ガンダムSEED ELPIS 赤の騎士と偽りの歌姫 作:明日希
ミネルバに戻って、思わずレイに聞いてしまう。
「なんで、軍服じゃダメなんだろ? 丈夫だし、分かりやすいのに」
赤い服だから結構目立つし、丈夫に出来ているから何があっても安心だ。袖を通しつつ首を傾げると、レイはいつもと変わらない顔で答えてくれる。
「恐らくだが……前のカーペンタリアやマハムールと違って、ここはつい先日解放してザフトの勢力圏になったところだ。地球軍や連合の協力者が残っていないとも限らない。軍服で行って、余計な目をつけられたり、無駄な戦闘を避けるためじゃないか?
俺達はアスランと違って顔が売れていないからな。そんな風に私服で行けば、ただの観光客に思われるだろう」
そんなものなのかな? レイにサンキュ、と返してカバンを持つ。奢って貰うにしても、とりあえず財布は持って行けって父さんが昔言ってた。出ようとすると後ろから声がかけられる。
「シン。アルフリード国防委員長は、考え方が独特な方だと伺っている。俺も詳しくは知らないがな。あまり影響を受けるなよ。
……楽しんで行ってこい」
「分かった。ありがとう、楽しんでくる。レイも気をつけて!」
アカデミーの頃からすごく頼りにしている友達だから、心配してもらえて嬉しい。知らない人との食事で重くなっていた気分が、楽になった。
ミネルバの出口で待っていると、シンが足取り軽くやって来た。師匠に言われた後は困った顔をしていたからフォローがいるかと思ったけど、レイがやってくれたのだろう。よ、と手を上げると駆け寄って来る。
「ラーナスさん! アンタ、よく見たらほぼ普段通りじゃないですか?! 良いんですか?」
少し眉を上げた顔で叱られる。レイから私服指定の理由も聞いたか?
「良いんだよ、俺は。サジタリウスは制服とか無いから。いつものスーツだけど、上脱いだだけで大分印象変わるだろ? 楽だぜ?」
上着を脱いでヒラヒラと振ってやると、ズルいですよ! と睨まれる。
そんな事言われても、ウチは私服が制服みたいなもんだ。急な潜入捜査とかあるので便利だが、流石にそういう事は言わないでおく。せっかく懐いてくれた後輩だ。
お前もウチ来れば? と半分本気で誘うと、レイやルナがいるから嫌です、あの人もいますし、と返された。アスランが理由に入っていたので頭を撫でてやりつつ足を進める。存分に撫でくりまわしたシンが頭のハネを直しながら聞いてきた。
「そういや、店ってどこなんです? あと俺、貝とナスと酸っぱいもの苦手で」
……苦手なもの多いな!? 質問に答えつつ、ため息をつきそうになるのは堪えた。
「もうすぐ着く。マジで良い店だったから、期待しとけ。お前さ、もし貝とナスしか無い島に身一つで遭難したらどうすんだよ。嫌いだからって野垂れ死ぬ訳?」
つい注意してしまう。潜入捜査や作戦が長引いて食糧が尽きたら、好き嫌いは言ってられない。何でも良いから食わなきゃ死ぬ。アスランみたいにアレルギー持ちなら、そこにも注意をしなきゃいけない。アスランの世代では極限状態を想定した訓練もアカデミーであったと聞いたが、シンの時には無かったのか?
険しくなったかもしれない目線の先で、バツが悪そうに言われる。
「……まぁ、そういう時なら、しょうがなく食べると思いますけど……っていうかナスと貝しか無いってどんな島ですか!?
そんな事より、そんなに良い店なんです?」
突っ込みが来たので、例えだよと笑ってから大きく頷く。
大衆向けの店だが、高級料理店に勝るとも劣らない良いものを出す所だった。店の名前はセイレーン。海の近くにあり、潮騒を聞きながら特一級品の絶品な海の幸が楽しめる店、という触れ込みだ。レビューも上々、サクラの気配は無し。魚嫌いですが、ここのは美味しくておかわりしました! なんてのもあって、正直楽しみだ。さっき言ってたコイツの貝嫌いもどうにかできるかもしれない。
店が見えたので、師匠の名前を告げると、先に着いておられますよと案内された。見慣れた赤毛が座って海を眺めている。
「失礼します、お連れの方が来られました」
「あぁ、感謝する。料理を持ってきてほしい。
よく来てくれたな、二人とも。さて、食うとしようか」
促されて座ると、次々と料理が運ばれて来る。目の前の人がおもむろに口を開いた。
「改めて、今回は良くやってくれた。感謝する。何の罪もない同胞が虐げられているのは耐えきれないからな。さっさと捨て置けば良いものを……」
苦々しげに呟かれた言葉をラーナスさんがフォークをパスタに刺しながら、つまらなそうに制した。
「やめましょうって、ソレ。穀物輸入やらエネルギーの輸出利益やらでズブズブなんですから。今更切ったらこっちにも損害が来る。大っぴらには言わないでくださいよ、バカ師匠。なんでその仕事やってんだ」
……もしかして、折り合い悪いのだろうか? 普段のこの人は俺と違って、誰とでも距離を縮められるタイプだから、こんな風にぶっきらぼうなのはちょっと意外だ。慣れているのか、困ったような声で返事が来る。
「分かっていても納得はできない。誰だってそういうものはあるだろう?
