ガンダムSEED ELPIS   作:明日希

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切り捨てられたモノ

 

 どうしてこんな所にキラが居る? 信じられない想いでフリーダムを見つめていると、距離を取ったものの未だミネルバのブリッジ前にいるムラサメが構えたビームサーベルを撃ち落としたカオスの兵装ポッドが一つ墜とされた。無事なムラサメがそのまま離れていくのを横目に思わず舌打ちをしていた。

 キラのやつ、また前回と変わらずに勢力問わず武装を剥がす気か。先程ミネルバの危機を救ってくれたのは偶然の産物という事だろうか。あの時話したから分かってくれていると信じていた数秒前までの自分が酷く馬鹿に見えて思いっきり殴りつけてやりたい気分になっていると、先日の展開をなぞるようにストライクルージュが現れて呼びかける。

 

「オーブ軍! 聞こえるか! 私だ、カガリ・ユラ・アスハだ! 今すぐに戦闘を停止し、軍を退け! オーブはこんな風に戦ってはいけない! 地球軍の言いなりになるな! こんな事をして何のためになる! いったい何が守れるっていうんだ! 我が国の理念を思い出せ! 想い無くして何のための力か!」

 

 その思いはきっと正しいのだろう。だが、こんな所で訴えても意味がない。

 今のオーブ軍の指揮権が連合に掌握されている事は俺でも簡単に予想がつく。思いはどうあれ現場指揮官程度にどうこうできる問題では無い。彼等だって言いなりになりたくてなっている訳では無いだろう。だから国に戻れと言ったんだが。言い方が悪かったかと反省していると、叫び声がスピーカーを震わせた。

 

「そうやってまた綺麗事ばっかりいつまでも! オーブは戦ってはいけないって、オーブ軍だけ無事なら良いっていうのかよ?! プラントに行った俺みたいな人達はどうなったってもいいのか?! ふざけんな!!」

 

 怒鳴っただけでは怒りを堪えきれなかったのだろう。ミネルバへ戻ろうとしていたインパルスが方向を変え、ストライクルージュに突っ込んでいった。

 アイツ、会敵前に不要な戦闘はしないって言っていたじゃないか! 気持ちは分からなくも無いが、とにかく静止しようと名前を呼んでも返事は返ってこない。

 他のムラサメが再び上昇して距離を取っているのに気づき、戻ってきたルナマリアにミネルバの守りを任せる。彼等の動向にも意識を割きつつまだまだ危なっかしい後輩をどうにかしようと向かっていると、上空でオーブ軍の武装を剥がしていたフリーダムがカガリを護るようにインパルスとの間に割って入った。

 腕を斬り落とそうと横薙ぎにされたサーベルは巧みな姿勢制御で回避される。そのまま反撃にと振り上げられた対艦刀は躱されたが、インパルスに損害は無い。随分と腕を上げたシンが無事な事に息をついた瞬間、正面の艦隊から再び数隻移動してミネルバを挟み込んだ事に気づく。

 キラ達の介入によって生じた混乱の隙をつかれた事に歯噛みしているとアークエンジェルが海面に数発撃ち込んで水柱をたたせ、ミネルバへの射線を塞いだ。シンが動こうとするがキラに妨害されている。近距離では躱されたため射線確保のために距離を取ろうとしたのかフリーダムが飛翔した瞬間を見計らい、二人の間に割って入った。通信を繋げて放っておけない後輩を叱り飛ばす。

 

「シン! 自分で言った事をもう忘れたのか、この馬鹿野郎が! 無駄な戦闘はしないんだろう?! ならカガリに構うな! キラは俺が止める! お前はミネルバを守れ!」

 

「バカバカ言う奴が馬鹿なんですよ! ちゃんと憶えてます! 

