ガンダムSEED ELPIS 赤の騎士と偽りの歌姫   作:明日希

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スエズ攻略
一時の休息、機械の本


「マハムール基地より誘導ビーコン、確認しました」

「ビーコン固定、入港準備開始」

「了解。入港準備開始します」

 

 自動操縦で基地への入港が始まるのを確認して、タリアは思わず大きく息をついた。アスランの復隊や監視員の搭乗、インド洋での戦闘とそれに伴うパイロット達のトラブル等あったが、ようやくの入港だ。物資の補給もあるので、僅かだがクルー達も休息を取れるだろう。スエズ攻略という大仕事が終わったら、本格的に休日をもらいたいところだ。

 そういえば、あの一件以降シンとアスランの関係は良好になった、と聞いている。戦火で家族を失ったことのない自分では、シンの抱えている問題の解決は難しいし、軽々しく他人が深入りしていいものではない。火中の栗を拾いに行くようなものだ。今まで誰も触れようとしなかったそこに、アスランは踏み込もうとしており、それをシンも拒絶してはいない、らしい。彼の入隊経緯が周知されたのはアスハ代表の乗艦時で、当然アスランもいた。それ故だろうか。

 確かに、家族の死をきっかけに従軍したという点では彼らは似ている。しかし、残された家族については大きく違う。アスランは、父親も共に残された。その父が復讐に走り、あわや地球を滅ぼす寸前で命を落としたのは、当時からザフトにいた者の間では有名な話だ。もちろん、父親の行動に関して、アスラン自身には何の責任も無いし、負うべき贖罪も無い。しかし、十分に言葉を交わしたとは言えない自分でも分かる。彼はとても責任感の強い真面目で誠実な人物だ。他人がそうは思っていなくても、彼自身が責務を負わねばならないと考えている可能性はあり得ないものでは無かった。シンは彼一人だけが残った。家族の暴走もある訳が無いので、そういった面では自由だといえる。二人のこの違いが重要な気がしたが、夫とは既に離婚しており、先の戦でも息子が無事で、何も奪われてはいない自分が口を出すのは矢張り不相応だと感じた。

 考えに一区切りついたのを見計らったように涼しげなカランコロンという音を伴ってグラスが置かれた。振り向けば白い髪が視界に入る。

「お疲れ様です、艦長。長時間の勤務、ありがとうございます。ハーブティーを入れたので、よろしければ。すいません、うちの子達が着任早々ご迷惑をおかけしたのに、お詫びが遅くなりました。ささやかですが、こちらも受け取ってくださいませ」

 気にすることないわ、と返して一口飲むとスッキリとしていて飲みやすい、どこか懐かしい味が広がった。電子機器への影響を思ってか、コースターで水気対策もされている。気遣いに感心しつつ、差し出されたものを受け取ると、薬の詰め合わせだった。思わず苦笑いが溢れると、本人も反応を読んでいたのか困ったような顔をして再度謝られる。

「すいません、色々と考えたのですけれど、結局、自分の得意分野になってしまいました。頭痛、胃痛、疲労回復、不眠、一通りの症状には対応できるものを取り揃えてます。お疲れの際にでもお飲みください。飲んでも回復されない時は、医務室においで下さいね」

 穏やかながら、きちんと休むようにという遠回しなメッセージだ。これが終われば、自分も少し羽を伸ばしても良いかもしれない。顔に笑みが浮かぶのを自覚しつつ、口を開いた。

「本当に気にしなくて良いのよ。でも、せっかくだから有り難くいただくわね。わざわざありがとう。それにしても、ハーブティーって少し癖のあるものだと思っていたけど、スッキリしていて飲みやすいのね。それに、なんだか懐かしい味がするわ」

「いえ、こちらこそありがとうございます。ハーブの組み合わせと淹れ方にコツがあるんです。ハチミツを少しだけ入れたので、そのせいでしょうか? でも、私はまだまだです。うちの妹だと、もっと美味しいものが出来ますよ」

「あら、妹さんがいるの?」

「えぇ、二つ下に。秘書としても、メイドとしても優秀な子です。あの子ならきっと、その気になったらどこにだって行けますよ」

 恐らくはプラントにいるのであろう妹さんを語る彼女は、何故だか眩しいものを見るように目を細めた。理由を問おうか迷っている間に、ところで、と書類が手渡される。

「こちら、不足している薬品と化学物質のリストです。入港次第、購入に行きたいので許可をいただいてもよろしいでしょうか?」

 医療品の充実は重要なので、勿論と許可を出すと丁重なお礼が返ってくる。一礼して空になったグラスと共に白衣を翻していった。

「本当に、しっかりしてるわ」

 礼儀作法がちゃんとしているのは、彼女の性格故か、それとも上流階級に仕える環境なのか。理由はともあれ、気分の良いものだった。

 

