「以上が、作戦概要となります。作戦に対して追加で質問やご意見のある方は、挙手をお願いします」
説明前と打って変わって静まり返った会場を見る。横にいるシンも、説明開始前はアスランの言われように苛立っていたが、予想外の大役に驚いたのか、固まっていた。
しばらく沈黙が続き、誰の手も上がらない。アスランはしばらく俺達を見渡した後、終了の挨拶をして、司令官にマイクを渡した。作戦開始日時が伝えられ、解散となる。壇から降りたアスランが、近づいてきた。
「シン、悪いが残ってくれ。この後基地に来る現地の協力員からデータを受け取る事になっている。……作戦についてもう少し質問が来て、変更する点もあるかと思ったからな、少し遅めに集合時間を伝えてしまったんだ。すまない。君達は、何か不明点はないか?」
俺達に対する問いかけに、自分の役割を聞いてから黙りこくっていたシンが口を開いた。
「なんで、俺なんですか。アンタのセイバーだって、変形できるから狭いところ通れるでしょ」
ムスッとしているが微かに語尾が震えている。この作戦の成否がシン一人にかかっていると言っても過言では無いのだ。不安なのだろう。対峙するアスランの眉が少しだけ上がった。
「先程も言っただろう? お前なら出来ると思ったからだ。
俺のセイバーやラーナスのジェミニでは、機体構造上、無理な箇所がある。小回りの利くインパルスで無いとダメなんだ。
何度も言っているが、お前が世界で一番インパルスを上手く扱える。
悪いが、お前の心情に配慮していたら、いつまで経ってもここの人達は苦しめられたままだぞ。それに、お前に無理だと思ったら最初から頼まないさ。失敗すること前提で作戦を立てるほど、俺は馬鹿じゃない。
心配するな、お前が無事に砲台を破壊してくれるまで、ミネルバも、前線のレイもルナマリアも、俺が必ず死なせはしない。約束する。良いか。お前しか、スエズの人達を助けられないんだ」
アスランは途中から、シンの肩に手を置いて言い聞かせていた。シンの目がパチパチと瞬き、緊張で強ばっていた肩が落ちた。
「分かりました。弱気なこと言ってすいません。俺、頑張ります! ていうか、アンタこそ大丈夫なんですか、死なないでくださいよ!」
いつもの調子に戻ったシンに、アスランも笑みを返す。
「安心しろ。弱気なんか無くなるよう、特別訓練を作戦開始までしっかりつけてやる予定だから、覚悟しておけ」
分かりましたよ、望むところです! と元気に返事したシンに、こちらも安堵する。
ただでさえシンは薬無しだと家族を失った悪夢を見て魘される事が多い。これ以上ストレスがかかるような真似は止めておきたかった。ふと上を見ると、司令官と話していた艦長が優しい眼差しで見つめていた。
もし、俺に母がいたら、あんな風に接してくれていたのだろうか。存在しないからこそ、憧れてしまう。
そんな事を考えていると、扉が開き、ラーナスが一人の子供を連れて、ラドル司令官の前で敬礼する。
「ご歓談中、失礼致します。サジタリウスより協力員として出向しているラーナス・ウィル・フィリアスと申します、ヨアヒム・ラドル司令官。現地の協力員の方の護衛で参りました」
普段とは違う、丁寧な口調だ。両脇のシンとルナマリアが口を大きく開けているのが見えたため、袖を引っ張って注意する。目の前のアスランが、俺達を見て楽しそうに微笑んでいる。
普段の気安い接し方で忘れそうになるが、彼は単なる幼馴染でなくアスランの従者でもあった。ギルが言っていたが、上流階級では、側近の振る舞いで主人の格も判断される事があるそうだ。彼も礼儀作法は学んでいるのだろう。恐らく、マハムール基地という外部の人間がいるから状況に合わせているだけだ。
挨拶と軽い話を済ませた後、こちらに二人揃って来る。
「アスラン隊長、お連れしました」
「助かる、後のことは任せた。
色々と申し訳ありません、ミズ・コニール。こちらの彼がパイロットになります。データをお渡しいただけますか?」
「地球軍さえどうにかしてくれるんなら良いさ。偉い人たちも大変なんだな、隊長さん」
そう言って砂塵よけのヘルメットを脱ぐと、まだ幼い少女が現れる。現地協力員、レジスタンスだと言うその少女はアスランに示されたシンをまじまじと見つめて、一言言い放った。
「大丈夫なのか?」