……まぁ、な。ちょっとした、取引の結果だ。
ところで。食べが悪いようだが、苦手なものでもあるのか? ……貝か」
歯切れが悪そうに答えた後、こちらに話題を振られる。サラダに入っている貝をちまちま避けてたのが気づかれた。申し訳ないので謝る。
母さんにも、食べ物無駄にしないでって怒られたなぁ……
「すいません、実は自分、貝が苦手で……なんか、グニャグニャしててどうも……」
首をすくめると、頷きが返された。
「ふむ。好き嫌いは別に良い。誰にだって苦手なものの一つ二つある。しかし、ここのはアレルギー持ちのやつでも思わず食ってしまうと評判の旨さでな。食わずに帰るともったいない。一口だけで良いから食っておけ。残りは貰う」
そこまで言うならと、渋々口に入れる。……めちゃくちゃ美味しかった。
「なんですかコレ……グニャグニャしてないし、変なの入ってないし、味もサッパリしてる!」
驚いて言うと、愉快そうに解説された。
「海の近くで質が良いのもあるが、下処理をプロが念入りにしているからな。余分な水分を吸わないようにしたり、砂抜きをしっかりしたり。
道具と同じだ。丁寧に準備や手入れを行えば期待以上の性能を出してくれる。コレで、貝が食えなかったお前は死んだ、ということだ」
急に、死んだと言われて面食らう。固まってしまうと、アレコレと美味しそうに食べていたラーナスさんが飲み込んでから話し出した。
「師匠。いきなりそういう言い方はやめろ。
悪い悪い。この人の……持論? みたいなもの。あー、哲学書とか読んだことある?」
「哲学書は、あんまり読んでないです。教科書で習った知識ならありますけど。それより、どういうことなんです? 貝が食べれない俺が死んだって」
ファンタジーやミステリーとかの方が好きだ。懐かしい学校の授業に思いを馳せつつ話すと、うん、と苦笑された。
「今、貝が美味しいっていうのを知っただろ。今後、貝が美味しくないって思うのは、お前できる?」
想像してみる。確かに、ここの貝はグニャグニャしてないし、砂も入ってない。他のも、ちゃんとしてたら美味しいのかもしれない。
「……たぶん、難しいと思います。ここみたいに、ちゃんとしてそうなとこのなら美味しいかなって、一口は食べてみるかも」
「そ。つまり、『貝が美味しく無かったから最初から食べないお前』は戻ってこない訳だ。ソイツを指して、師匠は死んだって言ったわけ。悪い意味じゃなく、成長したとか変化したとかの言い換えみたいな感じ? それでも、いきなり言うもんじゃねぇんですけど!」
ちょっぴり困ったように笑ってから、師匠である人をジロリと睨んでいる。視線を一切気にせず、少し安堵したように褒め出した。
「随分と、解説が上手くなったな。流石はあの家の外交担当と言うべきか。
ところで、アイツはいつ上に立つ気だ? そろそろ不味いんじゃないか?」
微妙そうな顔で褒め言葉を聞いていたラーナスさんの手が止まり、嫌そうな顔になる。珍しく結構な時間黙ってから、憎たらしげに口を開いた。
「……たぶん、しばらくは成る気無いですよ。
まぁ、無理も無いんですけど。まだ両親死んで2年しか経ってない。家族団らんの時間も十分に無かった。ただでさえ親父さんがアレだってのに、折り合いつけて受け入れろってのも酷な話です。自分が何か大きな所のトップになるの、怖がってる。少なくとも後5年、下手したら10年はかかります。その間は俺や姉たちでなんとかしますよ、ご心配どうも。
にしても、まさかソレ言うつもりで今日呼んだんじゃないでしょうね」
おそらく、アスランさんの事だろう。あの人、もう隊長なのに何かやらなきゃいけないんだろうか? 目を白黒させていると、少し語気を強めてアルフリードさんが口を開いた。
「違う。むしろ、いないからこそ話している。
大丈夫そうに見えたが、お前のその口ぶりだと相当不味いんだな。昔から、隠すのだけは上手かった。
