「コレすごい、ヒラヒラしてて、おさかなみたいでキレイ……」
「可愛いわよね、その服! そうだ、ちょうどメイリンが同じ服持ってるから、せっかくだし着てみる? 見た感じサイズも近そうだし、きっと似合うわ! フィルさんが呼んでくれたら外してもいいって言ってたっけ……よし、部屋から持ってくるね。すぐ戻ってくるから待ってて」
「ありがと、ルナ」
あの日から少し経った。すぐ行くのかと思ったけど、絶対に失敗出来ないからこそ準備はしっかりしなければいけないと諭された。
ラーナスさんから頼まれた買い出しをすませて、届ける前にステラの様子を見に行くと、ルナが持ってきた雑誌を一緒に見ている。ステラがその中の一着に興味を示したからか、ヨシヨシと頭を撫でてから出ていったルナを追いかけた。
「ありがとな、ルナ。ああいうの俺あんまり詳しくないから助かった。ステラも楽しそうだし」
「おかえり、シン。ちょっと、覗かないでよね? ステラなら別に良いわよ。フィルさんからも仲良くしてねってお達し出てるのもあるけど、私もメイリンも妹が増えたみたいで楽しいから。それにしても、あの子が本当にガイアのパイロット? 全然そんな風には見えないんだけど」
「俺だって信じられないけどさ、あの時コクピットに乗ってたのは本当だよ」
本当は今だって夢なら良いと思ってるけど、誤魔化す事も出来ないから答える。さっきまでいた後ろの医務室の方を見ながら聞かれた。
「ねぇ、前にアスランから敵って誰だって聞かれたの、覚えてる?」
少し記憶を辿ると、まだあの人がアスハと一緒にいた時にそんな事を言っていた気がする。言われてみたらあったなと思い出したので頷くと、どこか遠い目で呟くように言われた。
「私ね、ガイアのパイロットはうんと酷い奴で、きっとホラー映画の殺人鬼みたいな怖い怪物なんだろうって思ってたの。あんなに可愛い、メイリンと同い年くらいの女の子かもしれないだなんて考えもしなかった。アレってこういう事だったのかしら。自分が何と戦っているのかをちゃんと分かって、覚悟しているのか、って」
ハッとした。うんと昔に思えるインド洋での戦闘の後にあの人に言われた言葉が蘇る。
相手だって同じ人間。あの人がそれを知っていたのは、先日話してくれた幼馴染と戦ったなんていう酷い経験からなんだろう。理由は分かっていても軽々しく話したらいけない事ぐらいは分かる。何も言えないでいると、困ったように笑われた。
「そんな顔しないでよ。凄いよね、あの人。普通は知ってたら戦いなんて嫌になっちゃうでしょうに、ちゃんとプラントのために前線に出てくれて。それじゃ、今からファッションショー用にいろいろ見繕ってくるわ。もし届け物急ぎじゃないならで良いんだけど、ちょっと待っててくれる? シンがいると居ないとじゃ、ステラの力の抜け方、だいぶ違うから。 メイリン、服、何着か借りていい? ステラに着せてあげたくって! いつもの雑誌の先月号に載ってたあの服気に入ったみたいなの!」
「お姉ちゃん、私も行きたい! コレでしょ? あと、あっちのも似合うと思うから、ステラにサイズ合うんだったらあげちゃっていい? 一回着てみたんだけど、お店で試着した時となんでか感じ違ってて私もう着ないと思うから! 嬉しいなぁ、まさかお下がりあげられる日が来るなんて!」
扉越しでも聞こえてくるわいわいと楽しそうな姉妹の声をBGMに考える。ルナも言ったように普通はあんな辛い体験をしたら戦いなんて嫌になって関係ないところでゆっくりしたいはずだ。それなのにこうして戻って来てくれたのは故郷のプラントが大事なのも当然あるだろうけど、それだけじゃなくって自分がした想いを他の人に味合わせたくないからじゃないかなと思った。俺が戦争のせいで家族を奪われて、何かを守りたいと思ったみたいに。
