「調子はどうかな。君も周囲の仲間も色々とあっただろう? 無理をしていないかい?」
案内された個室で店員さんが持ってきてくれた珈琲に口をつけたギルが穏やかに聞いてきた。ディオキアでの一件は自分でも驚いたが、あれからは良好だ。ここ最近は大丈夫ですと頷けばホッとしたように笑ってくれた。
また話を聞かせて欲しいと頼まれたから喜んで話す。やはりここ最近の活躍もあってシンの話が多い。かけがえのない親友をつい自慢してしまっていると、楽しそうに返された。
「そうか、流石だね。彼は逸材だよ。プラントに避難してきて生活のために適性診断を受けてくれなければ私は勿論の事、本人ですらあの素晴らしい才能に気付くことは無かっただろう。君とも良い友人になってくれた事だし、何か御礼をしたいな」
シンをインパルスのパイロットに推薦したのはギルだ。いつだったか少しだけ話してくれた計画のテストケースとして決めたらしい。デスティニープランの詳細は未だ俺も聞けていない。あれから他者と協議していく中で変更点があったと零していたがどのように変わったのだろう。気になりつつも、聞こえてきた優しい言葉に笑って返した。
「今回のデスティニーで充分喜んでいると思います。あの後に来られるという三機の開発に携わった技術局の方に色々と聞きたがっていて、まだデスティニーの所に残っていますから。
俺にもレジェンドをありがとうございます。ラウの使っていたドラグーンは是非とも使いたかったので」
俺専用だというレジェンドについていたドラグーンは嬉しいサプライズだった。この胸の中で今でも生きているラウは喜んでくれているだろうか。
そんな考えが伝わったかのように、きっとラウも喜んでいるよと返されて嬉しくなる。大切な家族を思い出していると姉のように接してくれる歌姫が脳裏に浮かんできた。過日の衝撃的な行動を思い出して思わずギルに訊ねてしまう。
「ギル。セイバーが墜とされた直後にミーアがミネルバへ来たのは貴方の采配ですか?」
思いもよらない質問だったのか紅茶色の目が丸くなる。そんな顔は久しぶりに見るから此方も驚いてしまっていると、愉快そうにクスクス笑われた。
「いいや。私がクレタ沖の顛末をタリアから報告されたのは彼女より後だった。アスランに会いに行ったのは紛れもなくミーア自身の意志だよ。無論、演説の後に急遽スケジュールをこじ開けて着いてきた今回もそうだ。恋する乙女の力は凄まじいものがある。
先程の二人の様子を見たかい? 私達も同じ場所に居るというのに、まるでお互いだけで世界が構成されているようだった。思わず昔を懐かしんでしまったよ。いやはや、ああなるとは嬉しい誤算だね。
先日のエンジェルダウンが成功した事によってフリーダムもアークエンジェルも動けない。今後の敵は戦争を引き起こすロゴスだ。条件は整った。白のクイーン達の今後は読めないがね、赤のナイトは此方についてくれるだろう」
ミーア本人が決めた行動だと聞いて安心する。あの一件からアスランのミーアに対する好意が強まったように見えたので、姉の本心はどうなのだろうと気がかりだったのだ。プラントの為に懸命な上官と歌姫にめいっぱいに溢れんばかりの幸せが訪れるよう願いながら、少しだけ眉を顰めてしまう。
このまま肯定しようか迷うものの、頭をよぎった従者の話してくれた心構えが背中を押してくれた。言葉を選びながら慎重に口を動かす。
「此方が間違わない限りは大丈夫でしょう。アスランは道理が通らない行動に対して敏感です。先のアークエンジェルとキラ・ヤマト達の介入にも異を唱えて直談判し、説得が徒労に終わっても必死に止めようとした。親しい相手だからというだけでは味方についてくれません。彼を動かすには情だけでなく理も必要です。貴方自身の為にも判断をどうか誤らないでください」
ギルに忠言したのは初めてだ。恐る恐る顔をあげると、嬉しげな微笑みが浮かべられていた。感慨深そうにしている声が室内に響く。
「すっかり立派になったね、レイ。ラウと一緒に君のピアノを聴いていた頃が昨日のように思い出せるのに……人の成長とは本当に早いものだ。
忠告ありがとう。誰であろう他ならぬ君の言葉だ。もちろん気をつけるとも。そろそろ時間だ。外に車を呼ぶから乗りなさい。一緒に行こうか」
助け出されたあの時のように手を引かれる。日常の続きを話しながら横並びで歩けた事が何よりも幸せだった。