「実力はかなりのものです。彼なら必ず成功します」
アスランのフォローがあってようやく、ポケットから厳重に包まれたチップを取り出す。まだ手は動かない。
流石に困ったのか、シンが、くれないのか? と聞くと、鬼気迫る顔で押し出すような声で言われた。
「前、戦争になって直ぐザフトの作戦が失敗した時、酷い目に遭ったんだ。私達も同時に反乱したからって、地球軍の奴ら……
今度失敗したら、みんなどうなるか分からない! だから、絶対に成功させてくれ、あんな砲台、ぶっ壊して!」
叫び声と共に突き出されたチップを、シンは丁寧に受け取った。
「本艦はポイントアルファを通過しました。間もなく、作戦開始時刻となります」
メイリンの声を聞こえ、コクピットに乗り込む。
会議が終わってから今日まで、とにかく目まぐるしい日々だった。起きている時間のほぼ全てが訓練時間だったと言っていい。
俺達は、あのリフレクター搭載のMAも加えた多数の敵が来るシュミレーターを延々とやり込み、シンはひたすらマップのシュミレーションをしたらしい。万が一を考えたアスランによって、敵が出てくる設定にしてあったらしく、部屋に帰ると何度か愚痴をこぼされた。しかし、地道だが、反復訓練が一番力がつく。
オーブからの脱出時に似たような大型MAに対処したシンからビーム兵器による近接攻撃は通ったという話を聞き、シュミレーターでルナマリアが撃破に成功した時はアスランも嬉しそうに褒めてくれた。
問題は、時間だけだ。思案していると、アスランから俺達全員に通信が入った。
「シン、レイ、ルナマリア。聞こえているか? もうすぐ作戦開始時刻になる。君達は実戦よりも厳しく設定した訓練をクリアしてきた。落ち着いてやれば、必ず成功する」
普段通りの柔らかな声を聞いて、無意識のうちに強ばっていた身体から力が抜ける。緊張し過ぎていたようだ。示し合わせた訳で無いが、3人揃った返事に、クスリと笑って通信が切れる。再び聞き慣れた声が響いた。
「まもなくポイントベータに到着します。モビルスーツ隊、発進準備願います」
ふと、シンが大丈夫か気になり通信を入れた。
「シン、そろそろだが、問題ないか?」
「レイ。大丈夫だよ。アスランの言うとおり、あれだけ訓練してきたんだ。絶対に間に合わせる。レイとルナこそ、気をつけろよ」
「大丈夫だ、問題ない。そろそろ出るからな、切るぞ」
本当に大丈夫そうだった。近頃のシンは、落ち着いた思考ができている。アスランの影響だろうか。友人として成長は嬉しいことだ。少し頬が緩むのを自覚しつつ、ペダルを踏み込んだ。
「レイ・ザ・バレル、ザク、発進する!」
「よし、やるぞ……シン・アスカ、コアスプレンダー、行きます!」
レイやアスランの出撃を見送って、俺も出る。普段ならここで他のパーツと合体するところだけど、それはしない。とにかく全速力で抗道の入り口に向かう。作戦通りに地球軍はミネルバやマハムール基地の攻撃に気を取られて、こちらに気づいていないようだった。
入ると何度も言われていた通り本当に暗い。コニールから貰ったマップを起動させ、急ぎながらもゆっくりと慎重に進んでいく。万が一の可能性だとは言われたけど地球軍が気づいて伏兵もいるかもしれない。
「時間は……よし、まだある!」
表示させたタイマーを見つつ、逸る気持ちを抑える。作戦を説明してくれたアスランの言葉が思い出された。
「インパルスがローエングリン直下に通じる坑道を突破して砲台を破壊。他の全部隊で渓谷に通ずる道から攻め、報告にある大型モビルアーマーを始めとする敵勢力を引き離します。こちらの引き離すまでの時間とインパルスの移動速度を考慮して十五分程持ち堪えれば、砲台が破壊される計算です」
その後の訓練で、お前が速すぎたら俺達が敵を引き離せないし、遅すぎたら追い込まれるから時間は守れ、と口酸っぱく言われた。
こっそりラーナスさんから聞いたが、最初は俺自身に時間の見極めも任そうかと考えていたらしい。どれだけ俺を買ってくれているんだろう、あの人。期待は嬉しいけど、今回ばかりは止めてくれたラーナスさんに感謝したい。
もう少しで出口のはずだ。訓練のおかげで余裕があるかと思って時間を見ると、後僅かだった。まずい、慎重すぎた! でも、ゴール直ぐは直線だ。シュミレーターで何度もやったから覚えてる!
