「あ、レイ! この後の会議の内容って代表から何か聞いてない?」
弾むような声が聞こえてきた。ルナマリアの問いかけに振り返って首を振る。ギルからは何も聞いていない。横並びになった彼女が苦笑いして軽く両手をあげた。
「そっかぁ。アスランさんも分からないって言ってたの。レイも知らないならお手上げね」
カラカラと嫌味なく笑われた。やはり皆この後の用件が気になるようだ。俺だってそうだから気持ちはよく分かる。
先程入り口で会ったアスランにも同じ問いかけをされた。お互い分からない用件に首を傾げてしまったのはつい先程だ。早く行くしかないなと頷いてからミーアが此処に来られない事に悔しそうな顔を見せていた。どう反応するか困っていると、一緒に来ていたシンにステラが来れない自分も同じだと肩を叩かれていた。まるで年齢差が逆転したようだと言いそうになった口を必死に堪えたものだ。思わず笑いそうになった。
思い出した微笑ましい光景に今も頬が緩みそうになる。口元に力を入れていると嫌な情報を伝えられた。
「そうそう、アグネスにも声かけといたわよ」
思わず眉間に力がこもってしまう。呆れたように肩をそびやかされた。
「気持ちはよく分かるけど、仕方ないじゃない。今は同じザラ隊。一緒にファウンデーションへ行くんだから。今回、打ち合わせでプラント来てた連合のオズ艦長達やネオさんの所まで出席するよう声かかってるのよ? あの子一人だけ除け者にしたらこっちが悪者になっちゃう。アグネスも相変わらずよね。さっきも来る人達教えたら目の色変えてた。メイクしっかり直してから来るって」
理屈は分かるが、どうしても納得し難い。どうにか呑み込んで渋々頷けば困ったようにごめんねと微笑まれた。彼女が謝る事ではない。頭を下げつつ嫌な同僚を想起する。
シンの境遇を嘲笑い、ルナマリアを傷付けた。かけがえのない友人達を大切にしない人間をどうして好きになれるだろう。以前ラーナスから言われた言葉が頭をよぎる。
一度嫌いになった相手は嫌な所ばかりが目に付いてしまう。本当にその通りだ。昔も今もこれからもアグネスへの良い感情を抱ける可能性は自分の中に見当たらない。今だって重要な会議の前なのに化粧している場合かと苛立ちが勝ってしまう。
どうしたものかとため息を吐けば横の彼女と音が揃った。ルナマリアも本当は呼びたくなどないのだろう。アグネスへの嫌悪をますます深めた後、軽く頭を動かして思考を切り替える。
これ以上嫌いな相手のことを考えても疲れるだけだ。気分も良くならない。貴重な時間を浪費するよりもかけがえの無い家族と親友に早く会いたい一心で歩みを早めた。
「忙しい中、お集まりありがとうございます。急にお呼びたてして申し訳ない。どうしても直にお伝えしたかったのです。通信では漏洩の危険性もありますから」
一礼した代表に全員で敬礼を返す。穏やかに頷いてくれた彼に尊敬の念が強まった。
以前自分の上官だったジブリールは鷹揚な振る舞いばかりだった。今回無茶を言ってきたあの女史も近いところはあるがアレと比べれば未だ良い。旧友であるコープランドの誘いに乗ってライブラに参加して本当に良かった。
我が故郷の首脳達を脳内で振り返ったのも束の間、気になる言葉に意識を切り替えた。公には出来ずライブラ関係者以外には知られたくないという事だ。いったい何なのかと身構えてしまう。
もしもここに居たのがジブリールならばファウンデーションを混乱させろ、戦争の火種を作れとでも命じられただろう。
歳下の上司はそのような真似をすまいと信じている。それでも、一抹の不安が胸をよぎってしまった。次の瞬間、私の心を読まれたかのように軽い苦笑いと共に言葉が紡がれる。