「比べる用のデータまでありがとう、新しい機体って本当に凄いのね……! でもアスラン、良かったの? さっきすれ違って説明書渡してくれた人、まだアナタと話したそうだったのに……」
読んでみたいとお願いされたので先程手渡されたエルピスのマニュアルを自室の机に広げたのは先程の事だ。
最初のページに載っている武装一覧と稼働時間、出力を見たミーアが首を傾げていたので比較用にザフトのデータベースから一般公開されているザクの基本情報を端末に呼び出して並べた。その差に驚いた彼女が可愛らしい眼を丸くして声をあげた。続けて為された問いかけには間髪入れずに首を縦に振る。
「あの方、サードステージの開発に携わったからしばらくジブラルタルに留まるそうなんだ。だから話はいつでも出来る。せっかく会えた君と過ごす方が俺にとっては大事なんだ。明日には此処を発つんだろう?」
慰問も彼女の大切な仕事だと分かってはいる。しかし、想いを伝えられてから初めて直接顔を会わすというのに一日は余りにも短くないだろうか。君と観たい景色や行きたい場所が沢山見つかったし、話したい話も聞きたい事も星の数より多いから残された時間を全て使っても到底足りない。顔を見てから増すばかりで一層抑えきれない愛しさを込めて髪を触っていると、ミーアが可笑しそうに笑った。宥めるように頬に唇が触れる。
「そんなに拗ねないで? 私だって寂しいけど、きっとまた必ず逢えるわ。今回は一日だけだけど、その分たっくさんお話して一緒にいましょ? ね?
それにしても、アスランがあの方、だなんて。あの金髪の人、そんなに凄いの? アスランも工学界では結構有名人なんでしょ? もしかしてお知り合い?」
気持ちが同じだと幸せな気分になったのも束の間、他の男の呼び方を間違えた数十秒前の自分を心の底から本気で恨んだ。とはいえ話題を逸らせば質問に答えない事になったか。内心でため息をついてしまいながら、技術者として尊敬する人物を解説した。
「知り合いと呼べる程の面識は無い。ただ顔は知っている。功績としてはやはりフリーダムとジャスティスの開発が大きいだろうな。モビルスーツや戦艦の装備設計に関して彼に並ぶ人間は俺の知る限りで居ないよ。彼の名前を知らないプラントの技術者はモグリかスパイだなんて冗談もあるぐらいだし。サードステージも流石の出来だ。ジャスティスの発展形のエルピスにイージスのブレード発生装置を組み込むとは……これなら他の武器は火力重視で大型に出来るし持ち替えの手間が省ける。いざという時のカウンターにも使えるしな」
装備としてのメリットは大きいが整備も厄介なアレを積み込むとはラーナスが無茶を言ったんじゃなかろうか。俺は別にこれまでの機体に愛着は無いんだが。意外と物が捨てられない同室は今どうしているのかと一瞬だけ顔を思い浮かべたが、腕の中にいるミーアに視線が吸い寄せられる。幼い頃に読み聞かせてもらった御伽噺に出てきた魔法でもかかっているのかと思うほど魅力的な彼女を眺めていると、俺の最後の言葉に以前来てくれた数日を思い出したのか楽しそうに綺麗な笑顔を浮かべた。
「アスラン、あの対決でもカウンターすっごい綺麗に決めてたわよね! 得意技って感じで、かっこよかった! そういえば新しい機体も電源入れたらこの服と同じ赤になるんでしょ? 見てみたいなぁ。アスランってば、本当に赤がよく似合うんだもの」
好きな子からの賞賛は何よりも嬉しい。余程の事がない限り全てにおいて優先したいミーアからのお願いだ。シミュレーターでなら見せられるかと考えて立ちあがろうとすると、クスリと笑った彼女がもたれかかってきた。俺の纏っている赤服を指でなぞられる。思わず顔が熱くなるのが自分でも分かってしまっていると悪戯っぽい笑顔が深まった。顔を近づけあった瞬間、扉の方から大きな音がした。
折角の雰囲気を邪魔された事に苛立ってしまいながらも無視は出来ない。ため息をつきながら扉を開けて眼を見開く。背後から顔を出したミーアが驚いた声をあげて手を差し伸べた。
「大丈夫?! アナタ、たしかステラちゃんよね?! ぶつけちゃって痛いでしょう? 中に入って! アスラン、救急セット貸して!」
額を赤くしたステラが涙をこぼしながら床にしゃがみ込んでいた。
「いたいの痛いのとんでいけ……よしよし。まだ、どこか痛いの? それとも、嫌なことあった? 話してくれたら嬉しいな」
