「オーブ軍がクレタ沖に展開だなんて、確かなの?」
「間違い無いそうです。ミネルバがジブラルタルに向かうと踏んで網を張ったんでしょう。情報を持ってきてくれたターミナルの見解です。所属基地が定まっていない隊はまずジブラルタルに帰港する。ザフトなら常識だそうですから。確実に戦闘は避けられません。艦長、どうしますか?」
問われたラミアス艦長が振り向いてこちらを伺ってきた。視線を受けて考える。
オーブ軍の戦闘行為は止めなければならない。だけど先日アスランに言われた言葉が引っかかる。
──オーブに帰って条約を何とかしろ、今ならまだ間に合う。
アイツはそう言っていた。一度戻った方が良いんだろうか。けど、条約をどうにかって言われてもどうしたら良いんだ? それに、もし戻っている間に艦隊がミネルバと戦闘になったら戦場にいるオーブの民が犠牲になってしまう。何も言えないでいるとキラが口を開いた。
「行きましょう。ラクスも言ってた。まず決める。そしてやり通す。だから君は行かなくちゃ」
そうだ、それが物事を成す唯一の方法だとあの日教わった。理念を守り通したお父様もそうしていた。
やり取りを見ていた艦長の頷きを受けて、ノイマンさんが舵を動かす。
管制業務は問題ないから出るように促された。揃って向かい、分かれ道の所でキラに声をかける。名前を呼んでからお礼を言うべきか謝れば良いのか決めかねて口籠ってしまうと、いつも通りの笑みが浮かべられた。
「いいよ、別に。僕も約束があるから。それじゃあ、また後で」
そのまま背を向けた弟を見送る。約束って、ラクスから私のことを頼まれたりしたんだろうか。少しだけ気になったけどわざわざ聞くほどでもないだろう。遠い宇宙にいる親友の気遣いにくすぐったくなりながら更衣室に入る。
すぐ止められるか分からない条約をどうにかするよりも、無益な争いで犠牲になる人々を少しでも今減らす。私が選んだ道がオーブだけじゃなくて世界のためにもなると信じてパイロットスーツを手に取った。
「クレタ沖はもうすぐね。索敵結果はやはりオーブ艦隊のみの編成。あちらにセカンドシリーズが無いのは何よりだわ。メイリン、パイロットは総員コクピット内で待機完了したそうよ。接敵にはまだ早いけど遅れるより良いから先ずはセイバーとインパルスの発進を急がせてちょうだい。ブリッジ遮蔽、コンディションレッド発令!」
艦長が脳内をまとめるように独り言をこぼしてから指示をくれた。全体放送のボタンを押してすっかり言い慣れた文言を声にのせる。
アカデミーにいた頃には戦争も起こらないだろうからきっと滅多に使わないよね、なんて同級生と笑ってたのに。そんな感傷が一瞬だけ頭の隅によぎって消える間に口は勝手に動いていた。
「はい! コンディションレッド発令! コンディションレッド発令! セイバー、インパルス両機は直ちに発進願います!」
「分かってると思うけど、油断は禁物。それと、こちらの目的はこの海域の通過よ。間違えないでちょうだいね」
「分かってます、余計な戦闘はしませんよ! こっちを攻撃して来ないのには手を出しません」
念のために艦長が注意喚起を通信で飛ばすと真っ先にシンが返してきた。四分割されたモニターの中ではアスランさんとお姉ちゃんが目を丸くしている。たぶん私も同じ表情だろう。
だって、信じられない。前だったら絶対に突っかかってきて誰かに嗜められていた。アカデミーでも教官への態度が原因でペナルティをもらった数は飛び抜けていたのに。表情は大きく変わっていないレイがしみじみと呟いた。
「シン、成長したな。本当に何よりだ。気をつけて」
「急に何だよ!? ありがと、レイもな。シン・アスカ、コアスプレンダー、行きます!」
照れ臭そうにした後いつもの宣言をして出ていったインパルスを見送る。やっぱりステラが大きい原因なんだろうと考える。本当に好きな人がいるとこんなにも変わるんだなぁと感慨深い気持ちで続くセイバーの発進を促した。
「ミネルバ、確認できました。既にあちらのモビルスーツは発進済みです」
