グフに軽い衝撃が加わる。どうやら無事にミネルバへ着いたらしい。ハッチを開ければ安堵した顔で整備兵が手を貸してくれた。下で待っていた衛生兵が触診しつつ無事か聞いてくる。落ちかけた衝撃で全身を打っただけだと答えると、湿布や消毒など簡単な手当てを手早くしてくれた後、慌ただしく戻っていった。どこからも出血は無いし、これぐらいで充分だ。本当、運が良かったと思う。
こう言った事を考えると不謹慎かもしれないが、撃たれたのが俺で良かった。いくら戦果が目覚ましいとはいえ、まだシン達じゃあの状態を経験するのは不味い。
メインカメラの使えない状況だと、どう移動すれば安全かも分からない。マシントラブルで落下する危険性もある。動かせる場合では、その場で停止して救助を待つのが鉄則だが、パニクった奴が明後日の方向に行って遭難し、生きてはいるものの精神的に参っていた話をアカデミーで習った時は肝が冷えた。実際、暗闇に長時間居れば心身に影響が出るし、メンタルコントロールが不慣れな奴なら発狂する可能性もある。咄嗟に捕まえてもらって助かった。まだ少し痛む身体を壁に預けて、そんな事を考えているとセイバーが収納され、命の恩人が駆けてきた。
「ハイネ! 無事で良かった! とにかく医務室へ!」
「落ち着け、アスラン。俺は打ち身だけだ。ほら、手当てもしてもらった。重傷者達に清潔なベッドは譲るさ。俺の事より、お前は大丈夫か?」
必死に腕を引いてくる同僚を宥める。嘗ての仲間が突然現れて戦場を荒らしたんだ。さぞ驚いただろう。心配が9割、何か知っていたんじゃないかと言う疑念もほんの少しあって質問すると、一瞬だけ泣きそうな顔になったが、直ぐに落ち着いたいつもの表情になる。
「大丈夫だ。すまない、俺がもっと何か出来ていたら、こんな事起きなかったかもしれないのに。
でも、本当に無事で良かった。また、アイツのせいで居なくなるかと…… 」
「おいおい、頭上げろよ。その様子だと、何も知らなかったんだろ? なら、お前が謝る事じゃ無いさ」
頭を下げられたので慌ててしまう。 にしても、居なくなる、ねぇ。ヘリオポリスとストライク追討中に、あのクルーゼ隊で赤服の隊員に数名の犠牲が出た事は当時結構話題になった。なんせ生ける伝説とまで呼ぶ奴が何人か居た超エリート部隊の中でもより優れた奴がやられたのだ。今でもザフト内でストライクの脅威は色褪せていない。しかし、フリーダムとコイツは共闘した筈だ。アイツのせい、と言うのは少し違和感がある。パイロットが同じ奴とか? 馬鹿げた可能性が思い浮かんで首を振る。ストライクは地球軍所属でパイロットもナチュラルという話だ。フリーダムは奪取されたものの、完成していた。ザフトの中でも選りすぐられた優秀なパイロットが乗る事が内定していた機体だ。操作難度も高かった筈だから、ああも華麗にナチュラルが乗りこなすのは難しい。今の可能性はあり得ないだろう。
さて、正体はどうあれ、フリーダムの行動を議長に報告する必要がある。アスランから客観的な意見を述べる事は難しいだろうから、少し休憩した後に俺がやろう。今回の礼としては安い。心配そうにこちらを見る彼に改めて礼を言って、その場を後にした。
「ハイネ、怪我はどんな感じだ? 大丈夫そうなら、こんな時に悪いんだけど、部屋に来てもらっていいか?」
返事して、黒髪の友人に着いていく。コイツも自分の所に報告があるのだろう。前衛の話を聞こうにも、アスランはフリーダムによって混乱しているだろうし、シンとルナマリアは他の奴を気にしている余裕は無かった筈だ。俺自身は何の因縁も無いし、他の奴らも気にかけてたから適任か、なんて考えてる間に部屋に着いた。
「話聞くけど、キツかったら横になっても良いから」