それにしてもステラは元気そうだ。このままだとダメな事なんて俺達以外は誰も気づいてない。フィルさんが間に合わせで作ったと隈を隠しきれずに言っていた類似品が効いているからだろうか。でもいつかは限界が来るって言ってた。やっぱり急がないと。扉の向こうのルナに後で行く事を伝えてから走ってアスランの部屋に向かった。
「報告によると対象は変わらず停止中。待機にしては長すぎるから、帰るまで動かない気じゃねぇ? そんだけこの子が大事って事か。ただ、恐らくそう思ってるのは一部の連中だけだろ。船の運航を決めれるなら上層部の可能性が高いな。もし船ぐるみで可愛がってるなら医療キットはしっかり積まれてるはずだ」
「傷の治りは異様な程に早いですから、これなら医療品を使わなくてもいいって現場の人が素人判断したんでしょう。本当はそんな訳ないんですけどね。そうそう、話は変わりますけど、治療のついでに話してたら知識の偏りがひどいです。戦闘に関する知識はプロ顔負けなのにそれ以外は小さい子でも知ってるような基礎からでしたよ。体調は今のところは騙し騙しやれてます、根本的な解決にはなってませんけど。それより、この船で受け入れて良かったです。皆さんの優しさを信じきれてなかったかも。シンくんには悪い事してしまいましたね。こんなにたくさんのお願いが来るなんて。これじゃ外さないと逆に不審に思われます。念のため私の同席を条件に許可出しましたよ」
「ルナマリアやヨウラン達も最初は興味本位のようでしたが、彼女のあどけなさもあってすぐ気に入ったようですから。助けないといけない理由が増えましたね。どちらにせよ早いに越したことは無いでしょう。ラーナス、準備は?」
「お前が方針決めてすぐガイアの使用許可は取ったし、シンにも買い出し頼んでる。そろそろ戻ってくるはず。あのさ、やっぱり無茶が過ぎないか? もうちょい確実性あげたいんだけど。せめて内部に協力者仕込むとか」
「アテがない。十中八九非公式の組織に直ぐさまスパイが送り込めるほどザフトもサジタリウスも体制は整っていないのは分かっている。ステラを助けて彼女の大事な人もこちら側に確保するなんて目的が一致する人間はあちら側にいないだろう。だいたい、今のままでも勝算が十分にある」
ノックしても返事が無いので少し開けるとこちらに目もくれずに会議が行われていた。お兄さんの心配をものともしないアスランさんの言葉によって沈黙が訪れる。考え込んで肩が凝ったのか首を動かしたアスランさんが俺に気づいて手招きしてきた。
「買ってきました。どうするんですか、こんなダンボールいっぱいのヒュプノスなんて」
店員さんにめちゃくちゃ心配された。任務で使うのでって事実を伝えて乗り切ったけど、会計終わった後もチラチラ見られて居心地悪かった。ステラのためだと思うけど、どう使うんだろう? 内心首を傾げていると、そのままラーナスさんにパスされる。予め準備されていた送り状が流れるように貼られた後、小走りで出ていった。アスランさんが真剣な顔で説明してくれる。
「麻酔弾に加工させるんだ。薬剤耐性が強い俺達やステラにも即座に効く睡眠薬だからな。奴等の船に乗り込む時、鎮圧用として使える」
「鎮圧用って……まさか、白兵戦やる気ですか?! なんでそんな危険な事を」
てっきりMSで制圧するつもりだと思ってインパルスのチェック念入りにしたのに。さっきラーナスさんが無茶過ぎるって言ってたのもそりゃそうだ。叫んだ先、当たり前の事を聞かれたみたいに不思議そうな顔で返事が返ってきた。
