ガンダムSEED ELPIS   作:明日希

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とこしえの勇み足

 

「ラクスさん、本当なの? 議長がそんな計画を……」

 

「えぇ。良からぬ陰謀を胸に秘めているのは間違いありません。こちらの手記をご覧くださいませ」

 

 真剣な顔で頷いたラクスさんから古びた手帳を受け取る。そこにはこう書かれていた。

 

『デュランダルの言っているデスティニープランは一見有益に思える。だが必ずや世界を破壊するだろう。人は世界の為に生きるのではない』

 

 デスティニープラン? 謎の言葉に首をかしげる。ページをめくってみても何も言及されていない。自らの研究が上手くいかない事への苛立ちが記されていた。焦りを表すかのように日を追うごとに筆跡が荒れていっている。グラフの線が心情を示すかのように波打っていた。日記と研究メモが入り混じった記録を先頭に戻って読み返してみる。議長に関して書かれているページを新たに見つけた。先程よりも前の部分だ。

 

『他のチームは次々と有力なパトロンを付けている。副業など小賢しい真似をしている癖に。僕には何故資金源が居ない。真面目に自らの道を極めている。突然入って来たデュランダルという若造が目障りだ。若いというだけで金を出す馬鹿がいる。長寿など今更求めて何になるのか。

 成果さえ出れば誰もが自分を崇めるはずだ。その為に研究資金が欲しい。どうして私は見向きもされない。何故だ』

 

 殴り書きで何故だ何故だと繰り返されている。かなり精神が追い詰められていると察せられた。どうやら日記の持ち主と議長は折り合いが悪かったらしいことも文面から読み取れる。何かが引っかかるが、私の考えは果たして正しいんだろうか。

 ムウが遠くに行ってしまったあの日から片時も離れずに纏わりついてくる不安に襲われる。まるで唇が凍りついて喉に何かつかえたみたいだ。何一つ言葉にできない自分が不甲斐ない。そんな寂寥感を感じていると、心地良い声が耳朶を打った。

 

「先程申し上げたとおり、私達の生きているこの世界を大きく変えるものだと予測できます。詳しい事に関しては未だ分かりません。世界を変える計画ならば、もしかしたら今起きている諍い全てがその為の土台作りかもしれません」

 

 大胆な仮説に眼を見開く。真剣な声音のまま言葉が続けられた。

 

「議長が善では無いと示す証拠はもう一つあります。クライン派の中でも信頼のおける方が教えてくださいました。父の代から良くしてくださっている方ですわ。

 議長直属の特殊部隊が連合からとある装置を奪取したそうです。その装置は人の記憶を書き換え、民間人であろうと殺戮兵器に仕立て上げる。まさしく悪魔の所業です。その装置はミネルバと共にあるそうですの。

 もし議長がその装置を悪用したとしたら? アスランがザフトに留まっているのも、フラガ少佐が私達を思い出さないのも全て説明が付きます。まだ推測の域を出ない、可能性の話ではありますが……」

 

 数秒前まで感じていた悩みが全て吹き飛んでいった。あまりにも衝撃的な情報にそれ以降の言葉が何も頭に入らない。人がそれまで積み上げてきた人生をなんだと思っているのだろう。怒りで拳を震わせながら、愛しいムウは何をしているかと思いを馳せた。

 

 

 

 

 

 

「アイツ、あれ以降すっかり変わったな……よく笑うようになった」

 

 無邪気な子供のようにステラ達と遊んでいる淡い金髪を見る。トランプで勝ったらしく、楽しそうに笑い声をあげた。一緒に来ていたルナマリア達に褒められて益々ほっぺたが緩んでいる。リベンジをねだるアウルに快く頷いてもう一度カードを配っていた。

 

 この金色には不思議な点がある。コイツが何処にいるのか考えると怖いぐらいに正確な位置が俺の脳内に浮かんでくる。

 

 以前、ナタルに前の俺について教えてもらった。その際に聞いた事を思い出す。ムウ・ラ・フラガには理屈で説明の出来ない力があったそうだ。自分に縁深い人物を察知できる、超能力じみたものだったという。にわかには信じがたいが、ナタルが嘘をついているようには思えなかった。

 もしかしたらレイ達のオリジナルとなった男が血縁者なのかもしれない。本人も誰かは知らないと言っていた。無理に問いただす訳にはいかない。気分を切り替えて愛しい子供達を眺める。

 

 スティングは自分のペースでゲームを楽しんでいる。アウルは今度こそはレイに勝とうと鉄面皮を凝視していた。順番が来たステラはどのカードを手に取るか悩んで顰めっ面になっている。ジョーカーを取られないように下げているシンに気づいて笑いそうになってしまった。普通は逆じゃないか? 

