「わざわざ悪いな、片付け手伝ってくれて助かった。お前たちも部屋帰っていいぞ? 後は姉ちゃんの領分だから、こっちに任せてくれ。
あぁ、最後に一つだけ頼んでいい? そこの赤い袋取って欲しいんだけど……ありがと。はい、中身はお前らへのお礼な。全員分あるから」
慣れた風に大量の食器を腕に乗せたままでラーナスさんが声をかけてくれた。頼まれた袋の中身を見ると、お菓子とジュースの詰め合わせだった。みんなで分けて一息つく。さっきまで楽しい大騒ぎだった。
アスランとジュール隊長の対決が終わってからもジブラルタルの大食堂は人でいっぱいだった。
二人に戦闘のテクニックを質問する人や、伝説のクルーゼ隊の実態を知りたがる人、どちらも綺麗な顔立ちだからあわよくばお近づきになりたい人が食事がてらにワラワラと群がっていた。
ジュール隊長はディアッカさんと一緒に手馴れた感じで人をさばいて質問に答えていた。アスランさんの事も放っておかずに話を振ったり、困っているようなら助け舟を出したりしていた。同期で気心が知れているからか、あの人も二人に対しては随分と饒舌だった。あんな風に声出して笑ったりするんだな、なんてよく考えたら当たり前なはずの事になんだか嬉しくなった。
その後にはアスランさんの手当てに駆けつけてきた歌姫さんがリクエストに応えてコンサートを行ったりして大盛り上がりだった。恋人が来た瞬間アスランさんが自分の興味のある質問以外はかかりきりになると、ジブラルタルの女性陣が何人か残念そうにしていた。ルナがあの人ゾッコンだから脈ないわよ、なんて笑いながらバッサリやってたな。
愉快な一日を振り返りながら温かいココアを一口飲んでホッと息をつく。灰色の髪のお姉さんの指示を受けてアレコレと忙しなく動いている人をルナ達と眺めていると、さっきまで忘れていた疑問が頭をもたげてくる。気づけば誰に言うともなく呟いていた。
「ラーナスさん、なんであそこまでアスランさんに尽くすんだろう……」
横に居たレイがこっちに向き直ってから少し考える。顔を上げた後、辺りを窺う親友に倣って周りを見回せば、俺達とラーナスさん、フォリアさん以外は誰も居ない。ヨウランとヴィーノは明日も早くから仕事があるって帰って行った。ジュール隊の二人は基地内に宿を取ったって言ってたし、アスランさんは嬉しそうにしていた彼女さんを送りに行ってそのままだ。
俺とルナ、メイリンにだけ聞こえるぐらいに声をひそめて教えられる。
「聞いた話だと、二年前まではザラ家には大勢の従者が居たらしい。しかし、終戦直後にパトリック・ザラの一件で九割以上が離れていったそうだ。
実際、ザラ家関係者だと知るだけで白眼視する人は今でも存在する。当時なら比では無かっただろう。 自分の生活もあるんだ。まるで迫害じみていたというソレを耐えるには余程の理由があるんだろうが……謎だな」
「そう言えば……フィルさんがミネルバに来たから気になってセントエルモのデータベースに入ってプロフィール調べてみた事あるんだけど、アスランさんとの関わりを公にしてなかったの。妹さんが居る事すら書いてなかったし。優しいあの人らしくないけど、もしかして、そういうバッシングに巻き込まれるの嫌がったんじゃ……」
首を傾げたレイの言葉を受けて、メイリンが思い出したように話した驚愕の事実に目を見開く。 あんなに仲が良さそうな姉妹なのに、そんな事になってるなんて。
どう言っていいか分からないでいると、鉄板の上でジュウジュウ音を立てる分厚いステーキが突然現れた。驚いて振り返ると今しがた話題にしていたフォリアさんが立っている。全員の目の前にそれぞれの好物が置かれ、よろしければお礼にと言われる。
目の前に置かれて断るのは失礼だ。お礼を返してからナイフとフォークを手に取った。力を入れる前に切れた柔らかい肉を口に入れる。塩胡椒でシンプルな味付けをされた分、肉の旨さが際立つ塊が舌の上で溶けていった。あの人、家でいつもこんな良いの食べてるのか……?!