お言葉に甘えてベッドに横たわりつつ直近で見たフリーダムの様子を話していくと、また溜め息が吐かれた。
「遠目に見る分にはオーブ軍への被害軽減が目的かと思ったら、地球軍の奴らとの戦いにも割って入ったんだな……まさか、本当に戦闘を止めたかっただけか? だったら、やり方はアレ以外にあるだろ。力技にも程がある。大体、武器壊していくんなら、徹底的に! 戦艦の装備も引っ剥がしてくれよ!」
何処に消えたかも分からないフリーダムへの意見には同意する。アスハ代表と思われる人物と一緒に居たから、彼女の目の前でオーブの船は攻撃しづらかったのだろうか? 戦艦だと、何処に人が居るか分からないから、モビルスーツみたいにコクピットだけ外せば被害が無いとはいかない。今のミネルバがそうだ。主砲の被害により、重傷者が多数出ている。先ほど治療をしてくれた衛生兵曰く、何人かは明日の朝陽を拝めるかも怪しいらしい。エグい真似をしてくれた物だ。苛立ちを覚えてはいるが、目の前のコイツがキレているので少し冷静になった。痛みも引いてきたので、今度こそ議長への報告の為に部屋を後にする。
「何にせよ、ミネルバは足止めを食らうな……」
ミネルバ自身もモビルスーツも修理が必要だ。俺のグフも出来る事なら此処で直せたら良いが、難しいだろう。グフはザフト全体でも数の少ない機体だ。おまけに壊されたのはメインカメラやセンサー等が詰まった頭部。直ぐに換えが効くとは思えない。最悪、荷物を纏めておく必要があるかもしれない事に気づき、少し足が重くなった。
「何なんだよ、アイツら! オーブだけ守りたいなら、地球軍と俺達の戦いまで邪魔しなくて良いだろ!」
ハイネが無事だったのは良かったけど、ミネルバに帰ってからもずっと苛々しっぱなしだ。フリーダムの奴、いきなり出てきて、武器だけ剥がされた。手を抜かれたみたいで、腹立たしい。アスハも自分の都合で好き勝手な事ばっか言うし! 文句を言い続けていると、レイが心なしか苛立った口調で諌めてきた。
「あまり騒ぐな、シン。こちらも疲れている。フリーダム達は所属不明のアンノウンとして当面扱われるらしい。アークエンジェルが少し援護をしてくれたのは事実だが、こちらに多くの損害を与えた事も事実だ。前回の大戦を止めた船だしな、簡単にエネミー認定しづらいのだろうが……」
色んな事情があるって事なんだろうか。面倒くさいわねとルナが舌打ちしそうな勢いで言った後、気づいたように聞いてきた。
「ねぇ、アスランさんは? 誰か見てない?」
「帰って直ぐにハイネさんと話してたのは見たよ。その後ハンガー出て行ったから、部屋に居るんじゃないの? あの人も、色々複雑だろうな。こんな事なっちゃってさ」
「確かに。だって、ほら、フリーダムもアークエンジェルも俺達にとっちゃ正直迷惑な奴だけど、あの人は前の時、一緒に戦ったからなぁ……」
ヨウランとヴィーノが話してるのを聞いて、そうだったと思いあたる。アイツらのした事で頭が一杯になって忘れてたけど、あの人にとっては大事な仲間の筈だ。温くなったスポドリを一気に飲んで走り出す。心配になったら、居ても立っても居られなかった。
部屋に帰ろうとしたら、ラーナスがフェデラーさんに報告している声が聞こえた。なんとなく邪魔しづらくて、気付けば展望デッキに居た。本当は俺も報告すべきなんだろうが、今は混乱していて、まともに話せる気がしない。
「キラもカガリも、何を考えているんだ?」