「あぁ、何もや極秘任務や秘密作戦という訳ではありません。ただ、これから友軍となる相手の秘密を勝手に明かす事になるのです。あまり公にはしたくなかっただけですから。とは言え守秘義務を適用する気まではありません。この場に居ない大切な方にも伝えるべきだと感じたなら話していただいても構いませんよ。大勢への発信さえしなければ問題ないでしょうから」
最後の言葉にザラ大佐が小さく肩を下ろした。彼が婚約者を何より大切にしている事は地球軍からの出向者である私ですら知っている。夫婦間に隠し事は無い方が良い。思わず暖かい眼差しを向けてしまう。気づいた彼が照れたように小さく頭を下げてきた。
その横のアスカ少佐も小さく握り拳を作っているのに気付き、頬が緩む。自分達の同胞である一人の少女が彼の恋人だというのも有名な話だ。想い人を大切にしている若者達が眩しくて目を細めてしまう。明るい未来に気分が上を向いた。明るい心地を保ちながら気になる内容に思いを馳せる。
これから友軍になる彼等の秘密という言葉からファウンデーションに関する事だと推察できる。不特定多数への発信は好ましくないという事は大衆が知ったらパニックにでもなるのだろうか。しかし、悪い印象がない。先に現地偵察に入った諜報部から内部の情報は聞いていた。秘密警察や特殊部隊による民衆の制限は影も見当たらないらしい。懸命に大地に根付いて生きようとする新芽のような国だと信頼できる相手は嬉々として話していた。考え込んでいると我等が代表の朗々とした声が小部屋に響いた。
「本題に入る前に一つ質問させていただきたい。皆さん、最高の人間とは、どんな能力を持っていると思いますか?」
不思議な質問に軽く目を見開いてしまう。考え込んでいると新兵の細い手が挙げられた。代表の前だからか珍しく強張った声音をしている。
「一人で何でも出来る人だと思います。勉強もスポーツもいっつも一番。でも威張らなくて気配り上手で友達もたくさんいる。そんなスーパーヒーローが本当にいたらいいんですけど」
口をとがらせた子供に咳払いをする。この中では最年少の彼が慌てて頭を下げた。穏やかに笑みをこぼした代表がゆったりとした動きで許してくれた。
「構いませんよ、オズ大佐。アインス伍長の考えも一つの正解ではあります。君の言葉を聞かせてくれてありがとう」
礼を言われた少年が眼を丸くして赤い頬で両手を振る。コノエ艦長の温かい眼差しに照れたように笑っていた。艦長同士話も合う飲み仲間に軽く頭を下げる。和やかなやり取りにやわらかい空気が流れてしまった。気を引き締め直して顔を上げる。真剣な顔をした代表の静かな声が耳を打った。
「多くの人々は万能の超人こそが最高だと考える。しかし、それとは異なるものこそが真の完璧だとした一人の科学者が居ます。彼女の考えていた最高の人間は、他の誰にも出来ない超常を行える人類でした。そして、彼女の才能と努力によって彼等はこの世に産まれ落ちた。ファウンデーションの中枢を担うアコードは我々と違う。アウラ博士によって超能力を授けられた子供達です」
衝撃的な事実が一つの冗談も感じられない顔と声で明かされた。
「超能力というと触れずに物を動かし生身で空を飛び、瞬間移動や心を読む事が可能な力で合っていますか? そんな力をタオ宰相達が持っている? 本当に? そもそも議長は何故そのような事をご存知なんです?」
アスランが一息に疑問を飛ばしてくる。数瞬前は眼を見開いてからゆっくりとした瞬きを繰り返していた。脳内で思考をまとめていたのだろう。
それにしても随分と大衆寄りのイメージを持っているものだ。彼が月に避難していた頃にキラ・ヤマトと普通の子供のように生きていた情報は勿論知っている。その頃の記憶によるものだろうか。