ゆっくりした優しい声でおひめさまみたいな色の髪をしたお姉さんが話してくれる。
前に会ったことある人だ。アスランがお風邪でミネルバに行ったらうつるかもしれないからってシンに中々会えなかった時、マスクと手袋つけてお薬をもらいに来てた優しい人。
絆創膏を貼ってくれたからお礼を言うといい子ねって褒めてくれた。救急箱を片付けて少しお外に出てたアスランが心配そうに見てくる。ドアが開いた時は怒ったナタルより怖い顔してた。大きい音苦手だってシンが言ってたからビックリしたのかな。
ネオに怒られて悲しくて、前も見ないで走ってたら曲がるところを間違えてドアにぶつかった。初めて大きな声で叱られたのを思い出して鼻を鳴らしていると、ドアが開けられる。通信機越しじゃない大好きな声が聞こえた。
「アスラン、いったい何があったんですか! ステラが大変だから直ぐに来いって……
ステラ!? 大丈夫? おでこの怪我、痛くない?」
来てくれたシンにギュッとする。直ぐに背中があったかくなった。
シン。大好きなシン。守ってくれる、守りたい人。前に似たようなお話したらすごく悲しそうな顔してた。あの時も今日とおんなじで喜んでもらえると思ったのに。もしシンにまで叱られちゃったらどうしよう。そう思ったらもっと涙が止まらなくなった。どうしたの? って優しく聞いてくれるから頑張って話す。
「あのね、新しい機体が来るならインパルスとかカオスが空くから乗りたいねってスティングとアウルとお話してたの。そしたら、ネオがすごくおっきな声でもう乗っちゃダメって……ステラもシンを守りたいのに、何でダメなの? まもるは良い事なのに……」
頭を撫でてくれてたちょっと大きな手が止まって、すごく寂しくなった。
戸惑ったみたいにシン君が眼を丸くして固まっているのを見る。アスランが複雑そうに眼を伏せるのが見えた。ずっと見てたから、なんとなく何を考えているか分かってしまう。
アスランだって新しい機体を見た時に少しだけホッとした顔してた。だからステラちゃんのもどかしさも分かるけど、喜べる事じゃないんだろう。
それでも、不安そうに好きな男の子の袖を引っ張っている小さな女の子につい共感してしまう。私だって、アスランの乗ってたセイバーが撃墜されたって聞いた時すごく悲しかったから。好きな人のために自分が出来る全部をしたいのは誰だってそうだと思う。
辛そうなアスランに思わず寄り添えばそのまま抱きしめられた。髪に顔を埋めてくれてくすぐったくなっていると、小さく深呼吸してからあげられる。お部屋に来てからずっと泣いているステラちゃんに二人で話すと良いって声をかけてから背中を押された。
横に並んで引っ付いたら腰に手を回される。不安そうに眉を寄せたアスランが大丈夫だろうかと言葉をこぼした。胸に頭を預けながら励ます。
「大丈夫、ケンカにはならないわよ。あの子、全部心からの言葉だったもの。シン君も優しい子だし、ちゃんと聞いてくれてると思うわ」
ちゃんと自分で考えた言葉は届きやすい。この前の演説がそうだった。私だってロゴスが許せなかったから、ちゃんと自分の言葉で伝えたかった。そしたら、前よりたくさんの人が動いてくれた。
アスランに手櫛で髪をとかれながらガラス越しに外を見る。地球軍の人とザフトの人が協力して作業をしていた。怖かったけど頑張った結果を眺めながら、ステラちゃんがどうか無事にやりたい事が出来たら良いなと思った。
「やっちまった……悪いな、これじゃいつもと逆だ」
休憩室で項垂れていると息子達を落ち着かせて追いかけてきてくれたナタルが珈琲を持ってきてくれた。苦い液体を流し込んでため息をつく。
シン達に新たな機体が来た。セイバーを失ったアスランはともかく、後の二人が乗っていた機体はパイロットが居ない状態になる。ステラがやっとシンを助けられると嬉しそうに話したのを聞いた瞬間、戦わせたくない一心が勝ってつい怒鳴りつけてしまった。泣きながら走って行った子はアスランの部屋でシンと話しているらしい。
恋人とのデートを邪魔されたと少し不機嫌そうに連絡してきたアイツにも何か詫びの品……いや、今日の仕事を肩代わりして時間をやった方がいいか。今ようやく青春を満喫している少年を普段なら揶揄ってやる所だが、その余裕もなかった。ナタルが物憂げに口を開く。
