「ジブリール、本当に酷いですよね。あんなに死にたくないって叫ばれたら誰も撃てなくなって当然ですよ……あれじゃあ撃ったとしても胸を張れない」
アーサーの言葉に頷く。アレは撃っていたら罪のない一人を犠牲にしたと謗られていただろう。しかし、失敗は失敗だ。ジブリールは宇宙に行ってしまった。
人道的観点から特例で軍法会議にはかけないとギルバートから言われているが、本来なら敵を見過ごした咎で厳罰を受けるところだ。助けを請うてきた名前も知らない彼を慮り、ラーナスを制止してしまったアスランは責任を感じたのか自らの足で牢に留まっている。何の咎めも無いならせめてという本人の気持ちは理解できる。
発端となった胸を締めつけられるような懇願が付けているテレビから再び流れた。去っていくシャトルを腕を下ろして見送ったデスティニーとレジェンドが映った後、顔をしかめたキャスターがモニターの中で話し始める。
「ご覧いただいたとおり、心優しき勇者達は弄ばれた一つの命を尊びシャトルを撃つ事が出来ませんでした。このように卑劣な行いをしたジブリールを隠匿し、あまつさえシラを切ったとはオーブは一体何を思って行動したのでしょう?!」
「いやはや、我が身可愛さに世界を危険に晒すとは度し難い。国民の方も此方へ大勢来られていますが正解ですよ」
机に肘をついたコメンテーターが険しい表情で口を動かした。思わず眉をひそめてしまう。どのチャンネルもこんな調子だ。ノックしてから入室してきたラーナスが画面を見て悔しそうにした。
「誰だって追い詰められたら命が惜しくなるのは当たり前です。本心から死にたくないって叫んできたあの子も撃てなかったシンやレイも、俺を引き留めてくれたアスランも悪くない。俺の責任です。申し訳ありません。今考えたらフリーダムを無視して動けば射てた。思わず躊躇いました。おかげでアスランに余計な重荷背負わせた」
「あんな悪辣な真似をしたジブリールが元凶よ。貴方も悪くない。あの場にいた誰を責めても後味が悪くなる。だからニュースもジブリールと匿ったオーブを非難しているのでしょうし」
頭を下げてきた彼を嗜める。見て直ぐに分かる作り笑いが正面に上げられた。相当参っているようだ。報告書を受け取り、とにかく休むように告げれば一礼してから退出される。
モニターとの中では相変わらずオーブへの過剰な口撃が続いている。これはしばらくの間行われるだろう。あの男を隠し立てしてしまった事実は消えようがない。過ぎ去ったものは変えられないから過去なのだ。あの国にかつて居た二人は大丈夫だろうかと思わずため息をついてしまった。
「アスランさん、出てきてくださいよ。アンタが悪いならあの時撃てなかった俺達も同罪です」
暗い地下で優しく声をかけても首を振られる。議長から赦されても本人が納得できないんだろう。俺達にも後悔はあるから気持ちは分かる。時間が経てば経つほど重苦しくのしかかってくる気分だ。
この人達が押し問答していたあの時、撃てる位置にいた俺達だって躊躇してしまった。オーブのムラサメ達も引き金を引かなかった。だからアンタだけが悪いんじゃないって繰り返し言ってるのに。頑固で責任感の強い人は膝を抱えたままだ。このままじゃ埒が開かない。後ろで見守ってくれてるレイと目線を合わせて頷く。外からロックを解除して鍵のない牢屋の中に入れば慌てた声をあげられた。
「アンタが出てこないって言うならあの場にいたパイロット全員芋づるで連帯責任です。あっちの船からネオさんやアウルも呼んで皆して牢屋に入って毛布なしの雑魚寝でもしますよ。うわっ、寒っ。やっぱりこんな所いたらどんどん気が滅入るだけですって。一緒に出ましょ?」
元々は捕まえた相手を入れる所だ。ご丁寧に空調なんてきいているわけがない。冷えた硬い床に座り込んで目線を合わせる。声をかければ、おずおずと戸惑ったような声が落ちた。
「撃たなかっただけのお前達と違って、俺は庇い立てしたんだ。ジブリールが乗っていると分かっていながら見過ごそうとした。ジブリールを逃してしまったのは俺のせいでもある。キラだけが悪いんじゃない。本来なら重罪で銃殺刑に処されても当然なのに。議長は何故……」
この人がラーナスさんを制止したのは事実だ。でもアスランさんは気持ちを抑えて射線を譲っていた。止めてなかったらフリーダムが来る前に撃てていたんじゃないかとか考えてるみたいだ。
俺たちはアカデミーでやるべき事をやれるよう教育を受けているけど、フリーダムに乗ってるキラさんは普通に生きてたところを巻き込まれてしまったって話だった。そんな心構えが出来ていないんだろう。