「あの子の大事な人がいるんじゃないのか? だったら傷つけるわけにはいかない。あの子一人だけ助かってそれで良しにはならないだろう。この前のミネルバがそうだったように、船の損傷というのは何かしら犠牲が出てしまう。そんな状態で投降勧告は聞いてもらえないだろうし、当たりどころが悪くてその人達を死なせてしまったら本末転倒だ。第一、艦内構造が不明だからモビルスーツの攻撃で目的の装置が破損する可能性も高い。姉様のヒュプノスなら眠らせるだけだから安全だ」
確かに、もし俺だったらミネルバが沈んでも自分だけ助かったから良いなんて絶対に思えない。それにしてもフィルさんはいいんだろうか。恐る恐る顔色を伺うと、何故か笑っていた。
「誰も傷つけないためですからね。構いませんよ。それに、やる事を決めたアーちゃんには何言っても変わりませんし、慣れっこです」
耳慣れない可愛い愛称が誰を指しているか分かった瞬間、思わずアスランさんを二度見したうえでまじまじと凝視してしまった。視線の先の頬は少し赤く見える。話を切り替えるように咳払いされた。
「とにかく、加工作業が終わるまで作戦は待機だ。心配しなくても直ぐ終わる。よくやってくれた。後は俺達に任せて、お前はあの子の側についててくれ」
「ちょっと、待ってください! 俺にも何かさせてくださいよ!」
俺の役目は終わりだと告げるような言葉に思わず叫ぶと、アスランさんの視線を受けたフィルさんがこちらの肩をトントンと落ち着かせるように叩いて話しかけてきた。
「すいません、私からのお願いなんです。シン君が居てくれるとステラちゃんのメンタルが凄く安定してるんですよ。ほら、病は気からって言うんでしょう? 申し訳ないですけれど、良ろしければ側にいてもらってもいいですか?」
さっきのルナの言葉が頭をよぎる。俺がいる時といない時とじゃステラは違うって。これもステラのためだと分かるけど、アスランさん達に危険な事をさせておいて自分だけミネルバで待つなんてのは虫が良すぎる。納得できなくて動けないでいると、アスランさんが困ったようにため息をついた。
「彼女に何かあったら元も子もないだろう。良いからいてくれ。姉様、端末鳴ってますよ」
ルナがさっき呼ぶって言ってたのを思い出す。事情を伝えると、ホッとしたように笑って出て行った。すっかり耳馴染んだ硬い足跡が十分遠かってから辺りを見渡してアスランさんが声を潜めて話し始めた。
「悪いんだが、ステラに着いてもらう際、姉様の事も気にかけてくれないか。昔から責任感強いから……あれから平気そうにはしているんだが」
眉を顰めた顔で頭を下げられる。こんな事になってしまったから大切なお姉さんが思い詰めてしまって変な行動に出ないか心配なんだろう。さっきフィルさんが言ってた事も本当なんだろうけど、アスランさんの狙いは別にあったみたいだ。頷くと安心したように頼むと笑ってきた。この人に大事な家族を任せてもらえた事が信頼の証に思えて気分が上を向く。それでもやっぱりまだ不安で、お願いをした。
「交換条件って訳じゃ無いですけど、絶対無事に帰ってきてくださいね! 大怪我しても生きてたらノーカンとか無しですから!」
力強く頷かれたので、精一杯の笑顔をつくってから部屋を出る。せっかく側にいてほしいと言われた上、ルナ達にも呼ばれていたし、ステラに会いに行く事にした。
「シン、きてくれた! これ、どう?」
入ると、可愛い服を着たステラが明るい顔で迎えてきた。褒めると嬉しそうに笑ってくれる。その後本当にちょっとしたファッションショーみたいにニ、三着いろいろ着て、楽しそうだけど疲れちゃったステラとみんなで食堂から持ってきてもらったご飯を食べる。気になってた事を話題に出してみた。
「あのさ、ステラ。いつも一緒にいる人達って、どんな人?」
ルナがバレないようにつま先で蹴ってきたけど、ステラは嫌がる様子もなく話してくれる。