やはり、落ちてきたアレか? 母親の墓標だろう?」
最後の言葉にハッとした。ユニウスセブンの事だ。あの日、お母さんが血のバレンタインで死んだと言っていた。なら、どうして砕けたんだ? 途方に暮れている隣でラーナスさんが恐らくと頷き、困ったようにこちらを見ながら喋り出した。
「でも、中々に謎が多くて。確かに大好きなあの人の眠る場所がああなったんです。落ち込むのは分かる。それにしたって、引きずり過ぎている気がするんですよね。お前、何か知らない? 作業、手伝ったんだろ?」
あの時の事は、よく覚えている。思い出す間でもなく、心当たりはあった。言おうとして、さっきからこの人達は固有名詞を口にしてないことに気づく。レイの言っていたように、地球軍の奴らが潜んでいるのを警戒しているのだろうか。少し考えてから、口を開いた。
「あの人も、その時一緒に乗ってて。作業、手伝ってくれたんです。なんで手伝ってくれたかは、聞けてないんですけど。それで、出てきた奴らが、あの人のお父さんが取った道こそ正しいんだ、って……!」
アスカの言葉に二人揃って固まった後、盛大にため息をつく。口をつけずにいたワインを煽って、ラーナスが捲し立てた。
「それだ。100パーそれだ。サンキューな! ……クソッタレのクズカス有害産廃復讐の亡者共め、地獄に9999年いやがれ! あの方があの場所を傷つける訳無いだろうが!!
あー、くそ、師匠、訂正です。アイツ、一生上に立つ気無いですよ。思想が絶滅なんかできっこありません。こんなご時世だし! 確実に神輿で担がれます、そんなのにアイツが成る訳がない! これじゃおまけに自分で組織立ち上げるとかも嫌がります、何か建てた時は……チクショウ、そんなのさせてたまるかってんだ! 殺してでも止めてやる!」
叩きつけるように高そうなグラスが置かれる。周りに配慮したのか、叫ばずに小声なのは流石で済ませていいのだろうか。横の期待の新兵あがりから水を貰って落ち着いたのか、食事を再開した愛弟子を見つつ口を開く。
「俺は別に、アイツが当主に成らずとも良い。
しかし、それではかなり、思い詰めているだろうな。作業を手伝った理由は再戦防止だと察しがつくが……結果がソレでは報われないにも程がある」
戦争にしないために、断腸の思いで、それこそ水火の苦しみの中でユニウスセブンを砕いた事は想像に難くない。しかし細かな破砕には及ばず、犯人が自らの父の思想のみを重視した相手だ。残酷な事だな、と呟いて残りの物を胃に収める。食事が美味いのが救いだ。
納得のいってない顔で正面の若者達が目の前の皿を片付けていくのを目にしつつ、少しため息をついた。
「此処だな、セイレーン。評判の良い店らしい。質が最上級の割に、値段は手頃。ステラの希望通り、海も見えるから良いんじゃないか? 検証ついでだ。軽く食べて帰ろうぜ」
「確かに、良い店ですが……書類の目処が立ったからといって、着いて来なくても良かったのでは?」
ジョーンズの入り口で私服で立っているこの人を見て、心臓が止まるかと思った。いつもと違い仮面で覆われていない顔が、子供のようにニヤリと笑う。
「そう言うなよ、相変わらずお堅い事で。ちゃんと終わらすさ。せっかくの綺麗な街だ。アイツらにも、こう言った時間は必要だろう? 行こうぜ。
ごめん、お姉さん。2名空いてる?」
流石の人気店というべきか、入ると店内は満席だった。店員が申し訳なさそうに口を開く。
「申し訳ございません、お客様。せっかくお越しくださったのですが、本日満席となっておりまして……」
「……俺の卓がもうすぐ空く。少し待ってもらうことになるが、構わないだろうか?」
後ろから声をかけてきた赤毛の男の申し出に、隣の上司が軽やかに笑う。
「ありがとう、助かります。
せっかくの良い街だから、子供達と明日良い店に来ようと思って。今日は下見に。
ちなみにお兄さん、おススメとかあります?」
「構わない。観光か?
