ガンダムSEED ELPIS   作:明日希

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望まれぬ不和

「さて、準備はどうだ? ラクス」

 

「大丈夫ですわ。早く証拠を手にして、みなさんを気づかせてさしあげませんと」

 

「本当にいいんだな、今ならまだ戻れるぞ」

 

 最後の機会だと念をおすと神妙な顔つきで首が振られた。

 宇宙に上がる事を決めてから、ラクスならば正面から堂々と帰還すれば良いのではないかと提案したのだが一蹴されてしまった。

 

「恐らくですが、議長はこちらが無事な事に気づいていません。それならば追手が来ているはずですから。これは必ず大きな切り札となり得ます。なので、私の生存は然るべき時が来るまで秘密にしておくべきですわ」

 

 然るべき時とは一体いつだ? そう聞こうとした矢先に告げられた大胆な作戦に驚いているうちに彼女を肯定する周りの空気に押し流されてしまい、ここまで来てしまった。

 ここ最近はいつもこうだ。気づいた時には自分一人では止められない、どうしようもないところまで事態が動いている。情けない話だが、自分が何のために彼等と行動を共にしているかも明確には分からなくなってきていた。

 キラやカガリと揃ってラクスを褒めていた、自分より年若い大人を思い出す。彼女は何を考えてあの席に座っているのだろう。

 現在のアークエンジェルの内情は正常とは言い難い。なんせ、船をどう動かすか決めているのは責務を負うべき大人ではなく、年端も行かない子供達なのだから。

 

 通常は艦長が船の運航に関わる事全てを決める。俺も隊長やっていたから多少は分からんでもない。時たま起こる他愛無いケンカの仲裁なんて日常の些事から、苦楽を共にした隊員全員、時には合同で動く他の隊の命も預かる事になる重大な作戦内容まで全てが自分の肩にのしかかってくるのだ。

 俺は頼れる副官のダコスタや心の支えだったアイシャなど周囲に恵まれていたからこそこなせたが、誰かに選択を委ねたくなる気持ちは理解できなくもない。

 恋人を失った事ですっかり痩せ細ってしまった彼女にはやはり荷が重かっただろうか。荒療治になればと任せてしまった自分を今更ながら嗤っていると、不思議そうに名を呼ばれ意識を現在に戻した。

 

 思うところはあるが、計画は既に動き出してしまっている。今はとにかく宇宙に上がらなくてはならない。早くしないとあちら側がシャトルに到着してしまう。

 意識を切り替え、そろそろ車を動かそうかとした瞬間に前もって聞いていた回数とリズムでドアがノックされ、クライン派の案内人が乗り込んできた。これで余計なザフト兵に見つからず基地まで行けることに安堵すると、真剣ながらも不服そうな声音が耳を打った。

 

「ラクス様、遅くなってしまい大変申し訳ございません。実は、あの忌々しいアスラン・ザラめが何を考えているのだか、自身の側仕えを貴女様の偽物なぞにつけさせていることが判明しまして……急な変更で心苦しいのですが、人数合わせのために私も同行させていただいた方が確実かと愚考した次第です」

 

 意外な情報に眼を瞬かせていると、わずかな間沈黙に包まれる。ため息混じりの呆れた声が狭い車内に響いた。

 

「アスランらしいですわね。側仕えの方がいたなんて、今初めて私知りましたもの。知らせてくださって助かりますわ。それでは、よろしくお願いいたします」

 

 乳白色のウィッグを被ったスーツの女性がラクスに浅く頭を下げられ、狼狽する。そのまま信奉の色が濃く滲む眼を傍らの歌姫に向けていることに気づきながら、何も言えずにエンジンをかけた。

 

 

 

「ある程度予測はしてたけど、まさかあそこまで囲まれるなんてね……ミーア、調子はどう? 疲れてない?」

 

「大丈夫、ありがとう! ディオキアの人達も元気そうで安心したわ。えっと、シャトルで宇宙に帰ったらまずはザフトの皆さんの慰問よね?」

 

「良かった、貴女が無事ならなにより。今後のスケジュールも正解。ちょっと意外よね、あの隊から来て欲しいってリクエストがあったのは……あまり時間が取れなくて悪いけど、移動中のシャトルではゆっくり休んでて」

 

「全然良いわよ、どれも私がやりたい事なんだもの。それより予定時間ギリギリになってしまってごめんなさい。街の人達とのお話が楽しくて、つい……」

 

「気にしないで。せっかく平和の歌姫がまた来てくれたんだもの。街の方々もまた会って話したいと思うのは当然だわ。実はこうなる事を見越して、基地の人には貴女に伝えたより遅めの時間を先日お伝えしておいたの。だから焦らなくて大丈夫よ。そろそろシャトルの出発準備が終わってちょうどいい感じじゃないかな。はい、到着。アスランじゃなくて悪いけど、お手をどうぞ」

 

 前もって対策していた事を伝えると、少しシュンとさせてしまった子が安心したようにまなじりを下げた。本来は彼女がするべき事じゃないのに本当よく頑張っている。これからも支えようと心に決めつつ、ドアを開けて手を差し出して、周囲に気を配りながら基地の中に入る。