 ……すいません、ありがとうございます。行ってきます、任せてください!」

 

 怒鳴り返した後に深呼吸をして気分が収まったのか、シンは落ち着いた口調で礼を言ってきた。そのままオーブ戦艦へと向かおうとするインパルスを止めようとするフリーダムに切りかかれば防がれる。その際に接触通信で回線が繋げられたのか、焦ったキラの声が聞こえた。

 

「何してるの、アスラン!」

 

「お前の方こそ何をしている! こんな事はもうやめろと、オーブへ戻れと言っただろう!? 下がれ、キラ! お前の力は戦場に混乱をもたらすだけだ!」

 

 フリーダムを自由にさせてしまうとまたモビルスーツを無力化しようと動くだろう。そうなったらハイネの時のように戦艦の的になってしまう。俺の対処に集中させるのが最適解だ。

 だからといって親友と進んで刃を交えられるほど割り切りの良い人間じゃない。止めてくれるよう呼び掛けつつ、一刻も早くミネルバが戦闘海域から離脱してくれる事を祈った。

 

 

 

 

「全軍に告ぐ。全力をもってミネルバを攻撃せよ。今一度告げる。オーブ軍は現総力を尽くしてミネルバを沈めよ」

 

 コクピット内でトダカ一佐の淡々とした命令を聞く。分かってはいたがやはりそうなったか。とは言え、今は自機を含めた多くの機体が攻撃手段を奪われてしまった。火器の無い今、残された手段は一つしかない。一昨日の明け方に産まれたばかりの可愛い我が子をせめて一度だけでも良いからこの腕に抱きたかった。唯一の心残りを振り払いながら、残った仲間に声をかける。

 

「小隊各機、俺に続け!」

 

 覚悟を決めた声で返事が返ってきた。自分達がどうなるか察しているだろう彼等に詫びてしまいそうになる口を必死に噛んで止める。覚悟を侮辱するような行為は出来ず、舌一杯に血の味を広げながら機体をミネルバ上空まで移動させていると、ストライクルージュが進路上に割り込んできた。

 

「止めろ、お前達! あの船を討つ理由が何処にある!? あれは本当にオーブの敵か? 撃ってはならない! 自分達の敵でも無いものを、オーブは攻撃してはならない!」

 

 思わず機体を止めてしまう。部下達の困惑する声が鼓膜を震わせた。このカガリ様が本物かどうかなどは分かっている。しかしながら、従う事は今は出来ない。自分を叱咤しつつ声を張り上げた。

 

「そこを退け。これは命令なのだ! 今の我が国の指導者、ユウナ・ロマ・セイランの! その時の指導者の意思が国の意志! ならば我等軍人はそれに従うのみ。……例え、それが如何に自分達の想いと反しようとも、それだけは守られなければいけない! お分かりか!」

 

「だが、だからといって!」

 

「お下がりください。邪魔をするなら力で排除させていただきます。ご心配なされるな。国を出た時から我等とうに死ぬ覚悟は出来ております。最期にお会いできて良かった。

 ……そうですね、国に戻られた暁にもし憶えておられたら妻に言伝をお願いします。息子を育てるのを任せきりにしてしまってすまない、と。

 それでは、我等の涙と意地、とくとご覧あれ!」

 

 せめてもの意地に大見得を切って通信を最期にする。蹴り飛ばしてしまったカガリ様の機体は追い縋ろうとしてきてくださった。高度を更に上げて追いつけなくなった朱色を見て苦笑する。あの方の下でもっと働いてみたかった。今しがた無くなったと思った心残りが新たに生まれたのを感じながら、オーブが理念を守り通せたままだったならば矛を向けなくてすむはずだった黒い船に向けて機体ごと落ちていった。

 

 

 

 

「どうして?! 止まりなさいよ!」

 