 

 

 艦長がティータイムを楽しんでいた頃、ハンガーでは整備や細かい調整に追われていた。

「センサーの帯域を要望通り広げてみた。チェックしてくれ」

「おい、ザクの冷却システム交換時間、変更だってよ!」

 作業音があるため、どうしても全員の声量が大きくなる中、セイバーの整備が終わったヨウランとヴィーノは、声を顰めて雑談に興じていた。

「お前、この前のラクス・クラインのライブ中継見た?」

「見た見た! 衣装とか、こう……イイよな!」

「なー! 割と胸あるんだなって思った! 

 最近ちょーっと雰囲気変わったよな、カノジョ。可愛くなってさ、前々からこっちの方が良いとは思ってた」

「確かに、若くなった、って感じする。あのポスター、絶対手に入れてぇな!」

 

 後ろでコホン、と咳払いの音が響く。振り向くと、彼女の婚約者である藍色の髪の青年が少し眉を上げた笑みで口を開いた。

「セイバーの整備ログは?」

「え、あ、はい、コレです!!」

 ありがとう、という言葉と共にコクピットへ上がっていくアスランを少しバツが悪そうに見たのも束の間、会話に戻っていく。

「婚約者なんだよなぁ……良いよなぁ……」

「ずるいよなぁ。セイバーのケーブル、弄ってやろうか……イッタ?!」

 冗談めかして口にすると、背後から思いっきり拳骨が降ってきた。

 後頭部を押さえつつ振り向くと、赤い目がこちらを睨んでくる。

「なんだよ、シン! 痛いじゃんか」

「お前がそんなこと言うからだろ。あと、あの人相当耳良いよ」

 呆れたように言われたことを裏付けるように、さっきのも含めて全部聞こえてるぞ、と苦笑混じりの声が上から投げられる。ヴィーノと一緒にすいません! と言うと、何も返って来なかった。やっぱり怒ってるのか?! 思わず青くなった瞬間、怒ってたら嫌味とか飛んでくるから、とシンが言ってくる。

「あの人、嘘とか隠し事上手くできないから。黙ってるんなら怒ってないと思う。すいませーん、ここ、教えてもらっていいでありますか?!」

 さらりとこちらにフォローをした後、叫んでから向こうの返事を待たずに上がって行った。

「シンのやつ、アスランさんに懐いてるよな」

「インド洋での戦闘終わって次の日辺りからだよな。揉めてたのラーナスさんが取りなしてたけど、どういう心境の変化なんだろ」

 

 

 

 

「お前……それで良くインパルスをあれだけ動かせたな」

 憧れてるこの人に倣って整備ログを見せてもらったは良いものの、情報系が得意じゃないのもあって、さっぱりだった。聞きに行くと、呆れたようなため息と共に褒めてるんだかなんだか分からないような言葉が投げかけられる。

「良いでしょ、別に。姿勢制御とか自動でやってくれるし、なんとなくは分かってて動かせてるんですから。そんなことより、さっきヨウランがすいません。嫌じゃなかったんですか、婚約者をああいうふうに見られるのって」

 ヨウランのブラックジョーク好きは同期内では有名だけど、若干空気を読まないところがある。実際、それでアスハの奴にも突っかかられてたし。

「……まぁ、色々あるからな。それより、お前、これを読んでおけ」

 複雑そうな顔をしているが、怒ってはいないみたいだ。なんだろ、困ってる? 嘘も隠し事も苦手なこの人の感情の動きが少しは分かるようになってきた。聞いたらしっかりと答えてくれるので、案外コミニュケーションは慣れれば取りやすい。口下手なので、こっちがアレコレ聞いて情報をゲットしないといけないのはちょっぴり手間だが、この人の事を色々と知りたいので、そんなにしんどくない。何はともあれ渡されたずっしりとした本に目を落とし、タイトルを読み上げる。

「たのしい機械工学入門……なんですか、これ」

「俺がマイクロユニット作りを始めた頃に読んでた本だ。OSの組み方も分かりやすいし、理論も古くない。今のお前にはちょうど良いだろう?」

 パラパラと中身をめくると、可愛らしいイラストが目に映る。ところどころには付箋が貼ってあった。

「書き込みってことは……もしかして、あんたのおさがり、で、ありますか?」

「その変な敬語はやめろ。俺は新品が良いって言ったんだが、ラーナスも姉様も、これが一番分かりやすいって言っているんだ。やっぱり嫌だろ? もうすぐ着くから新品買ってくる」