そんな事を考えていると、固まっていたレイがアスランに咎めるような視線を向けた。可愛い子も我に返ったようだ。間で視線を受けたシンも真剣な眼差しで無言の問いを向けてきた。アスランの尋ねた事は彼も気になるようだ。再度口に出さないのは此方を気遣ってくれたのだろう。随分と凛々しくなったレイの親友に目を細めながらその周囲を見る。
未だ何人かは宇宙を背負ったように茫然とした顔をしていた。無理もないだろう。この事実は飲み込むのに時間がかかる。先だって明かしたジュール隊長を始めとする情報部の面々もそうだった。想定していた事態を気に掛けながら先程の問いかけに答える。
「いや、少し違うそうだ。物理的な干渉は再現難度が高かったようでね。人の心、精神に関わる能力を授ける事が出来たと話してくれた。いわゆるテレパシーのようなものだろう。詳細は私も知らないが、我々には不可能な事をオルフェ達が出来るのは間違いないよ」
「再現、ですか?」
戸惑った声でシンが問うてくる。頷いて言葉を続けた。
「そうだとも。昔、そう言った特別な力を持つ人々が話題になった事は知っているかい? その多くは注目されたい人々が騙っただけだった。だがね、その内の数人は本物だったのだよ」
オズワルド艦長が静かに瞳を瞬かせて納得した顔となった。ロアノーク大佐の息をのんだ音が微かに耳を打つ。気づいた彼等に目線をやりながらあの子達が産まれたカラクリを告げた。
「アデニン、グアニン、シトシン、チミン。全ての生物はこの四塩基の集合体だ。名を語られない人々も如何なる英雄も、ヒトである以上我々はこの共通項の定めからは逃れられない。故にこそ、一部の人間に潜む超常もこの並びによって発現されるものだろう? 先程話した本物の人々に共通項としてあった配列を博士はメンデルの設備を用いて意図的に発現させたのだよ。私も彼女の手伝いをしていた。だからこうして彼等の秘密を知っている。人の手によってより良い世界の為に遣わされた超常の者がアコードと言うわけだ」
部屋が再び静かになった。何人かの唾を飲む音が聞こえてくる。もう一つ明かしたい事があるが、休憩を取った方が良いだろう。腰を浮かせようとした瞬間、愛しい子の静かな声が飛んできた。
「より良い世界の為……そうであるなら彼等がロゴス討伐に参加しなかったのは何故なのですか? あのヘブンズベースの戦いやレクイエム破壊は正にその為の行いだったと言うのに」
疑問の色を浮かべながらも落ち着いている表情を見つめる。彼等がレイと同じメンデルの出身だと聞いて動揺しないかだけが気がかりだった。無用な心配だったようだ。揺らがない心を得ていた事に喜びと寂しさを覚えながら口を動かす。
「すまない、それは私も分からないんだ。私自身、メンデルの襲撃で彼等は皆命を散らしたと思っていてね。ファウンデーションが台頭してきた時にはオルフェが生きて立派になっていた事に心底驚いたとも」
本当にあの時は自分の目と耳を疑ったものだ。少し前を懐かしみながら答えれば大人しく頷かれた。代わるようにシンが声をあげる。
「あの、議長。宰相達がアコードって言う超能力者ならアウラ女王はどうなるんですか? まさかあの人達、あんな小さい子を催眠術とかで良いようにしてるんです?!」
思い当たった事に拳を震わせる彼へ慌てて首を振る。真っ直ぐで優しい彼の美徳は損なわれず保たれている。その事に安堵しつつ、言葉を紡いだ。
「いいや、安心してくれたまえ。彼女はオルフェが掲げた政策に異を唱えた。反抗出来た事実こそ、彼女が支配されていない何よりの証左だよ。むしろあの子達の生い立ちを考えれば内情は逆だろうね。アコードは全員、彼女の影響を色濃く受けているだろう。今回逆らえたオルフェこそが例外だ」
アウラが誰の支配も受けていない事にシンの肩が緩む。傍目から見れば彼女は幼子だ。無理もない心配だった。しかしながら本人が知れば地団駄を踏むだろう。内心で少し可笑しくなりながら伝えたかったもう一つの事実を告げた。
