「彼等によって傷つけられた者は多くいます。身体的にも、精神的にも。それ故に味方と迎え入れるのは困難ですね。しかしながら、クレタでの危機を救われ、今回のベルリンでも援護を受けたのは事実です。率直に申し上げますが、完全な敵だとは思えません」
恐らく返答次第によってはアークエンジェルの彼等にエネミー判定が下される。言葉を慎重に選びながらも嘘を言う事は出来ない。本心を伝えれば、一つ縦に首が振られた。
「白とも黒とも言い切れない、か。了解した。
何はともあれこの度はご苦労だった。ジブラルタルにて休養に務め、次の任務に備えてほしい。それでは、またな」
敬礼を最後に通信が切れた。
先程自ら言った通りだ。彼等は善とも悪とも断ずる事が出来ない。彼等だけでは無く、きっとこの世界の誰しもがそうなのだろう。
私達ミネルバだって、プラントにとっては正義の味方だが、連合にとっては末恐ろしい悪魔なのだろうから。
その時最も良いと感じた行動をしても、本当に正解だったかなんて誰にも分からない。周囲から自分の全てを知って正しい評価を下される事はないのだから。過去を振り返ればあの時の選択は愚かだったと自分でも思ってしまう時があるのが世の常だ。
昔の事を思い返す。
あの頃の私はこの世に何も残せずに自分の生が終わるのが嫌だった。だから、自分の血をひく子供がどうしても欲しかった。
だが、その為に一番愛している彼に別れを告げたのは正しかったのだろうか。
ギルバートの事は誰よりも分かっていた。強がりな彼が、そう簡単に本心を告げてくれるわけがない。あの握手はせめてもの意地だったのだろう。今更気づいてもどうしようもない。あの時、きちんとあちらの本当の気持ちも確認せずに立ち去るべきではなかったのではないだろうか。
物思いに耽っていると、ジブラルタルに帰投した事がメイリンの声で知らせれた。大きく息を吐いて思考を切り替える。
アークエンジェルに対しては本部の判断を待つしかない。どうか穏便に済むよう願いながら席を立った。
「キラ君!! それ、本当なの?! あの人が……ムウが生きていたって!! 間違いないのね!?」
ベルリンの戦闘から帰ってきた彼が戸惑ったように報告してきた。思わず肩を掴んで確認すれば、確かな頷きが返ってくる。
「あの声は確かにムウさんでした。一瞬だけだったけど、カメラに映った顔も間違いないです。記録、印刷してきました。見てみてください、マリューさん」
差し出された紙を奪うように受け取って、少し粗い画像に映る彼を凝視する。随分と伸びた濃い黄金の髪に私を見つめてくれた碧い瞳。顔を斜めに切り裂く傷があるけど、そんなのちっとも気にならない。
この人は確かにムウだ。生きていた喜びで涙が込み上げる。堪え切れずに溢れるそれをそのままにしていると、カガリさんがハンカチを差し出してくれた。良かったなと自分の事みたいに涙ぐんで喜んでくれている。彼女の優しい心に暖かい気持ちになっていると、こちらを静かに見ていたキラ君が眉を寄せて口を開いた。
「でも、呼びかけたら否定された。そんな名前じゃない、俺はネオだって、帰りたい場所があるんだって言われて……僕の事も分からないみたいでした。
機体を捕まえれたら良かったんですけど、街の被害をどうにかしたくて……そうしないとラクスに迷惑かけるから」
頭を下げられる。良いのよと返しながらも、会えなかったのを少しだけ残念に思った。事情は分かってはいるから表立っては言わない。
あの時はターミナルからの要請があって向かった。ラクスさんの影響力があって此方に協力してくれているあの組織は結果主義だ。キラ君の判断は正しい。
直接顔を見て言葉を交わせなかったのは口惜しいけれど、生きている事が分かっただけで大収穫だ。信じられない吉報にずっと沈んでいた心が弾み出す。今日は久しぶりにまともな食事が喉を通りそうだ。浮き足だってしまいながら、キラ君の話にあったこちらを否定した彼の状態にはなんとなく見当が付いた。
ストライク越しとはいえ、あの時のムウはナタルの撃ったローエングリンを受け止めてくれたのだ。生き残っただけで奇跡だから、記憶喪失になっていたとしてもおかしくはない。そんな状態の彼を見つけた誰かがネオなんて偽りの名前を与えたんだろう。
ムウを踏みにじるような真似をしてくれたのは一体誰だろう。
連合に何かされたのだろうか。それとも、ラクスさんを暗殺しようとしたデュランダル議長?
彼の乗っていた青い機体は、ダーダルネスでは地球軍として動いていた。だけど、一体何があったのか今回はザフト側にいた。残りの二機もクレタ沖の戦いでミネルバを守っていた。
きっとあの機体は私達の知らない間に奪取されたんだろう。ならパイロットはザフト側? もしくは可能性としては低いけど、連合のパイロットごと寝返らせた?