二度と食べられないだろうあまりの美味しさを噛み締めていると、楽しそうに微笑まれた。ルナも一口サイズのケーキ盛り合わせを幸せそうに味わっている。改めてお礼を言うと、いえいえとお姉さんそっくりの笑い方をされた。やわらかい口調で言葉が続けられる。
「皆さんの中でも特にシン君達は本当に美味しそうに食べてくれてましたから。食材用意した側として、あんな良い食べっぷりはとても嬉しかったんです。
さっきの話ですけど、姉さんに私から頼んだんですよ。ただでさえ患者さんの急増で限界迎えてましたから。あそこには、姉さんを助けてくれた先生がいるし、支えてくれてた親友がいた。余計な迷惑かけたくなかったんです」
聞かれてたみたいだ。謝ると、本当に気にしていない様子で構いませんと笑われた。
せっかくだからと観戦中から気になってたさっきの疑問を聞こうとすれば、動き終わった当人が向かいに座る。
「片付け終わりましたよ、っと。俺にはなんか無いの?」
「水道水ならあるけど? お前、あの子をわざと止めなかったでしょ」
さっきまでの優しい表情から一転、スンッと眉を立てた顔で突き放された黒髪の人は気にした様子も無く笑っている。日常なんだろうか。
気になりつつも、冷めないうちにと惜しみながら肉を平らげて流しに運べばルナ達のお皿を回収した人が横から取った。流石に悪いと慌てれば仕事で慣れてますからと言われてしまった。有り難くお言葉に甘える事にする。戻ればラーナスさんが透明なコップを手に寛いでいた。あしらわれた通りにお冷を注いできたみたいだ。向かいに座ると、愉快そうに目の前の人の口が動く。
「そう言えば、俺がなんでアスランに尽くすか、だっけ? 折角の機会だし、話そうか? あんまり面白くないけど」
意外な申し出に目を丸くしてしまう。こういう静かな場所だと思ってる以上に声聞こえるから気をつけろよ? と悪戯っ子みたいな顔で言われた。
確かに気になるけど、結構プライベートな部分になるはずだ。聞いて良いのか迷っていると、お願いしますと珍しくレイが先に返事をした。
ゆっくりと頷かれ、遠い目の問いかけから話が始まった。
「そうだなぁ。覚えてる一番古い記憶から話そうか。ちなみにお前らのは?
──ベビーカーに揺られて動物園? プレスクールのお泊まり会?
うんうん、よろしい。俺の場合は、ちょっと違う。
酷い顔でこっちを指さして叫ぶ女の金切り声。
『目の色が違うわ!!』
ってヤツだ」
茫然としてしまった俺達に綺麗な黄色が向けられた。
何を言えば良いのか分からないでいると、三日月みたいに細められてから困ったように眉が下がる。穏やかな調子を崩さないままあやすような声で話が続けられた。
「そんな顔されると困るんだよなぁ? 俺はもう気にしてないから、お前らも気にしないでくれると助かる。
あぁ、一応言っとくけど俺は第二世代。追加で弄られたかどうかは知らない。興味無いし。
生物学上は仕方なく一応とりあえず俺の母親にあたる人は理想の高い苦労知らずのオヒメサマだったらしくて。金持ちの家に生まれて周りにチヤホヤされて意中の男も手に入れた。自分の願いどおりにこの世の全てが進むと信じて疑ってなかったらしい。それで勝手に自分の願望押し付けて中身が違ったらキーキー騒いだってさ。アホらしいだろ?」
自分の事なのに心底どうでも良さそうに肩を竦める。一息で言い切られた念押しの言葉達から本当は母親と呼ぶのすら嫌なんだろうと窺えた。レイが途方にくれたような声でその人の所在を尋ねる。何の感情もない声でとっくに死んだと返された。直ぐに穏やかな声に戻って話が続けられる。
「今はともあれ、チビの頃はやっぱりショックでさぁ。ろくに世話もしない奴と目が会うたびに泣かれるんだぞ? 親父は前髪伸ばさせて見せないようにするし。で、そんなのが続けば当然嫌になるから、こんな家出てってやろうと思うじゃん?
