「留守番は良いけど……お前さ、アークエンジェルが何処に居るか分かるの? それか、クルーに確実に繋がる連絡手段でも持ってる?」
静かな問いかけが返ってくる。両方とも分からないので首を振ると、ラーナスは呆れたようにこめかみを押さえて首を振っていた。
「じゃあ、行かせてやれない。気持ちは分かるけど、当てが無いんじゃ何ヶ月も探し回る羽目になるぞ? 手がかりとか無いだろ」
正論だ。しかし、どうしてもキラ達と話がしたい。必死に考えていると、キラ達の療養先であるマルキオ導師の孤児院に行った時にふと聞いた会話が思い出された。
「ところで、キラのお友達のお二人は何処にいらっしゃるんです?」
「あの二人なら、変な兵器を生まないようにモルゲンレーテで働いたり、戦争の悲惨さを伝えるために報道に携わるそうなの。偉いわよね、あんな事があったのに、もう自分の道を決めてる。私は、まだ……」
「そうですのね……楽しかった頃のお話をしていただいてキラの気晴らしになればと思ったのですが、為すべき事を決めたならお忙しいでしょう。
マリューさん、焦る事はありませんわ。この平和は、まだ保たれるはずです。キラも貴女もゆっくりとお休みくださいませ」
「ありがとう。今度会う機会が有れば伝えておくわ。私もキラ君は心配してるから」
その時は入るタイミングが分からず、立ち聞きのような形で聞いてしまったものだ。偶然とはいえ、盗み聞きは褒められたものではない。罪悪感はあるが、キラの友人が報道に居るという情報は手がかりになる筈だ。先の大戦での事もあり会うのは気が咎めるが、諦める訳にはいかない。顔を上げて伝えると、溜息を吐かれた。
「あるのかぁ……報道ねぇ。アークエンジェルに居た奴なら、偏向報道しがちな官営じゃなくて中立のフリー所属か? 前のシンの騒ぎの時、地球に居る報道団体のリスト送ってもらったんだよなぁ……仕方ない、調べるだけ調べてみるけど、その人が辞めてたりしたらどうしようも無いから、その時は大人しくする事。良いか、約束な?」
これ以上迷惑はかけられないので大人しく頷くと、ホッとしたような笑みで薬を手渡される。飲んで直ぐ襲ってきた眠気には逆らえず、背後のベッドに身体を預けた。
薬を渡した俺も驚く速さで寝入っている弟にブランケットをかけておく。やはり今日のフリーダムの事で心身共に疲れていたらしい。どちらかと言うとメンタル面の影響がデカいだろう。さて、地道だが、貰ってた資料一覧からそれぞれの組織にアクセスして所属メンバーの中に先程アスランから聞いた名前が居ないかチェックを進めていくとしますか。ミネルバは暫く動けないとはいえ、ディオキア基地所属では無い。修理が終われば直ぐに出発するだろう。艦長から離艦許可が貰え、奴等と会えても話せる時間は限られている。もし拒否されたらフェイス権限使ってでもコイツ行くよなと思いながら、拠点の距離が近い所から優先的に調べていく。個人的には複雑だが、頼まれたのだからやるしか無い。
にしても、アスランは考え過ぎるから可能性を検討しまくって、聞きに行くっていう手段に辿り着くのはもう少し時間がかかるかと思っていた。さっきまで一緒だったシンからアドバイスでも貰ったんだろうか? 有り得そうだなと画面をスクロールさせつつ一人頷く。シンは良くも悪くも真っ直ぐだから、シンプルな案を真っ先に思いつきそうだ。今日のアスランは普段に増して情緒不安定だったから、長男気質のシンは放っておけなかっただろうし。後輩に感謝した後、画面に意識を戻すと、恐らく当たりであろう名前が視界に入り、思わず頭を抱えた。
話をしたい思いは分かるけど、コイツが納得できる答えが返ってくるとは限らない。それに、聞いて貰わなければならない事が幾つかある。先刻フリーダムの行動を報告すると、シモンさんは相当怒っていた。核はあの人にとっての逆鱗だ。同じユニウス遺族でもあるアスランにとっても耐え難い物の筈だが、アイツの起爆スイッチはもう一つあるから、まだ落ち着いた行動が取れているのだろう。ともあれ、フリーダムの修復理由と今回の行動に至った経緯はコイツも知りたいだろうから、忘れず聞くよう言い聞かせておくだけで問題ない。今日の所は横になるとしよう。