考えても分からない。今度あの船と接触する機会が有れば、ムウを取り返してちょうだいと頼めば、快諾してくれた。頼りにしてばかりの年下の男の子に頭を下げる。
あの世に行くまで無理だと思っていた彼との再会が生きたまま叶いそうな事に、天にも昇る心地だった。
「よっ、シン! お疲れ! 今回も大活躍だったじゃん! さっすがスーパーエース!」
休憩室で出会した赤い目の同期に手を挙げれば控えめにハイタッチされた。労いに自販機のドリンクを渡せば嬉しそうに笑われる。その後直ぐに笑顔が曇った。こいつコレ苦手だったっけ? 慌てて確認すればゆるゆると首を振られる。
「違う違う。俺このジュース好きだよ。ありがとな、ヨウラン。
この前のは俺だけの力じゃないよ。ミネルバのみんなでアレを倒せたんだ。
けどさ、喜んで良いのかな……だって、向こうのパイロットの人、泣いて謝ってたんだ。倒すしかなかったのか? 助けてあげられたらよかったのに」
接触通信で最期の言葉でも聞いちゃったんだろうか。泣きそうな顔はしてほしくなくて必死に言葉を並べた。
「何言ってんだよ! あんなのやるしかないって! あのデカいのがあのまま暴れてたらベルリンだけじゃすまなかったんだぜ? お前はアイツにやられたかもしれない人達も助けたんだ、よくやったよ! 向こうの都合なんて、俺達は知りようないんだから気にすんなって! あそこのタイミングがちょっとでも遅れてたら、こうやってお前と話せてない。俺、戦えないからさ。いつも危険な戦場にシン達ばっかり立たせて申し訳ないなって思ってる。本当、シンもレイもルナも、みんな無事に帰って来てくれて何よりだよ。
それよりさ、フリーダムにはビックリしたよな! 最初は何する気かとヒヤヒヤしたけど、援護してくれたなんて。でもさぁ、最初に国際救難チャンネルでも使って呼びかけてくれたら俺達あんなに驚かずにすんだのに。また武装の交換大量にしなきゃダメかと思って寿命縮んだんだぜ? アレは本当勘弁してくれよな……
わけわかんないよ、アイツ。今回は味方してくれたけど、次はどっちになるか」
目をパチクリさせたシンがありがとなと嬉しそうに笑ってくれた。元気そうな顔に戻った事にホッとして、いつまでも辛気臭い話は嫌だから話題を変える。ベルリンでの戦闘繋がりでフリーダムが思い出された。
アイツが最初に現れたダーダルネスの後は結構大変だった。タンホイザー発射間際の爆発に巻き込まれた先輩達が動けなくなったからその分の仕事が俺とヴィーノにも回ってきた。ただでさえ多い修理作業を医務室のベッドから通信機越しに怒鳴られながらこなしたんだ。エナドリお供に徹夜でヒィヒィ乗り切ったのは笑い話に出来るけど、二度とやりたくない。
思い出すだけで肩凝りが蘇ってくる記憶を振り返って愚痴れば、シンが肩を叩いてきた。顔がゲンナリしていたらしい。大変だった修羅場をちょっと話を盛って面白おかしく喋れば、大変だったな! と労ってくれつつ楽しそうにしてくれた。それに俺も調子が良くなって、馬鹿な話をたくさんして。シンが思いきり笑ってくれたのが何よりも嬉しかった。
「えぇ?! この作戦……艦長、これ、ミネルバも参加ですか? この船には彼等の仲間だったアスランが……」
渡された作戦書に目を丸くする。つい聞いてしまった事にため息が大きく吐かれた。
「命令よ。仕方がないわ。あの船には恩義もあるけど、受けた被害が綺麗さっぱりなくなる訳じゃないでしょう? 失った命も時間も二度と返らないんだから。
貴方はいつも通り皆に通達をお願い。ただ、そうね。アスランには言わないでちょうだい。私から直接話す。
安心なさい。かつての仲間を撃てなんてやらせる訳にはいかない。彼の心を守るためにね。だけど、何も知らせず除け者にするのも違う。どうにか何もしないよう説得してみる。ジブラルタルにアルフリード国防委員長が直接来て説明会を開くようだから、それまでには必ず話すわ」
艦長が直接話すなんて。驚いて再度声をあげると、力強く頷かれた。理由に納得して了解の返事を返す。
「分かりました。他のみんなにもアスランが自分から知るまで言わないように頼んでおきます。そうだ! 艦長さえ良ければ、ラーナス達の知恵を借りませんか? アスランと付き合い長いし、説得の上手いやり方も知ってるかもしれません」
思いついた案を口に出せば、やるじゃないと微笑まれた。協力をお願いする事を約束し、作戦書を片手に一度自室に戻る。一人きりの部屋で思わず本音がもれた。
「いやだなぁ……」
地球軍を撃つのは構わない。あんな人を殺す事しか考えていないような兵器を造る奴等だ。ナチュラルとの共存を望む議長の方針は良いものだと思うけど、討つべきモノは討たなきゃ戦争は終わらない。
だけど、確かに被害も与えられたけど、一度はミネルバを沈むところを助けてもらった人達を撃って良いんだろうか?
どうにか作戦内容変わらないかと紙を振ったり透かしたりしてみても、書かれていることは一文字も変化しない。
──作戦名、エンジェルダウン。
第三勢力として動くアークエンジェル、その直庵であるフリーダムを行動不能にせよ。
詳細は発案者である国防委員長アレン・アルフリードがジブラルタルにて後日説明する。
やるしかないと腹を括って部屋を出る。
わずか数行の作戦を伝えに行くだけのなんて事ない仕事のはずなのに、足が酷く重かった。