「ネオはね、ステラ達のこと、とっても大事にしてくれるの。ナタルもね、さいしょは怖かったけど、ほんとうはとっても優しいの。アウルとスティングもね、イジワル言うけどステラひとりだと探してくれていっしょにいてくれる。ネオ、いつも言ってくれるの。ステラ達が元気なら、他になんにもいらない、って」
家族の話をするみたいに嬉しそうで心が暖かくなる。やっぱり、あの人達はステラの事をとても大事にしているみたいだ。もしかしたら味方になってくれるかもしれない。
いけるかどうか頭の中で検討する。ステラを助けたいっていう目的も一致してるだろうし、協力してくれる可能性は高いはずだ。
思いついた事を早く伝えたくてご飯を急いでかき込む。ルナとメイリンが咎めてくるのも気にしていられず手を合わせる。俺の考えに気づいたのか、フィルさんは小さく、でもしっかりと頭を下げてくる。不思議そうに首をかしげたステラがいってらっしゃいとヒラヒラ手を振ってくれた。
「バジルール少佐、ガイアから連絡です」
ガイアから送られてきたものが手元の端末に転送されてきた。何かあってはいけないと少し前に通信文の送り方を教えた。消される事なく覚えていてくれたらしい。
無事だった事に安堵する。座標らしい数字の羅列と、今は無事の簡単な二文だけだった。マシントラブルで迎えに来て欲しいという事だろうか。座標を検索すると海だった。いくらあの機体の燃費が良いとはいえ救助までずっと海に浮かんでいられる訳がないのでおかしいと思って眉を顰める。
何らかの罠の可能性が浮かぶが、それならきちんと近くの小島等を書いて待ち伏せに使うはずだ。態々何も近くにない海を指定するなんて戦術的に有り得ない。考え込むと一つの記憶が思い浮かぶ。
潜入したディオキアでザフト兵にステラが助けられたと大佐は言っていた。その兵士がステラの境遇を知ってコンタクトを取ろうとしているのではないか。真意は分からないが、他人に知られるのは不味い。端末を見つめていると笑って話しかけられた。
「その座標、おかしいでしょう? 間違えて何もない海書いちまうなんて、本当に戦闘以外は…… 失礼しました。あの、大佐には言わないでくださいよ」
またしてもステラを馬鹿にした男は、軽く睨むと媚びるようにヘラヘラと笑ってから通信を切った。上官への礼儀もなっていない事に舌打ちをしそうになるが、それどころではない。端末内容をメモして隣の大佐の部屋に向かう。先刻あまりの扱いに耐えられずしてしまった提案を思い出す。大佐は行き先も決定権がないと自嘲していた。しかし、これが希望通りならば逃げ出す先は見つかるかもしれない事に気づき、光が見えた気がした。
「確かに一見しただけなら座標に見えるが、通信コードでも使えなくはない並びだな。こんな手の込んだ連絡方法、考えたのステラじゃないだろ。大丈夫か?」
横の副官が持ってきたメモを前に考え込む。ナタルの予想通りこのメモを寄越させたのがあの時の坊主達なら、ステラにされた処遇を知って利用するような真似はしないだろう。どちらにせよ、ステラの現状が知りたければ連絡を入れるしか無さそうだ。人の気配はしないがつい声を顰め、もう一度確認を取る。
「本当に良いのか? 内容はどうあれ、内通行為とも取られかねん」
「既にこの番号にかける事はお決めなのでしょう。構いませんよ」
普段はお堅い彼女がどこか吹っ切れたように答える。驚いていると、独り言のように話し始めた。
「先の大戦の折、私は軍の指示に従う事が絶対だと信じていました。しかし、気づけば取り返しのつかない事に加担しかけていた。すんでのところで気づき、奇跡的にこうして生きていますが、忠実な軍人としてはあの時きっと死んだのです。だから、構いません。今はあんな男の命令より、貴方とあの子達の幸せが大切ですから」
