宵闇の祈り
「探索任務、ですか? なんで俺達が?」
「近くで怪しい施設が見つかったそうなの。赤服の貴方達が選ばれたって事は危険性が高いって事でしょうね。修理代と思ってお願いできるかしら?」
おどけたような言葉を言いながらも硬い表情の艦長が、つい言ってしまった疑問に答えてくれる。了解の返事をして渡された資料に目を通すと、話し通り、ザフト管轄外の研究施設のような建物が見つかったらしい。一緒に部屋に戻ったレイは、少し話し合った後、集中した顔でブツブツ呟いている。自分の考えを纏めているんだろう。邪魔したくないなと思ってもう一回資料を読み込んでいると、アスランさんからもらったラビィがポテポテと寄ってきて、構ってと言うように一声鳴いてきた。マユにしてたみたいに頭をヨシヨシと撫でてやると袖を噛んでグイグイ引っ張られる。いつも予定を知らせてくる時にこうしてくる。何かあったっけ? 忘れないようにメモしているスケジュール帳を見ても白いままだ。大丈夫だよと言っても止めない。まさか、バグ? あの人が造った物で考えにくいけど、そうだったら心配だ。でも今は居ないし……と思っていると、集中が途切れたのかレイが声をかけてきた。
「ラビィ、大丈夫か? ラーナスに聞いてきたらどうだ。製作を手伝ったようだし、何か分かるかもしれない」
「ごめん、邪魔した? そっか、ラーナスさんなら何か知ってるかも! サンキュー、レイ」
気にするなと笑って見送られる。抱き上げると少しジタバタしてやっと止まった暖かい子が心配で、早足で目的地に向かった。
「調べた感じ、バグの可能性は低いな……たぶん、AIの学習機能が働いたんだと思う」
どこも悪くない事にホッとした後、学習機能? とオウム返しに言ってしまうと頷かれる。内部調べるのちょっと見た目がグロいからと布をかけられたままのラビィを見ながらため息がこぼされる。
「あー、アイツ、そういや説明してなかったな……悪い、俺もうっかりしてた。人工知能が自分にできる事とかを覚えてて自分からするようになったり、こっちに提案してくれる機能だよ。積まれてるのによって差はあるけど。便利な反面、困る時もある。例えば、5時に起こしてって言われてるから、休日も同じ時間に起こしてくるみたいなやつ。休みだから大丈夫って言い聞かせてやれば良いんだけど。ま、融通のきかない小さいガキみたいなもんだよ。でも、この時間、メシ時でもないよな?」
例えながら何か思い出したのか少し懐かしそうな表情をした後、不思議そうに首を傾げる。凄いなぁと納得した後、同じように頭を捻った。確かに、今は決まった予定も無いし、晩ごはんには早すぎるし、お昼には遅すぎる。何か手がかりがありそうな気がして、アスランさんが言っていたラビィの説明を思い出してみる。確か、シェルターのドアを蹴破れて、防水とか色々あって頑丈だから大抵の所には連れて行ける。急激な気温変化や危険な薬品も感知できる。ん? 危険な薬品? さっき部屋に入りながら、レイとそういう物がありそうだから気をつけないといけないなんて話をしていた。まさか、と思いながら話してみると、指をパチンと鳴らされる。
「それだな。自分が役に立つだろうだから、連れて行ってほしいって事かもしれねぇ。アスランが夢中で造ってたからそれぐらいの知能あっても可笑しくないし。よく分かったじゃん。そうだ、その任務、俺も一緒にいい? お前ら白兵戦の実戦経験無いだろ? それと、安全が確保でき次第で良いから、姉さんも連れていきたい」
褒められた事にくすぐったさを覚えたのも束の間、続けられた言葉に目を瞬かせる。白兵戦は訓練だけしかしてないから、アスランさんの護衛もしてたと言うこの人が来るのは有り難い。でも、どうして軍医、つまり非戦闘員であるフィルさんまで? 尋ねると、サラリと返される。