俺だって、あの叫び声を耳にした瞬間に初めて会った時のステラが頭をよぎった。死にたくないって泣いてるだけの小さな命。レイが落ち着くよう声をかけてくれたけど、もしタイミングが違ったら俺だってラーナスさんを止めに飛び出してしまっていたかもしれなかった。
優しいこの人が苦しそうにしているのがやりきれなくて俯いてしまう。真剣な眼をしたレイが強い口調でアスランに呼びかけてきた。
「生きて償え、という事でしょう。せっかく生まれてこられた命です。無駄にしようとなさらないでください。まさかとは思いますが、生きたくない訳ではないですよね? 貴方を大切に想っている人を泣かせる気ですか?」
「まさか。彼女を悲しませるなんて死んだってやりたくない。そうか……生きる方が戦い、だったな。忘れるところだったよ」
アンタを大切に思ってるのはあの歌姫さんだけじゃなくて俺達もなんだけど。真っ先に浮かんだのがあの人だったんだろう。
つい複雑な顔になっているのを自覚していると、懐かしい顔をしてレイにお礼を言っていた。落ち込み続けていた気分が持ち直したのかレイが開けた扉からようやく出てこれる。肩を落とした人から言葉がポツポツと廊下に落とされた。
「悪い。馬鹿な真似をした。どうしても思ってしまったんだ。もしあの場に隊長が居られたら、きっと撃てていただろうな、と。そうしたら申し訳なくて」
隊長? と首を傾げてハッとした。この人の指し示す隊長は俺の知る限り一人だけだ。レイが静かに大きな息を吸って確認を取った。
「ラウ……ラウ・ル・クルーゼですか?」
頭が縦に振られ、少しだけ明るくなった表情で誇らしげな声が返ってくる。
「そう。立派な方だった。守るべきもののために何をするべきか直ぐに決めて、迷わなくて。言葉全てにしっかりと道理が通ってた。何度か訓練で胸をお借りしたが、実力も申し分なかった。お忙しい中で俺の事も気にかけてくださった。何より、ザラだからって理由では必要以上に甘やかされたり厳しくされたりしなかった。俺だけじゃない。他にも評議会議員の子息は居たが、イタズラがバレたら容赦なく罰則をもらってたよ。当時は俺と反発しあってたイザークやディアッカもあの人の前では大人しかった。隊の全員が隊長を尊敬していた。もちろん俺だって今でも尊敬している。敵対したキラ達の前では口にできなかったが、あの人の下で働けたのは数少ない自慢だな。隊長になった時はあの方を参考にしようと考えていたぐらいだ」
ジブラルタルでジュール隊長達と一緒だった時を思い出す。クルーゼ隊長の事は三人とも自慢するように話していた。口下手なこの人がここまで饒舌に褒めるなんて滅多にない事だ。本当に尊敬しているんだろう。レイが何故だかアスランにお礼を言う。不思議そうに首を傾げたアスランが息をのんで問いかけた。
「レイ、時たま隊長に凄く声が似ているんだよな。今お礼を言われた事といい、もしかして、その……ご兄弟だったりするのか?」
躊躇いがちな声で為された思わぬ質問に目を見開く。兄弟なら名字が違う。アスランさんとラーナスさんみたいな関係性かと考えたけど、いくら兄弟みたいだからって声まで似るわけじゃない。
アカデミーからずっと一緒だけど、レイの過去は聞いたことなかった。無理に聞き出すのも悪いから質問したこともない。辛い事は思い出すのもしんどいから。フォローした方が良いかな。俺が口を開くより先に寂しそうに笑ったレイが声を発した。
「兄弟と言われたらそうかもしれません。ただし、歳の離れた双子の、ですが。俺はラウと遺伝子を同じくする者です」
とある禁忌を指し示す言い回しに心臓が止まるかと思った。アスランさんが何か言おうとして結局息だけを吐き出す。誰も彼も足が止まって、俺たちのいる場所だけ時間が凍りついたみたいだった。
呆気に取られた顔をして固まっている二人を見る。ラウとの関係をいつまでも黙っておくわけにはいかない。思わず話してしまったが重荷を預けてしまうだけになった。申し訳なさを感じていると、アスランの困惑した呟きがこぼされた。
「つまり、レイが隊長のクローン……? まさかあの人がそんな悪事に手を染めるとは考えにくい。それなら誰かが無理矢理に……? 議長と繋がりがあるのは彼女から聞いて知っているが……議長もそんな事するとは考えられない……
いや待て。まず、これは俺達だけが聞いていい話か? ルナマリアは? 君達、いつも一緒だろう? その、自分一人だけ後から知るのはキツいぞ」
ラウへの信頼が窺える言葉に嬉しくなっていると、アスランが思索の海から戻ってくる。眉を寄せた顔が勢い良くあげられた。
同期の彼女には話さなくて良いのかという言葉に考え込む。ルナマリアにまで余計な重荷を背負わせたくない。だからといって仲間はずれにしたら泣かせてしまうだろうか。どう行動しても傷つけてしまいそうで途方に暮れていると、シンが呼びかけてきた。
