「朝早くから申し訳ありません。それでは、先程お伝えしたブリーフィングの際にそのデータチップを持ってきていただきたいのですが、よろしいですか? もちろん、お迎えには上がります。……はい、よろしくお願いします。では、失礼致します。貴方達の勇気ある行動に、心からの敬意と感謝を」
アスランの話し声で目が覚めた。ブリーフィング……今日の夕方から、ミネルバとマハムール基地合同でスエズ攻略の作戦会議が行われる予定だったはずだ。最大の障害である巨大な陽電子砲、ローエングリンゲートの攻略は難題だが、現地のレジスタンスから情報を集めた結果、使えそうなものがあった。それに関する報告だろう。
残念ながら俺はザフト兵では無いから、会議に参加はできない。こっそり監視装置を借りるとしよう。なんて悪巧みをしていると、アスランが振り向いた。
「おはよう。悪い、起こしたか?」
「おはよ、別に気にすんな。朝っぱらから通信があったってことは、アレのデータがまとめ終わった感じ?」
予想した事を訊ねると、途端に険しい顔で頷かれた。
「あぁ。抗道マップデータを入れたチップが完成したそうだから、作戦に必要な物は揃った。作戦会議前に、グラディス艦長とラドル司令官へ概要を説明したいんだが、まだ早いだろうか?」
「流石にこんな早朝は寝てらっしゃるだろ。日が昇ったら、艦長の所に一緒に伺おうぜ。アラームかけたから、眠っとけ」
窓を見ると未だ暗い。直通の番号を渡した俺も悪いが、かける時間を考えて欲しかった。
まぁ、彼等にとっては自分達の生き死にがかかっているから仕方ない。
もう少し寝るように言うと、大人しく横になった。俺も、弟が寝やすいように寝た振りをしてから音を立てずに身体を起こす。目が冴えてしまったため、作戦概要のプレゼン書類を軽く作るとしよう。
今回の作戦では、参加者全員にかかる負担はどれもデカいが、中でもシンが一番キツい。
アスランと話し合って立てた作戦は、俺達が敵を引きつけている間、ローエングリンゲート直下に通じている坑道をシンが抜けて砲台を破壊するというものだ。
抗道は入り口だけ軽く見せてもらったが、真っ暗で、地図で見た道のりはかなり複雑だった。データが無いと崖や岩に激突して死にかねない。
フェイズシフト装甲は、ビーム装置のない斬撃や実弾で破損しなくなるだけで、衝撃は普通に伝わる。以前姉さんの言っていた通り、セカンドシリーズには衝撃吸収機構もあるが、高速で飛行している際に運転を誤って衝突したり、燃料切れやフライトユニットの故障で高空から落下した場合、機体の破損はもちろん、パイロットの負傷も避けられない。今回は地形が複雑だから、ほんの少しの操縦ミスが命取りになる。
また、シンは仲間のことを大切に思ってくれているようだった。ミネルバクルーが囮になっている状況下では焦ってミスをする可能性が高い。
事前に説明して安心させておくべきか、それか煽って目の前の事しか見えなくさせるか、なんらかの措置が必要だろう。幸いにして、根は素直だから、どっちの作戦もやりやすい。人を利用するような真似は、横で寝ているコイツは好まないから、嫌がるなら俺がやれば良い。
我ながらつくづく甘いとは思う。でも、こればっかりは許してほしい。本人は覚えていないだろうけど、俺は昔コイツに救われたのだから。
懐かしくて大切な想い出に浸ろうとすると、アラームが鳴る。ちょうどプレゼンもざっくりとだが形になったので、起こすために肩を揺すった。
「アーサー、少し良いかしら? 朝、アスランからローエングリンゲートの攻略作戦ができたから見てほしい、と頼まれてね。会議前に私とラドル指揮官に話を通しておきたいそうなの。プレゼン資料を送ってもらったけど、流石の出来だったわ。司令官の許可が降りれば、ブリーフィングは、シン達への説明会になりそう。とにかく、先に説明を受けるから、貴方も同席して頂戴。朝食後は空いているかしら?」
食堂に向かおうとすると、艦長に呼び止められた。少しかかりそうだ、とこの前言っていたのに、もう作戦が思いついたらしい。流石は前大戦のトップガン、と言ったところだろうか。
艦長が健在なら副艦長は御用聞きに近い。特段何もないので了承し、せっかくだから、と一緒に食事を取ることになった。
