今は新たな歌姫の一人として多くの人に愛されている。少し得意気に頬を緩めかけたアスランが複雑そうな顔に戻った。後輩の肩が一瞬だけようやっと落ち着いたのを喜ばしく眺めてから本題に映った。
「次にファウンデーション王国についてだが……最初に認識の擦り合わせをしたい。お前達、あの国に関してどこまで知っている?」
「地球の新興国ですよね。議長がロゴスの存在を世界中に知らせた後に連合、正確にはユーラシアから離反した国々の内の一つで、プラントにも友好的。デスティニープランも早いうちから使ってくれてます。そのおかげで得意分野で働く人が多くなっていち早く復興を遂げた……合ってますか?」
正解だと頷けば顔つきの明るさが増した。素直で悪い事はない。横のコイツに爪の垢でも飲ませてやってくれないだろうか。後輩の生まれ故郷に伝わる格言を思わず内心で呟いてしまう。誰に聞かれる訳でもないだろう。思わず目線をやった同期が顎に手をやって考え込みながら言葉をこぼした。
「そのおかげなのか、国を動かす中枢に若い人達が多いことも特徴だな。確かあの国、デスティニープランに対して画期的な政策も取っていなかったか? プラン通りの職に触れる機会がない人達を対象に国から支援金を出す制度。政経面で一瞬話題になっていた憶えがあるんだが……もちろん知っているな?」
当たり前だと返す。終戦して直ぐに発表された政策だ。あの頃は情報が溢れ返っていた。ファウンデーションの政策もそうした流行り物の一つのように話題として廃れてしまっている。人々のより良い明日を願って考え出されたものが粗雑に扱われているのは忸怩たる思いもある。ともあれ二人とも基本情報は充分なようだ。ディアッカに合図して話を先に進めた。
「ファウンデーション国内は平和だが、隣接するユーラシアとの関係は冷え込んでいる。自治区からの急な独立と今言った政策が原因だ。あれは適職に触れるのが難しい人間にその機会を与える制度だ。例えば家や財産、庇護してくれる親を失った子供に優れた演奏家としての才があっても一人では直ぐに活かせないだろう? あの国に行けばそれが叶う。実際、発表された時に周辺地域への放送で分かりやすい説明が為されたおかげで近隣諸国からは移住希望者が殺到したらしい。情報が直ぐに消えたのは恐らく他国の情報部が動いたのだろう。発案者は口惜しいだろうな」
世界が手を差し伸べない懸命に生きる人々が羽ばたける手助けとなりたい。真摯な目でそう言っていた指揮者の姿を瞼の裏に浮かべた。この後の会議では当人も通信で参加する事が決まっている。アスランが画面に映し出された彼の名前を呟いた。
「オルフェ・ラム・タオ……だったか。肩書こそ宰相だが、彼が実質の最高権力者だろう? 優秀なのは事実だしな」
彼がミーア嬢を使った作戦の提案者でもあるからか、複雑そうな顔だ。感情には口を挟まず、事実だけを述べておく。
「いいや。あの国の王は違う。アウラ・マハ・ハイバル。あの国の古くからの王家の血を継いでいるそうだ。地球でそういった慣習が根強いのは知っているだろう? 彼女の許可無しには彼も好きには動けないという話だ。実際、アウラ女王はこの政策に反対したらしい。上手く丸め込んで強硬に押し通した結果、タオ宰相は城内で冷遇されているそうだぞ」
「何でですか? 普通に生きたい人達の背中を押してくれる、とても良い事なのに! 冷遇なんて酷いじゃないですか!」
やりきれない感情を押し殺して淡々と告げた事実にシン・アスカが声をあげた。他人の為には怒る所まで似ているのか。思わず目をやったアスランが悔しそうに唇を噛んでから静かに諭す。
「恐らくだが、ユーラシアから睨まれる事を警戒したんだろう……今のあの国は無人機を主体とした防衛網も敷いているという噂だ。色々と気にかかる点はあるが、王国内でのミーアの安全は問題なさそうだな。彼女の生まれを考えたら納得できなくはない。情報の少なさも自国が付け入れられないためか……きっと、国民を守る為に厳しい教育を受けてきたんだろうな」