「レイが嫌じゃなかったらで良いけど、ルナにも話した方がいいんじゃないかな。心配しなくてもルナが強いのは知ってるだろ? 大丈夫、きっとうまくいくよ」
親友からの優しい言葉に胸が暖かくなる。頷いてアスランに会議室を押さえて話したい人達を集めてもらうように頼めば安心した表情が浮かべられた。
彼はキラ・ヤマトやラクス・クラインから多くのことを秘匿されていた。親しい誰かを除け者にするところだった先程の行動はトラウマを刺激してしまったかもしれない。もしかしたら彼の出生に関しても全てを知っている訳ではない可能性に思い至る。先ずはお互いの認識を擦り合わせないといけない。思考をまとめながら大切な記憶を思い起こす。
ラウが会いに来てくれる明日が永遠にこないと知らされたあの日、涙が涸れるほど泣いてしまった俺にギルが背中を撫でながらかけてくれた言葉が胸をよぎる。
「レイ。君が忘れぬ限り、ラウは君の中で生きている。だから頼むよ。そんなに泣かないでおくれ」
アスランはラウを忘れていなかった。その上、ザフトと敵対し袂を分かってなお今でも尊敬してくれている。彼の中でもラウは息づいていた。その事が喜ばしくて、頬が思わず緩んでしまった。
「先程お話ししたとおり、俺もラウもとある一人のナチュラルの遺伝子を元に生み出されたクローンです。人工子宮によって親の望み通りの子供を作る、最高のコーディネーター。その技術を使って、何にでもなれる夢のたった一人を造ろうとした男がいました。夢を叶えるには金が要る。資金集めのために、ただ出来るからと俺達は生み出された。親も居ない。残された時間も人より少ない。そんなこの身が科学の進歩だとは到底思えません。
無事に生まれてすらこれなかったきょうだい達の亡骸の先で叶った夢の名はキラ・ヤマト。その彼ですら幸福そうには思えない」
信じられない話に息を忘れそうになる。レイに関して大切な話があると会議室に呼び出された。わざわざ防音仕様の此処に集められた事に納得する。これは軽々しく他人に聞かれたくない話だ。教えてくれた事は信頼されていると思っていいんだろうか。その事は嬉しいけどレイの境遇が悲しい。複雑な気持ちで同期の男の子を見つめていると、私達を集めたアスランが眉を寄せて言葉をこぼした。
「アイツがカガリと双子だと知った時、ショックだったんだ。俺の知っているキラの御両親は子供を引き離すような真似をする人では無かったから。余程の事情があるのだろうと思ったが、ヤキンの後は俺も余裕が無くて。そんな秘密がキラに……
それよりもレイ。身体の方は大丈夫なのか? こちらに何か出来る事があるなら言ってくれ」
悔しそうに目を伏せてから心配そうに問いかけた。衝撃が強すぎて混乱してた頭が落ち着く。知った以上は何か力になりたい。視線を向けた先のレイが小さく頭を下げる。
「ありがとうございます。日常や戦闘は問題ないです。実はフィル医師にはディオキアで体調不良に陥った際に薬の効きから俺がナチュラルだとは知られています。テロメアが人より短いと言うことも白状させられました。カルテに虚偽を書かないように少しばかりお説教を。あの時のアスランからの連絡は正直助かりました」
華奢な肩でミネルバの医療を担うフィルさんも知っているらしい。珍しく苦笑を浮かべたレイが遠い目をする。ラーナスさんから微妙な目線を向けられた本人が腰に手を当てて真剣な目で頷いた。
「処方する薬が全く変わってくるんですから当たり前でしょう? 二人ともそんな目を向けてこないでください。守秘義務守らないぐらいなら自分で舌を噛み切りますよ。
さっき本部から連絡来ました。良い知らせなので此処でお話しますね。テロメアの件、どうにか出来る目処がつきました。何年も前に凍結されていたアンチエイジング研究とステラちゃん達の医療データ、今レイ君が飲んでいるデュランダル博士のお薬を組み合わせれば対処できます。やっと救える……大丈夫、長生きできますよ」
思わぬ吉報にレイが目を丸くする。震える声で真偽が問われ、白い髪が大きく縦に振られた。みんなでワッと歓声をあげてしまう。一緒にレイに抱きついたシンが嬉しそうに笑った。
「おめでとう、レイ……! 良かった、本当に良かった……! 一緒に生きよう、二人でお爺ちゃんになろうな!
そりゃ驚いたけどさ、俺にとってレイはレイだ。他の誰かの代わりだなんて思ったこと無いし、レイの代わりも俺にとっては居ないよ」
こっちの気持ちを全部言ってくれたシンに続いて、嬉し涙を拭うのも忘れて頷く。私達に揉みくちゃにされたレイが心の底から幸せそうに笑顔を浮かべた。