 アスランから船の守りを任され、向かってくるムラサメを撃墜していると警告音が鳴った。上空から新しいムラサメが降りてくる。

 でも、上にいた機体はフリーダムが全部武装を剥がしていたはずだ。私も向かってくる途中でブレードを折られた。それなのにムラサメ達は機体一つで速度を上げながら落ちてくる。信じられないけど盾すら構えていない機体が大半を占めていた。あのままミネルバに激突したら中のパイロットも無事じゃすまないに決まっている。それなのに止まらない。

 レイが数の減った兵装ポッドを展開させながら呼びかけてきた。

 

「ルナマリア、ムラサメはこのままミネルバに機体ごとぶつける気だ、躊躇するな!」

「分かってるわよ! でも……」

 

 こんな事態は初めてだから躊躇っていると、四角い何かが目にも止まらない速度で落下してきた。爆風で機体が大きく揺れる。機体がザクのままだったら今ので大破していたかもしれない。

 落ちてきたものがコクピットだけのムラサメだったんじゃないかと気づいた瞬間、吐きそうになった。

 

「オーブ軍なんでしょ!? 地球軍じゃないんでしょう?! なんでここまでするのよ!」

 

「アスハ代表のいない現在のオーブ上層部は恐らく連合の言いなりだ。軍人ならば命令に従うしかない。だがこれは、あまりにも……」

 

 つい叫んでしまうと、悔しそうにレイが返してきた。こんなのは誰も望んでいない。まだ彼等に武器さえあればこんな手段を取らずに済んだはずなのに。選択肢を奪ったフリーダムを苦々しく思っていると、艦内で起きた火災状況を必死に伝えるメイリンの声で意識が引き戻された。大切な妹を守るためにはこうするしかないと、手が震えているのは武者震いだと自分に必死で言い聞かせながらサーベルを構えた。

 

 

 

 

 馬場達の行動に艦内の空気が重苦しくなる。そんな中で引き攣った笑みを浮かべた若造が手を叩き出した。

 

「そ、そうそう! これで良いんだよ、ミネルバさえ落とせれば! いやぁ、特攻までするなんて勇猛だなぁ! そうだ、オーブに戻ったら、小隊の彼等に二階級特進の手続きと遺族への報奨金を送ってあげないと!」

 

 わざとらしい口調で紡がれる白々しい言葉を聞きながら歯噛みする。

 馬場は昔から責任感の強い良い男だった。昨日は産まれたての赤ん坊の写真を見せてきて帰ったら自分も子育てを頑張らなければと笑っていたくせに何をしている。

 そんな境遇に追い込んだのは自分であると分かっていながらやりきれない思いを抱く。静かに黙祷を捧げてから覚悟を決める。彼等の散った命が取るべき道を示してくれた。息を吸って号令を放つ。

 

「機関最大! 本艦も最前線に出る! 目標、敵艦ミネルバ!」

 

 操舵手が復唱し、先ほどとは比べ物にならない速度で景色が流れる。横から肩を掴まれた。

 

「え? ちょっとちょっとちょっと、何やってんの? 僕等がこれ以上前に出て何か得ある? ないよね? おい、今すぐ」

「失礼します!」

 

 ずっと気に食わなかった子供に平手を喰らわせて黙らせる。よろめいた彼を受け止めてくれたアマギを背にエイリアンにでも遭遇したかのような目で見られた。

 

「ぶった、僕をぶったな!? この先どうなるか分かってるのか!」

 

「ミネルバを撃つためには必要な事です。御命令は最後まで私が守ります。数多の将校、兵士のかけがえない命を散らせてしまった責務も私が負いましょう。オーブの勇猛は益々世界に轟くでしょう! アナタはそれをお伝えください!」

 

 もうこの先など捨てた。床に投げただけで気を失った傀儡をアマギに渡す。総員に退避を促した後、向かい側の男に視線をやる。背を向けていた彼に大佐と呼びかけると、仕方なさそうに苦笑して振り向いた。

 

「貴方には私と共に残っていただきます」

 

 抵抗されるに決まっている。服の中で拳銃の安全装置を外しながら言うと、信じられない事に大人しく頷かれた。渋るアマギ達を急かす。

 

