ガンダムSEED ELPIS   作:明日希

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選択の可否
果たされた約束


 

 意識が揺れる中で夢のように今までの事が目の前を流れていった。今現在もそうだからか、体調を崩した時のことを特に思い出す。

 

 小さい頃は特に体調を崩しやすかったから、看病してもらった記憶はおそらく他人と比較してそれなりにある。それでも、いつも夜起きた時は一人だった。

 幼い頃、姉様達はまだ俺専属ではなくて他にも仕事があった。側にいたがった三人を大人達が困った目で見ていたから大丈夫だと頑張って手を離した。まだ看病してくれた記憶があるだけ良い。僕の体調に関係なく、父上と母上なんて家にいる時間の方が珍しかった。でも、別に寂しくはなかった。だって姉様やラーナスも同じだったから。お稽古が終わってから他の大人の目を盗んで子どもだけで集まってこっそり遊ぶのは楽しかった。それから思い出すのも嫌なことがあって、月に行くことになった。

 

 そこでキラと出会って初めて知ったんだ。 自分の家が、普通じゃない事を。

 親は子どもの側にいつもいるのが当たり前らしいって知った時の衝撃は今でも忘れられない。なんで連絡しないの、どうして来てくれないのとキラが本当に不思議そうな顔で聞いてきた時は一瞬だけなんて答えたら良いか分からなくなった。

 

 だって仕方がないんだよ。父上は下手に会いに行くとお互い危険だと言っていたし、母上はプラントのための大事な研究を頑張らないといけないから。

 でも、そんな事情がバレたらもう二度と一緒に遊べなくなるかもしれないから言えるわけなくて。

 詳しい事は言えないまま、二人とも忙しいから余計な心配をかけないようにしないといけないからって答えればなんでか怒ったキラに呼ばれたカリダさんが来てくれたのは嬉しかった。けれど同時に申し訳なかったから夕方になるとこっそり薬を飲んで平気になったフリをして見送っていた。キラにまでこんな寂しい思いはしてほしくなかったから。 いつか平和になったら自分達だってキラのお家みたいになれるはずだと、そんな夢を信じていた。

 

 けれど、プラントに帰ってからも二人はあまり家に帰って来なかった。その頃には俺ももう大人になっていて、自分の家はこんなものだと慣れてしまっていた。自分よりもっと寂しい人はいるからこれ以上望むのは贅沢だと、人よりも恵まれている【アスラン・ザラ】がそんな事を思っていい訳がないと押し込めた。それでも、今思えば心のどこかではいつかは叶うかもなんて願いながら過ごしていた。

 

 だが、それもあの日に永遠に叶わなくなってしまった。まさかあんな事が起こるなんて信じられなくて悪い夢だと思った。ニュースを見て家に帰っていないか咄嗟に確認して、何かの間違いであってほしい一心で発着ゲートに向かった。同じ想いを抱いた人は大勢いたようで、人混みの中きっと来るはずのユニウスからのシャトルを寒い空を見上げて探した。時間が経つとどんどん他の人は泣きながら帰っていって、それでも待っていると白い雪を肩いっぱいに積もらせた姉さんと髪が白黒の斑になったラーナスがやってきた。きっと母上は帰ってきてくれるはずだから置いていきたくなくて嫌がった。困ったような泣きそうな顔が見えたと思った次の瞬間には気づいたら家に帰っていた。大雪の中にいたから酷い熱が出て、母上に会えやしないかと期待したけど夢にすら出てきてくれなかった。

 

 どんな顔でどんな言葉を言ってくれたかはまだ思い出せる。だが、どんな声で伝えてくれたのかを今ではもう思い出せなくなってしまった。

 

 風邪を引いたあの日、姉さんは必死に看病してくれたけど、二人のお母さんも母上と一緒にもう会えなくなってしまったからその分の仕事もやっていた。ラーナスも側にいようとしてくれたけど、フィリアスの隊長が殴って連れ出していた。姉様はとっくに家を出て病院で忙しくしていて連絡は取れなかった。だから、あの夜も一人だった。誰にも言えなかったけれど、自分自身ですら気づかないように押し殺してきたけど本当はずっとずっと寂しかったのだとようやく分かったところで目が覚めた。

 

 

 瞼を上げると何も見えなかった。昼間に寝たから変な時間に起きてしまったんだろう。体調を崩した時は良くある。さっきまで見ていた嫌な記憶ばかりが再生される夢もそうだ。今回はいつものように責めてくる父上や母上がいない随分とマシなものだった。これまでみたいに汗をかいた事による寝苦しさが原因で起きたのかと思ったが、何故だか身体の倦怠感は消えていて随分と回復している。

 

 暗闇に慣れた目で窓の方を見ると少しだけ明るくなり始めたのが感じ取れた。真夜中ではなくてもう夜明けが近いらしい。日頃から眠りの浅い体質の割に良く眠れたようだ。喉が渇いているので水でも飲むかと考えて身体を起こせば左手に違和感を感じた。信じられない思いで横を見る。