 微笑ましい気分になっていると、隣にナタルが座った。彼女を挟んで色素のない長い髪が見える。予想通りの声が挨拶してきた。

 

 

「お疲れ様です。ネオさんもコーヒー飲みますか?」

 

「ありがとな、気持ちだけもらっとく。それよりしんどくないか? ステラ達に加えてレイまで診てたらキツいだろ?」

 

 礼を言って体調を気遣う。強化人間だったステラ達と寿命問題を抱えているレイ、どちらも簡単じゃない治療だとは素人目にも分かる。彼女に倒れられたら色々と不味い。問いかければ小さく髪が揺れた。俺達にだけ聞き取れる声量で返事が返ってくる。

 

「ありがとうございます。休日がずっと無かったあの頃に比べたらまだ全然なので。ステラちゃん達は順調ですよ。薬も錠剤だけで異常は見られません。これなら万が一に備えて置いていたあの装置がようやく廃棄できます。区画をパージしてアスランとラーナスのストレスを思いっきりぶつけて粉々にしてもらおうと思って。許可いただいてもよろしいですか?」

 

 中々の処分方法に笑いながら書類にサインする。あの装置は残しておくと厄介だ。ペン先を閉まって渡せば大きなため息とともに肩を下ろされた。アレが存在しているだけで辛かったはずだ。ようやく肩の荷を下ろせた気分なんだろう。一礼してレクリエーションルームから出て行った救い手を見送れば、罵詈雑言が耳を打つ。

 

 付けっぱなしだったテレビがニュースに切り替わっていた。相変わらずのオーブ批判にシンの指が止まる。直ぐさまルナマリアがチャンネルを別の番組に変える。スティングが床に散らばった手札を集めて仕切り直そうと声をかけていた。傍らのナタルが物憂げにため息をつく。肩を抱きながら問いかけた。

 

「心配か? 確かにちょっとばかりやり過ぎだが、仕方ないだろ。ジブリールを逃す原因になったんだから」

 

 肩をすくめながら受け入れるよう告げると静かに首が振られた。

 

「それは理解しています。ただ、オーブの罪と彼の地に生きる何の咎もない人々は無関係です。これではあまりにも……オーブは停戦期間中、国の立て直しに手一杯でした。メンタルケアまで意識が向けられていないと耳にしています。癒す手段もない国民の心労はいかほどでしょう」

 

 優しい心に息をのむ。髪を撫でれば再度ため息をつかれた。彼女に倣ってオーブの民を慮る。

 

 ユニウス条約締結によってオーブは占領から解放された。ナタルの言ったとおり、先ず民が日々を安心して暮らせる環境を整えなければいけなかっただろう。衣食住が安定しないと余裕は出来ない。極限状態の中では心の健康なんて二の次だ。先の大戦で負った傷は目に見えるものしか治せていなかったのかもしれない。今なお不可視の痛みに苛まれているであろう人々に同情してしまう。

 

 憂鬱な気分になっていると、アウル達の呼ぶ声が聞こえた。手を振り返せばスティングがやってくる。今から新しく始めるから俺達も一緒にと照れくさそうに言われた。せっかくのお誘いだ。考える間もなく頷く。そろそろ業務に戻ろうと渋るナタルの手を引けば慌てたように声をあげられた。笑いながら子供達の輪に混ざる。慣れていない彼女に教えつつ、久々に童心に返って楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、爆薬の取り付け終わり。ありがとな。手際良かったから助かった。流石、クルーゼ隊仕込みなだけはある」

 

 区画を見まわしたラーナスが満足そうに頷いた。褒め言葉と一緒に暖かい手が降ってくる。尊敬している隊長が褒められたようで気分が上を向いた。礼を言えば嬉しそうに笑われる。

 

 ステラ達にあの機械はもう金輪際必要なくなった。設計データから何まで全部処分は済んでいる。あとは現物を破壊すれば悪用される事はない。徹底的に破壊する。創り出してしまった姉様たっての望みだ。爆薬もこれだけ内部に取り付けた。装置の復元は二度と出来ない。モビルスーツの使用に関して艦長の許可は得ている。

 

 乗り込んで船外に出ると、あちらの船から区画ごと排出された。ブレードやハルバートで切り分けた所を空中に投げていく。爆発で大きな破片に割れる。ジェミニが最大出力のスキュラで焼き払った。灰にする気の勢いだ。これを遺したくない気持ちは俺だって当然持っている。リフターからフォルティスを放って残骸を燃やし尽くせば愉快そうに笑われた。楽しげな声が回線にのせられる。

 

「敵が居ないのに撃ちまくってるの、なんか変な気分だな! ま、モビルスーツの本来の役割果たせてコイツも本望だろうけど!」

 