あそこの戦闘一つを止めた所で、オーブ軍は今後も地球軍に協力し続ける。同盟を破棄しない限り、戦争が終わるまで地球軍はオーブを捨て駒のように使い続けるだろう。もし仮に破棄できても、今回の件でカガリ自身の扱いが難しくなる事が想像できる。オーブ軍を無理矢理従わせたとしてセイランを更迭するなりすれば、彼女の復権は出来た筈だ。しかし、今回、彼女自身が他国の争いに介入してしまった。正確にはキラだが、あの出方では、フリーダムはアスハ代表の指示によって地球軍とザフトの争いに介入したとしか見えない。つまり、彼女自身がオーブの理念に背いたと捉えられてしまう。帰還したオーブ軍の発表や今後の報道にもよるが、彼女の求心力が落ちてしまう可能性が生じてしまった。こんな横暴なやり方をすべきでは無かった。先の大戦での俺達の行動は、どの陣営もお互いを滅ぼそうとしていたという背景があってこそ、容認されているようなものだ。今はまだ、あんな狂気を何処も見せていない。復興を後回しにして開戦に踏み切り、核まで撃った地球軍が原因なのは、誰の目から見ても明らかな筈だ。同盟をどうにかしてからザフトと協力するのが、平和のために最も早い手段だと思うんだが、何故そうしないんだ? フリーダムの事で後ろめたいのか? 分かっていて直したんじゃ無いのか? 疑問ばかりが頭の中を駆け回る。どうしたら良いのか分からなくなっていると、思いっきり腕を引かれる。
「アンタ、何やってんだよ!? ほら、さっさと中入れ! 体調崩したら俺達が大変なんだから! 」
シンに、思いっきり怒鳴られた。
「あ……悪い。もう、こんな時間だったのか」
「そうです! 長めの報告やっと終わったのに帰ってこないって、ラーナスさん、めちゃくちゃ慌ててましたよ! 念のために部屋で待ってるそうなので、とっとと帰って飯食べて寝てください!」
いつもなら大声出されるの苦手な癖に、今はうるさがる素振りもない。ぼうっとしているこの人が凄く不安定に見えて思わずアレコレ言ってしまう。そりゃ、俺だってレイやルナが何も言わずに勝手に殴ってきたら訳が分からなくて混乱するだろうとは思う。スケールが違うし、なった事無いから気持ちは分からないけど。前にカウンセラーの先生が言ってた受け売りだけど、こういう時は休息が一番の薬だそうだ。腕を引っ張ったまま部屋に連れて行こうとすると、唐突に袖を引っ張り返される。振り向くと、迷子の子供みたいな声で、急な質問がきた。
「なぁ、シン。友達のやってる事の意味が分からなかったら、お前ならどうする?」
アークエンジェルの事だろうな、とピンときた。でも、それを確認したらこの人無かった事にしてくれとか言って撤回しそうだ。あくまで友人関係の対処を聞かれただけだ。よく自分に言い聞かせてから答えた。
「なんでそんな事するんだ、って聞きますよ。だって俺はそいつじゃ無いから、言ってもらわなきゃ何考えてるか分かりっこないですもん。アンタも、気になる事があれば聞けば良いんだよ」
仲間だったんだから、連絡先ぐらい知ってるだろうし。あんな事する理由が分かれば、俺達も対策が出来るかもしれない。この人の部屋の前に来たので、手を離す。ドアをノックすると、さっきは心配そうな顔でソワソワしてたラーナスさんが飛び出てきた。おやすみの挨拶をしてその場から離れる。アスランさんが我に返ったようにハッとした声でお礼を言うのが聞こえた。返事してから部屋に戻る。あの人、優しいから友達と絶交とかした事無さそうなんて、なんとなく思った。
「お前な、長丁場だった俺も悪いけど、遠慮せず入ってこい。シモンさんも心配してたぞ」
「すまない、つい色々考えていて……次から気をつける。 それで、頼みがあるんだが」
説教してやろうと座らせた弟分は、少しシュンとした後、真剣な顔でこちらを見て、とんでもない願いを口にした。
「アークエンジェルのクルー……より正確に言えば、キラとカガリ、ラクスと話がしたい。少しミネルバを留守にしようと思うんだが、その間の対処を任せていいか?」
一瞬で、盛大な頭痛が襲ってきた。