「そうか、彼女の方だったか。……あぁ、それなら、ディアッカでも連絡を取れると思うぞ。アークエンジェルに居た頃、親しくしていたようだったしな。今回は俺の我が儘のような物だから、知らない人の手を煩わせるのはあまり……」
明朝、早速伝えると、少し眉を寄せたアスランから意外な繋がりを教えられた。確かに、今回聞いてもらう内容は重要だが、アスランと彼等の個人的な関係があってこそ成り立つであろう会談だ。公的に問い合わせたら何かの罠を張られるのではと警戒されてしまうかもしれないから、ディアッカ経由で聞いてもらえば他意は無いと分かるだろう。
「分かった。メイリンに頼んでジュール隊に繋げてもらうけど、話はお前に任せて良い? 後、無事アークエンジェルに会えたらシモンさんがフリーダムの件は問いただせって言ってた。悪いけど、絶対に聞いてくれ。熱くなって聞くべき事聞かずに帰ってきたら入れてやらないからな。向こうの答えは分からないけど、とにかく聞くだけ聞いてくれ」
「すまない、助かる。シモンさんが……分かった。しっかり聞いて、報告する」
無茶を言っている自覚はあるのか、昨日に続いて大人しく頷いたアスランの頭を撫でてから朝食に急かす。昨日の今日で酷だが、アークエンジェルと話をさせるため、走り回って貰うのだ。食事ぐらいはしっかり摂って欲しい。
ボルテール内の執務室で、俺とイザークは休憩を取っていた。
「連合も懲りないよな。こっちは平和路線だ。何もしなきゃ攻め込む気は無いって言うのにねぇ?」
「だからと言って、野放しには出来まい。また核が撃たれるような真似が有ってはならないからな。あちらのアルザッヘル基地に現状不穏な動きは無い。小競り合いに出張ってくる程度だ」
「反対側のダイダロスは資源採取用だしな。デブリの対処とかで向こうにもモビルスーツ何機か置いてるらしいけど、直接確認しようにも先ずはアルザッヘル抜かなきゃな」
月事情について話していると、通信機が鳴る。画面を見るとブリッジに居る筈の通信士だった。
「ジュール隊長、休憩中に失礼致します。お部屋にエルスマン副隊長が居られないのですが、何処に居られるかご存知ですか?」
「ディアッカなら俺の横に居る。俺ではなくディアッカにとは、何の用だ?」
いきなりの指名に驚く。このボルテールのトップはイザークだ。現場でイザークが手いっぱいな時に俺から指示を出す事は有るが、緑な事もあって、部下から呼び出されるのは滅多にない。イザークも不思議に思ったのか問いかけた先、通信士は少し戸惑ったように答えてきた。
「それが、ですね……地球に居るミネルバから通信が入っていまして。あのアスラン・ザラが副隊長と内々に話したい事がある、と」
目玉が飛び出るかと思った。ニコルやラスティ、ミゲルの墓参りに3人で行ってからは会っていない。イザークの言葉を受けてザフトに戻ったんだろうか。こっちに報告があっても良くないかと思うが、そんな所がアイツらしく思えた。横を見ると、少しだけ青筋が浮かんでいる。あ、と思った時には遅かった。
「ほぅ……? 俺を差し置いてディアッカに連絡だと?! ……おい、このままこの部屋に繋げ。大至急だ」
冷え冷えとする笑みでの命令に、怯えた顔と裏返った声で返事が来た後、一度通信が切れる。次の瞬間にはミネルバ所属の通信士であろう、赤毛の可愛らしい少女が画面に映った。
「ジュール隊長ですね。失礼します。少々お待ちください。
アスランさん、お待たせしました! 繋がりましたよ! 席、変わりますね」
「すまない。助かったよ、メイリン。
……俺はディアッカに繋いでもらったつもりなんだが、何でイザークがいるんだ? 何かあるなら、忙しいから後にしてくれ」
「貴ッ様ァ!! 復隊したならしたで俺に一言あっても良いだろうが!!」
耳に馴染んだ怒鳴り声が久々に部屋に響き渡った。嘗ての首席はあの頃と同じように煩わしげに顔を顰める。
「うるさい。復隊したなんて、身内じゃ無いし態々言わなくても良いだろう。ディアッカは居ないのか? ちょっと聞きたい事があるんだが」
