約束のウサギ
「誘導ビーコン、固定完了。ディオキア一同、貴艦の入港を歓迎する」
「ありがとう、コントロール。歓迎の言葉、感謝します」
そんな通信が切れた後、みんな楽しそうに話し始める。
マハムール基地を離れ、私達は解放された近くのディオキア基地に休息を兼ねて立ち寄る事になった。少しは構わないでしょうと艦長のお達しだ。景色も綺麗だし、久しぶりにお姉ちゃんと一緒に買い物に行く約束もしている。ワクワクしながらミネルバから降りると、凄いことになっていた。
「勇敢なザフト兵士のみなさ〜ん!! 平和のために頑張ってくださり、本当にありがとうございます!!」
呆気に取られている私の横を、ヴィーノとヨウランを先頭にしたクルー達が我先にと走り抜けていく。この大騒ぎじゃ、出るのは大変そう。少し肩を落としていると、後ろから歩いてきたアスランさんが少し困った顔で来ているのか、と呟いた。それを聞きつけたお姉ちゃんが笑って話しかける。
「婚約者なのに、ご存知なかったんですか? お忙しかったから仕方ないですけど、少しは気にかけてあげてくださいね?」
更に眉を下げたアスランさんが、分かっているよと返事してから、私達のバッグを見て穏やかに問いかけてきた。
「君達も、買い物か?」
「えぇ、折角ですし二人で行こうと思ったんですけど、この騒ぎで。君達も……ってことは、アスランさんも何か買いに行くんですか?」
「あぁ。シンの奴、今回よくやってくれたからな。ちょっとしたプレゼントをしようと思って。工具も新品が届いたし、パーツ屋もエイブス班長から良いところを教えてもらったんだ」
お姉ちゃんの問いかけに、楽しそうに答えてくれる。ヨウランやヴィーノともよく話すけど、二人も大好きな機械の話をする時、こんな感じだ。意外と私達と変わらないんだな、と思っていると、羨ましそうに横から声が上がる。
「えーっ、良いなぁ! でも、今回本当に凄い活躍でしたもんね。シンったら、アスランさんに追いつきたくて本当に頑張ってるんですよ。貴方の言うこと、結構きいてるんです。私にも、大活躍したらご褒美に作ってくれますか?」
アスランさんは、パーツが良いものあったらなと答えて、お姉ちゃんが大喜びするのを妹でも見るような目で眺めてからフェンスの向こう側で歌っているラクス様に目線を戻している。話している間に人の流れも落ち着いたので、お姉ちゃんに声をかけた。私達を守ってくれる格好いい人に失礼しますと挨拶をする。気をつけて楽しんでおいで、と言う声にお礼を言いたかったけど、ラクス様が何か言い始めた事で、また人が動き出し、彼の背中は遠くなっていった。人混みから抜けた先で、少しだけ気になる事を聞く。
「ねぇ、お姉ちゃん。アスランさんと、もうちょっと丁寧に接した方が良いんじゃ……同じ赤服とはいえ、フェイスだし、指揮してくれる隊長でしょ?」
ザフトに明確な階級は無いけれど、横にいる姉の格闘センス然り、赤を纏う人は秀でたものがある。アスランさんは赤な上にフェイスだ。パイロット同士の会話は艦橋にいる関係上、通信外ではそんなに聞く事なかったけど、余裕のない戦闘中と、今で口調があまり変わらないことに驚いて恐る恐る聞くと、笑って話された。
「ごめん、話してなかった? もちろん、立場的にザラ隊長って呼ばなきゃいけないのは分かってる。でもね、ラーナスさんから言われたの。
俺は呼び捨てなのに、アイツには畏まるのかって。尊敬してくれるのは嬉しいし、慕ってくれてるのは分かる。その気持ちを忘れろって訳じゃない。いつまでも隊長呼びしてたら、アスランからも話しかけ辛いだろ。人見知りだから、悪いけど私達から距離を詰めてやってくれ、ってね。だから、名前で呼んでるの。アスランさん自身もザラ隊長って呼んでた最初の頃より、話してくれるし。シンは照れくさいのか、アンタ、とか呼んじゃってるけどね」
私も言われた時驚いちゃったわ、メイリンが不思議に思うのも無理ないよねと続けられる。そんなやり取りがあった事に驚いていると、更に言葉が重ねられた。
「でも、言われてみたらそうなのよね。私より1つ上なだけで、隊長としか呼ばずによそよそしくするのも変な話だわ。メイリンだって、もしも明日から私がうんと偉くなっても、お姉ちゃんって呼んでくれるでしょ?」
「流石に偉い人達の前や仕事中は呼ばないけどね。どんなに凄くなっても、私のお姉ちゃんだもの。アスランさん、人見知りなの? そんな風には見えなかったけど」