「距離500……行けよ!」
マシンガンをぶっ放すと、眩しい光が見えた。
撃たれたローエングリンをミネルバは無事に回避した。その様子を見たからか、慌てて戻ろうとした大型MAに追いついてファルクスを叩きつけると、シンから聞いた通り、容易く切り裂ける。誘爆に気をつけて下がると、遠くでアスランさんも撃破したのが見えた。砲台から煙が上がる。シンも作戦通りに突破できたみたい。
アスランから通信が入った。声が弾んでいる気がする。やっぱり、部下の成功は嬉しいのかしら。
「よし! 作戦は成功した! ルナマリア、君も一旦下がれ!」
「了解! レイ、援護射撃お願いね!」
レイの的確なサポートによって難なく撤退し、グラディス艦長から後は現地のラドル隊に任せましょう、と言われたのでそのまま帰投する。
初の大きな作戦成功だ。私自身も戦果を挙げられたからか、とても誇らしかった。
インパルスから降りたシンが現地住民に揉みくちゃにされて誉められている。
何気なく遠くに目をやると、離れたところで地球軍の捕虜が、現地の人に撃たれていた。降りて止めようかと思うと、ラーナスから通信が入る。
「アスラン。アイツらは赤ん坊を殺したり、住民を山ほど廃人にしたり、他にも本当に殺されて仕方ない事をしてきたんだ。あの人達の恨みも分かってやれ」
「だが、それではまた戦争の火種となるだろう! 殺したから殺されて、殺されたから殺して!」
カガリに言われた言葉が頭をよぎる。その連鎖が止まらないと、人は永遠に殺し合ってしまう。思わず叫ぶと、少しだけため息を吐かれる。
「お前は、あの人達の何を知っているって言うんだよ。仮に一回だけなら我慢できても、大事な人を何回も殺され続けて来たんだぞ。それこそ、開戦前からコーディネーターってだけで、な。復讐は何も生まないけど、終わっても虚しいだけだけど、やらないと前に進めない人もいるんだよ。別に、あの人達が正しい訳じゃないし、お前が間違っているって言いたいんでもない。ただ、どれだけ間違った手段でも、今あの人達には必要な事なんだ。部外者の俺達が、彼らの人生全部背負う気も無いのに首を突っ込んで良いことじゃない。お互い不幸になるだけだから止めてくれ、俺がそんなの見たくない」
確かに、俺も、ニコルが殺された怒りに駆られてキラを撃ちかけたからこそ、戦争の虚しさに気づくことができた。あれが必要だったと胸を張って言うことは出来ないが、あの一件がなかったら、と思うとゾッとする時がある。何より、最後の切実な声に押し黙ってしまうと、あやすように言われた後、いつもの調子で会話が続けられた。
「ごめんな。でも、この話は終わり。
ほらほら、シンの奴、労いに行ってこい。せっかく勝ったんだ、そんな辛気臭い顔すんなよ?」
なんとなく答えたくなくて、そのまま通信を切る。我ながら大人気がないと思うが、アイツ相手だからまぁ良いだろう。
コクピットから出ると、シンがミズ・コニールに手を握られてブンブンと振られている。お前、すごいな! という嬉しそうな声が聞こえた。……ひとまず、彼らを解放できた事を良しとするべきだろうか。着地するとシンがこちらに気づいて振り向いた。
「あ、アスランさん! 大丈夫なんですか、出てくるの遅かったですけど。まさか、アンタ程の人が怪我でもしたんですか?」
そういう訳では、と口にして途中で言葉が止まる。
この街の嫌なところを伝えて、遺恨を残すことになったら何の得があるのだろう。ただでさえ、家族を失ったシンは戦争で何かを失う事をよく知っているのに。
迷って何も言えないでいると、気にした様子もなく、ふぅん、と言葉が続けられる。