面倒臭いと言った様子にイザークの青筋が増える。アカデミーに居た時と変わらないやり取りに笑いを堪えながら返事を返した。
「俺はちゃんと居るぜ、アスラン。で、どうしたんだよ? 赤服着てるって事はそっちでどういう扱いな訳?」
俺の問いかけにホッとしたような顔を一瞬見せた後、アスランが真剣な顔で話してくれたのは、驚愕に値する内容だった。アスランの対応に頭に血が昇っていたイザークも愕然とした声で溢す。
「貴様がフェイス!? いや、そんな事よりも、フリーダム……キラ・ヤマトが戦場に現れた、だと!?」
「オーブでのゴタゴタは聞いてたけど、マジかよ……で、アイツらと話しに行きたいから、俺からミリィに連絡を取ってほしいって?」
「あぁ。俺は通信コードも何も知らない。彼女は長くアークエンジェルに居たから教えて貰っているかもしれないだろう? 頼めるか?」
「そりゃあ、連絡先は知ってるけどさぁ……ちょっと今ケンカ中……」
「出来るなら頼む。教えてくれ」
此方の事情も聞かず、切羽詰まった表情で言われた。あまりの必死さに言葉を飲むと、横のイザークが溜め息を吐く。
「仕方が無い、渡りをつけてやれ、ディアッカ。コイツ個人の事情を差し引いても、ザフトとしてアークエンジェルの不可解な行動は見過ごせん。理由は知っておきたいからな。
おいアスラン、貴様、また腑抜けるようなら一度此方に来い。叩き直してやる」
連絡取りづらいだけだ。元々断る気はない。了承するとアスランが礼を言ってきた。
「すまない、助かる。イザーク、お前何を言っているんだ? そちらに行く気は無い。お前の部下になるとかゴメンだからな。じゃあ、なるべく早く頼む。
メイリン、ありがとう。切ってくれ」
普段は言葉が足りないくせに、変なとこでは一言多いんだよなぁ……
真っ暗な画面に叫ぶイザークを嗜めつつ、地球に居る彼女の事を考える。
ミリィとのケンカの理由は、彼女が戦場カメラマンになるのを引き止めたからだ。せっかく平和になったのに、態々危険な仕事を選ばなくてもと言うと、思いっきり頬を張られた。それ以来気まずい。そんな俺個人の事情を置いても、内容は口が重くなるものだ。なんせ、経緯はどうあれ、嘗て彼女の恋人を殺した男に力を貸してやってほしいって頼むんだから。どうしたものかと考えていると、落ち着いたイザークが大きく溜め息を吐いた。
「アスランのやつ……! 説得が失敗すれば、一番アイツがキツいだろうが……! 大人しくこっちに来れば良い!」
続けられた言葉に納得する。気晴らしを兼ねて揶揄うように確認してみた。
「成る程ね。キラ達が大人しくしないんだったら、またアスランと戦う事になる。そうなる前にこっち呼んでおこうっていう考えだったんだ。アイツ、そういう気遣い分かってないと思うぜ?」
「そんな事は分かっている! だが、アスランがキラ・ヤマトを撃てると思うか?
ストライクに乗っていた時のアイツは確かに難敵だったが、俺でも落とす事が出来た。アスランに落とせない訳が無かったんだ。今更だが、あんな風に庇う時点で可笑しいと気づくべきだった」
「お前が気に止む事でも無いだろ。けど、そうだな。アスランには落とせないだろ。ま、貸し一つって事で、話し合いの結果、教えてもらうように頼んでおく」
少し眉間が弛ませて息を吐くイザークとは対照的に、俺は憂鬱が増した。事実を改めて認識したからだ。アスラン・ザラにキラ・ヤマトは倒せない。堕とさないでなく、堕とせない。正確に言うと、能力的には倒せるが、心情的にブレーキがかかっている。以前ニコルの死でそのブレーキが壊れたが、本人はかなり後悔したらしい。似たような事があっても、あの経験が引っかかって殺す気にはなれないだろう。ミネルバにアスランに並ぶ奴が居るとは思えない。確かに戦果は目覚ましいが、新兵が多い。アイツが戦うしかなくなる。以前は知らなくて、本調子では無いアスランに不満を持っていたが、今は多くを知っている。今回の戦いでは、友達同士で殺し合うなんて業をまた背負わなくて良いように出来る事をしたい。一声かけて部屋を出た後、自室で久しぶりに会う彼女へと繋がるボタンを押した。