電話と書状
携帯のディスプレイが二年半ぶりの懐かしい名前を写した。
持っていた掃除用具が床に落ちるのも気にせず、ボタンを押す。
「もしもし、アスラン?」
『姉さん、久しぶり。急ですまないが、頼みたいことがあるんだ』
元気そうな声に安心する。昔からの呼び方に思わず頬が緩む。アスランに関してはオーブに行ったらしいと風の噂で聞いただけだった。
本当は心配で堪らなくて会いに行きたかった。だけど、そうしたら私達と一緒だった頃を思い出してしまうだろう。レノア様が健在でパトリック様が苛烈でなかった優しい思い出が傷つけてしまいそうで憚られた。
便りがないのは良い事だと、オーブで穏やかに暮らしていると思っていたのに。溢れ出る疑問を矢継ぎ早に放ってしまう。
「分かった。何したらいい? あと、貴方の体調は平気? 今どこにいるの?」
『俺は大丈夫。今、プラントに戻ってる。プラントのラクス・クラインの側に居て欲しい。アーモリーワンやユニウスでの事もあったから、護衛も兼ねてくれると助かる』
「…… ちょっと、待ってくれる?」
婚約を結んだ時にも、戦争中でも、そんな頼み事はされなかった。
当時はクライン派の優秀なSPが彼女に大勢ついていたし、プラントにいて歌を歌い、地球には降りなかった彼女が危険な目に遭う確率はかなり低かった。
しかし、一年と少しの休養後に表舞台に現れた、今の彼女は違う。
オーブに亡命しているらしいこの子が何処まで把握しているかは知らないが、かなり積極的にプラントの人々と交流している。
プラント各地への慰問に留まらず、地球のカーペンタリアやジブラルタル、ディアキア等のザフト基地に自ら赴いている。触れられる平和の象徴となったことで、人気は高まる一方だ。
曲調が大衆向けにアレンジされたことから、安っぽくなったと評する人間もいる。言い換えれば、親しみやすく身近になったとも取れるので、多くの市民はそんな意見を気にしていない。
この変化と口下手なあの子が、わざわざ、プラントの、と付け加えられたことから考えると、恐らくはそういうこと、だろう。敵は地球軍だけでは無さそうだ。
考えをまとめながら自室のパソコンで検索するとマネージャー補佐の求人があった。運の良いことに護衛経験者優遇で、合否判定は2週間。
自分と対になる家の専属人は、主人の願いを叶えるために様々な場所での情報収集に励むことが多かった。それ故に、SPとしても訓練は受けており、実務経験もある。判定が早いと、この子の心配を取り除くのがより早くなるので、そこも良い。
「お待たせ。求人があったから応募するね。2週間後にメールするから」
普段ならば切るところだが、話さなくてはならない事もある。この機を逃すまいと、言葉を繋げた。
「そういえば、今後の予定とかって決まってる?」
『ありがとう、本当に助かる。
…… 実は、デュランダル議長からザフトに復隊しないかと誘われているんだ』
受話器の向こうには聞こえないよう、ため息をついた。
今から伝えようとしていたことは、この子をまた悩ませるだろう。
ただ、こんな道も貴方にはあるのだ、と知らせないのは年長者として無責任に感じたし、彼を自らの半身と呼んで憚らない彼から必ず伝えろとしつこく言われたのが頭によぎる。
「そっか。 実はね、アスラン。一昨日、貴方宛にサジタリウスから招待状が来たの。是非とも力を貸して欲しい、って」
ラクスは良くも悪くも遠いところにいる、画面の向こう側のアイドル。
ミーアは向こうから来てくれる、街中で偶然会えそうなアイドル、という個人の見解です。
二人の一番の違いは、戦地でプラントの人と自ら触れ合おうとしたかどうか、だと思います。
「ラクスはこんなに積極的に活動してなかった!まさか…?!」
みたいに行動の違いで気づいた人もいるんじゃないかな、と思いました。