「今のところウィラード隊による追い込みは順調、あちらはフリーダム一機しか出してないのも予想通りですね。
中立を謳うオヒメサマがオーブのムラサメにザフト撃たせるわけにはいかないもんな。もっと前に気付いて欲しかったけど。
すいません。俺ももう少ししたらハンガーに降ります。例の武装は昨日取り付け終わりました。ジェミニの発進準備お願いしてもいいですか?」
愚痴をこぼしてしまいながらも出撃準備を頼めば、困ったようにぎこちなく笑ったナタルさんが頷いてくれた。
最近この人、表情が柔らかくなった気がする。ネオさんもなんか変な質問してから上機嫌だとスティングが話してきたし、そういうことなんだろうなぁと生暖かい目を向けてしまう。訝しげにまだ何か? と問われてしまった。苦笑しながらお礼を言って通信を切る。
この作戦が終わったらペアで使えるお祝いの品を贈ってみようか。家族五人全員で使える物でも面白いかもしれない。ようやくの吉報に浮かび上がりそうな気分を押さえつけて深呼吸を一つする。
自室のドアをノックして開けると椅子に座っていたアスランが思い詰めた表情で顔を上げた。すまないとしょぼくれた顔をしてきたので、よしよしと頭を撫でる。嫌がる様子は見てとれず抵抗も無い。試しに小さい頃のようにハグなんてしたって無反応。いつだったか青い顔のシンが話してきた通り、糸の切れた人形みたいにされるがままだ。だいぶ不味いな。
一人にさせたら最悪の行動取りかねない。強引に手を引いて外のレクリエーションルームに連れて行けば、予想と違わずステラ達が居た。ミネルバだったら全員出撃して誰も見れないからとこっちに連れてきていて良かった。アスランを頼むと頭を下げる。慌て出した当人に向き直り、もう一度頭を撫でて抱きしめる。今度は慌てたように身じろぎしたのに酷く安心しながら、コイツのためなら喜んで命を賭けられる弟を宥めた。
「気にしなくて良いから。今は休むのがお前のお仕事だ。そろそろお兄ちゃん行ってくるから、ここで良い子で待ってろ。外部モニターは切ってて良いから」
まだ何も知らせずにいられた子供のような口調をワザとしておどけてやると、帰ってこいよと真剣な顔で言われた。当たり前だと笑いかけてから少し離れる。
説得に動いてもらった師匠曰く、下手な悪夢よりも酷いと非難されたらしい。そんな光景見たくもないだろうと外部カメラの映像を映し出す大型モニターの電源を落とそうとすれば、腕を引っ張って制止された。
「切らないでくれ。ステラ達に悪いし……何より、俺がちゃんと観ていたいんだ。キラ達とこうなってしまったのは俺の責任でもある。せめて最後まで見届けるぐらいはしないと」
もう少し上手く伝えられたら良かったとでも思ってるんだろうか。バカだなぁと髪を掻き回せば慌てたような声が上がる。このまま此処に居たいけど、ずっと居る訳にはいかない。
断腸の思いで手を離してエレベーターに向かう。ステラに手を引かれて大人しくソファに身を沈めたアスランが帰ってこいよと声をかけてきたから思いっきり頷いた。
「アラスカとヤキンを生き残ったウィラード氏の采配ね。フリーダムの動き方もあるけれど、大破した機体が見当たらないわ。よし、ここまで追い込まれれば彼等も直ぐには海へ出られない。
最後通達を行う。此方が警告も無しに沈める海賊では無いという証左にもなる。
メイリン、国際救難チャンネルを開いてちょうだい」
作戦予定通りに進んでいる事に息をつき、メイリンに頼めば回線が開かれた。此方だって恩義ある船を撃ちたいわけではない。アスランの心情もある。どうか応じてくれないかと一縷の望みを託して名乗りをあげる。
「アークエンジェル、聞こえますか? こちらはザフト所属、ミネルバ艦長タリア・グラディスです。投降願います。直ちに戦闘を停止し、出撃中の艦載機も船に帰投させてください。乗組員の安全はお約束します。二分以内に返答が見られない場合、命令に従って攻撃を行います。なお、警告はこの一度きりです。以後の申入れには応じられません」