「スティングが話してくれましたが、アビスをアウルにあげて貴方にはカオスを、と偶然会ったフェデラー代表に話を通したそうです。自分はグフで良いと。ステラにはガイアをどうかと。そこまで話を進めていたとは……次からは言ってほしいと頼みましたが、寂しいですね」
「俺の機体だけで良いんだがな……子供ってのは怖いねぇ。こっちが眼を離した隙にどんどん遠くに行こうとする。直談判したって事だろ、それ? とうとう腹をくくる時が来たか……」
ロゴスとの戦いへ世界が動き出している今、戦争は直ぐには終わらない。この情勢ならいつか来るかもしれないと思っていた日が突然目の前にやってきた。あの子達の願いを不意にする事は出来ない。いつまでも優しいゆりかごの中に留めていたいけど、それでは成長出来ないから。
覚悟を決めてもなお残る寂しさを吐き出して、愛しい女房を呼ぶ。腰に両腕を回して薄い腹に頭を押しつけたら頭上から戸惑うような声がした。誰かに見られる事を気にしたのか辺りを窺う気配を感じた後におずおずと頭を撫でられる。気持ちの整理がつけられたので、ゆっくりと動く火傷痕の残る手を包み込んで顔をあげる。礼を言ってそのまま引き寄せ、少しカサついたお互いの唇を潤した。
「ステラ、隣いい?」
まだ目元が赤いステラがコクンと頷いてくれたから隣に座る。たくさん話し合って納得したって言いながら唇を尖らせていたシンは絶対にステラを守るんだと気合い入れてアスランさんと慣熟訓練も兼ねたシミュレーターで特訓してる。翼にあるミラージュコロイドを利用した分身が作られたのをモニター越しに一緒に見ながら話しかけた。
「ガイアはあげないわよ。やっと私に馴染んできた頃だもの。なにより、一番尊敬してる人が私のために作ってくれたフライトユニットがある。ザクの時から使ってる大事な装備よ。だからあげない。
代わりにインパルス乗らない? ここまでシンを守ってくれた機体よ。アレに乗って、ステラがシンを守ってあげて。イヤ?」
ガイアがもらえないと聞いてまた眼を潤ませていたステラがブンブン首を振る。星みたいにパッと明るくなったキラキラした笑顔でお礼を言われた。頭を撫でてあげながら、心の中でホッとため息をつく。
本当はミネルバとセットで運用する特性上、私に話が来ている。でも、シンの乗っていた機体に乗るなんてステラの存在が気にかかって一旦保留にしてもらった。そんな折にこの騒ぎだ。
シンがどんなに言ってもステラは引かなかったらしい。そこまで意思が強いならあの機体に乗せてあげたい。そう考えて提案したけど良かったみたいだ。艦長達にどうにか頼み込もうと考えていると、隣にいたメイリンが肩を叩いて力強く頷いてきた。協力してくれると言葉にされなくても分かって心強くなる。どうしようか具体的に考えていると、ステラの向かい側にいた歌姫さんが歓声をあげた。
真紅の機体に乗ったアスランが近づいてきたデスティニーを捉えて腕と足先の桜色のブレードで鮮やかにカウンターを決めた。振りかぶられたハルバートと同時に後ろから飛んできたブーメランが決まる。
思わず四人揃って拍手しているとシミュレーターの蓋が開く。あれだけの激闘だったから二人とも汗が凄い。側にあったタオルを一枚ずつ歌姫さんとステラに渡せばお互いの恋人の所に走って行く。嬉しそうに笑っている二組に見ているこっちまで幸せな気分になった。
機体設定
PGMF-X1T エルピス
サジタリウスが主導してエンジンと基礎フレームを造っていた所にザフトのサードステージ開発チームが合流して完成したアスラン専用機。VPS起動時はザフトレッドを思わせる真紅に染まる。イージスのビームブレード発生装置の改良版を両手足につけ、ジャスティスでよく使われていたリフターやビームブーメラン等、これまでアスランが使用した武装が組み込まれている。また、両手足のブレードが固定になった事でラケルタの強化版は連結されたハルバート状態のみとなった。既存装備の改良型だけでなくビームキャリーシールド等の新装備も取り入れられている。
メインとしてはジャスティスの改良型となるので、その名を冠する案も出たが、機体の発案者により断固拒否されこの名前になった。代わりに武装を好きに追求できたので、試しに言ってみた技術士官はご満悦の模様。
ステラ、インパルスに搭乗決定。ネオはカオスに乗り換えとなりました。
お読みくださりありがとうございます。