「ふふ、ありがと。
そうらしいのよ、私も意外だった。レイにも言われたけど、人を肩書きだけ見て全部分かった気になっちゃダメよね。放っておけないところもあるみたいだし。作戦準備中、ご飯忘れてシンのシュミレーター訓練に付きっきりな時があって。お腹が鳴ったのを聞いたシンが、まだ食べてなかったんですか、って怒って食堂に引っ張ってたから、見ててつい笑っちゃった」
アスランさんがラーナスさんやフィル先生に、仲の良い本当の兄弟みたいに世話を焼かれているのを見た事がある。シンはアカデミーで過去を話してくれた時、妹さんを亡くしたと言っていた。そんな経緯もあってか、気に入った人の世話は結構焼いてくれる。年上の末っ子と年下の長男、なんて言葉が不意に頭の中に浮かんで私も笑ってしまった。別に蔑ろにしている訳ではないことに少しだけホッとする。手招きするお姉ちゃんに言われるまま、お店のマップを姉妹仲良くくっついて覗き込んだ。せっかくの二人揃ってのお休みだもの。今は存分に楽しもう。
外に出ると、ラクス・クラインが来ている、と大騒ぎになっていた。
「聞いてくれて、ありがとうございます! 一日でも早く平和な世界になるよう、わたくしも切に願っています! その日まで、一緒に頑張りましょう!」
歌い終わった彼女がそんな事を言い、うおぉっと雄叫びが上がる。ステージの上で手を振った後、また歌い出した。ヨウランやヴィーノから、プラントの人達は皆あの歌姫のファンなんだと聞いた事がある。そんなアイドルに一緒に頑張ろうと言われたら嬉しいんだろう。
俺はいまいち、よく分からない。歌は上手いと思うけど。
ふと辺りを見渡すと、アスランさんが近くにいたから寄っていく。そういや、この人って……
「良いんですか、近くに行かなくて。アンタ、婚約者なんでしょう?」
「シンか。いや、なんか、な。俺が近くで見るのもなんだろうし」
「ふぅん、そういうものなんです? それより、ちゃんと飯は食べたんでしょうね。この前食堂に引っ張ってって以来、フィルさんから頼まれてるんですよ。自分やラーナスさんがいない時、アンタの面倒見てくれって」
なんだか歯切れが悪いような気もするが、あんまり外野がとやかく言うことでもないから話を切り上げて、頼まれてた事を確認する。この前シュミレーターで指導してくれつつめちゃくちゃお腹を鳴らしていたから問い詰めたら、ご飯を食べるのを忘れていたと白状されて、何やってんですかと叱ってしまった。その日のうちにそれを聞きつけたフィルさんに頼まれたのだ。着任当初の彼女との会話で放っておいたらマズい人なんじゃ、と思ったことを恐る恐る確認したら、困ったような笑顔で、正解です、と言われ、こう続けられた。
「集中すると、寝食を忘れちゃう困った子なんです。ラーナスにも頼んでいるんですけど、あの子も一緒になって夢中になってしまって……やりたい事ができても、身体を壊したら周りが嫌なのは、あの子達も分かっている筈なんですけれど。アスランは、自分に対してその認識が上手くいってないみたいで。我慢の限界超えても、助けてくれって自分から言わないから誰かが見てあげるしか対処のしようがないんです。私も見ているんですけど、念のため、お願いさせてください。お手数お掛けして、本当にすいません」
元々マユをみていた事もあって、人の世話を焼くのは結構好きだ。頭を下げる綺麗な人には全然気にしないでください、と慌てながら返した。そんな事を思い返していると、目の前の人は額に手を当ててため息をついた後、軽くむくれて言ってきた。
「姉様…… 悪いな。お前まで気にしなくても良い。きちんと食べたさ。
そんな事より、どの動物が良い?」
「フィルさんはそこまで関係ないですよ。アンタが倒れたら心配なんで。
動物……あぁ、言ってくれたやつですか!」
話を逸らされた気もするが、気になるので乗っかっておく。大概のものなら出来るぞ、と少し自慢げに言われた。何が良いかなぁ…… 考えていると、懐かしい想い出が思い起こされた。
「ねぇねぇ、どの子が良いかな? あ、この子可愛い!」
「ごめんね、マユ。テストで頑張ったご褒美にペット飼ってもいいって言ったけど、うちは住宅街だし、そういう大きな犬は外で吠えるからご近所迷惑になっちゃうの」
「えー……じゃあ、ウサギ! ウサギさんは? 学校で飼ってるけど、すごく静かだよ! 全然鳴かない! 私、お世話係だから、やり方分かるし!」
