ふと、目が覚めた。何故だか随分と布団が暖かい。寝過ぎたかと思って時計を見ると、むしろ普段より少し早い時間だった。気温が高くて布団が暖まりやすかったのか? 寝起きの頭で考えつつ、なんとなく横を見ると、ミーアが寝ていた。叫びそうになって、咄嗟に口を押さえる。声が漏れたのか、彼女が目を覚ました。
「ん……あれ、アスラン? ……あ、そっか、私……おはよう」
「え、あぁ、おはよう……じゃない! なんで、ここにいるんだ?! 鍵は? 姉様達は?」
思わず挨拶を返した後、我に返って矢継ぎ早に質問を飛ばすと、彼女が思いっきり身体を伸ばした。服装が服装なので眼を背ける。もしかしたら、この格好で来たのだろうか。だったら危険にも程がある。身体を動かして頭がはっきりしてきたのか、少し拗ねたような声で答えが返ってきた。
「ちゃあんとメールでお部屋に行くって言ったわよ? お返事が無いからフォリィにお願いしてフロントで鍵借りてもらったの。そしたら、スヤスヤ寝てるんだもの! フィルさんに起こさないようにしてくださいねって言われて、せっかくだから一緒にお休みしようかなって。心配しなくても、ちゃんと送ってもらったわ。このパジャマも持ってきてくれたの! どう? 似合う?」
くるりと回る彼女を視界の隅に収めつつ携帯を開くと、確かにメールが来ていた。俺のミスだ。もう少しだけ起きていたら良かったと反省していると返事を催促されたので、褒めると嬉しそうに抱きつかれそうになる。流石に格好が格好なので、頭に手を置き、彼女の動きを止めて頼む。
「良いから、着替えてくれ! ……もしかして、着替え、無いのか?」
まさかの可能性に思い当たって、背筋が冷える。この姿の彼女を人前に出すのは大変よろしくない。俺の赤服でも貸せば無遠慮な視線は避けられるか? 新品がまだあった筈だし……思考を回していると、可笑しそうに笑われた。
「やぁねぇ、ちゃんとあるわ! じゃあ、着替えるけど、流石に恥ずかしいから後ろ向いててね? 振り向いたらイヤよ?」
おい待て……ここで着替える気か!? 後ろを向かされ、静止の声をあげたが、既に遅かった。部屋が無音な事も重なって衣擦れの音を耳が拾ってしまう。居た堪れなくなって、目の前にあったバスルームにこれ幸いと飛び込んだ。
「アスラン? お着替え終わったわ……もう! 音してるから、まさかとは思ったけど、びしょ濡れじゃない! 急いで良かった! 早く頭拭いて、風邪ひいちゃうわ!」
ようやく終わったらしい。冷水の流れるシャワーを止めて、突っ込んでいた頭を上げ、軽く振って水気を払うと怒った顔で注意された。こんな事で風邪なんか引かないが、差し出されたタオルを受け取り礼を言う。それにしても、表情がよく変わるものだ。やっぱりラクスとは違うな。カガリに近いものを感じるが何処か違う気がして見つめていると、眼を覆われた。
「慌てちゃってお化粧ちゃんとしてないの、あんまりしっかり見ないで。まさかここまでアスランが慌てるなんて……ごめんなさい。次から、ちゃんとお部屋でお返事待つわ」
「謝る事は無いが……次からはそうしてくれ、心臓に悪い」
さっきの服装は良くてソレは駄目なのかと突っ込みたいが、失礼になると姉に昔叱られたので止めておく。それにしても、本当に驚いた。彼女がここにいた事も勿論だが、軍人の身でありながら他人がベッドに入った事に気づかず寝こけていた自分にも。ここ最近は欠かした事のない薬を飲んでいなかったにも関わらず、だ。気を引き締めなければなと考えながら髪を拭き終わると、少し顔を背けたまま声を掛けられた。
「はぁい。そうそう、もし良かったら一緒に朝ごはん食べに行きましょ? 下のダイニング、とっても評判なんですって! あ、でも、お化粧ちゃんとしたいから、待っててくれない? また濡れ鼠になってたらダメよ?」
いつもの衣装になったとはいえ、このまま帰すのも悪い。慌てさせてしまったお詫びもしたいので頷くと、楽しそうな笑い声が響いた。
食堂に行くと、先に席を取っていたルナが手を振って呼んできた。向かいながら辺りを見渡すと、議長の姿が見えない。席に着いてから、噂好きのルナに聞いてみる。
「なぁ、ルナ。議長って、どこに居るの?」
「議長は始発の便で戻られたみたい。お忙しい方だもの、今回来てくださっただけでも凄い事なのよ」