 確かにと頷く。モビルスーツは兵器ではなく作業用として開発されたのが始まりだった。こうして使えるのは地球から敵対者が居なくなった故だ。宇宙に逃してしまった事に悔恨の念は未だある。複雑な気分に陥っていると、話題が移り変わった。

 

「そうそう、この前のドムの情報料って事で試作装備のテスト頼まれたよ。今ミネルバに積んでもらってる。陽電子砲使ったらマスドライバー無しの大気圏離脱が出来るのは知ってるだろ? あの加速を地球内でも再現できたら移動が楽になるんじゃないかってさ。とはいえ目的地を通り過ぎないようにしなきゃいけない。その為の陽電子量調整弾頭造ってみたんだって。理論説明されたけどサッパリでさ。ま、上手く行ったら地球一周旅行が各地の観光たっぷりして数週間で済むんだとか」

 

 平和な利用法に目を見開く。何事も使い方次第なのかもしれない。感慨深い想いになりながら作業を続けていく。大気圏からの脱出という言葉に懐かしい記憶が思い出された。あの時は手を取り合えた人達の姿が脳裏をよぎる。今頃何をしているのだろう。気になったが、目の前の事に意識が集中していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「駄目だな。やはりどうも引っかかる」

 

 どうしても疑念が拭えない。気づけば声に出してしまっていた。何がですか? とダコスタが聞き返してくる。思わず辺りを見回してから手招きすれば寄ってきた。この部屋には自分と彼しかいない。万が一を考えて声をひそめて確認を取った。

 

「メンデルで他のデータは全て処分されていたんだよな? 残っていたのはラクスが地球に持って行ったあの手帳のみだった。間違いないか?」

 

 長年連れ添った副官を見つめれば、しっかりと頷かれる。

 

「間違いありません。ただ、くまなく調べられたかと言われれば自信のない点はあります。とにかくあの記述を見つけてコレだ! と……すいません。何処が気になりますか?」

 

 責めたい訳ではない。活動限界の時間制限もあっただろう。首を振って労いの言葉をかける。腕を解いて額に両手を当て、思考を整理する。

 

 議長がメンデルに在籍していたとターミナルの調査で判明した。故に僕等はそこへダコスタを調査に向かわせた。そして、ラクスの求める証拠は発見された。議長への疑念が記されたノート。そこを偵察機に発見された。当時は驚きと焦りで思考が回らなかったが、冷静に考えると疑問が残る。

 

 他の記録は全て処分されていたのに、何故アレだけ残されていた? 

 偶然と片付けるのは簡単だ。気にしすぎかと思うが、頭の中で警鐘が微かに鳴っている。

 

 僕等の情報は多くがターミナル由来のものだ。公営ニュースは何処も情報操作されている。だが、他がしていない確証はない。広告心理なんて研究していたから分かる。人を操るのはそう難しくない。

 

 与える情報を制限されると、人は思い違いをする。自らに都合の良い方へ勘違いしやすくなる。情報提供者に信頼を寄せていれば尚更だ。そして、クライン派の全てがラクス個人に忠誠を誓っている訳ではない。議長や今の議会に不満を持っているだけの人物も居る。地球に降りて行ったあの女傑は貴重な存在だった。こうなったらこれまでの前提を疑うべきかもしれない。耳打ちすれば驚いた顔で囁き返される。

 

「ターミナルが嘘や隠し事を?! もしかしたら証拠を捏造したかもしれない?! どうして……とにかく、早くアークエンジェルに伝えないと!」

 

「落ち着け! 可能性がゼロじゃないってだけだ。あくまで机上の空論、明確な証拠も無い。そんな状態で動くな。それに、今更言ったとしても……」

 

 慌てて回線を開こうとした副官を制する。誰が信頼できる味方か分からなくなった今、迂闊に動くことは出来ない。いや、これも建前だろうか。

 

 僕等はあまりに追従し過ぎた。彼女が右と言えば右を向く。黒と言われたら否定せずにそのまま肯定する。そうしてきた相手が今更違う意見をぶつけたところで戸惑われるだけだ。よっぽど上手く伝えないと、議長に何かされたかと新たな誤解を生む。ますます溝を深めてしまうだけになるだろう。下手したら此方の声は二度と届かなくなるかもしれない。

 

 いつだったか、アイシャが街の露店で買った人形を思い出す。ちょっとした子供騙しの装置が入っていた。こっちが言った言葉をオウム返しに話すものだ。気づけばアレと同じになっていた。ちゃんと自分で言葉を選べるはずだったのに。

 

 今更ながらに悔やんでも遅い。彼等を導くべき大人と子供の立ち位置が逆転してしまっていた。後悔先に立たずとはこの事か。慚愧に耐えない思いで下を向く。まだまだ先のあった命を投げ捨てて自分を生かしてくれた愛する人に顔向け出来ない気分に陥った。

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