「クソッ、網を張るのが早過ぎて警戒されたじゃないか?! ならムラサメとアストレイでアイツらをミネルバから引き離して! そしたら八式弾をたっぷりくれてやれ! 船が墜ちたらこっちの勝ち、身動き取れなくなってるうちに挟み撃ちだよ、分かってるよね!」
「了解しました。全艦移動並びにアストレイ、ムラサメ全機は用意でき次第出撃」
「ちょっと、何でわざわざ僕等まで前に出るのさ! やられたらどうするの!? だいたい、このタケミカヅチには……」
「私の事はお構いなく。勝率を上げるには当然の判断でしょう」
睨みを効かせる役回りであろう地球軍将校は意外にもこちらの意を汲んでくれた。盾にしようとしたセイランの息子が大口を開けているのが視界に映ってやや気が晴れる。大体、手早く網を張るよう最初に指示を出したのは貴方だろうと言ってやりたい口をおかげでどうにか噤めた。
移動の手間はかかるが念のため会敵するまで全艦を固めておいて正解だった。大艦隊から数隻移動したところで気づくのは相手には難しい。
次々と飛び去っていったアストレイ隊を見やると適切な距離を保って射撃を行なっている。無事に一機は引き離せたが、もう一機の赤い方はのってこない。
その上ミネルバの発着地点で微弱ながら更に二機分の熱源が探知されたと報告が入った。あちらの追加戦力が発進間近という状況に、ただでさえ焦りと苛立ちを隠さずにいた代理が痺れを切らしたように叫んだ。
「わざわざ前進までしたんだ、こっちの射程範囲内にあの船は収まっているんでしょ?! ならもういい、あんな奴待ってられるか! 今の弾なら攻撃範囲は広い! アレごとまとめて撃つんだよ! 今すぐやるの、これは命令だぞ!」
「シン! あまりミネルバから離れるな! 相手の動きが以前とは違う、何かある!」
「そんなのは言われなくても分かってます! だからって、こっちのモビルスーツだって放っておく訳にはいかないでしょ! それよりレイとルナはまだなんですか?」
セイバーの援護を受けて、後退しながらライフルを撃ってくるアストレイ達を加速してまとめて切り飛ばす。
前の時は我先にと突っ込んで来たのに今回はこっちが追えば距離を取る。明らかに変だ。パイロットの違いとかそんなので片付けられない何かを感じる。アスランさんと同じモノが分かった事に少し嬉しくなっていると、余裕のない戦闘中の通信だと言うのを差し引いても明らかにイラついた一喝が飛んできた。
「お前、少しは手がかからなくなったと思ったらその物言いか?! 二人ならもうすぐ、ミネルバ、回避を!! 自己鍛造弾が多数飛来!! シン、艦隊の砲塔は頼む!」
中々来ないレイとルナを心配して言った問いに律儀に答えてくれていたアスランさんが途中でぶった切ってさっきより一層張った声で急いでミネルバに回避を促した。見上げると相手艦隊からミサイルが向かってきている。
ミネルバにフェイズシフト装甲は無い。実弾で迎撃すると細かい破片が凄まじい威力で襲ってくる自己鍛造弾は一発でも当たれば甚大な被害になってしまう。アスランさんが直ぐに砲弾を判別できたのはオーブ軍に所属していたからだろう。
相手していたアストレイは会話中に対処が終わっている。オーブ艦隊に全速力で向かいながら不安で上を見上げれば急上昇したセイバーがビーム砲をミサイル群へと連射して中の破片ごと一気に焼き切っている。あれならミネルバへの被害は抑えられるけど、セイバーのバッテリー消費がかなり大きいはずだ。デュートリオンビームで補給出来るとはいえ、あれだって一瞬で終わるわけじゃない。これ以上相手に撃たせるとミネルバだけじゃなくあの人も危ない。
艦の合間を飛び回って砲塔を破壊する。飛んでくる実体弾や発射寸前の弾の暴発で機体が結構揺れるけど、そんなのに構っている暇なんか無かった。とにかく急いで潰しまわってからミネルバの方に機体を向けると、少し傷付いているけれど大きな被害は無さそうだった。安心してミネルバの進路方向を見るといつのまにかオーブ艦が何隻か迫ってきている。
しまった、ミサイルの対処に追われてる内に挟み撃ちにされた!