議長がもう居ない事に驚いた顔をしていると、苦笑して説明される。忙しい人なのは分かってるけど、挨拶ぐらいしたかった。ロゴスって言う奴らの存在を教えてくれた事に関してお礼も言いたかったし。仕方ないから、また会えた時に言おう。
食事を取りに行こうと席を立つと扉の方が俄かにざわつく。振り向くと、アスランさんとラクスさんが二人揃って来たのが見えた。人垣なんか気にしていない様子で楽しそうに話しながら、流れるような動きでアスランさんがトレイを二人分手に取った。ルナがほうっとため息をつく。
「流石はプラントの希望ね……正に理想のカップルって感じ! あんな風に自然なエスコートできる男の人って素敵よねー」
「あ……何か取ってこようか?」
ジロリとこちらを軽く睨んで来たルナに慌てて聞くと、笑って断られる。分かってたけど、一応だ。適当に流しつつ、話題の二人に視線を戻すと、アスランさんに引っ付いたラクスさんが色々と注文していた。少し待つと、あの人の持っているトレイに美味しそうな物が色々と並べられる。その中に昨日好物だと言っていたロールキャベツが見えて、なんだか嬉しくなった。ちゃんと好きな物を知ってくれる人が恋人なら、寂しくないのかもしれない。ちょうど近くの席が空いていたので、周りを見回している二人に声をかけようかと迷っていると、よく通る声が二人に向けられた。
「ラクス様、アスラン! よろしければ、此方が空いていますよ」
驚いて後ろを向くと、ハイネさんがいた。よ、と手を挙げる彼にお辞儀をしていると、アスランさん達も近づいてくる。横のラクスさんがペコリと頭を下げた。
「ありがとうございます! 隣、失礼致しますわ。貴方達はアスランと一緒の船のシン君とルナマリアさん、で合っています?」
「はい! 初めまして、ラクス様! いつもありがとうございます!」
此方に向けて確認を取って来たラクスさんに、ルナが嬉しそうに返事をした。やっぱり、プラントの人達にとってこの人は特別なんだろう。凄い事だけど大変そうだなと思いながら挨拶を返す。ハイネさんが人好きのする笑みでラクスさんに話しかけた。
「昨日は兵士達の慰安ライブ、ありがとうございました。たいそう評判でしたね。貴方の護衛ができて兵士冥利に尽きます。残念ながら帰りはご一緒出来ませんが、どうか道中お気をつけください」
護衛任務も兼ねて地球に降りてたのか。にしても、帰りは一緒に行けないって何でだろう。不思議に思っているとアスランさんが聞いてくれた。すると、驚きの答えが返って来る。
「この休暇明けたら、俺もミネルバの一員になるから。……にしても、インパルスにセイバー、ザクウォーリアにファントム、プラスでラーナスの奴だろ? 数は少ないが一騎当千、戦力としては十分だと思うんだが、それだけ議長はミネルバに期待していらっしゃるのかねぇ。ま、現場はとにかく走るだけだ。という訳で改めてよろしくな!」
全員で敬礼すると、真面目だなぁと嫌味なく笑われた。良い人そうだし、頼りになる人が増えたのは嬉しい。でも、指揮系統とかどうするんだろう? 聞こうとした時、ラクスさんが急かすようにアスランさんの腕を引いた。
「アスラン、皆さんも。早くご飯食べちゃいましょ? せっかく美味しいお料理が冷めちゃうわ」
腹の虫が思い出したように存在を主張してくる。頭を下げてから注文に向かった。
食べ終わってから飲み物を飲んでいると、フォリアさんが早歩きで向かって来た。
「失礼します。ラクス、そろそろ準備しないと間に合わないわ。決まったスケジュールも伝えたいから、良いかしら?」
呼ばれたラクスさんがサッと立ち上がって俺達に一礼した。
「はぁい。皆さん、お話出来てとっても楽しかったですわ。アスラン、また後でね」
楽しそうに笑って駆けていくラクスさんを見送った後、ハイネさんがニヤニヤとアスランに笑いかけた。
「いやぁ、仲良さそうで何より。いいことよ? うん」
「え、あ、どうも……? それより着任後の指揮権なんだが……貴方の方が先任だし、経験もあるだろう?」
戸惑ったように答えた後、アスランさんが真剣な顔になる。問われたハイネさんは考え込んだ後、淡く笑って頭を振った。