返事が返ってこない。ウィラード隊を迎撃するアークエンジェルの機銃も止まない。残念に思いながら言い慣れた号令をかける寸前でモニターにオーブで一度会った整備士の女性が現れた。やはりかと思った傍らでアーサーが驚いた声をあげる。バジルールさんから聞いた名が凛とした声で回線に乗せられた。
「こちらはアークエンジェル艦長、マリュー・ラミアスです。グラディス艦長、申し入れありがとう、感謝します。しかし、お受けする事は出来ません。連合とプラント、どちらかでしか存在を許されなくなっているこの世界で私達は余分なものかもしれません。ですが、だからこそ消えてしまうわけにはいかないのです」
強い眼差しで拒否された。残念です、と今度は声に出してしまう。受話器を置いてため息をついてしまった。感傷を振り払って今度こそ振り上げた手を号令と共に振り下ろそうとする。
警告をしてしまった以上、アークエンジェルは回避しようと動いている。あちらの操舵は神がかり的だ。ジャミング弾でレーダーの眼は潰しておきたい。当たるだろうかと弱気が胸に去来した瞬間、アークエンジェルへジャミング弾が降り注いだ。
「ジャミング弾だと!? 一体どこから?!」
驚くカガリさんの声を聞き、先の大戦で酷似した状況になった事を思い出す。プログラミングで自律制御されたミサイルと、それを当てるために船を囮にした戦法。どうしても浮かび上がってくる顔がある。
ムウが生き残っていたのだ。彼女が生きていても不思議はない。理解しても驚きが勝る。揺れる船の中でかつて私が撃った彼女の名を思わず叫んでしまった。
「貴女も生きていたというの、ナタル?!」
返答のように、実弾の雨が降り注いできた。
「海に出ようとするのは分かっていました。方向さえ分かっていれば当てられます。弾幕は薄くしていますのでラミネート装甲によって被害は無いでしょう。しかし、動きは止められた。ミネルバ、今のうちにモビルスーツの発進を!」
通信で鳴り響いたナタルさんの声に気を引き締める。ラーナスさんからあっちにいるって聞いたアスランさんの様子が気になって繋げてもらうとステラが画面いっぱいに現れた。俺が見えた瞬間、満面の笑みになる。
「シン!! アスラン、シンだよ。お話ししに来てくれたよ?」
グイグイと子犬みたいに引っ張ってアスランさんを連れてきてくれた。ありがとうを伝えれば嬉しそうに笑ってくれる。悔しそうな顔のまま俯く人に呼びかけた。
「アスランさん、聞こえますか? 大丈夫です。絶対に成功させて誰一人死なせずに帰ってきます」
下を向いたままだった人がハッとして顔を上げる。
「お前……本当に……
いや、やはりよせ、シン! 無茶だ! そこに拘ってお前が死んだら、俺は……」
俺の願いでステラを助けるために大立回りやってくれたこの人がよりによって言うか? アンタにだけは無茶とか言われたくない。ついカッとなって叫んだ。
「俺のために、ステラを助けるためにアンタは命懸けだったでしょ! これは勝手なあの時の礼です! 俺も命懸けなきゃ釣り合わない! 大丈夫です、何遍もシミュレーターやり込んだので! あぁもう、行ってきます、必ず帰ってくるから!」
慌てたように俺の名前を呼ぶアスランさんの声が聞こえてから、いってらっしゃい、気をつけてね! と返してくれるステラの声を最後に通信が切れた。
あの人の分からず屋。ステラの様子に心があったかくなったのも束の間、思わずため息をついてしまう。聞いていたレイとルナが苦笑した。
「帰投したら話し合う事だな。俺も付き合おう。では、また後で。シン、頑張れよ。
レイ・ザ・バレル、カオス、発進する!」
「お説教じゃない、ソレ? もちろん私達も誘ってよね。アスランさんったら、自分の事に本当鈍いんだから……それじゃあ、私もお先に。気をつけて。
ルナマリア・ホーク、ガイア、出るわよ!」
いつもと変わらないやり取りに入り過ぎてた全身の力が程良く抜ける。少しだけ笑って、返事してからレバーをあげた。
「二人こそ、また後で!