 ミーアが俺の手を包み込んだままの体勢で幸せそうな顔をして眠っていた。 眠りに落ちる直前に聞こえた優しい言葉を思い出す。まさか本当に居てくれるとは思わなかった。見ていた夢のせいもあってより強調されていた寂しさがどこかに消えていくのが分かり、何故だか目頭が熱くなった。

 嬉しくて泣く時も人にはあると彼女が言っていたのはこういう事だろうか。思わず溢れそうになる声を側に置かれていたタオルで無理にでも止める。理由はどうあれ声をあげて泣く姿なんて流石に見られたくない。そんな事をしていい年頃はとっくに通り過ぎてしまっている。そのまま乱暴に擦れば涙もどうにか止まったので、もう一度横になる。

 自分だって疲れているはずなのにずっと側にいてくれたミーアの寝顔をそのまま見つめ続けていると、また睡魔がやってくる。今度は彼女が側にいてひとりではないと分かった。それだけで心が救われたのを感じながら安心して目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レイ、昨日はありがとな。もちろんシンも。アスランの件は本当に助かった。また今度お礼させてくれ。シン、今空いてるならちょっと来てもらえるか?」

 

 朝になってネオさん達の船に戻っていたラーナスさんがわざわざお礼を言いにきてくれた。たぶん昔馴染みのこの人だったらもっと早い段階で気づいただろうから怒られるかと思ったけど杞憂だったみたいだ。

 特に急ぎの用事は無いから手招きしてくる人に着いていけば二つの船を繋ぐ連絡橋をそのまま渡っていく。あっちに行くなんて一体なんだろうと思っていると、門を開ける前に振り向いて真剣な顔で訊かれた。

 

「シンはさぁ、何かグループでの作業やる時にやる事だけ重視する? それとも中身よりかメンバー見て決めるタイプ?」

 

 昔マユが勧めて来た性格診断みたいな質問だ。どうしてそんな事を聞かれるのか不思議に思いつつ、考える。

 

 例えどんなにやりたい事でもステラとレイ、ルナやアスランさんが近くにいないとつまらない。逆にどれだけ嫌な事でも大切な人達と一緒ならやれてしまえる気がした。まとまったので返事したら思い切り良いなと苦笑される。訳が分からないから聞こうとした瞬間、安心したような声が静かな通路に響いた。

 

「そんな風に直ぐ答えられるお前なら、あの子の気持ちも分かってやれるだろ。さぁて、お待ちかねのカノジョとの再会だ! 誰も悪くない、後悔するなよ」

 

 ニカリと笑われて、小さく真剣な呟きと共にそのまま強く背中を押される。いつの間にやら開いていたドアにそのまま押し込まれるのと同時に軽い衝撃が目の前から来た。

 

「シン!! ステラね、約束守りにきたよ!」

 

 夢にまで見たやっと守れた女の子が目の前で嬉しそうに笑っていた。

 

 

 

「ステラ! 僕に会いにわざわざ来てくれたの?」

 

 やっと会えたシンが目を丸くして聞いてきてくれた。ほんとうはそれだけじゃないけど、ここに来たのはシンに会いたかったのが一番の理由だから頷く。赤いお目目をパチパチさせたシンがにっこり嬉しそうに笑って頭を優しく撫でてくれた。また会えてうれしい、って言ってくれるから気持ちがおんなじなのがもっと嬉しくなる。じゃあ、これを伝えたらもっともっと喜んでくれるはず。そう思ってワクワクしながら口を開いた。

 

「あのね、シン! ステラ、明日もその先もずっと一緒にいられるよ! スティングとアウルも一緒にね、ナタルのお手伝いこの船でするの! シン、ステラをまもってくれた……こんどはステラもシンをまもるから」

 

 それまで楽しそうに聞いてくれてたシンが、なんでか急に泣きそうな顔になった。不思議になって名前を呼ぶと違うよって辛そうに言われる。

 

 あれ、おかしいな。一緒にいられるのはいい事なのに。

 

 シンと少しだけサヨナラをした後はネオもナタルもスティングもアウルもみんな一緒で楽しいが増えていった。おもしろいラーナスと優しいフィー先生も一緒になって、そこにシンやルナ、メイもまた一緒になれるからステラはとってもうれしくてしあわせなのに。

 

 どうしてシンはそんなに痛そうな顔をしてるの? どこかケガしたの? 誰に酷いことされた? 