「お前達を生かすのは断じて代表代理のためではない。オーブのためだ。今のオーブに否と言うなら、同じ志の者達とアークエンジェルへ、カガリ様の元に向かえ!」

 

 目に涙を溜めて敬礼を受ける。私ともう一人だけが残った。意外にも残ってくれた相手に何故かと問いかけると、金髪の指揮官は遠い目で語り出した。

 

「先日、階級が上がった事でロドニアラボ詳細の閲覧許可がおりたのです。折角だからと観て目を疑いました。

 先の大戦中に死んだはずの息子が被験体に名を連ねていた。私は息子の境遇なぞつゆ知らずにザフトに殺されたものと思い込み、彼と同じ者達を同じ命と思わずに機械のパーツのように扱っていた。とても人の親とは言えません。それでも早く迎えに行ってやりたいのです。

 それに、私が死ぬ事でオーブはあのクソ野郎から逃れられる。意気地無しからせめてもの復讐です」

 

 歪んだ笑みを浮かべた地球軍将校に絶句する。

 連合が人道に悖る行為を数多く行っているらしいとは風の噂でよく聞いたが、想像以上の所業だった。

 頷く事も出来ずに艦を加速させると、白と赤のモビルスーツが眼前に現れ、対艦刀を振りかぶった。私が死ぬ事でオーブは指揮官を失う。この戦場を最後に部下達が無益に死ぬことはないだろう。それだけがこんな何の益もない争いにもたらされた救いだった。

 

 

 

 

 

「アスラン、どいてよ! オーブの人達がどうなってもいいの?!」

 

「オーブ軍をけしかけたのは地球軍だろう!? だから地球軍との同盟をどうにかしろと言ったんだ! こうなってしまった以上、仕方無いだろう! それともなんだ、オーブのためにミネルバは大人しく沈めと言う気か! 撃ちたくないんだろう?! それなのに、何なんだお前は!」

 

 インパルスが旗艦であろうオーブの空母を破壊した。それでも攻撃を止めない他のオーブ戦艦へとシンが向かっていく。追い縋ろうとするフリーダムを止めながらつい怒鳴りつけてしまう。

 泣き虫なキラ、俺に甘えてばかりだったキラ。きっと今でも本当はモビルスーツなんか乗りたくないはずなのに、こんな事をするなんて。哀しくて叫ぶと、大きく息を吸う音が返された。

 

「分かるけど、君の言うことも分かるけど! カガリが泣いてるんだ! こんな事になるのは嫌で、今泣いてるんだぞ! 君には分からないの? そうやって仕方無いって、全部カガリのせいにして彼女が守りたいものを傷つけて! なんで帰ってきてくれないでそんなところにいるのさ!」

 

 癇癪を起こしたように騒ぐキラに呆気に取られたが、最後の言葉で堪忍袋の緒が切れた。

 

「プラントを、自分の故郷を守ろうとするのは間違っている事なのか!? 俺だってこんな事出来るならしたくない! だからこそ、オーブに帰れと言ったのに! そっちこそ何をしているんだ!」

 

 フリーダムの斬撃を盾で防いでサーベルを振り上げる。撃つのも撃たれるのも真っ平ごめんのためサーベルを持っているフリーダムの片腕を斬り落とそうとする。

 キラはカガリの護衛として出ている。だから盾を捨てる訳ない。護衛が防具を手放すなと言うのは厳しく習うので、当然キラもアークエンジェルのクルーから教わっているだろう。

 これで少しは大人しくしろと思いながら押し込んだ瞬間、警告音が鳴り響いた。茫然とモニターを確認する。盾を持っている事を確かに確認したはずのフリーダムの手にもう一本のサーベルが握られていた。呆気に取られた一瞬のうちにセイバーの脚が離れていった。こちらから顔を背けたフリーダムに思わず手を伸ばそうと操作するが、サーベルを持っていた手は真っ先に切り落とされていた。