大切なものが同じ事が確認できたようで、こんな状況なのに嬉しさが込み上げる。口元の笑みを抑えられないでいると照れたように急かされた。意識を切り替えて端末に番号を打ち込むと、通常ならとっくに切っている程に長い長いコール音の後に微かに聞き覚えのある若い声がした。
「ネオさん、ですか?」
「そうだ。お前は、あの時ステラを助けてくれた坊主だな? あの子の容体は?」
口ごもるような声が聞こえて、かなり悪いのかと焦ってしまう。何やら物音が聞こえると、女性の声が聞こえてきた。
「もしもし、失礼しますがお電話代わりました。ステラちゃんの主治医をこちらで担当している者です。現在は健康ですが、彼女は今の状況ではそちらにある装置でしか治せません。単刀直入に言います。装置ごとこちらに寝返ってください」
ステラが無事な事に安堵したのも束の間、大胆な提案に息を呑むと、ナタルが硬い声で質問を投げた。
「仮に提案に乗ったとして、その後は? ステラや我々の処遇はどうするつもりだ?」
「薬は徐々に量と投与回数を減らしていく事で最終的に必要ない状態にします。本当は通常の薬物治療のように一気に辞めさせたいところですが、ここまでの中毒状態だとこちらの方が危険性は低い。時間はかかりますが、必ず治します」
治す算段までつけているらしい。どれだけ先でもあの子達が普通の人と変わらずに生きていける未来の可能性が現れたなんて。都合の良い夢かと思わず腕を抓った。現実だと確認して力が抜けそうになるが、大きすぎる懸念事項が思い出され眉を顰める。
「有り難いがね、俺ら以外はステラ達の事をよく思っていない。やはり船丸ごとは難しい」
先刻聞こえてしまった会話を思い出す。アウルやステラを同じ人間とも思っていない口ぶりだった。アイツらと可愛い子達をこれ以上同じ船には乗せたくないが、だからといって無理やり追い出す事はできない。昔に何処かで聞いたような声が即座に答えてきた。
「こちらも、貴方達とあの装置以外は別に構いません。他の人は追い出してしまいましょう。元よりそのつもりでしたから。そうですね、艦内見取り図と、白兵戦で攻め込むので乗組員達に退避命令を出してください。対峙した相手は眠らせるか気絶させますので、戦闘終了後に脱出艇に運ぶのも良ければ手伝っていただきたい。もう二人残ってもらいたいのですが、何処にいますか?」
その手があったかと膝を叩く。クルーが減った時に備えて少人数で船の運行ができる機能がこの船にも備わっているから俺達だけでも問題ないだろう。もう二人はきっとアウルとスティングの事だ。ステラが話したんだろうか。少し考えてから口を開いた。
「あの子らならステラと同じだよ。他の奴等がアンタらと対峙させようとするだろうから、ゆりかご、そっちの言う装置に入れて眠らせておく。ただ、研究員どもが厄介だな。無理矢理起こそうとしかねない」
制圧を頼もうかと思った瞬間こちらの思考を読んだように、場所さえ分かれば何とかします、と返事が聞こえた。端末を操作していたナタルが繋がっている回線経由でマップを送ったらしく、軽い沈黙が降りた後、何やら話し声が聞こえてくる。
「場所がここなら、発着ゲートがこっちだから……いけるな? よし。 俺の知る中で一番優秀な護衛を向かわせます。ご心配なく。近日の早朝に行いますので、日時が決まればこちらから繋げます。完了後の事に関しては会ってから話しましょう。構いませんか?」
「感謝する。なぁ、なんでここまでしてくれるんだ?」
どうしても気になる事を訊ねると、最初に聞いた声が呆れたように返してきた。
「アレコレ取ってつけた理由がなきゃ動けないんですか、アンタは? 俺はただ、ステラに幸せに、あったかい場所で生きてほしいだけですよ。それじゃ」