そんな感じである日歩いてたら何やら声が聞こえる。なんでかどうしようもなく気になって行ってみたら驚いた。めちゃくちゃ可愛い天使がいる。ま、それがまだアウアウとかしか言えないアスランだったんだけど。
いや、もう本っ当綺麗で可愛くってな?! ねーちゃん、チビアスの写真あるー?!」
ダンッとコップが置かれる。大声で呼ばれたフォリアさんが顔を顰めてこっちに来て一瞬足を止める。小さく息を吸って叫ばれた。
「ラーナス、バカ、お前! なんでジントニックなんか飲んでるんです?! 珍しく素面で酔った時の定番を話し始めたと思ったら……!」
先ほどまでとは別種の驚きに包まれ、楽しそうに笑う人を見る。全然顔に出てないけど、酔ってんのかよ?! 俺を含めたこちら側の視線が思わず冷たくなってしまうのを感じていると、カラカラと笑われた。
「んー、めちゃくちゃ薄くしたし、記憶残る程度に加減はしてる。でもさぁ、酒でも飲まなきゃこの話出来ないんだよ。それに話すのは大丈夫そうなメンツの時だけだし。で、写真は?」
確かに、正気じゃできない話っていうのはあるらしい。間違いなくコレはその類だろう。まぁ、この話を聞ける事そのものが信頼されてる証だと今の言葉で分かったので納得していると、目の前にタブレットが差し出された。
紺色の髪の可愛らしい赤ちゃんが緑の目を細めて機嫌良さそうに笑っている写真だ。今のあの人からは想像つかない姿に確認を取れば、お兄さんとお姉さんが自慢げに頷いた。うん、コレは確かに可愛い。
写真をまじまじと見たルナとメイリンが歓声をあげる。送ってもらっていいですか?! と素早く携帯を差し出していた。後でと笑って仕舞われる。視線を戻せば、心なしか少し赤らんで見える顔で話が続けられた。
「でな? 俺にヨチヨチ近づいてきて、バカみたいに長かった前髪上げてさぁ? あの頃は目見る度に悲鳴上げられるのにあの女のせいで慣れきってたから。あぁ、泣かせちゃうかと悔しく思ってたら、アイツさぁ。
めちゃくちゃ嬉しそうに笑ったんだよ。綺麗な宝物でも見つけたみたいにケラケラキャアキャア……あの瞬間、生まれてきて良かったって初めて思ってさぁ……ほんと、良かった……あー、アイツのためなら他の楽しみあっても何時だろうと喜んで死ねる……」
宝石みたいに綺麗な目を潤ませて、本当に幸せそうに話す。しんみりしていれば続けられた縁起でもない物騒な言葉にギョッとして声をかけると、返事は返ってこない。横のフォリアさんがいつの間にやら手にしていた毛布をかけてあげながら苦笑した。
「ラーナスったら、この系統のお酒飲むと必ず寝落ちするんです。
すいません、重苦しい話聞かせちゃって。ちなみに、この子がアスランに尽くす理由はこれだけです。笑った当人は赤子だったから綺麗さっぱり忘れてるのに、本当……
あ、これ、もう少し持つかと思ってせっかく作ったのに食べる人居ないと悲しいので、良かったらどうぞ。全く、こんな時じゃないと食べられないのに、チャンス逃すんだから。食べ終わったらお皿置いといてください。後で洗いますので。
それじゃあ、失礼しますね。おやすみなさい」
困ったように笑ってから美味しそうな匂いの漂う立派なアジを出してくれる。一礼してからグゥグゥ眠るラーナスさんを米俵みたいに担いで出ていった。誰も口を開かない。しばらく静かな時間が流れてから、レイがポツリと言葉を落とした。
「アンウィッシャー、という言葉を聞いた事はあるか? 望まれない者という意味だ。俺達が産まれる少し前にあった社会問題の一つを指す。
親の希望通りの容姿や能力が発現しなかった子供達。第一世代のコーディネーターに多かったと聞くが、第二世代でも起こっていたとはな」
社会の授業みたいな話を聞きながら、母さんの事を思い返す。
目の色が人と違って難癖つけられる事は確かにある。俺の緋色も珍しいみたいで鬼だの悪魔だの色々と言われた事あるけど、母さんはそんな事ちっとも言わなかった。むしろ、ウサギみたいで可愛いし宝石よりもキレイで大好きよ、なんて言ってくれたのに。
悲しくなっていると、突然ハッと顔を上げたメイリンがうわぁっと声を上げた。ルナが心配そうに聞くと、目の前で湯気を出している干物を指さされる。
「ザフトのデータベースで見つけた情報だから信憑性高いんだけど……アスランさん、確か青魚にアレルギーあったの。それでね? このアジって青魚でしょ? あと、フォリアさん、私たちそれぞれに好きなもの作ってくれたよね?」
思い当たった結論にルナと揃ってさっきのメイリンと同じような声をあげてしまう。なんかもう、すごいなぁとしか言いようがない。
さっきの言葉もあるから、お箸持ってきて身をほぐす。予想を飛び越えて美味しかったのをみんなで分けてから、ラーナスさん用に残りにラップをかけて言われたとおり置いておいた。