「あぁ、ウサギは良いかもしれないな。しばらく待ってもらう事になるけど、今度の休日に四人揃って見に行こう。シンも良いか?」
「うん。良かったね、マユ!」
「えへへ。ありがとう、お兄ちゃん! そうだ、せっかくだからお兄ちゃんみたいな子がいいなぁ。黒くって、お目目が赤い子! お父さん、お母さん! 今度のお休み、忘れないでね、約束だよ!」
そんな約束をしてから四人の休日が揃うまでのほんの少しの間に、アスハのせいで戦争が起きてしまった。あの約束はもう守られない。でも、マユが欲しがってたものは手に入るかもしれない。戦艦で生き物を飼う訳にはいかないから、本物じゃないけれど。 意を決して、聞いてみる。
「ウサギ……ウサギは、出来ますか?」
「うさぎ、か? もちろん出来るが……本当にそんなので良いのか?」
首を傾げられる。こちらの想い出なんか知らないから、もっと凄いのを頼まれると思っていたのだろう。なんだか物足りなさそうなので、せっかくだから注文をつける。
「うさぎが良いんです。マユが……妹が、欲しがってたから。機械っぽいのは嫌ですよ。ちゃんと本物みたいに跳んで、可愛いのにしてください」
目を開かれて少し黙り込まれる。気を遣われるかな、と思った時、すごく優しい声で返事をされた。
「それは、責任重大だな。本物同然に作るさ。言われるまでもない。造るならそれは大前提だから。他に、あったら嬉しい機能とかないか?」
……無茶ぶりかなと思ったけど、最低条件らしい。とりあえず、欲しい機能をお願いしておく。
「目覚まし機能とか、予定を知らせてくれるとありがたいです。自然な、本物っぽい感じでお願いします」
「自然な感じ、だな。アラーム機能を弄れば出来る。そうだ、お前さえ良ければ防犯機能を付けようかと思うんだが、必要ないか?」
「防犯機能って……付けれるもんなら付けてみてください、ウサギっぽくですよ! 目からビームとか、口から火炎放射とか絶対に止めてください、マユが泣きます! ていうかアンタ、何なら出来ないんだよ?! 結構無茶言ってるつもりなんですけど!」
ロボットとはいえペットにつけるとは思えない機能を言われ、出来る訳ないと思いつつ頼む。涼しい顔で頷かれたから、思いつく付け方を禁止して、気になる事を口にすると、可笑しそうにクスクスと笑いながら、返事をされた。
「お前な、そんな付け方は流石にしないさ! 希望があれば別だがな。
それに、お前の無茶振りなんかアイツに比べたら可愛いものだ」
アイツ? と首を傾げると、懐かしそうに遠くを見た。
「月に住んでた頃の幼馴染だ。能力があるのに、怠け者で、泣き虫で。鳥型のロボットを作りたい、と突然言いだしたんだ。本物の鳥みたいに鳴いて、飛ぶやつじゃないと嫌だって。割と難しいから時間がかかって、渡せたのは結局、卒業の時になってしまった。まぁ、あの時よりは俺も成長したからな、飛び跳ねるうさぎならそこまでかからず作れるさ」
「その人、作りたいと言いつつ、アンタ任せじゃないですか! 甘やかしちゃダメですよ!」
思わず突っ込んでしまうと、苦笑される。
「仕方がないだろ、弟みたいな奴なんだ。とにかく、ウサギだな。了解した。ちゃんと造るから。彼女の歌も終わったようだし、今からパーツ買ってくる」
いつの間にか歌が止んでいて、機材の片付けが始まっている。こちらに戻ってくる基地の人達の顔は、皆明るい。
「流石はラクス様だな、危険な地球にまで歌を届けに来てくださるなんて!」
「正に平和の象徴、我らがプラントの歌姫!」
「実は俺、怖くてパイロット辞めようかと思ってたんだ。でも、ラクス様が、一緒に頑張りましょう、って……! やるぞ、俺はやるぞ!」
そんな風に褒め称える言葉があちこちから聞こえてくる。数日前に、似たような光景を見た事を思い出して視線を戻すと、アスランさんはまだ居てくれた。あの、と呼びかけて気になっていた事を聞く。
「大丈夫でしたか。マハムール基地で説明する前、色々言われてたでしょ」
あの静かな場所での騒ぎだ。耳の良いこの人に聞こえていない筈がない。そう言った肩書きで判断されるのにうんざりしているという話だったから、相当参ったんじゃ無いだろうか。心配してしまうと、少し考えてから頷かれた。
「あれは……よく、あるんだ。今更文句を言ってもしょうがない。