 気にもしないで遠くへと離れていくキラを収めた視界が滲む。モニターの不調だろうか。悪い事は重なるものだと何処かぼんやり考えていると、もう一つ上乗せされた。バッテリーが切れたらしい。

 モニターから風景が消えていく。そう言えば補給する暇が無かったなと他人事のように感じれば海面に叩きつけられたのかコクピットが揺れて頭を打ちつけてしまう。

 馬鹿だなぁ、と思った。

 

 馬鹿だなぁ、キラ。盾を捨てたら相手を傷つけなきゃ守れないじゃないか。そうまでしても俺を……? 

 

 最後によぎった考えを信じたくなくて、遠のいていく意識に身を任せた。

 

 

 

 

 急に次々と向かってきた空母や戦艦を叩き斬っていく。最後の一隻になってようやく遠ざかっていった。流石に疲れたので息を吐く。今回はミネルバも結構な損害を受けている。とにかくミネルバに帰ろうと動きながら空を見上げているとセイバーの姿が見えない事に気づいた。

 フリーダムとの間に割って入ってくれてから見ていない。あの人が相手してからフリーダムはどこの邪魔をする事も無くそのまま去って行った。こっちと違ってエネルギーの心配が無いフリーダムを、ただでさえバッテリー残量が危ない状態で抑え切ったと言う事だ。あの人の強さを改めて思い知る。

 フェイズシフト切れたりして先に戻ったんだろうか? そうだったら良いなと思って通信を繋げようとする。アスハのせいで頭に血が昇ってキツいこと言ってしまったから謝らないと。中々繋がらなくて不思議に思うとメイリンが血の気の引いた顔でモニターに映った。大きく息が吸われ、震える声で教えられる。

 

「シン。アスランさんがフリーダムに撃たれたの。落下予測地点を送るから、今すぐ救助に行って!」

 

 アスランに限ってまさかと頭から追い出した最悪の可能性が告げられた。一瞬頭が真っ白になるが、それどころじゃないと切り替える。

 

「分かった! フォースシルエットとデュートリオンビームの照射頼む!」

 

 少し時間は惜しいけど、探している内に俺までバッテリー切れに陥ったらミイラ取りがミイラになる。素早いフォースならカバーできると思って頼むと心なしかいつもより速く飛んできた。急いでポイント上空まで向かいながら嫌な事実に気づいてしまう。

 

 キラ。

 アスランさんがさっき止めると言っていたフリーダムのパイロットの名前だ。ステラを助ける前、先の大戦で殺し合ってしまったと話してくれた幼馴染の人が同じだった。信じられないけど、もし同一人物だったら親友のアスランさんを無理にでも攫おうとするかもしれない。

 落下ポイントに到着したので焦る気持ちのまま飛び込むと、海の中はひどい有様だった。

 少し前に真っ二つに叩き斬った戦艦の片方が下手なオブジェみたいに突き刺さっている。色を失ったモビルスーツの手足が海底のあちこちから生えてきていた。あの日のマユがフラッシュバックして意識が飛びそうになるのを必死に深呼吸を繰り返してどうにかする。

 しっかりしろよ、シン・アスカ! ここで気絶なんてしてみろ、あの人が死ぬぞ! 

 

 息を整えながら目を凝らすと色褪せたセイバーの顔が見えた。近寄って引っ張り上げて見るとコクピットに傷はない。こんなになってもセイバーはパイロットを守りきる最後の仕事を果たしたみたいだ。

 どうにか繋がっている頭部じゃなくてコクピットをしっかり持ってから浮上する。影も形も見えないフリーダムが向かってきてない事をメイリンにレーダーでも確認してもらってからアスランさんに呼びかけた。

 

「アスランさん! 大丈夫ですか?! 聞こえますか? 返事してください!」

 