それきり黙り込んだ端末を前に苦笑する。
「俺もまだまだ若い気でいたが、歳はとりたくないもんだねぇ。大人になると嫌でもしがらみが増える。建前無しじゃ動きたくても動けないってのに、羨ましいもんだ」
「ここまでやりたく無い事を散々やらされてきたのですから、もうしたいようになさっても良いと思いますが、どうなさるんです?」
労いの言葉に笑って返すと、電話を繋げてからずっとあがっていた肩が安堵したようにおろされた。
「さて、マップ良し、装備よし、あの子の体調も問題無し。にしても、まさかお前まで手伝ってくれるとはな」
横で手伝ってくれた意外な相手に話しかけると、長い髪がサラリと揺れる。
「お嫌でしたか?」
「いやいや、逆だよ。この作戦、アスランのフェイス権限使って実行してるだろ。お前、議長と随分親しいみたいだったからこういう勝手な真似は嫌がるかと思ってた」
ディオキアの会談前にコイツだけ先に呼ばれてたから親しそうというのは推測だ。整った顔に一瞬の動揺が見える。どうやら当たりらしい。どういう関係なのかと思考を巡らせていると、静かな返答が返ってくる。
「アスランに許された権利でしょう。それを行使する事に何の問題もありません。それに、シンから頼まれたのもありますが、協力は私自身の意志でもあります。どんな命だって生きられる限りは生きたいでしょう」
確かに、心の底から生きたくない奴なんてそうは居ないだろう。頷いていると、首を傾げて問いかけられた。
「それにしても、ガイアの操縦は本当によろしかったのですか? 乗組員の数は通常より少ないでしょうが、大人数を相手するのです。やはり少しでも体力を温存した方が良いのでは」
「俺達が降りた後、狙われるぞ。ここまでで十分だ、ありがとう」
お気をつけてとアスランに敬礼をしてから離れたのを見送って、コクピットに乗り込む。操作系統は同じだから、そう不便はない。緊張を解すついでに話しかける。
「良かったのかよ? アイツらに白兵戦させたくないのは分かるけど、あれだけ言ってくれたのにさ」
「もし着いてきたらシンもレイも、これが生身の人間を相手にした初陣になるだろう。最初の引き金を引けるかどうか分からない。俺達もずっと側についててやれないし、何より日常に戻りにくくなる」
そう。アスランがシン達を同行させなかった理由は、大きく三つある。ステラのメンタル安定、姉さんの不安の緩和、そして、白兵戦に出させないため。
白兵戦は、自分が人を殺すのだと否応なく突きつけられる。もちろん、ソレを平気にするためにアカデミーがあるけれど、実戦と訓練では違う。
MS戦で躊躇いなく撃墜しまくっていた奴が相手の船に乗り込んで目の前の敵兵に震えて撃てないうちにやられたなんて話も聞いた事ある。アスランが危惧しているのはそこと、戦後だ。
事情がどうあれ一度生身で人殺しができてしまえば、それ以降のハードルはぐんと下がる。戦場と平時の切り替えが難しくなってしまい、日常の些細な事で銃を構える奴らがちょっとした社会問題になったぐらいだ。そのおかげでメンタルケアの重要性も再認識されて姉が忙殺された訳だが、とにかくヒトゴロシのハードルなんて飛び越えないに越した事はない。自分と同じ形をしたイキモノがゲームの的としか思えないようなあの感覚は普通に生きたいなら慣れちゃいけないものだ。
アスランに同意しつつ、作戦を頭の中で反芻する。
ネオさん達の協力のおかげで、追い立てた後は確実に逃げてもらえる算段がつけられた。俺は突入後、なるべく人を引きつけて倒しながらステラの仲間二人と装置を守らなくちゃいけない。アスランには艦橋に向かってもらうし、こっちに可能な限り多く来てくれるようにしないとな。艦のポイントが近づいてきたので意識を切り替える。愛する弟から優秀な護衛なんて最大の賛辞ももらったことだし、ここからはただ全力で暴れるだけだ。