子供か……良き父親が居て、羨ましい限りだ。そうだな、サラダと……メインならコレとコレがオススメだ。海鮮が苦手だと言っていた奴でもバクバク食っている。そうだ、子供達の好きなものが有れば今日言っておくと良い。対応してくれる。
あぁ、そろそろ終わるな。すまないが、頼んでいたものを包んでくれ」
渡されたメニューを指差しながらお薦めを教えてくれる。彼の視線を追うと、長さの違う黒髪の少年2人が凄い勢いで平らげていた。どことなく、やけ食いのようにも見える。何やら良い匂いのする包みを受け取って支払いを済ませた傍らの男に、大佐は嬉しそうに返した。
「どうも。自慢の子達ですよ、機会があったら会ってください。
ふむふむ。ご丁寧にありがとうございます。本当だ、凄い勢いで食べてる。リクエストも聞いてくれるんですか?
ちなみに、アンタは何を頼んだんです?」
問いかけに、仏頂面の男の頬が僅かに緩んで秘密だと返される。ごちそうさまでした! と喧騒に紛れて良い声が微かに聞こえてきたため、笑って立ち上がった。
「ではな。何故だか、また何処かで会える気がする。その時に名を聞かせてくれ。奥方も、ご旅行を楽しんでほしい」
奥方、と呼ばれて誰の事か分からなくなる。苦笑した大佐に肩を叩かれて、いえと返すので精一杯だった。
呼ばれて着いてきた少年達がどうもと頭を下げてくるのに返す。大佐がニヤニヤと話しかけてきた。
「いやぁ、ラッキーだった。良い人もいるもんだ。にしても、奥方、とはなぁ?」
「揶揄うのはやめてください! ほら、急いで片付けてくれたようです、行きますよ!」
背中を叩くと、楽しそうに笑われた。
何やらアルフリードさんと話していた人達に会釈してから店を出る。冷たそうな女の人と、明朗そうな男性だった。観光に来ていたご夫婦だろう、と少し愉快そうに話すと、何やら包みを渡してきた。
「今日来れなかったアイツに渡してくれ。中身は大好物だ。人数分入れてもらったから、何なら一緒に食うと良い。今日は色々と為になった、礼を言う。食事中にする話では無かったかもしれんがな」
あったかい容器を受け取ると、頭を下げられたので慌ててしまう。
「いえ、そんな……!! 俺こそ、美味しいご飯ありがとうございました! お陰で貝が食べれそうです!」
それは良かったと顔を上げて笑われる。ラーナスさんにはお前も気をつけろ、背負い込むなよとだけ言い、ハイハイと流されていた。
「では、ホテルは別だからな。道中気をつけるように」
そう言って向けられた背にもう一度お礼を言うと、あの人が先程されたみたいにヒラヒラと手を振られる。カッコいいなぁと思っていると、背中が勢い良く叩かれた。
「良し! 師匠、気がきくじゃん! お前、走っても腹痛くなんない? 走るぞ!」
楽しそうに走り出した人の背中を追いかけながら声をかける。あの人もだけど、食った後だぞ! 基地から近いから、影響無いけどさ!
「何なんですか、急に! この箱の中身、一体なんだって言うんです?!」
笑いながら返事が帰る。
「師匠も言ってたろ、アイツの大好物だよ! 冷えたら拗ねて面倒くさいから、部屋の保温庫に入れとくの!」
「はいはい、そーですか! ていうか、あの人、何の上にならなきゃいけなかったんです!?」
神輿とか言ってたけど詳しく分からなかったので聞くと、途端にスピードを落とした目の前の人の背中にぶつかる。
痛いですよ、と文句を言おうとすると、泣くのを我慢するような顔がこちらを向いたから息を飲む。大きく、ため息をつかれた。
「そっか、政治派閥とか普通はそんな気にしないもんな。ちょうど人気も無いし、もう良いか。
アイツの親父さんもお袋さんも死んだだろ? そうなったら家の事を子供が全部取り仕切んなきゃいけないんだよ。つまり、アイツは過激派筆頭として見られるザラ家の御当主サマを継がなきゃいけない。どう足掻いても過激派連中の旗印にされる。
この前のユニウス落としきっかけに残党は全滅したけど核撃たれかけたから、新たに湧いてきてんだよ。ザラとは関係ないって突っぱねてるけど。もし、アスランが新たな組織立ち上げたら、過激派ホイホイになる。諸共自爆するつもりでない限りしないだろ。
アイツがやりたい事自由にするには組織立ち上げるのも良いんだけど、最初からもう潰されてんだよ」
アスラン、父親の影響で影響力ある立場には自分から着くのは絶対嫌がりそうだなと思ってます。