「いや。俺はお前ほど難度の高い作戦に携わった経験は無い。ヤキン・ドゥーエぐらいのものさ。クルーゼ隊にいたお前はヘリオポリスのアレも、ストライクの追討も参加してただろ? 奪取されたガイアやアビスを相手取るなら、お前の経験の方が活きる。咄嗟の判断は任せるよ。その代わりと言っちゃなんだが、普段はバンバン口出させてもらうぜ。それで良いか? 後、昨日も言ったけどハイネでいいよ。もちろん、お前達もな」
コクンと頷いたアスランさんがお礼を言って席を立った。ラクスさんの見送りに行くらしい。君達もゆっくりしろよと言われる。昨日のレストランから見えた海が綺麗だったので近くで見たい。確かバイクが借りれたはずだから向かう事にした。
「それでは、ラクス。くれぐれも気をつけて」
「えぇ、アスランもお気をつけくださいませ。ミネルバの方々やハイネさんにも楽しかったとお礼を伝えてください」
“ラクス・クライン”として言葉を交わした彼女が、顔を近づけてひっそりと囁いてきた。
「連絡、ちょうだいね? 約束よ」
頬に柔らかい感触が当たり、飛び退きそうになったが、人目があるのでグッと堪える。楽しそうに笑ったミーアは、またね! と手を振ってシャトルに乗り込み、遠ざかっていく。……本当に心臓に悪いにも程がある。ふわりと残った甘い匂いのせいで、顔が熱くて仕方なかった。
見晴らしの良さそうな崖が見えてくる。貸出手続きをする際に、基地の人が絶景スポットとして教えてくれた所だ。近づいて行くと、女の子がクルクルと踊っていた。楽しそうだなと眺めてから綺麗な空を見上げていたら水音が響く。目を戻すと、さっきの子が見えない。まさか……
「落ちたのかよ!?」
泳げないのか、上がってこない。助走をつけて飛び込む。突然の事でパニックになっているのか、暴れる彼女を引っ張って、どうにか岸へ着く。肺に思いっきり酸素を取り込んでから、思わず怒鳴りつけた。
「何やってんだ! 泳げもしないくせに、あんな所に一人で! 死んでたらどうするんだよ!」
びっくりした顔で固まっていた女の子が、怯えたように後ずさりした。
「死ぬ……死ぬの……? 嫌、死ぬのは嫌!! 怖い!」
後ろは海だっていうのに気づかずに進む子を抱き止めて、動きを封じるとグスグスと泣いていた。
「だれ? 誰が死ぬの……駄目よ、それはダメ……! 怖いよ、死ぬのは、怖い……!」
この子、相当辛い目に遭ってきたんじゃないだろうか。放っておけなくて小さい頃マユにしていたみたいに頭を撫でてあげると、少し泣き止んだ。どうにかして宥めないと。
「大丈夫、大丈夫だよ。君は死なない! 俺が、ちゃんと護るから!」
何も知らない小さな子供みたいに澄んだ眼が見つめ返してきた。
「まもる……?」
「うん、そう。もう大丈夫。君は死なないよ、絶対に。僕が護るから。さっきはごめんね。悪かった」
謝ると、パチパチと瞬きされた後、安心したようにフニャンと微笑まれる。言葉を覚えたての子供みたいにおうむ返しで呟かれたから、安心して欲しくて、俺が君を護るからと約束した。
サバイバル訓練をしていて良かったと思ったのは初めてだ。なんとか火を起こしてから彼女を見ると、足から血が出ていた。暴れてた時に岩で切っちゃったみたいだ。流されてなかったハンカチを海に浸して縛っておく。上を見ると崖だった。この子は泳げないし、俺も彼女を抱えて街の方まで泳ぎ切れる自信は無い。横穴があるけど、体力が万全じゃない今の状態で歩いたら、時間がかかるし、それこそ遭難してしまいそうだ。後で怒られるだろうけど、ちゃんと事情を言って謝ろう。首に掛けていたドックタグを折る。これで、救難信号が飛んだはずだ。少し待ってたらミネルバから迎えが来る。そしたら、この子の保護者を捜さないと。考えていると、くしゃみをされたため、心配になって聞く。
「大丈夫? 寒くない? えっと、君、名前は? ディオキアに住んでるの?」
ちょっとだけ首を傾げた後、コクリと頷いて答えてくれた。
「名前……ステラ。街、知らない……」
ここの街の人じゃないのか……旅行だろうか? ホワホワした子だし、一人では旅してないはずだ。親は……さっきの死への怯え様から俺みたいに戦火に巻き込まれたのかもしれない。
「えっと……いつも一緒にいる人の名前とか、分かる?」
「いつも一緒は、ネオ、ナタル、スティング、アウル」
「そっか。あ、えっと……俺はシン。シン・アスカって言うんだ」