 少し待つと、掠れた小さな声で返事が返ってきた。

 

「ぅ……その声……シン、か?」

 

「そうです、シンです! 無事で良かった……どこか気になるところとかありますか?」

 

「まっくらだな……あと、なんだかしょっぱい」

 

 大丈夫か聞こうとしたけど、この人は絶対に大丈夫って返してくる。試しにと聞き方を変えてみると普段よりはっきりとしない喋り方で教えてくれた。

 暗いのはきっとメインカメラが断線してるからだ。しょっぱいって、まさか浸水?! 抱えているコクピットから水が溢れてこないから可能性は低いけど、本人の申告を疑う理由はない。

 近くにギリギリ着陸できそうな小さな岩場を見つけたため、ミネルバに報告を入れてからアスランさんに声かけする。セイバーをゆっくりと置いて俺もインパルスから降りた。

 ハッチを開けてもらうと、水なんか溢れてこない。何も物が無いコクピット内はどこも濡れていなくて綺麗なままだ。もしや、と俯いたアスランさんのヘルメットを外してしゃがんで覗き込むと水がポタポタ落ちてきた。目元が真っ赤に腫れている上に頬に筋があるのがありありと見てとれる。

 うん、泣いて口の中に涙が入ったんだな。そしてなぜか本人自覚ない。

 親友だと思ってる人に討たれたんだから泣くのは当然だ。自覚ないのはどうかと思うけど、悲しくない方がヤバいだろう。

 想像もしたくないけど、もしコクピットに穴が開いていたりした上に俺が遅くなっていたらこの人はあのままひとりぼっちで冷たくなっていた。

 ちっとも来なかったフリーダムに怒りを覚える。友達のはずのこの人がそうなったとしても気にしなかったって事だ。いろいろと他に気になる事もあるけど、もう既に十分傷ついてるこの人にこれ以上塩を塗る真似は出来ない。

 せっかく降りたのだ。暗いままのセイバーにひとりのままより、狭くなるけどインパルスに一緒に乗ってもらえば寂しくないだろうと思って声をかけると、返事が返って来ない。気絶した? それとも前の時みたいに考え込んでる? 不安になってもう一回名前を呼ぶと、アスランさんが勢いよく頭をあげて叫んだ。

 

「シン! お前……こうなってるって事は、キラに、フリーダムに勝ったのか?!」

 

「いきなり何言ってるんです?! なんでアンタが無事だからって俺がフリーダムに勝った事になるんですか?」

 

「気絶してたし見えなかったけどキラは来てくれたんだろ? それなのにこうして俺がお前と居るって事はお前がキラを退けたんじゃないのか?」

 

 訳が分からなくて聞き返した事を死ぬほど後悔した。愕然と見返してしまったアスランさんの眼が不安そうに揺れているのに気づいてハッとする。この人、本当はどこかで分かってる。それでも信じたくないんだろう。俺がもし同じ立場だってもそうなるだろうからなんとなく分かった。優しい嘘をついてあげたい気持ちもあるけど、そしたら事実を知った時に余計に傷つく。それならと心を鬼にして口を開いた。

 

「来てない。来てませんよ、フリーダムなんか! アスハも来てない! アンタを助けに来たのは俺だけ! ……本当は分かってるんでしょう?」

 

 アスランさんが力無く地面に座り込んだ。思わず横に座ると、静かにポツポツと呟かれる。

 

「……分かってたよ。俺に相談もなくフリーダムを直すぐらいだ。居なくても良いんだろうとは思ってたが、そうじゃなくて俺なんかいない方が良かったんだろうな……結局、キラ達が欲しかったのは俺の力だけだったんだろうか……なぁ、シンも守りたいものが違う相手とは一緒に戦いたくないのか?」

 

 淡々とこぼされる言葉に胸が痛くなった。居なくても良いと居ない方が良いは似てるようで全然違う。辛いはずなのに表情が凍りついたみたいに変わらないこの人の心が死んでしまったんじゃないかと不安になって、励まそうと必死に口を動かした。