「流石ですねぇ、アスラン。てっきり自分、少なくとも、もう3日は待つことになると思っていました」
テーブルに着くと、話題はやはり彼のことになる。褒めてしまうと頷かれた後、複雑そうな顔をされる。
「そうね、私もそう思っていたわ。実際は、必要な要素が揃うのを待っていたみたい。彼は優秀よ、優秀すぎて心配になるぐらい」
心配する理由が分からず問うと、経歴だけ見ればの話よ、と前置きされる。
「母を失ってザフトに入隊し、アカデミーは首席で卒業。まだ2年しか経ってないけど、彼の成績は誰も抜けてないわ。その後もエリート部隊の中でも別格だったクルーゼ隊に所属。その後彼自身も小隊長に昇格し隊を持ったけど、ラドル司令官の反応から分かるように、あの隊の一員としての知名度の方が高いのよ。他の隊では到底無理な任務を幾つもこなせるような隊だったから。彼自身も、当時の脅威だったストライクを撃破。その功績によって特務隊、今のフェイスに任じられ、戦略機体の一つであるジャスティスを受領。その後、父の狂乱に気づいて離反し、多数の同胞諸共地球を撃とうとしたジェネシスを身を挺して自機を自爆させて破壊し、前大戦を終戦に導いたとされている。
彼の父親の罪はあれど、彼自身を英雄視する人は少なくないわ。そして今また、プラントの平和が乱されたため、帰還してきた。徹底してプラントの平和のために動いている。完璧な人物にも程がないかしら? 彼がとても無理をしている気がしてしまうの」
言われてみればそうだ。インド洋のシンの違反行為も、自分達は命令違反行為としか最初は捉えていなかったが、アスランはこの行為が戦争全体に及ぼす影響まで考慮していた。直近のラドル司令官との会談でも、スエズ基地攻略の長期目的をしっかりと理解していた。まだ十八歳なのに、確かに桁違いにも程がある。
思えば、彼が年相応なことで怒ったり笑ったりしているのを見たことがない。インド洋でシンに怒鳴ってはいたが、あれは上官として怒らなければならないから怒っていたのに近いだろう。
自分が彼くらいの頃は、それこそ好きな子に彼氏がいたとか、気に入った作品の商品でレアなものが当たったとか、日常の些細なことで騒いでいたものだ。戦争なんて、考えもしていなかった。
産まれた時から名門貴族で、それに相応しい教育を受けてきたと言う事はできる。しかし、それだけで片付けるには何か腑に落ちない気がした。艦長の言われた、アスランが無理をしている、という感覚と近いのだろう。
「確かに、彼もまだ十八ですもんね、我々大人が気をつけておきましょう。私も、気にかけておきます」
席を立ちながら言うと、無理しないでよ、と返される。
「変に気を遣おうとすると怪しまれちゃうわ。普段通りで良い。でも、そうね。確かに彼は、十八才なのよね、しっかりしてて同期と話してる気分になってしまうけれど。頼ってもらえるようにならないと。
さ、話し合いは十五分後よ。司令官もいらっしゃるから、先に行って準備をしておきましょう」
切り替えるように会議室へ向かう彼女の後を追う。本当、いつかは頼って欲しいものだ。そのためには、これは彼より出来る! と豪語出来る部分を見つけ、頼れる大人として振る舞いたい。まずは直ぐある会議で励もうと考えて、足を早めた。
「ふむ。確かにこれならば、突破出来るかもしれない。しかし、作戦の要は君でなく、インパルスのパイロットで問題は無いのか? 彼は未だ初陣を終えてから日が浅いだろう。ヤキンを生き抜いたパイロットである君の方が、経験も豊富だし、成功率も高いのでは?」
よく練られている作戦書を読み、一つだけ気になる事を問う。
若い世代が全く駄目だという訳では無いが、どうしても停戦後に入ってきた新兵は、戦争中に配属されたものと比べて甘い。復讐心や危機感がないのか、気迫や根性が足りないのだ。それだけが重要視される訳では無いが、重要な場面で勝敗を決める要素にはなると考えている。いくら議長の推薦されたパイロットとはいえ、不安が残る。そんな風に考えていると、目の前の彼が口を開いた。
