「元気そうだね。活躍は聞いている。嬉しいよ」
そうギルバートに言われたレイが、嬉しそうに抱きついた。彼と恋人同士だった頃に友人の弟だと紹介されたため、二人の関係性は知っている。思わず微笑んで眺めていると、背後から声がかけられた。
「例え繋がりが何であろうと、家族は良いものです。おっと、失礼いたしました。
初めまして、タリア・グラディス艦長。セントエルモ社長のアルバ・ローゼンクォイツと申します。以後、お見知りおきを」
柔らかな物腰の男性が、オリーブ色の頭を下げて挨拶をしてきた。淡い銀の眼がこちらの姿を映し、その神秘的な容姿に一瞬息をのむ。我に返って挨拶を返した。
「ご丁寧にありがとうございます、ローゼンクォイツ社長。僭越ながら御高名は存じておりますわ。貴方のお陰で多くの兵士が命を救われていることに、現場の一員として大変感謝しております」
本来の彼は義肢工学の第一人者だ。現在はパイロットの生存率の高いコクピットやパイロットスーツの研究に取り組んでおり、彼の研究が無ければ、多くの兵士が日常に戻れていないだろうと言われている。戦場に出ている一人として感謝を述べると笑って礼を言われた後、目が伏せられる。
「私の方こそお会いできて光栄です。ミネルバの勇名はプラントでも轟いていますよ。呼びづらいでしょう? アルバか、ローゼンで構いませんよ。
ありがとうございます。ですが、まだまだです。私では、彼らの心までは救えない。いくら五体満足で帰還しても、義手や義足をつけて元のように動けるようになっても、心が壊れてしまっては何の意味もない。そんな状態では生き残ったと言えません。御家族に胸を張って、治りましたと言えない。だからこそ、彼女には期待しているのですよ」
そう言って彼が振り返った先、耳馴染んだ硬い足音と共に白い髪の女医が駆けてくる。息を整えてから、眉を上げて笑顔を浮かべる。
「社長? 研究はどうなさったんですか?
衝撃を吸収できるコクピットの改良は? 神経伝達がより細やかになる義手は? 色の認識が本物と遜色ない義眼は? 重度の火傷を防げる耐火性パイロットスーツは?
どれもこれも貴方の研究は重要なのに、こんな所で油を売らないでくださいな!」
声が、怒っていた。話しながら、グイグイと距離を詰めている。対する彼は嗜めるように笑いながら、一歩下がって両手を挙げた。
「おぉ、相変わらず手厳しい事だ。落ち着いてくれ。全て理論は出来上がった。試作品の完成を待っている間に、探しに来ただけだよ。君にだけ任せられないだろう? アレは、過去に苦しむ全ての人々を救える物だ。手は多い方が良い」
自慢気に返された彼女の脚が止まり、悲しげな声で言葉を溢した。
「言われなくても、ちゃんとお願いはしました。手は足りていますよ。
そんなに良いモノじゃありません。使い方次第では、世界中の人口より多くの人が死に絶えます。先生は、世界を信じすぎです。そんなに優しくないんですよ」
「……人の数と道具そのものの功罪については、哲学に首を突っ込むから後日にしよう。ただね、覚えておきなさい。世界は、人間は、そんなに捨てたもんじゃないよ。冷たい時もあるが、それ以上にあったかいものさ。君は既に知っているはずだろう?
ところで、義足に問題は無いね? 今しがた全力疾走したようだが、痛みは?」
話が切り替わり、言い聞かせるように肩に置いていた手が下がる。彼女は打って変わって後退りながら困ったような笑みで、ありません、セクハラですよと答えた。先程の話題について興味はあるが、頑なに名前を出さない限り、企業秘密で公には言えないものの可能性がある。探しに来たということは、希少な薬の原料などだろうか?