「シン?」
まだ名乗ってなかったから言うと、聞き返される。頷くと、しばらく俯いた後、何かを渡された。受け取って手を開く。ステラが少しだけ笑って言った。
「きれいなの、見つけたから……」
「もしかして、くれるの? ありがとう」
お礼にって事だろうか。小さなピンクの貝がらを大切にポケットに仕舞うと、車の音が近づいてきた。迎えが来たみたいだ。ステラを呼んでから出ると、耳慣れてきた呆れた声が飛んできた。
「休日にエマージェンシーとは……やる時はとことん派手にやるな、お前。それで? こんな所で遭難なんて、何があったんだ?」
「遭難じゃないですよ。この子が溺れてるのを助けて、ちょっと帰るのが難しくなっちゃったので」
「そうか。身元とかは?」
「えっと、彼女、この街の子じゃないみたいなんです。家も分からないらしいし。多分、戦争で親とか大事な人亡くしたっぽくて……かなり怖い目に遭ったみたいです。ステラって名前は教えてくれたんですけど。あ、あと、いつも一緒に居るのは、ネオ、ナタル、スティング、アウルって名前の人達だそうです」
「名前だけ分かってもな……一緒に基地まで来てもらって、データベースで調べるしかないか。シン、連れてきてあげてくれ」
ステラの事情を聞いて悲しそうな顔をしていたアスランさんから指示を受け、ステラを誘いに行くと頷いてくれた。一緒がいいとお願いされたので、後部座席で二人並んで揺られていると、近くの対向車から焦ったような声が聞こえる。
「ステラ! どこにいんだよ! ナタルに心配かけやがって! 何やってんだ!」
「くっそ! 海の近くに居るかと思ったんだが、ハズレか?」
「おーい、ステラ! あんなに可愛いんだから誘拐か?」
疲れが溜まったのかウトウトしていたステラがハッと顔を上げた。アスランさんが指示を出したのか、車が寄って行く。ステラが無事に帰れそうで良かった。
約束の時間になっても来ないステラを探しに、車を出して海岸線をひた走っていると、ザフトのジープが寄ってきた。勘付かれた訳ではなさそうだが、速度を落とすと向こうも停まる。身を乗り出してステラを探していたアウルが小さく唸った。
「げぇ、ザフトじゃん」
「あんまり騒ぐな、アウル。おい、赤服だ。マジかよ、ステラも降りてきた。どうする、ネオ」
窓を閉めながら聞いてきたスティングに返事を返しながら、車のエンジンを切って少年の手を借りて降り立った可愛い末っ子をガラス越しに見る。大きな怪我もしていないようだし、ひとまず安心だ。あの赤い坊主が一緒なら、乱暴な事はしていないだろう。訳もなくそんな確信を抱き、振り向いて子供達に告げる。
「こっちは私服だから、気づかれる心配はないさ。とりあえず、ホテルで念のため待機してるナタルに連絡を頼む」
ステラを呼んでいた車の近くにつけると、向こうも止まった。中から男の人が降りてくる。あれ、あの人、昨日すれ違った……ステラの手を離すと、嬉しそうに小走りで駆け寄って行く。
「ネオ!」
「ステラ! 心配したぞ! すいません、ザフトの皆さんにもご迷惑をお掛けしてみたいで……」
「いえ、その子、うっかり海に落ちちゃったんです。でも、ちょうど良かった。ステラの事、名前以外分からなかったから、どうしようかと」
「そうですか。ザフトの人達には、いつも色々とお世話になってます。全く……ほら、帰るぞ。服も生乾きだし、着替えないと」
続けて降りてきたお兄さんにもお礼を言われ、頭を下げる。ステラが名残惜しそうに振り向いた。捨てられる寸前の仔犬みたいに名前を呼ばれたので、困ってしまう。
「ほら、ステラ。お兄さん達来たし、もう大丈夫だろ? また会えるから! っていうか、絶対に会いに行く! 約束! またね!」
「ん……シン、えっと、また、ね?」
手を引かれて車に乗り込んだ彼女に思いっきり手を振って見送る。そろそろ俺達も帰るぞと促されたため、改めて後ろに乗り込んだ。
ステラの溺れたところをザフトに助けられるとは、変な縁もあるものだ。
「ったく、バカステラ! 帰ったらナタルに謝れよ! ……なに笑ってんの」
さっきまで心配していた反動のように怒っているアウルが不思議そうに聞くと、ステラがとっても嬉しそうに笑って、呟いた。
「約束。シン、ステラまもるって……」