 

 出迎えが一人もいない事が少し気になったが、シャトルの準備のために総出で忙しくしているのだろう。発着場には問題なく着けそうだから彼らの努力は無駄にせずにすむ事に安堵していると、何かあったのか肩を落として歩く兵士とすれ違った。こちらを見て何故だか幽霊でも目にしたような顔をしてから、驚愕をありありと声に乗せて信じられない問いが響き渡る。

 

「ラクス様……どうしてここに?! たった今ここを出立されたばかりですよね? 僕、先程お声がけしようとしたのですが、気づかれなくてそのままお別れだと……」

 

 慌てて窓から下の滑走路を見ると、シャトルが加速しながら進んでいた。先程の台詞から推測できる事態は最悪だ。まさかこんな強硬手段に出るなんて信じ難い気持ちを覚えていると、彼の大声を聞きつけた人達が集まってくる。

 

 本当だ、ラクス様だ、でもさっきの方も見た目は同じだったぞ? どっちが本物なんだ? 

 

 そんなざわめきに包まれた。どちらが本物かなんて当人が一番分かり切っている。突然の事にマネージャーも狼狽を隠せていない。後ろめたさが無いわけではないが此方が本物だと声をあげようとした瞬間、最初に気づいた兵士がミーアに恐る恐る問いかけた。

 

「あの、ええっと、ラクス様? 僕のこと、覚えてらっしゃいますか?」

 

「あ……えぇ。貴方、確か基地の後の街のみなさんへのライブにも最前列で来てくださったし、ボランティアのお手伝いも一緒にしていただきましたよね? あの時は助かりましたわ、ありがとうございます」

 

 俯きかけていたミーアが顔を上げ、流れるように答えてからしっかりと頭を下げる。自分こそ! と慌てて頭を下げ返した後、周囲に向けて先程よりも一層声を張り上げた。

 

「この方が本物のラクス様です! 先に来たのは偽者! 管制室に繋いでください、急いでシャトルを止めないと! ラクス様とお連れの方々は安全な所に!」

 

 正気に返ったように人々が慌ただしく動き出し、案内されるがまま管制塔に着いた。先導してくれた将校の方が焦りを隠さずに指示を出す。

 

「あのシャトルを行かせてはならん! 停止命令は出したんだろうな?!」

 

「それが、パイロットの者と通信が繋がらず……! ハイジャックされた模様です!」

 

 状況把握のため見晴らしの良いガラス張りの正面を見ると、奪われたシャトルが空高く一直線に進んでいた。舌打ちと共にモビルスーツが出るように命令が出ると、飛行機能を持つモビルスーツや対空装備をつけたものが次々と飛び出してくる。そのまま躊躇いなくシャトルへと放たれたミサイルに傍らのミーアが戸惑った声を上げた。

 酷だが、この状況だと捕縛より撃墜の方が手早い。こんな手段を選んだあちら側にも責任はあると思いながら見ていると、放たれた物が全て撃ち落とされた。

 ビームが飛んできた方向に視線をやれば、以前アスランと一緒に行動していたというフリーダムが姿を見せた。向かってくるこちら側のモビルスーツを瞬く間に破損させており、混乱するパイロットの声が通信越しに室内に聞こえてくる。ミーアが不安げに将校に問うた。

 

「皆さんは無事なの?!」

 

「恐らくですが問題ありません、ラクス様。ミネルバからの報告では彼等はコクピットは避けるそうですから、皆生きております。ご心配くださってありがとうございます」

 

 ホッと息をつく子を視界に捉えていると地上配備されたものを無力化したフリーダムが此方に向かってきていた。咄嗟に守るべき歌姫を背後に隠す。通過時の風圧でガラスが割れ、細かな破片が飛んでくる。反射的に腕で顔を覆ったのと同時に、驚いたのか後ろから悲鳴が上がった。周りに被害がない事を確認した後に安心させようと小さなあの子にやっていた癖で頭を撫でながら、フリーダムとシャトルが飛び去っていった方向を睨みつけていた。

 

「このような事になってしまい申し訳ありません、ラクス様。シャトルはこの基地ではあの一機だけでして……ジブラルタルの方に向かわれるのがよろしいかと。あそこは地球で最大のザフト基地です。安全ですし、情報も多く集まってくる。宇宙に行った偽者には知らせを出しておきますので、見つけ次第すぐに捕らえられると思います」

 

 力無く頷くミーアを連れて、用意してもらった車に向かう。乗り込む前に危険はないか確認していると、松葉杖をついたザフト兵が此方に向かってきていた。聞き覚えのある声がラクス様ー! と叫んでいる。ミーアがハッとした顔で振り向いた。先刻、どちらが本物かを決めたあの人がおぼつかない動きでようやっと近くに来た。

 

「貴方……どうしたの、その怪我?! 大丈夫?」

 

「これは、ちょっとさっきの戦闘中に機体トラブルで……お見苦しいところをすいません。大丈夫です、すぐ治りますよ! 