「怪我してないんなら良いですけど。レイやルナも無事でしたし。それより、何で訓練の方が本番よりキツイんですか?! おかげでビビって到着ギリギリだったんですけど! それに、本当に暗いし!」
「敵は流石にいないだろうし、万が一だと言っただろ。訓練がキツイ方が、本番で何かあってもどうにかなるものなんだよ。それに、データが頼りだっていうのは言ったぞ」
「そりゃそうですけど、マジで死ぬかと思いました」
「でも、お前はちゃんとやり遂げただろう。お前なら必ず出来るっていうのも、俺は言ったぞ」
緊張が解けたのか、アレコレ言ってくるシンに対して返すと、急に大人しくなる。何か変なこと言ったか? 少し戸惑うと、暑いのか赤くなった顔で少し叫ぶように言ってきた。
「……アンタが、信じて任せてくれたので! わざわざ訓練までありがとうございました! ちゃんと出来たので、何かくれたら嬉しいです!」
お礼の言葉に感動しかけたが、その後の褒美の催促で少し冷静になる。しかし、シンは本当に努力していたし、何かやっても良いかもしれない。
「分かった。何が欲しい?」
納得して希望を聞くと、驚いた後、良いんですか!? と身を乗り出してきた。通ると思っていなかったのか、悩み出した様子がなんだか可笑しくなってしまう。
そういえば、彼女に対して造る前に久々なこともあって、試作で簡単なものを造ろうかと考えていたのだった。本人さえ良ければ、シンにやっても良いかもしれない。返事もせず唸っているし、こちらから提案する。
「希望が無いなら、ペットロボットでも良いか? 少し待ってもらうがな」
第一印象からは意外だったが、読書好きなコイツは、あのアマルフィ博士の本を既に半分読み終えているらしい。あの本は読みやすいがかなりの文量なので、報告された時は少し驚いた。機械工学に興味が無いわけでは無いようだったし、悪くない提案のはずだ。シンが再度固まった後、今度は本気で叫ばれる。
「マジで!! ほんっとうに良いんですか?!」
あまりの煩さに耳を押さえて、地面に蹲りかけた。
耳を押さえて少し屈んだアスランさんを見て、ハッとする。そうだった、この人、耳が良すぎて急な大声ダメなんだった……!! 後ろのコニールからも、うるさいぞ! と言われてしまう。
あの本を切っ掛けに機械工学について色々調べてみると、アスランさんの研究結果やハロの仕組みについて考察している掲示板がかなりヒットして、ヴィーノが前言っていた通り、凄い人なんだと知った。
そんな人が俺に対して造ってくれるなんて、今思いついた食堂の全メニュー奢ってもらうより、うんと価値がある。ほんの冗談だったのに、とんでもない物が貰えそうなことでテンションが上がって、つい叫んでしまった。
痛そうに耳を押さえたままで立ち上がった人に対して、すいませんと小声で言うと、少し拗ねたように、今度からお前と話す時は耳栓をするか50m離れると言われてしまう。話しにくくなることに焦ると、可笑しそうに笑われた。
「冗談だ。そんなに焦るな。じゃあ、それで良いんだな? 付けたい機能があれば後で言ってくれ。今回は本当に良くやってくれた。俺達の仕事は終わりだ、帰るぞ」
そう言ってコクピットに戻っていく人に続いて、俺も上がる。
乗り込む直前、コニールが大きく手を振っていた。
「本当に、ありがとなー!!」
手を振り返してハッチを閉める。アスランが前言っていた力の使い方についての話を思い出す。誰かを助け、守るために、手に入れたこの力を使えたことが、とてもとても嬉しかった。
復讐を肯定する気はさらさら無いですけど、原作の「地球軍は一人も生かすな!」や抵抗できない捕虜を撃つ場面から、以前作戦が失敗した事もあって恨みつらみが山のようにあったんだろうな、と考えてます。