考えを巡らせていると、黒髪の彼が前に出て、挨拶をする。
「ご歓談中失礼。お久しぶりです、お二人とも。ローゼン社長、兵士達の命のために、様々な研究へのご尽力、誠に感謝致します。フィル博士も、この前の記憶構成ニューロンの研究論文、お読みしました。相変わらず、良い着眼点ですね」
「ありがとうございます、議長。私達はただ、多くの人が死ななくていい世界が欲しいだけです。お礼を言われるような事は何も」
「十分ご立派ですよ。殺したくて戦場にいる者など居ないはずです。私も、同じ想いでこの場にいます」
握手を交わして深く頷きあっている。そう言えば昔、彼が遺伝子研究に励んでいた頃、学会で優秀な若い人材とあったと言っていた。彼女の事だったのだろう。不思議な縁もあるものだと少し感心していると、新たな足音が近づいてくる。
「やれやれ、私達だけでなく医療のトップも来るか。あの話なら既に聞き及んでいるぞ、議長。今回は一体、何の話だ?」
「まだ全員は揃っていない。待つとしよう、シモンさん。しかし、これでようやくアイツらに逢える。思想なぞどうでも良いが、あの家には世話になった。礼としてみっちり稽古はつけてやったからな、鈍って無いと良いんだが。それにしても、嫌われる覚えは無いが、どうも避けられている」
少し呆れたように苦笑しながら歩みを進めるサジタリウス代表に続いて、楽し気に頬を緩めた国防委員長が入ってくる。あまりの面子にギルバートを振り返ると、愉快そうに微笑んでいた。驚いたかい? と聞いてくる。驚くどころの話ではない。
「えぇ、本当に。これだけのプラントの重鎮をわざわざ地球に集めて、一体何をなさる気なんです?」
「なぁに、知ってもらいたい事があるだけだよ、タリア。君達ミネルバにもね。まとめて話した方が良いだろう?」
少し尖った声での質問に、食えない笑みを浮かべて返してくる。基地にいるのだから、通信でも良かったのに。真意が見えないで戸惑っていると、これまでのように穏やかでない、乱暴な足音が聞こえる。振り向くと、意外な人物だった。
「ゼェ……ハァ……すいません、失礼いたします! 議長! アレン・アルフリード国防委員長がこちらに居ると伺ったのです、が……」
アスランが、息を切らしながらも、しっかりと議長に挨拶をした。同時に来たラーナスも一礼した後、赤毛の彼を視界に入れて、嫌そうに仰け反る。アスランが国防委員長の所在を確認するという事は、二人が師弟関係であるという、彼に関して流れる噂の一つは真実なのだろう。あたりを付けていると、ひょいと国防委員長がアスランを見下ろした。
「ふむ。話よりは元気そうだな。色々あっただろうに、可愛げのない。ところで」
膝に手をついて息を整えていた二人が、大きく跳んだ。突風で髪が乱れる。アルフリード委員長が、片手で振り払った槍を引き戻した。背中に細長い包まれたものを背負っていたが、まさか武器だったとは。後方に着地したアスランが目を開いて叫ぶ。
「どうしてこんなところに居るんですか!? おまけに、なんてもの持ってきてるんですか、師匠! 議長に当たったらどうするんです! 街中でも、民間人にぶつからなかったでしょうね!」
「そうだよ、馬鹿師匠! それ、博物館にあってもおかしくない奴じゃん! 使い捨てナイフレベルの感覚で名刀名槍持ってくんな! そんな風に気軽に使ってるとこ見たら、ディゼンベルの博物学者達が泡吹いて倒れっぞ!!」
年相応に騒ぐ二人に呆気に取られる。以前アーサーとも話したように、彼等があまりにも大人びている事が心配だったが、杞憂だったのかもしれない。赤毛の彼は気にした様子もなく武器を仕舞いながら、淡々と返した。
「そう騒ぐな。俺が狙いを誤つなど、ある訳なかろう? 議長達の護衛として来たからな。護身用だと言えば許可は降りたさ。せっかくお前達に会うんだ。そんじょそこらの武器じゃ本気の俺に追いつかない、先に折れてしまう。しかし、本当に良い物だ。オーブから避難した富豪から護衛代とは別に貰ってな。売れば金には困らないとも言われたが……これは手放すのが惜しくなる」
「褒めるんだったら、まずは布でぐるぐる巻きにするとかいう管理方法やめましょーや。せめて鞘買え」
呆れたように言いながら立ち上がったラーナスに灰色の瞳が突き刺さる。
「武具など使えたらそれで良い。錆びないよう手入れはしている。それにしても、鈍っていなくて何よりだ。晩飯は良い所が予約できた。終わったら一緒に呑むぞ、付き合え」
アスランとラーナスが揃ってため息をつく。どことなく嬉しそうにも見える様子に微笑ましいものを見る気分になると、シン達の姿が見えた。
先導していた赤服の兵士が議長の前で敬礼する。
「議長、ミネルバのパイロット達をお連れしました」
「ありがとう、ハイネ。
では、全員揃いましたね、こちらにどうぞ。始めるとしようか」
促されるままに席に着く。いったい、何が始まるのだろうか?