操縦桿を倒して速度を上げながらメイリンに繋げる。
「ミネルバ、ソードシルエットを! 進行方向にいる船を退ける!」
艦隊相手ならソードが最適だ。発射されたシルエットを着装して艦隊に向かう。
ルナとレイも出れたみたいでガイアが急いで飛んできていた。セイバーも急降下しながら向かって来ているのが確認できて心配になったから通信を繋げる。
「ちょっとアンタ、あんだけビーム撃ってバッテリー大丈夫なんですか? 俺とルナに任せてデュートリオン受けてきてください」
「大丈夫だ、問題ない。そんな事は良いから急げ! 相手が速度を上げてきている」
相手艦をどうにかするまで補給を受ける気は無いみたいだ。そんなだから心配なんだよ。通信切ってぼやいてしまいながらエクスカリバーを連結させた瞬間、背後で爆発音が聞こえた。
信じられない気持ちで振り返るとミネルバから煙が上がっている。意識を逸らしてしまった隙に主砲が撃ち込まれ、警告音がコクピットに鳴り響いた。咄嗟に飛び退いて詰めていた息を思わず吐き出す。レイが悔しそうな声で報告してきた。
「すまない、索敵範囲外からムラサメの強襲を受けた。残数は十二」
ハッとする。砲塔の対処に行った時にモビルスーツは一機も向かってこなかった。あの時点でおかしいと思うべきだった。後悔していると横のセイバーが対峙していた艦に一発叩き込んでから変形した。舌打ちの後、声がする。
「俺が行く! ここは任せた!」
去って行くセイバーを追うようにビームが発射されたのを咄嗟に盾で弾く。自分も一刻も早くミネルバに向かいたい気持ちを堪えながらエクスカリバーを構えた。
「レイ、無事か? 左舷上空を頼む」
戻って来れたミネルバの上空ではムラサメがヒットアンドアウェイを繰り返そうとしていた。返事と共にこちら側に散っていた兵装ポッドが戻って行き、レイが全力でムラサメの迎撃を行なってくれた事が窺えた。
オーブを相手にする事に歯痒い思いはある。しかし、態々アストレイを囮にしてモビルスーツと引き離してから自己鍛造弾を乱射した上で艦隊を分けた挟撃を行い、更には索敵範囲外に部隊を展開し強襲等オーブは本気でミネルバを墜とそうとしている。こちらが偶然自己鍛造弾の僅かな外観の違いを知らなければ初撃で決められただろうというのに慢心も油断もない。
これ以上何か仕掛けられていないかと眉を顰めながらモニターを確認する。先程シンに指摘されたバッテリー残量は既に半分を切っている。オーブの猛攻によってミネルバは思うように足を進められず、まだ戦闘海域から抜けられそうにない。この場の対処を終わらせたら一度補給を受けるべきだろう。
思考を整理しながらムラサメのミサイルやライフルを破壊する。攻撃さえしてくれなければ良いため腕や盾は残す。恐らく今頃オーブに戻ろうとしているだろうキラがやっていたように全て剥がす真似はしない。攻撃手段を失った機体が退いていくのを目にして息をついてからレイのところに向かった。
「なんなんだよ、あの赤いやつ! まるで八式弾を知っているみたいだったぞ?! おまけにこの前まで味方だったモビルスーツがあっちにいる! どういう事だ、これ!」
思わず叫ぶと地球軍将校は奪取されましたと頭を下げてきた。ふざけないでほしい。
最初のアレが当たれば勝てるに決まっていた。八式弾は終戦後の二年間で新たに開発されたものだ。プラントはもちろん、先の大戦で流れていった元オーブ国民達も知っている訳がない。どこから情報が漏れた? 考えて思い当たる。
アレックス・ディノ。宇宙で先の大戦を止めたカガリが急に連れてきて護衛にした男。確か彼女を条約に批准させる直前にプラントへ特使として行った。以前からウロチョロしてて腹立たしかったので帰ってきても戻れないようデータは全部消してやった。アイツがあの赤いのに乗っている? 一度浮かんだ最悪の可能性は中々頭を離れてくれない。
舌打ちをしてモニターに意識を戻せばムラサメの撃ったミサイルが数発命中していた。 やっとまともな被害を与えられた事で気分が上を向く。忌々しい奴が乗ってる可能性のある赤い機体が慌てたように動き回っているのも痛快だ。良い気分のまま横の一佐を急かす。
「ほらほら、今がチャンスだよ? 砲塔の換装急がせて! 武装を失ったムラサメには新しい武器をくれてやれ!」
「どちらも金をかければすぐ終わるものでもありませんので。お得意のゲームと現実は同じではありません」
冷静な返答でせっかくの気分が台無しになる。爪を噛みながらモニターを見ていると一機のムラサメがあちら側のモビルスーツが張った弾幕を抜けて五体満足でブリッジへと落ちていく。そのまま弾幕対策に上に盾を展開させたままライフルを構えた。上にいる二機は他のムラサメの対処もあって動けない。遠く離れた二機も戻って来れる訳がない。これで終わりだと思わず口角が上がった瞬間、突然横から飛んできたビームで銃身が弾け飛んだのがモニター越しに確認できた。そのままカメラが動いてこんな事をした犯人を映し出す。
映った機体を見て思わず、二度ある事は三度あるなんて言葉を呪ってしまいそうになった。フリーダム。悉く僕の邪魔をしてくれる悪魔みたいなヤツが白い戦艦を背に浮かんでいた。