 そう聞いてみても、違うんだよってまたおんなじ事を言われる。

 何が違うの? ステラがまだお勉強途中だからかな。シンの言ってる事が分からない。なんで一緒に居られるのに笑ってないんだろう。

 

 そういえば喜んでくれるはずだったネオとナタルにみんなで伝えに行ったらなんでかポカンとしてた。辛そうな顔のナタルにまずはお掃除からって言われたっけ。まだ何もさせてもらってないけどどうしよう。なにか間違えちゃったのかな。

 

 あのね、ステラ、元気になったんだよ。いろんな事を憶えられるし、お薬もたまにほんのちょっとだけで大丈夫になった。この前のテストはね、花丸もらえたんだよ。いろんなセカイを知って、どうしたいって聞かれてね、スティングとアウルとね、三人でお話しして、まもるためにネオとナタルのお手伝いしようって決めた。ステラ、ちゃんと自分で選べたんだよ。

 

 良かった事をたくさん話しても、シンはずっと泣きそうな顔のままだ。どうしたらいいんだろう。悲しそうなシンを見てるとステラの胸がギュッて苦しくなる。ねぇシン、お願い、笑って。

 

 しゃがんで口を引っ張ってギュウギュウあげても手を離したら直ぐに下がっちゃう。もう一回やろうと伸ばすとブルブル震えてるのに暖かくて大きい、大好きなシンの手が握手をしてきた。

 

「違うんだよ、ステラ。ステラは戦艦になんか乗らなくたっていい。もうこんな小さい手で操縦桿なんて握らなくて良いし、モビルスーツに乗ってこわい思いをしなくても良いんだよ。そんな事しちゃダメなんだ。お願いだからあったかい所にいて。戦争なんか関係ないところで幸せにしてて。その生活丸ごと全部、今度こそ俺が守るから。もうあんな風にはさせないから。離れ離れになっても大丈夫! 約束しただろ? 俺が君をまもるって」

 

「やだ! ステラ、シンと一緒がいい!」

 

 ステラ、シンが好きだから。はなればなれはもう嫌なのに。どんなに楽しい事をしたって、シンが一緒ならもっと楽しかったなってどうしても思うのに。

 せっかくステラ、守れる力があるのに。シンをまもるためなら、どんなこわいものになっても平気なのに。ステラもシンをまもりたい、それだけなのに。

 ステラが自分で見つけて選んだやりたい事をなんでみんな喜んでくれないんだろう。困った顔ばかりするんだろう。

 くやしくってポロポロ涙が出てくる。グスグス鼻を鳴らしていたらシンがギュッてしてきた。トクトク動いている心臓の音を聞いたら安心してそのまま眠くなる。やっぱりこうやって一緒にいたい。どうしても離れたくなくて、シンの肩をギュッてした。

 

 

 

 

 

 

「戦争と関係無いところ、ねぇ……一体この世のどこにあるんだろうな」

 

 扉越しに聞こえてきた言葉を思わず呟く。

 ソラにはミサイルやモビルスーツが飛んで、地上には兵士が散らばっていて、海には戦艦がうろついている。そして、力があるからと戦場に戻っていく子達がいる。こんな世界だからきっと地獄はとうにもぬけの殻だ。何時か聞いた舞台の台詞を脳裏に浮かべて歯軋りをする。

 

 せっかく子供達が初めて選んだ大きな選択だ。だからって諸手を挙げて歓迎できる訳がない。それでも、世界を知ったからこそその世界を守りたいとあの子達自身の拙いながらも真っ直ぐな言葉で告げられて否定なぞ出来るわけが無かった。こんな事をさせるために助けたんじゃないのは俺もアイツも、この件に携わった全員がそうだろう。

 

 二つの船を行き来する女医曰く、自分で選んだという実感は良くも悪くも何に代え難い自信と納得になるそうだ。選択した事自体が成功体験となるから翻しにくくなる。また、多少の失敗をしても自分で決めたからしょうがないと責任転嫁しにくくなるらしい。

 

 実際、どんなに説得しても子供達の意思は変わらなかった。根負けした振りをしてナタルは雑用をさせて戦いから遠ざけるつもりだ。だが、そうしていたって何時かはアークエンジェルのあの時みたいになるんじゃないか? うんと年下の巻き込まれてしまっただけの少年少女が脳の底から浮かび上がってくる。随分と鮮明な記憶に疑問を感じる暇もなく、どうしたものかとため息をつく。

 

 誰を責めてもお門違いなんて、どこを見ても悪魔が嗤っているこの世の縮図のようだった。

 

 

 

 

 泣き疲れて眠ってしまった小さな子を抱えて茫然とする。まさかステラが選んだ道がこんなものなんて。一緒に居たいのは俺だってもちろん同じだけど、それは彼女が戦場に居続けるって事だ。だから寂しかったけど離れたのに。彼女に会う寸前にされた問いかけのおかげでステラの気持ちも分かってしまう。

 

 この子を戦場から降ろすには俺も一緒に降りるしかない。

 でも、親友のレイに、いつも助けてもらってるルナとメイリン、今一番苦しんでるアスランを置いてきぼりになんてどうしても出来ない。全員揃ってミネルバを降りる方法は一つだけだ。

 こんなどうしようもない戦争をとっとと終わらせる。そうしたらみんな一緒に平和なところで笑えるはずだ。以前から抱いていた想いがより強固になる。

 今は先ずステラをネオさん達家族のところに届けないと。その時に詳しく話も聞こう。

 大切なステラを落とさないようしっかりと抱え直す。やるべき事と進みたい道を決めて前へと一歩踏み出した。

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