部屋に帰って横になる。今日は楽しい事も驚く事もいろいろあった。眠って一回頭の中を整理したい。そんな想いが届いたのか、あっという間に眠りにおちていった。
「どうだ、あの女の様子は?」
「はい。指示された通りに。
精神操作を行なった後に薬物の過剰投与を行いました。出力は高いですが、最早会話すらまま成りません。命令は聞きますがね。これではブーステッドに逆戻りです。味方との連携など出来るとお思いで?」
目の前でふんぞり返っている盟主に問われた内容を報告する。折角手間暇かけて作ったエクステンデッドではいけなかったのだろうか。不満が顔に出ないよう気をつけながら目線を投げると苦笑された。
「そう言うな。実験でも良くあるのだろう? 最初の方が良い手段だったという事は。
戦争が無い間は潜入工作もできるエクステンデッドが便利だった。しかし、戦時中はブーステッドの方が良くなった。それだけの事だ。
あの女はこちらが手を加える前から既に壊れていた。第一、この機体なら友軍は近くに配置できないから連携より個人の能力が重視される。生体CPUとしては問題なく動作するのだろう?」
確かに、と首肯する。
あの女はせっかく任務を果たせたというのに、一度も笑わなかった。暇さえあればずっと虚な目で何もしないばかりで、終いには仕事すらしなくなったアレを兵器として有効活用できる私はやはり優秀だ。自信を取り戻し、続けられた問いかけには大きく頷く。
問題ないどころではない。アレの適正は失ってしまった初期ロットの三機と同等、もしくはそれ以上だった。元が非戦闘員だとは誰も分からないだろう。
うん、あの調子なら大出世間違い無しだ。強すぎる薬物の反動でコレは長続きしないだろうが、知った事か。僕を裏切った罰が下ったんだ。心の中で独りごちつつ、どうせなら成果を見てもらおうかと欲が働く。
「動作は問題ありません。適性スコアも上々です。よろしければ特等席で見ていかれませんか?」
「生憎だが、そんな暇は無くてね。もう戦争に物資を使うのは嫌だなんて。全く、どいつもコイツも自分の都合ばかりで嫌になる。
今からベルリンを焼けば良い見せしめになる。君の仕事ぶりの成果はもう直ぐ訪れるその時に見るさ」
基地を去っていくパトロンに頭を下げてから、モビルスーツだかアーマーだか覚束ない機体に向かった。調整したパーツに声をかける。
「お前の最期の仕事だ。うんと暴れてこい。この青き清浄なる世界から一匹でも多く忌々しいコーディネーター共を消し去ってやれ」
かつて愛した同僚に呼びかけても返事は無い。ろくに息すら吸わないままで、ごめんなさいと呟き続けている。言語野は死んでいない。コレばかりは投薬でもどうにもならなかった。これも全てコーディネーターが悪いんだ。
忌々しいコーディネーター共を利用してやってあの機械を造らせて奪取したまでは良かった。プラントなんぞに先に彼女を迎えに行ってやって声をかけてもちっとも嬉しそうじゃなかった。無事に戦闘特化でコスパも良い強化兵が出来てから、様子はどんどんおかしくなっていった。攫ってきたサンプル共の管理人だった彼女の姉も反対意見を言い出して上層部に潰されたらしい。姉妹揃ってバカな事だ。今更こちらに謝っても遅い。
巨大な機体を前にして笑う。優秀なはずの僕の邪魔をするコーディネーターがコイツでなす術もなく死んでいくのが楽しみで待ちきれなかった。
「カガリ! 良かった、やっと会えた……忙しそうにしてるけど、大丈夫? 僕に何か手伝える事ない?」
「キラ……」
久しぶりに顔を見る弟の名前を呼んでから、言葉が続かない。
理由は分かっている。後ろめたいからだ。
合流してくれたオーブ将校達の取りまとめに忙しかったのは本当だ。だけど、キラと会うのが久しぶりなのは、私が避けていたせいもある。
何も出来ない自分が悔しくて泣いたあの日、クレタ沖での戦いでキラと対峙していた赤い機体。見間違いじゃなければ、フリーダムが四肢をもいでいたアレはアスランが乗っていた機体のはずだった。
でも、それを今更確かめて何になる? キラを責める資格が私にあるのか?
私の願いを受けてキラとラミアス艦長はダーダルネスやクレタに向かってくれた。キラとアスランが再び戦うなんて事態になったのは私にも責任がある。
だから、それをキラに詰られでもしたらと考えるだけで怖くて。思わず避けてしまっていた。
こうして向き合っている今もどうしたら良いのか分からないまま、進み続けるアークエンジェルの微かな揺れを感じていると、もう一度呼びかけられた。声が震えないようお腹に力を入れながら大丈夫だとどうにか返せば、なら良いけど……と相変わらず優しい声が耳を打った。
それに居た堪れなくなって、準備があるからと背を向けた瞬間、スピーカーが音を立てた。艦長から艦橋への緊急集合が告げられたので慌てて走り出す。
何が良いのかなんて見えないまま、ひたすら夢中になって足を進めた。