ガンダムSEED ELPIS   作:明日希

45 / 105
朝焼けの帰還

「ここだ。行きましょう」

 レイの声に従って、MSを着陸させる。それほど古びていない外観に反して電子ロックも搭載されていないドアを開ければ真っ暗だった。人の気配がしないか探っている俺の傍らでは駆けてきたラビィが鼻をブゥブゥ鳴らして臭いを嗅いでいる。数秒待つが、テストの時に聞いた嫌な鳴き声は発さない。危険な薬品も充満していないようだ。内部に人もいないのでシン達に声をかけると、小走りで着いてくる。明かりを点けると、嫌な物が目に飛び込んで来た。微かに血のこびり付いた手術台。人が入れそうな大きさのひび割れた培養装置。何が行われていたかなんて想像するまでもない。そんな倫理も道徳も無い事が容易く考えられてしまう自分と、それを実行に移すなんて狂気の沙汰に走った地球軍が心底嫌になった横で、シンが戸惑ったような声をあげた。

「なんなんだよ、ここ……レイ? おい、どうしたんだよ、レイ!」

 焦った声が聞こえたので反射的に視線を向けると、考えている間に先に行っていたレイが蹲っていた。慌てて駆け寄ると呼吸は荒い上に脈も早い。危険な薬品検知は無かったから、この光景がショックだったんだろうか。冷静なコイツなら何が行われていたのか察しただろう。迂闊だったと自分自身に舌打ちをしながら、シンと一緒に肩を貸してミネルバに戻った。

 

 

「任務はお休みで。あったかくして、ゆっくり休んでください」

 ミネルバに戻ると、厳しい顔の軍医に待機するよう言われた。あの場所はラウに助けてもらうまで居た嫌な所を思い出させる。突然だったため、つい動揺してしまった。もう大丈夫ですと告げても表情は険しくなるばかりだ。

「本当に平気な人はそんな顔しないし、大丈夫とか言いません。自覚が無いなら尚更駄目です。心の傷は自分が一番見えないんです。怪我してるのが分からずに動く人が多すぎるんですよ。今回は貴方が出なきゃいけない訳じゃないんでしょう? 後の任務に響いても良いんですか?」

 一瞬悔やむように目を伏せてから顔を顰めて続けられた脅すような言葉が本意では無いのは丸わかりだった。嫌な事を言わせてしまった申し訳無さを感じていると、シンにも休んでくれと頼まれる。ラーナスからも頭を深く下げられた。今行っても余計な気を使わせてしまい、任務の妨げになる。大人しく頷くと空気がホッと緩んだ。すまなそうな顔のままラーナスが話してくれる。俺の不調を受けて、念のためにと施設をレーダーでスキャンしたところ、爆薬が見つかったらしい。今はその処理待ちだそうだ。シンに何か欲しいものを聞かれて暖かい飲み物を頼むと食堂に走って行こうとする。休んでほしいので慌ててしまうと、止めたラーナスが代わりに向かっていく。今度は引き止める間もなかった。見送った後、心配そうに横に座ってきたシンが思い出したように切り出した。

 

「フィルさん、ありがとうございます。俺は大丈夫なんでレイをお願いします。あ、でも、安全確保でき次第アナタも調査に来るって聞いたんですけど本当ですか?」

 計器を操作する長い指が止まる。横に振られた白い髪を無視して、私の事は気にしないでくださいと言っておく。案の定断られた。これ以上迷惑を掛けるのは不本意なので押し問答を続けてしまう。こちらが引かない事を悟ったのか、しばらく真っ直ぐに見つめられた後、どんな小さな事でも良いですから何かあったら連絡くださいと硬い声で頼まれた。了解の返事を返すと大きく息をつかれる。ミネルバも直ぐに施設の近くへ移動するのだが。

 最新鋭艦だからなのか、ミネルバの修理は最優先で行われた。もうすぐ発進準備も終わる。アスランに伝えていたものより数時間早いため、大丈夫だろうかと心配になる。短いながらも共に過ごしてきたこれまでの日々で、彼が約束を反故にするような人で無い事は理解している。帰ったら話を聞かせてくれるというシンとの約束を軽々しく扱わないだろう。誠実な上官に思いを馳せていると、忙しない足音を耳が拾う。直前の俺の想いが聞き届けられたかのようなタイミングで、弾んだ声が暖かいスープと共にアスランの帰還を知らせた。

 

 

 