 驚いて聞くと、本人も困惑したように眉が下がっていた。そのまま取り返そうと手を伸ばしてくる。

「読んでみます。すぐ終わるので待っててください」

 元々読書は好きだ。せっかく手元にあるなら、読んでみたい。アスランさんがどうして良いか分からないように手をウロウロさせた後、大人しくシートで作業を進めているのを横目に読み進める。どういう目的のためにどのコードを使うのかが分かりやすく書いてあるし、付箋で身近な例や、他の本から持ってきたのであろう補足情報が貼られている。うん、プログラミングのやり方が分かった気がする。補足のおかげで分かりやすい。分厚いので一章分だけ読んでから、集中しているアスランさんに声をかける。

「ありがとうございます。すごい分かりやすいので、しばらく借りますね。これのもうちょっと上のやつとかあると嬉しいんですけど」

「……あぁ、速いな。お前の役に立ったなら良かった。それより上だと……家にあるやつだとかなり難しくなるが、それでも良いか? あれだったら、作戦開始までの間、本屋に寄った方が早いぞ」

「自分でも見ますけど、アンタが読んでたのも気になるので。にしても、家にこういう本、たくさんあるんですか?」

「元々、機械いじりは好きだからな。それも、幼年学校に入学した頃に買ってもらったんだ」

「待ってください、アンタ、コレ6つで読んでたんですか」

 確かにイラスト多いし、文字も少し大きかったけど、まさかの子ども向け……! 内心項垂れかけたが、ふと気づく。小さい子ども向けにしては、文量が多い。アスランさんは懐かしそうな声で答えてくれた。

「俺が読んでたのはそれぐらいだが、元々はもう少し上の年齢向けらしい。色々と読んだが、それが一番分かりやすい。良い本だよ。とりあえず、それで物足りなくなったら言え。俺も久々に読みたいのがあるから、何冊か送ってくれるよう手配をしておく」

 ども、と頭を下げると作業が終わったらしいアスランは別のリフトで降りていった。慌てて俺も降りたけど、足が速いので遠くに行ってしまっていた。インパルスの整備も終わったみたいだし俺も部屋に戻ろうかな、と思ってたらヴィーノが寄ってきた。

「よ、シン。あれ、それどうしたんたよ」

「プログラミングで質問しに行ったら、あの人がくれた。お古でちょこちょこ書き込んでるけど、その分分かりやすくて良かったよ。こういう本なんだけど、お前知ってる?」

「……マジか。ユーリ・アマルフィ博士の書いた入門書だ。めちゃくちゃ分かりやすいし、基礎が全部書いてあるから、機械好きなら知らない奴はいない名著だよ。俺も持ってる。……今は、色々あって入手困難なブツになってるけど。おまけで()()アスラン・ザラの書き込み付きだろ? 人によっては大金積んででも欲しいだろ、それ」

 興奮したのか少し早口で言われる。にしても、あの、ってやけに協調するな。

「めちゃくちゃ貴重なのは分かった。で、なに? あの人、機械系にも強いの?」

「おまっ……あの人、工学分野ではめちゃくちゃ有名だよ。ラクス様に送ったハロとか、ちょっとした再現不可能品扱いされてる。画期的な論文も今の俺らより若い時にジャンジャン出してたし、特許も結構持ってる。マイウスで専門に勉強してたし、あの事件さえなきゃ、技術者の最先端走ってたのは間違いないね。とにかく、そんな凄え人が凄い本に書いた書き込みとかプレミアものだろ。良かったら後でちょっと貸してくれね? お礼に言うこと一つ二つは聞くからさ!」

 あまりの必死さに押されて、了承すると拝まれた。そんなにあの人凄かったのか。あの事件っていうのは、この前本人から聞いた血のバレンタインの事だろう。周囲から有望されていて、本人も好きな道を辞めてまで軍に入ったあの人の気持ちは、少しだけ分かる気がした。きっと、敵が嫌いで、守れなかった自分も、嫌だったんだ。

 部屋に戻って読んでいるとレイに聞かれたので事情を話すと、俺も参考にしたい、と言われて結局、ヴィーノに貸せるのはしばらく後になった。




ニコルのお父さん、フリーダムとジャスティス作れるから相当優秀な技術者なんだろうけど、ザラ派だから干されてるとかありそう。

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