「あの人の専門、薬学だから。違法薬物や条約で禁止されてる劇薬の反応とかにも詳しいからこういう調査で頼りになるんだよ。基地でも無い施設なんだから、ヤバい研究とかに利用されてたのはほぼ確定だろ。何があるか分からないから気をつけてくれよ。お前らに何かあったら、俺も嫌だし、アスランが悲しむ。帰ってきた時にどんな顔して会えば良いか分からない」
真剣な顔を向けられて緊張が此方にも移ってくる気がしていると、フッと緊張をほぐす様に笑った後、ラビィがそのままだった事に気づいたラーナスさんが慌てて治してくれた。お礼を言って退出すると、明日はよろしくな、無理すんなよと声が飛んできた。
部屋に戻った後、レイに報告すると良かったなと微笑まれる。一緒に行けるのが嬉しいのか勢い良く飛び跳ねているラビィを眺めていると、着地した先が俺のベッド横だった。棚に置いてあるマユの携帯からは逸れたけど、手が掠ったのか、ステラからもらった貝がらを入れていた小瓶が落ちていく。咄嗟に動いたおかげでギリギリのところでキャッチできた。割れてないし、中身も無事だ。不味いことをしたのが分かっているのか固まったラビィに、ここには降りないでねと教えておく。その様子を見たレイもぎこちなく抱えて、自分のスペースの此処も駄目だと言い聞かせていた。俺も予め言っておけば良かったなと思って眺めていると、そろそろ寝るぞと言われる。返事して、横になった。今日の小さな騒動の発端となった今は同じ艦にいない人が脳裏に現れる。アスランさん、いつ帰ってくるんだろう。どこかに行ってしまわないように本人の口から話を聞かせてほしいと約束してもらった。大丈夫だと信じているけど、優秀なくせにどこか抜けている優しいあの人が辛い思いをしていないか心配だった。
「はい、分かりました。ご無理を言ってしまい申し訳ございません、艦長。いえ、こちらこそ明日はよろしくお願いします」
通信を切って一息つく。艦内で小耳に挟んでからどう切り出そうか迷っていたから、今日のシンの訪問は渡りに船だった。俺から部屋に押しかけても良いけど、怪しまれたら嫌だったし。少し前から書類が散らばり出したいつもより広い部屋を見渡す。綺麗好きなアイツが居ないとこんな物だ。アスランがいない時間は寂しいけれど、月に行っていて離れていた間で慣れてしまっている。今頃板挟みになって苦しい思いをしていないか気が気じゃない、優しい真っ直ぐな弟には見せられない仕事がしやすいので楽なんて酷い事を考えてしまいながら、頭を悩ませる案件を持ち込んでくれた姉に繋げる。
「もしもし、俺だけど。遅くにごめん。明日以降空けれるようにしといて。急患ならここのスタッフだけでもいけるだろ? 見つかるかもしれないんだよ、例の探し物」
渋っていた姉の声が、最後の一言を投げると凍りついたように止まる。無線越しに分かる程の深呼吸が聞こえてきてから了解の返事が聞こえたから、任務の詳細を送って確認してもらう。さっきよりも震える声でお礼が聞こえて返事をする前に切れてしまった。あの人だって覚悟しているんだろうが、予想していても現実にそうなる事が平気な訳じゃ無い。どうか強くあって欲しいと願いながらも、胸騒ぎが止まらない。どうにか寝ようと横になっても、頭は休んでくれないままだ。誰も彼も精一杯だった頃、アレを作った姉の願いは間違いじゃないと信じている。ただ、生み出した者の想いと、それを使う者の想いが同じになることが無い事は、この世の中には掃いて捨てる程に良くある。今回のケースなら尚更その可能性は高い。嫌な予感が今回こそは外れるように祈りながら必死に目を閉じた。