「セイバー、格納確認しました。お帰りなさい、アスランさん!」

「ありがとう、メイリン。今のミネルバの状況は? 慌ただしいが、何があったんだ?」

「はい。ロドニアで怪しい施設が見つかったため、調査任務をディアキア基地から指名で受けています。レイ、シン、ラーナスさんが先行して偵察に向かいました。現在は爆薬処理班の作業完了まで待機中です。終了後、本艦は当該施設に向けて発進します。あの、それと、念のためにお伝えしておきますね。レイが調査中に体調不良になってしまって。今は全然平気そうです」

「レイが? 無事なんだな? 原因は?」

「危険な薬品は検出されなかったので、精神的なものが原因じゃないかって言われてます。本人は元気だって言ってますけど、大事に備えてドクターストップがフィルさんから出ました」

「分かった。ありがとう」

 レイが体調を崩したと聞き動揺する。症状は一時的なもののようだが、休んでもらうのが一番だ。俺からも休息を取るように言っておこうと決めてメイリンにお礼を言うと、いえいえと返される。艦長に報告した後、急いで医務室に向かわないと。逸る気持ちを抑えられずにセイバーの停止と同時に開けたコクピットから飛び降りる。危ないからするなと言われているが、今はリフトを待つ時間も惜しい。周りで作業中の人が居ない事も確認済みだ。着地すると周囲からどよめきが聞こえたが、気にせず足を進めると、怒鳴り声が降ってきた。

 

「あ、アンタって人は!! 何してるんですか!! 怪我したら危ないでしょう!?」

 

 

 

 アスランさんが帰って来たのが嬉しくて走って向かう。運ばれて来たセイバーが止まるのが今いるデッキから見えて、ほっぺたが自然と緩む。次の瞬間、跳ねるようにコクピットが開けられ、向かうリフトを待たずに藍色の髪が下に跳ぶのが見えた。何やってんだよ、あの人!? 思わず叫ぶと喧しそうに首を少し竦めてから、近くに積まれていた資材入れを足場にヒョイヒョイと上がってきた。瞬く間に手すりを軽く飛び越えて目の前に降りてきた人に何だか感動してしまう。思わずパチパチと拍手した後、我に返った。うっかり足滑らせでもしたらどうする気だったんだよ! 心配が尽きなくて何か言おうとしたら、一緒に来ていたラーナスさんが呆れたように口を開いた。

「ここ、アスレチックパークじゃなくて戦艦のハンガーだからな? レイの事が心配で移動速くしたかったのは分かるけどさ。実際、凄え速かったとはいえ、もし何かあったら危ないだろ。気をつけろよ。ま、何はともかく、お帰り」

 お帰りと言われてアスランさんがホッとしたように笑った。今は叱るのはよしておこうと考えを改めて、お帰りなさいと俺も声をかけると嬉しそうに笑みが深まる。本当に帰ってきてくれて良かった。アークエンジェルの奴等との話し合いの結果が気になるから聞こうとすると、さっきまでの笑みがどこかに行ってしまったアスランさんが心配そうに聞いてきた。

 

「お前達は? 一緒に行ったとメイリンから聞いたんだが、体調は大丈夫なのか?」

「俺達は大丈夫です。詳しくは調査出来なかったんですけど、手術室みたいな所でレイが凄くショック受けてグッタリしたんです。でも、今は顔色も良さそうですよ。念のためにって安静にするよう言われてますけど。アンタの帰還聞いてホッとしてました。良かったら一緒に行きませんか?」

「そうか……悪いが先に行っててくれ。艦長に録音データを提出したら直ぐに向かう」

 

 眉間に皺を寄せたまま、小走りで向かっていく人を見送る。やっぱり直接顔を見ないと安心できないんだろう。小さい頃、風邪を引いたマユを置いて学校に行かなきゃならなかった時に授業どころじゃなかった事があるから、気持ちは分かる。急がないように声をかけてレイの所に戻った。

 

 

 

 ファイルを提出した後に医務室に入ると、レイの姿が見えた。シンやメイリンの言っていた通り元気そうだ。胸を撫で下ろしながらもやはり心配なので休むように言っておくと、静かに頷かれた。何やら医療機器を見ていた姉様が神妙な顔でこちらを見てくる。

 

「まずはともかく、お帰りなさい、アスラン。帰って早速で悪いんですけど、今ミネルバが就てる任務はどうするつもりなんですか?」

 

 珍しく、任務の事を聞いて来た。終了後ならまだしも、途中で合流したのだから当然出る。先程報告のついでに艦長から資料もいただいた事を答えると、ゆっくりとした深呼吸の後に頭を下げられた。