シン・アスカ、コアスプレンダー、行きます!」
アークエンジェルの進路を塞ぐレイとルナを背後に、フリーダムへと向かって行った。メイリンから渡されていたフリーダム直通だというコードを打ち込む。インパルスの動きを勘付かれる訳にはいかないから音声だけ繋がる設定にしてもらった。アスランさんから聞いた名前を恐る恐る呼びかける。
「アンタがキラ……さん? フリーダムのパイロット?」
アスランの親友を呼び捨てにするのもなんだか気が引けて、さん付けなんてしてしまった。向こうから息を呑む音がしてから、思いの外優しい声が返ってくる。何処かで聞いた気もするけど、思い出す余裕は無かった。
「そう。君は、僕の目の前にいる機体の子? 退いてくれる? アークエンジェルが危ないんだ」
「出来ません。これ以上好き勝手に動かれたら皆困るんです。アナタこそ投降してくれませんか? あの人が、アスランさんが悲しんでます。親友なんでしょ」
すり抜けようとするフリーダムを制しつつズルいかもしれない手札を切れば、ホッとした声が耳をうった。
「やっぱり、アスラン無事だったんだ。ダメだよ。ラクスを殺そうとした人のところにカガリを渡すわけにはいかない。殺させるわけにもね。悪いけど通らせてもらう!」
インパルスへと銃を構えるフリーダムの射撃を避ける。ミネルバの砲撃でアークエンジェルへの道がまた一つ潰された。これで直ぐにフリーダムはアークエンジェルの所にいけない。驚いたように声をあげる人に、思わず叫んでいた。
「それだけ? アスランが、アンタが撃った友達が生きてたのに一言だけですか?! おまけに、やっぱりって、何ですかソレ?! あの人なら大丈夫だろう、生きてるだろうってあんな事したのか?! どんなに傷付けたか分かってんのかよ!」
セイバーを失って直ぐ、自分が泣いてる事すら分からないまま涙を流していたアスランが脳裏に蘇る。子供の頃ずっと一緒だった人を傷つけてサラリと言ってしまうなんて。信じられない気分で居ながらも最小限の動きで銃撃を避ける。レイが言っていた通り、コクピットは狙ってこないな。親友の観察眼が誇らしくなっていると静かに返事が来た。
「じゃあ、どうしたら良かったの。あのまま機体を無事にしてたらアスランは戦いたくないって言いながらもオーブを撃ってたんだよ。ああするしかなかった。だいたいアスランがアレぐらいで死ぬもんか」
最後の鼓膜を揺らした言葉でずっと煮え滾っていた怒りが沸点に達した。
「ふざけんな! そうやってアナタやアスハがしてきたから! 大丈夫だろうって放っておいてちゃんと見てあげなかったから! あの人、辛いとかしんどいとか苦しいとか悲しいとか、一つも言えなくなったんじゃないのかよ!?」
ずっと引っかかっていた事がようやく言えた。
あの人は顔に出る癖に、言葉にはしてくれない。こっちが気づいて聞いても大丈夫って言われる。だから俺達も実力行使するしか手が無くなる。弱音を吐いても意味がないだろう? と訓練中かいつかに何気なく言われて、すごく悲しかった。
アスランから聞いた話で、この人だって自分のことに手一杯で事情があるのは何となく分かってる。
それでも、と言葉にしてしまう。二年も一緒に居たんだからちょっとは気にかけるぐらいしてくれたら良かったのに。あの人に頼ってもちゃんと支えてあげられるって教えてくれたら良かったのに。
そう思いながら斬りかかると盾で防がれる。こっちも相手の斬撃を受け止めて一度距離を取れば、やっと感情の乗った声が返ってきた。
「勝手な事言わないでよ! 何も知らない癖に! 僕がどんな思いで居たかなんて! これっぽっちも!」
「そうだよ! けど、そっちだって同じだろ! 俺の事も、あの人の全部も知ってるわけじゃない! だいたい、守りたいトモダチってなんだ! あの人の事は守りたくないのかよ?」
叫びながらお互い何度も斬りかかる。
ステラを助ける前、あの人とした話が思い出された。
「説得、しなかったんですか? 相手だって戦いたくなかったんでしょう?」
「したに決まっている! こっちに来いって、俺達の戦う理由がどこにあるって! 断られたんだ……あの船には守りたい友達が居るからって、そう言われて」
泣きそうな顔してたのにやっぱり辛かったとか言わない人を思い出してまた悔しくなる。
込み上げる怒りを抑えながら盾を投げてビームを反射させる。ようやく左肩を潰せた。このまま腕をもらおうと近付けば、頭部が潰されてしまった。ボタンを押してメイリンに新しいチェストフライヤーとフォースを頼む。
アスランさんから借りた本と睨めっこしながらレイの手を借りて作ったプログラムを読み込ませたフライヤーとシルエットを分離させる。自動でフリーダムに向かって行って攻撃を加えた。
爆発に耐え切れずそのまま地面に落ちていくフリーダムを追撃する。遠目にアークエンジェルがカオスとガイアの攻撃を受けていた。叩きつけようとしたサーベルを止めて飛翔する。フリーダムの進路を塞いで通信を繋げた。
「逃げるんですか?! また、いつもみたいに!