 

「全員の守りたい物がみんな同じだったらそれはそれで怖くないですか? 違ってて当然ですよ。今の俺はアンタも含めたミネルバの仲間とステラが一番大事ですけど、アンタと俺のは全部同じじゃないですよね。きっとアンタにとってはどうでもいいものを俺が守りたい時もあるし、その逆だってありえる。けど、それは悪い事じゃないでしょ。そんなのを嫌がってたら軍隊なんか成り立ちませんよ」

 

 少しだけ目を大きくしたアスランさんが、シンは凄いなと頭を撫でてきた。子供扱いされてるみたいでちょっと複雑だけど、やっと表情が動いたこの人のやりたいように今はさせておく。話してる内にふと気になったので何気なく聞こえるように明るい声を出して聞いてみた。

 

「アンタは? アスランさんの守りたいものって、なんなんですか?」

 

 話してて気が緩んだのか体力が限界なのか、眠たげなフワフワしたやさしい声で答えられる。

 

「守りたいものなら、いっぱいいるよ。ミーアと、シンとレイにルナマリア、メイリンもヨウランもヴィーノも。グラディス艦長もトライン副艦長も、エイブス班長も。姉様と姉さんとラーナだっているし。あとはイザークとディアッカだろ? ちゃんとステラもアウルもスティングも、ネオさんとナタルさんもお前とおんなじだよ。あとは、キラとカガリ、ラクスも、みんなぜんぶ守りたい、けど……要らないって捨てられちゃったからなぁ……父上と母上もニコルもラスティもミゲルもまもれなかったんだし、ダメかなぁ」

 

 おもちゃ屋さんで端から端まで全部欲しがる子供みたいに楽しそうな口調で守りたい人の名前を次々とあげていったアスランさんがたった今自分を撃った上に見捨てた人達まで呼んでシュンとした。流石にソイツらは外しましょうよ! 思わず口を突いて飛び出てしまいそうになった言葉を手で押さえて横を見ると膝を抱えて鼻を鳴らしていた。頭が揺れているから大分寝てる。こんな話し方いつもは絶対にしないから、もう自分が何言ってるかも怪しいんじゃないだろうか。

 こういう状態だと深層心理が出るから言った事はその人の本音だ! なんて家族で観ていたバラエティ番組で言ってたな。半信半疑で聞いてたけど今は心底嘘である事を願う。これが本音だったらこの人は先の大戦中、ずっと守りたいもの同士に板挟みされて、守れないものも多くてうんと苦しかったはずだ。きっと今も。何も言えずに黙っていると不安そうに腕を引かれたから、小さい子供にするみたいにしゃがんで当たり障りのない答えを返した。

 

「ダメじゃないですよ。でも、手の届く人達をちゃんと守ってからにしましょうね」

 

「ん、そしたらさ、キラ、また僕と……」

 

 言い切る前に体力が尽きたのか気絶したみたいに眠るアスランさんを支えてインパルスに乗り込みながら考える。

 うんと前の食事会でこの人のお師匠さんと話した際、死は変化の言い換えだと聞いた。あの時は突拍子も無いと思ったけど、今なら少しだけ分かる気がする。

 たぶん数分前までのアスランさんはダメかもしれないなんて思わなかったはずだ。サンタクロースを信じる子供みたいに、ぜんぶまもりたいんだよで終わっていたんだろう。

 無意識のうちかもしれないけど、そんなアスランさんはもうかえってこない。フリーダムに、大切な幼馴染にバラバラにされてひとりぼっちで冷たい海の中で泣きじゃくったまんまだ。

 

「馬鹿野郎はどっちだよ……」

 

 あんな目に遭わされたのに信じようとしているアスランも、自分で大切な幼馴染を撃ったキラとやらも、酷く馬鹿に思えた。

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