フィクションでしか聞かない単語が目の前の諦めたように笑った人から飛び出した。念のため、意味を確認しておく。
「偉い人には立場の分だけ責任が伴う、って言葉ですよね。勝手なイメージや肩書きだけで話されるのも、しなきゃいけないことなんですか?」
少しムカついて言うと、しょうがないさ、と苦笑される。
「本来は社会活動や寄付の奨励として使われていた言葉らしいがな。今は語源はどうでも良いか。昔からそうだったからな、慣れるといつものことか、で済ませられる。実際、良い暮らしはさせてもらっているしな。お前が怒る必要はないぞ? そんな顔をするな」
困ったように頭を撫でられる。照れくさくなって、俺を構う暇があったら飯食ってください! と言えば軽く流される。晩飯は誘いに行こう、ラーナスさんからもこっちから構えと言われている事だし。決意を固めたところで、アスランさんの端末が鳴った。
「グラディス艦長、何かありましたか? ……はい、私の方は問題ありません。ちなみにお相手については……はぁ、分かりました。今横にいるシンと、これから会うラーナスにはこちらから伝えておきます。いえ、失礼します」
艦長からの通信を切ったアスランが、真剣な顔で告げてきた。
「グラディス艦長が会談の席にパイロットは全員同席してほしい、と連絡があった。急ですまないが、いけるか?」
せっかく街に来たから本屋にでも寄ろうかと思っていただけだ。特に予定も無いから頷く。気になったことを聞くと、不思議そうに眉を顰められた。
「そういや、会談って、誰となんです? 俺達全員を呼ぶなんて」
「言えないらしい……よっぽどの重鎮か、公にはできない人物か……とにかく、夕方には帰ってこい、遅れるなよ」
分かりました、と返事して本屋に向かう。一体、誰との話し合いなんだろう?
ようやく来た待ち合わせ相手に手を振ると、小走りで向かってきた。
「悪い、遅れた。こっちから誘っておいてすまないな」
「良いよ、ラクス・クラインがゲリラライブしてたんだろ? 声援の一つでも送った?」
からかい混じりに言うと、少し怒った顔が睨みつけてきた。
「そういうんじゃないって知ってるだろ。そう言えば、夕方からは会談があるらしい。それまでに基地に戻るぞ」
「いきなりだな、了解。知り合いがこっち来てるらしいけど、会うのは明日にする」
ハイネのやつからメールで、地球に降りる連絡があり、降下場所が偶然ディオキアだったのだ。いなくなったラスティやミゲルと同じく、性格が近くて話もあうから久々に会って飲みたかったが、仕事優先だ。断っておこう。
悪い、と申し訳なさそうにされる。気にする事ないんだけどな。
「気にすんな、生きてりゃまた会えるだろ、そいつ強いし。ちなみに、何買うか決まった?」
話を変えると、楽しそうに眼が輝いた。
「シンに会って聞いてみたら、ウサギがいいと言われた。妹さんが欲しがっていたらしいから、なるべく本物っぽい形が良いんだそうだ。アラーム機能搭載希望。彼女にあげる試作として、簡単な防犯機能つけるのも許してもらえたよ。目からビームやら、口から火炎放射やらはするなと言われたが」
「漫画みたいにベタだな」
口調も弾んでいる。突っ込むと、思い出したのか楽しそうに笑った。やっぱり、好きな機械の話をしている時が、一番リラックスしてそうだ。そういえば……と続けられる。
「本物っぽくしろ、ってことは、本物のウサギがしそうな事は機能として付けた方が良いよな? よし」
こちらの返事も聞かずに頷いた弟に、嫌な予感がした。
「おい、待て。何つける気?! お前またオーパーツ品造る気じゃないだろうな!?」
今までの力作を思い出す。一つは話に聞いただけだけど。
宇宙でも地球でも飛べる充電要らずの鳥と、丸っこい見た目で何でもどこでも鍵開け機能ついた、可愛らしさに反して性能がえげつないスパイ垂涎の一品だ。 興が乗ったコイツが造るものは、正直言って凄くヤバい。クライン邸のハロを裏取引で買った機械好き曰く、内部に機能が満載すぎて、下手に分解すらしにくいらしい。もちろんソイツはボコった。
なんて、いつかの任務を思い出しつつ慌てる俺を横目に、ちゃんとウサギの範疇にはするから! と笑って走り出す。シンのやつ……なんちゅうおねだりをしてくれやがったんだよ!! 想像の5億倍、ヤバいものが来るぞ!?
アスラン、最初に頑張って造ったのがあのトリィだから、最低ラインが無駄に高そうだな、と思ってます。