「高く買っていただいているのはありがたいのですが、いくら私でもいきなりあの難解な機体を手足のように扱えと言われても一日では不可能です。それに、シン・アスカはザフトで誰よりもインパルスの扱いに長けています。あの機体を彼より上手く扱える人間はいません。確かに初陣から日は経っていませんが、単騎で地球軍の艦隊を突破し、地球軍に降ってしまったオーブからの脱出に成功するなど、大きな経験を着実に積んできています。実力は十分にある。ローエングリンゲートの突破に最も相応しいと考え、選出した次第です。彼なら必ず、やってくれます」
両隣のミネルバの二人が少し驚いたように中央のエースを見ているが、それを意に介さず、真っ直ぐにこちらを見つめてくる。部下を信頼している、上司の眼だった。そこまで信頼しているなら、任せてみるとしよう。
「シン・アスカと言ったか? そのパイロットは幸せ者だな。君のような出来た男に、そこまで言われてみたいものだ。分かった。この作戦、マハムール基地も人員配置に異論はない!」
ありがとうございます! と深く頭を下げられる。絶対に成功させてくれ、と付け足すと、力強く頷かれた。退出する姿を見送る。艦名に相応しく知恵の女神のような彼等によって、この地域に救いの光が見えた。再び惨劇を引き起こす訳にはいかない。必ず掴まなければならないのだ。
「アスランさん、やっと会えた! この後の訓練、何時からしますか?」
昼食を終えた後、今日初めて見かけたアスランさんに声をかけて、気になっている事を聞く。オールレンジ戦でこの人に勝つため、レイと対策を考えたのだ。夕方から会議があるけど、あの訓練は是非やっておきたかった。午前中姿を見なかったのは、フェイスだから打ち合わせとかしてたんだろうか? なんて考えていると、少し考えていたアスランさんが、返事を返してきた。
「それなんだが、シン。今日はシュミレーターにしようと思うんだ。夕方からのブリーフィングで話す作戦の予行演習にもなる」
せっかく作戦考えたのに! 急な変更で固まると、シュミレーターだと自信がないか? と言われてしまう。
「そういうんじゃなくって! ていうか、作戦、決まったんですか、どんなのなんです?」
「ブリーフィングで言うから待て。同じ話聞くの嫌だろう?」
「そんな事ないですよ、教えてください」
重要事項の確認は大事だ。復習は何回しても良い。ねだると、時間もあるからこれだけだぞ、と言って真剣な顔で俺を見てきた。思わず唾を飲んでしまう。
「お前が鍵になる。時間制限はあるが、焦るな。冷静でいろ。心配しなくても、お前なら出来るさ。……そろそろ訓練を始めないと会議に支障が出る。行くぞ」
言うだけ言って進んでいくから、慌てて追いかける。俺が、鍵?
その後の訓練ではレイとルナ、俺で別の訓練だった。俺は狭い渓谷での戦闘訓練で、レイとルナは大量に来る敵との戦闘訓練だったらしい。3人揃って休憩を取ってから、基地にある会議室に向かう。あの訓練が予行演習になるなんて、一体どんな作戦なんだろう?
「では、ブリーフィングを始める! 当初の予定では作戦を立てるための現状報告と情報共有の場となる筈だった。が、作戦が決定したので、それを伝える。では、ミネルバ所属アスラン・ザラ隊長、説明を頼む」
マハムール基地の人達が、司令官が口にしたアスランさんの名前を聞いた瞬間、騒ぎだした。
「いるって聞いてはいたけど、マジで?」
「あのパトリック元議長の息子だろ? ヤバい奴なんじゃ……」
「何言ってんだ! あの人は英雄だよ!」
「キレイな人だな、本当に話通り強いわけ?」
「本物よ! ラクス様との婚約発表で見た姿と同じだもの!」
アスランさんが固まる。この前ラーナスさんが言ってた事が分かった。皆、アスランさんを英雄やら元議長の息子やら、肩書きでしか見ていない。腹が立って何か言おうとした時、マイクを持ったままだったラドル司令官が一喝した。
「お前達、静かにしろ!! それ以上私語をするようなら、退出のうえ謹慎処分とするぞ!!
本当にすまない、部下の非礼をどうか許してほしい。この作戦の立案者は貴方だ、説明を頼む」
「いえ、私の方こそ、いきなりの登壇、失礼しました。では、説明を始めます」
そう言って話しだしたアスランさんの話に集中しながらも、どうしてもモヤモヤしてしまう。なんでアンタ、平気そうにしてるんだよ……!