 

「すいません、私の代わりに探し物をして欲しいんです。とある医療機器に関する手がかりがある可能性が高いんです」

 

 横にさせられたレイが構わないでほしいと渋っているが、他の患者さんが来たらいけないと言いくるめられている。その傍らにいたシンが勢い良く手を挙げた。

「あの、俺にも手伝わせてください。いつもお世話になっているので何か力になりたいんです。それで、探すものって一体何なんですか?」

 

 しばらく考え込んだ後、意を決したように上げられた顔は手入れの行き届いた髪と同じかそれ以上に真っ白になっていた。そんな顔は初めて見るので驚いて呼びかけると、懺悔を行うかのように震えた声で大丈夫ですと返される。もう一度深く息が吸われ、続いた声は感情を抑え込むために平坦だった。

 

「記憶の、改ざん装置です。PTSDの治療簡便化のために開発して細かな調整中だったんですが管理区画で、火災が発生。そのまま地球に降下した所までは追えていたのですが、それ以降行方が知れなくて。申し訳ありません」

 

 先ほどの姉を真似るようにして重い息を吐き出すと、思いもよらない内容を告げられて混乱した頭が少し冷静になる。姉が人命救助のためには強引な手段をも選択肢に入れる人だと知っている。ただ、先程話していた機械のように危険性の高い手段はそれしか手のない時で、相手の同意を取ってから行わなければならないと以前話していた。開発に踏み切るには余程の事情があった筈だ。どうしても知りたい事を聞くために、ゆっくりと口を動かした。

「なぜ姉さまは、そんな物を造ったのですか」

 

 

 終戦後、戦争で負った心の傷を治したいと訪れる患者さんは増えていく一方だった。心理療法を扱える医師はまだ多くなく、手が足りない。休息すら許されない生活によって自分の精神を壊してしまう同僚達が多く居た。人が足りなくなって、一人にかかる負担が増えて、耐えきれない人がまた出て。悪循環のお手本のような状況だった。何とかしようと合間を縫って後輩達の指導も行ったけれど、いきなり全ては任せられない。それでも手伝いがあって少し楽になったが、それも僅かな間だった。想像を絶する過酷さに続く人は殆ど居ない。医者が患者になるなんて笑えない事態が医療界では当たり前になりかけていた。それでもみんな自分を気にかける暇なんて作るぐらいなら患者を助けたくて、必死だった。そんな今思うと明らかに異常な日々の中、助手の女性に頼まれたのだ。このままだと皆潰れてしまう、治療を肩代わりしてくれる機械を作ってくれ、と。相談すると、痩せこけた顔の社長にも頼まれた。脳は睡眠中に記憶を整理するため、そこに割り込む形でなら催眠療法による記憶操作は機械でも可能だ。製作は終わり、後は楽しい思い出などの良い記憶を消さないように調整をかけてから臨床試験を行うだけだった。発案者である親友が調整を行なっていた時、その部屋で火事が起こった。消火装置を作動させようとする前にあちら側からの操作でフロアごと切り離されてしまった。緊急時の脱出ポッドとしても利用できるようにしていたため、大気圏は突破できる。地球の協力者に降下予測地点まで迎えに行ってもらった所、中には誰も何も居なかった。そうなって漸く、あの機械が悪用されたらとんでもない事になると気づいて、震えが止まらなかった。あんな物を躊躇いなく造ったなんてあの時の私もマトモではなかったのだと落ち着いた今になって漸く自覚できる。最後に謝ってきた戦友も心配で堪らなくて必死に調べても見つからないまま再び戦争が始まってしまった。公的機関には無い可能性が高いから秘密裏に利用されているかもしれない。話し終えて頭を下げると、沈黙が部屋を覆った。何か言おうとした弟を遮るように、出航を知らせるアナウンスが流れた。あまり他人に言わないようにシン君を口止めしてから部屋に帰らせて、強い緑の瞳が此方を見つめてくる。迷うように口を何度か開け閉めするのが見えて、柔らかい声が響いた。

 

「頭を上げてください。姉様が人を救うために作った事は確かでしょう。謝らないでください。話してくれて、ありがとうございます。姉様にまで隠し事をされたままなのは、耐えられそうに無かったので。とにかく、手がかりだけでも探してみます」

 大天使の彼等を思ったのか一瞬目が伏せられた後、力強く励ますような頷きが返ってきた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。