「嘘でしょ、マユより小さいこんな女の子が?!」
写真に写った二人を見た目が大きく開かれる。ディアッカと目配せを交わし、どう返すか迷う。デュランダル代表から内密に聞いた衝撃的な話は簡単には信じられないものだ。直接本人から聞いた方が良いだろう。胸の中で決めてから言葉を放った。
「色々あるらしい、今はそれしか言えん。詳しくはそちらの代表に聞くと良い。古くからの知り合いだそうだ」
「議長の、古い知り合い……? 分かりました、色々ありがとうございます。国外とは色々あるけど、とにかく国内に入れば安全なんですよね?」
言い間違いは指摘せず、確認の言葉に大きく頷く。恐らく、コイツにとっての議長はこれからどれだけ代替わりしようともギルバート・デュランダル一人なのだろう。俺達三人にとっての隊長が唯一人だけなのと同じだ。
懐かしい思い出に耽っていると、良かったですねと肩を叩かれたアスランが大きく息をついた。ようやく気を抜いてくれたコイツにこちらの空気も緩む。ふと時計を見ればそろそろ時間が迫っていた。このまま参加させたい所だが、腹の探り合いは慣れた俺の方が得意だ。コイツからは気力を奪いかねない。歯痒さを隠して予定を告げれば、助かったと礼を言われる。入ってきた時にはなかった言葉に思わず口の端が上がっていた。
「それにしても、本当に大丈夫なんですか? 色々心配になる情報が多かったんですけど」
「大丈夫だ。俺達ライブラは各国協同で立ち上げられた。ユーラシアも連合、プラント、オーブの三国を筆頭とした加盟国に喧嘩を売る馬鹿はしないだろう。だから道中の安全は確保できる。立場を悪用しているようで卑怯かもしれないがな」
こんな事を考えられる自分に嫌気が差していると、怒ったように否定された。本当に、シンは優しい。礼を述べてから説明を続ける。
「いくら冷遇した相手の招待客とは言え、アウラ女王もミーアを危険に晒すような真似はしないだろう。国の為の教育も受けているようだから、幼稚な癇癪で国を危うくするような真似はしない。タオ宰相の方は尚更だ。冷遇されているなら俺達の心象を良くして女王に再び認められるきっかけを手にしたいはずだからな。念のために任務外では俺が四六時中隣にいるようにするし、離れる時にも護衛機能を全部付けたレオを置いていく。アレなら暴漢の百人程度は指一本触れさせない」
先日改良が終わった俺自身の最高傑作の名を挙げれば何故だかシンが空を仰いだ。そのまま生温い目で見られた後、真剣な顔付きになる。
「分かりました。レイやルナにも声かけて、なるべく決行日以外は滞在中にあなた達が離れないようにしますね。大丈夫です、任せてください!」
頼もしくなったシンに胸が熱くなりながらも、つい先日の事を思い出す。俺が何か言うより先に作戦を了承した彼女に言われた言葉が色鮮やかに甦った。
──お願いよ、アスラン。今回だけ。もうしないし言わないから。だから私にも直接、アスランのお仕事の役に立たせて。
ただ生きて、元気でいてくれるだけで良いのに。たったそれだけで充分支えられているのに。これ以上何かしてもらうなんて貰いすぎになる。
そう言葉にしても彼女は頑として譲らなかった。軍人としての自分はこれが作戦の最適解だと弾き出している。何より、彼女の意志を無視して動けない。縋るような瞳に根負けして頷いてしまえば、抱きしめられてありがとうとごめんねを繰り返された。あの柔らかい温もりを失くしたくはない。これ以上、大切なものが手の中からこぼれ落ちていくのは絶対に嫌だ。そう思って彼女が寝静まった後に準備をしていた。アレなら大丈夫だろうと祈るような心地で目を閉じてから意識を切り替える。
イザーク達と各国首脳陣の会談にはまだ時間がかかるそうだ。決定事項の通達は後日になるかもしれない。久しぶりにシミュレーターでも一緒にやるかと立ち上がる。俺の顔を見て安堵したように胸を撫でたシンが元気の良い返事で先を進んだ。