「何故ならば、彼女こそがアコード達をこの世に作った博士その人だ。見た目こそ子供だが、彼女の生きている歳月は五十年を超える。メンデルにおける私の上司にして、オルフェ・ラム・タオの実母だよ」
え、と声を零したシンが視線を虚空に彷徨わせる。誰も、何も言わない。場が再び静寂に包まれた。
漫画か何かかと疑うような事だ。信じられないのか、横のナタルは呆然としている。気になる事を確かめる為に手を挙げて沈黙を打ち破った。
「一つ、気になる事がある。はっきりしない物言いが多くないか? こう言っちゃ悪いが、代表らしくない気がする。アンタもアウラ女王様と一緒にそのアコードとやらを研究していたんだろう?」
ロゴスの時は彼等が悪だと断定した口調で話していた。今回は推察するような語尾が多い感じだ。引っかかるそれを問うた先、議長が苦笑いを浮かべた。
「オルフェ達が産まれた頃、私もまだ若かったですから。まだ十にも満たない、子供と言って差し支えない年齢でした。優秀だと言えど、プロジェクトの根幹に深くは関われなかった。彼女の競合相手への漏洩を防ぐ意味合いもあったのでしょう。彼と彼女の対立は酷いものでしたから。それでもアウラ博士には良く取り立ててもらいました。共同研究者として名前を載せてくれたのです。その上、副業として行なっていたアンチエイジング研究の多くを任せてくれた。私としてはそれが目当てで彼女に近づいたため、その点は感謝しています」
慌てて頭を下げる。冷静に思い返せばこの代表は自分と歳が近い。逆算して考えれば分かる事だった。職業体験に行くような歳の相手に重要プロジェクトを任せる奴はいないだろう。謝りながら、最後の話に合点がいく。
アンチエイジング研究。この人がそれに興味を持ったのはレイの兄貴のためだろう、話も出来ないまま散った遺伝子上の俺の家族。ソイツは良い友達を得られたみたいだ。
その事に安堵しているとレイからキツく睨まれた。さっきのアスランへの視線が可愛く思える程だ。もう一度頭を下げて手を合わせればため息をつかれた。俺達を見て笑ったデュランダルが咳払いを一つしてから口を開いた。
「そう言う訳で、ブラックナイトスコードの年少者達については私も深くは知りません。ただ、間違いなくアコードではあると思います。それに、オルフェ達が悪だと言いたい訳ではない。そこはくれぐれも覚えていてください。あの子達の今の行いを見れば世界をより良くする為に動いているのは明白ですから。ただ何か胸騒ぎがしたためお伝えすべきと考えたのみです」
真摯な眼差しで告げられた言葉に頷く。確かに、超能力者だから悪人だなんて道理の通らないレッテルを貼るような真似はしたくない。それは、かつてジョーンズでステラ達がやられた事と同じだ。感謝を込めて礼をする。それが合図となったように、解散の号令がかけられた。各々が考え込んだ顔で踵を返す中、顔を上げたアスランが真剣な顔で申し出た。
「デュランダル代表、今からファウンデーション行きの人員を追加する事は可能でしょうか? 彼等の事を考えると念のために同行してもらいたい人が一人います」
唐突な要請だ。一体誰だと考えていれば、愉快そうな口調で代表が口の端を上げた。
「もちろんだとも。オルフェからも来てもらう人数は多ければ多い程良いと言われている。断られはしないさ。恐らくは彼女だろう?」
最後の言葉にピンときた。確かに万が一を考えたら心強い。連合の大佐達は不思議そうにしている。後で話しておいた方が良いだろう。念を入れておくに越した事はない。俺達にとっては念願のミケール確保作戦だ。これ以上は奴に争いは起こさせないと気持ちが改めて引き締まる。同じ事を考えたのか、ナタルが肩を叩いて頷いてくる。二人で今後について話し合いながら扉を開け、前へと進んでいった。