「おかしいだろうが! なんで向こうは全弾当たるのに、こっちはどれもこれも無駄玉なんだよ! 避けんなよクソが、一発ぐらい……」
「落ち着け、乗り込んできたのはたったの二人……え、なんでここまでひとっ飛び……」
「おい、あの化け物の三半規管はどうなってやがんだよ……この高低差だぞ、そんだけ反復高跳びするなら少しは酔えよ……ああも動かれちゃ狙えやしねぇ」
「こちら調整室前! バケモノにはバケモノをと思ったが、もう一人もアホみたいに強い! クソ、挑発してきやがった! ふざけやがって、クソ野郎が! おい、増援頼む!」
「どうしてくれるんですか、大佐! アンタのせいですよ! アンタがアイツらの調整させるし、ずっとあんな奴戻るの待ってるから! せっかく寝てたのに!」
阿鼻叫喚の通信を背に睨まれる。相手の想定以上の暴れっぷりに軽く引くが、話は上手い具合に転がっている。バレないように溜め息をついて口を開いた。
「そうだな。悪い。総員に通達! 命令だ、今すぐ逃げろ! 奴等、脱出通路は気にも留めていないようだから行けるぞ、急げ!」
全体放送で叫ぶと、先ほど抗議してきた目の前の通信兵は安堵したように笑って我先に扉へと向かう。一人が行くと後は早いものだ。通信から聞こえる声も別れの挨拶を何人かした後どんどんと減っていく。俺達とこの船の艦長だけが残った。渋い顔の口が動く。
「ご忠告はしたはずですが、どうするおつもりで?」
「さっきも言ったが、この事態は俺のせいだ。アンタは他の奴等を頼む。悪いな。勝手に乗り込んで、メチャクチャにして」
「あんな替えのきくパーツを人間扱いするような変わり者です。貴方がクルー達を生かそうとするのは分かっていましたよ。貴方の実力を信じて脱出艇は残させます。ご武運を」
ステラ達への認識の差に今後も忘れて激昂しかけるが、その後の意外な言葉に良心が痛んで冷静になる。感情がこんがらがったまま何も言えずに頭を下げると、敬礼を返された。
「ありがとうございます。脱出艇が思ったより残っていたおかげで気絶させた人を脱出させるのが随分楽でした。貴方の采配ですか?」
「まぁ、いつの間にやら積み上げてた人徳ってとこかな? スティング達は?」
「無事です。ラー……相棒がマニュアルを見つけたようで起こすことも可能だと。その前に改めて返事を聞かせていただきたいのですが」
ここまで来たら分かりきっているだろうに確認を取られて呆れかける。まぁ、慎重なのは良い事だ。笑って手を差し出した。
「もちろん、そちらに着くさ。ここに居たってステラ達の明日はないから」
改めて言葉にする事で、目を背けてきた事実と向き合う。このままジブリールの元にいても、ステラ達は戦い続けて、戦いが無くなった後は口封じでまとめて殺される。どこかで薄々分かっていた事だ。
それでもどうにかしたくて足掻いてきたが、より良い道が出来たならそっちに乗り換える。コイツがいい奴なのは知ってるしな。初対面のはずなのにそう信じられるのは何故かと内心首を傾げていると、手が握り返された。目の前の綺麗な青年がホッと息をついて綺麗に笑う。
「良かった。改めて、よろしくお願いします。まずは俺の母艦に帰還しましょう。少し待ってください。まずは地球軍に認識させないように沈んだ事に信号を弄りますので。終わった後、操舵をお願いできますか?」
礼を言ってから舵を取る。選択を祝福してくれるかのように目の前に朝焼けが広がっていた。
ファントムペイン組、ミネルバに合流しました。
今回かなりの文量となってしまいましたが、お読みくださりありがとうございます。