 それよりも僕、貴方にお礼がどうしても言いたくて……あの日、一緒に頑張ろうって言ってくださってありがとうございました。ラクス様のおかげで僕、勇気が出たんです! それで今回も出れたんですよ、まぁ、結果はこんなですけど……とにかくそれだけ言いたかったんです。

 呼び止めてすいません。それでは」

 

 一礼した際にバランスを崩しかけたのか僅かによろめいた包帯まみれの兵士はヨタヨタと去っていく。本当に小さく鼻をすすったミーアが瞳を潤ませて返事を返した。

 

「私こそ、ありがとう! また、いつかまた必ずお会いしましょうね!」

 

 少しだけ離れた彼は心の底から嬉しそうに笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 ドアを閉めると車が動き出す。もう見えていないだろうけれど、基地が車窓から消え去るまで手を振り続けた。エンジンだけが音を出している中ぼんやりと前の方を見ているとハンドルを握っているフォリィの手がかすかに震えている事に気づく。分厚いガラス越しに見た戦場とさっきのぼろぼろになった兵隊さんが脳裏をよぎり、思わず口からこぼれた声は思ったより大きく響いた。

 

「どうして、ラクス様はこんな事されたのかしら。プラントのために頑張ってる人達を傷つけるなんて……」

 

「もしかしたら彼女、ザフトやプラントよりも大事な物を見つけたのかしらね。あってほしくないけど」

 

 目の前の席から静かに返された答えに言葉が詰まった。

 女神様みたいに思っていたあの人だって一人の人間だと分かっているけど、プラントのために歌ってらしたラクス様にプラントの民より大切な何かが出来たのは嬉しいような反面、どこか裏切られたような複雑な気分になる。どう返せばいいか分からず何も言えないでいると、これまで溜め込んでいたものが堰を切ったように言葉が続けられた。

 

「例えもしそうだとしたってあんな行いが許されていい道理は無いわ。自分を慕っている人間に手を挙げるような真似、どんな存在であれしていい訳ないじゃない。

 それに、あの兵士の人も言っていたけどディオキアの街を勇気づけたのは他の誰でもなく貴女よ、ミーア。だから俯かないでね。

 ところで、その……アスランにはどうしましょうか?」

 

 怒りを隠そうともせずに話した後、落ち着いたのか元気づけようとしてくれた。それから少し間が置かれ、躊躇いがちに聞かれた言葉にハッとする。今アスランに言ったら、余計な心配をかけてしまう。優しい彼の負担になる事だけは、嫌われてしまうかもしれない事はどうしても嫌だった。頼もうとするとミラー越しに表情を読んだのか、今は黙っておくわねと笑った後は無言で車を走らせている。色々な事が起こって頭がパンクしそうだから、今は休もうと眼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい! ロアノークのところのアレらが死んだのは本当か?!」

 

「はい。脱出艇にいたジョーンズ艦長の話では早朝にザフト兵が乗り込んできた際にロアノーク大佐とバジルール少佐が殿を勤めて船に残られたそうです。そのままジョーンズの信号はロスト。初期ロット共々死亡は間違い無いかと」

 

 不愉快な知らせに舌を打つ。新しく造らせたMAはアレらに使わせるのに最適だった。研究者曰く、廃棄寸前の物ほど適合率が良いそうでアイツにやったのは一番長く使っている三体だった。せっかく使い所が訪れた都合の良い駒が私の許可なく勝手に減った事に苛立っていると、顔色を伺うように問いかけられる。

 

「あの、オーブ軍はどうなさいますか? 現場指揮官が消えたのです。元々消えたアスハ代表のせいであちら側の士気も高くはなかったですし、益々下がるでしょう」

 

「これ以上私から手駒を奪うと? さっきの話にあった艦長に何でもいいから船をくれてやれ! ソイツが今日から指揮官だ。オーブなぞ、また国を焼くとでも言えばいくらでも従うだろうよ! ちょうど良い、あの新型のテスト会場にでもしてやろうか?」

 

 言いなりにならない忌々しい所が焼け野原になる様を想像して、少し気が晴れる。

 指示を飛ばした相手は無言で頭を下げて出て行った。

 

 そうだ、使える駒が無ければまた造れば良い。この世情だから何人か行方不明者が出たところで誰も気にする事はないと気づき、楽しくなって一人笑う。

 オーブが大人しく従うならそれで良し、小煩いベルリンあたりを見せしめにしてやるか。あそこも宇宙のバケモノと手を組もうなど、正気の沙汰とは思えない。そんな愚か者達は早く更地になると良い。思い通りにならないモノが自分の手を汚すことなく消えていくのは爽快だ。

 先程よりも風味を増した気がするワインで喉を潤し、より一層口元が弛むのを感じた。

 どうせなら試験ついでに焼いてもらうのはあの女にやらせよう。あの機械を持ち帰った功績はあれど、それ以降は使い物にならない。病んだモノはとっとと廃棄するに限る。嫌なモノが二つも消せる事にますます笑いが止まらなかった。

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