なんなんだよ! そうやって大事な人を傷つけてまで守りたい世界があるのか?! いったい何がしたいんだ!」
余裕がなくなって来たのか、返事はない。それが益々苛立たしい。回避と攻撃を繰り返していると、痺れを切らしたようにコクピットを狙ってきた。一瞬だけコアスプレンダーを切り離して回避する。驚いたように一瞬止まったフリーダムの背後を爆発が襲う。ジェミニがライフルを構えていた。腹の底から凍り付かせるような静かな声で通信がくる。
「実弾に換えてるからフリーダムに損害は無い。俺の意趣返し。悪い」
本当はこの人が一番フリーダムが憎いはずだ。殺してやりたい程に。いつものビーム砲だったらやれた筈なのに態々装備を変えてまで我慢したこの人に何も言えない。首を振って構わないと示すとそのままアークエンジェルへの攻撃に戻っていった。
体勢を立て直して母艦に戻ろうとするフリーダムを追う。背中を見せて逃げる人に叩きつけてやった。
「あの人が生きてるからって、アナタがあんな事した事実が消えてなくなるとでも思ってるのか?! そんな訳あるか! アナタ達が一番大事だったアスランさんはもう戻らない! お前が殺したんだ! あの日、クレタでバラバラにして!
一回散った花は二度と咲かないんだよ! そこにまた花が咲いても、それは同じ花じゃない!」
死んだ命が戻ってこないのと同じだ。オーブでまた子供が産まれても、僕の父さんと母さん、マユが生き返らないのと同じ。
悲しい気分のまま、並走するソードシルエットからブーメランを投げて片方の盾を潰す。意図を汲んでくれたのかメイリンが帰投するソードからエクスカリバーを落としてくれる。受け取った瞬間、遠くでミネルバがアークエンジェルへとタンホイザーを放ったのが見えた。心配なのか動きを止めたフリーダムに狙いを定め、最大速度で一気に進む。相手が突き出したサーベルはインパルスのメインカメラに当たったみたいで外の様子が何も見えなくなった。何処かで爆音がしたと思った瞬間、強い衝撃波が機体を襲った。
「シン! 聞こえる?」
聞こえてきた声にハッとする。メイリン? と呼べば、通信先が一気に騒がしくなった。艦長の鶴の一声で静かになる。みんな、無事みたいだ。どうなった? と聞けば、ハッキリと返事が返ってきた。
「大丈夫。アークエンジェルも見当たらないし、フリーダムも落ちていったよ。あのね、シン。ちゃんと狙いどおりに刺さってたよ」
良かったと息を吐き出す。良かった、ちゃんと出来たんだ。
コクピット以外のところに刺す事が。
フリーダムの設計図をもらった時、上手く行ったらコクピットを避けてエンジンだけ刺せば機体だけやれるんじゃないかと気づいた。上手く行ったみたいだ。
格納されながら外部モニターに繋いでもらっても、アカデミーの資料で見た核爆発が起こった時程酷くはない。ちゃんとニュートロンジャマーキャンセラーは停止してくれたみたいだから、必ず生きている。
アスランさんの話だと、俺達みたいに自分から軍人の道を選んだんじゃなくて巻き込まれただけだったと話していた。それなら、機体を失えばもう戦わなくていいから出てこないはずだ。
今は疲れた。少しだけ休もうと、降下するコクピットの中で眼を閉じた。