「なぁ、悪事を行ってしまう人間はどうしてそうするのだと思う?」
そんな問いかけがエターナルの艦長室に響く。振り向いた先では隊長がしっかりと前を向いている。簡単には信じられない可能性に気づいてからというもの塞ぎ込んでいた。やっと顔を上げてくれた。喜ばしい想いを感じつつ自分なりの考えを答えた。
「そうですね……やはり、どんな手段を使ってでも自分の得になるように物事を運びたいからじゃないでしょうか? あるいは悪い事をしている自覚がない可能性も考えられます。そうじゃなきゃ発覚したら罰を受ける事をわざわざやりませんよ」
ターミナルに居るかもしれない卑怯な奴を連想する。情報を都合良く操作する事でラクスさんを利用している。そうまでしてデュランダル議長を排除したいなんてよっぽどの事だ。発覚した後の処分が怖くないんだろうか?
軍だと規則を破ればペナルティをくらう。罰走や説教なら可愛いものだ。最悪は銃殺刑になる。無論、それだけの刑を納得できる理由が存在するし、情状酌量で減刑やお咎めなしもある。それでも規則破りはしばらく言われることが多い。それだけの事なんだから仕方がないと思う。むしろそうではないといけない。罰則があるからこそ秩序は守られている。誰だって後ろ指を指されたくはないだろう。
そんな事を考えて息をのんだ。このエターナルやターミナル、ファクトリーにはそういった規則が無い。どんな罪を犯しても、その処分は頂点に立つ彼女の胸算用一つでどうとでも決まる。今更ながらとんでもない所に来たと戦慄してしまう。すっかり冷めたコーヒーを飲み干してから隊長が大きなため息を吐き出した。
「なるほどな。自分の利になるように、か……おそらくラクス達にはこちらが悪くないと上手く騙くらかしているのだろう。憶測と先入観を省いてデュランダルの行動を見ると悪人とは思い難いがな。悪事が露見して自分が罰を受けるより彼を追い落とす方が得か?」
似たような事を考えていたみたいだ。先程の考えを交えながら意見を口にした。
「ラクスさんは優しいですから。情に訴えればお咎めが無いと見越したのではないですか? 第三勢力という事もあって此処には明確な規律もありませんよ」
「彼女が敵だと考えている議長への対応からして情に流されるような感じは無いがね。今回の放送にはターミナルの手を借りて割り込むつもりなんだろう?」
肩をすくめる隊長に頷きを返す。もうすぐ始まる放送をジャックして自分が本物だと明かすつもりらしい。
一度可能性に気づいた以上、ターミナルを信用することはできない。だが、今回の行動は彼等の目的であるデュランダル議長を失脚させる事にも繋がっている。仕事はこなすだろうと考えていると、呆れたような声が部屋に落とされた。
「自分の生存を明かすのはしかるべき時が来たらだとラクスは以前言っていた。今日がその時って訳らしいが……いささか遅すぎる気がしてしまう。これもまた考え過ぎかな」
自嘲するような笑みに返す言葉を探していると、眼前のモニターが明るくなった。先程の不穏な言葉が合図となったかのように議長とあちら側の歌姫の姿が映っていた。
何を話すんだろうと固唾をのんで画面を見つめる。無事に着いたというアスランさんの姿が隣に見えないのは議長の指示によるものらしい。メイリンを通じて教えてもらった情報を思い返していると、凛とした真っ直ぐな声が響いた。
「放送を聞いてくださっている世界中のみなさん。どうかお願いです。これ以上、オーブの人達を非難するのはやめてあげてください」
意外なお願いに目を見開く。確かにここ最近のオーブ非難は流石にやり過ぎだった。あまりの言われようにミネルバのテレビではニュースを付けなくなったぐらいだ。そりゃオーブはとんでもないことをしでかしてくれた。だからってやり過ぎだ。俺達も聞いてて気分良くない。なによりシンが辛そうな顔をしていたから。心配な同期にこっそり目線をやると、赤い目が限界まで大きく開かれていた。思わず苦笑いしそうになってヴィーノに小突かれる。再び綺麗な声が響いた。
「確かに、オーブはジブリールを匿いました。彼は戦争を煽り、子供を兵器のように扱う酷い人。これまで私達コーディネーターにも分け隔てなく良くしてくれたオーブがどうして彼をあんな風に庇い立てしたのか、私も信じられません。皆さんの怒る気持ちも痛いぐらい分かります。
けど! オーブにいる人達みんなが味方をしたわけじゃないんです!」
言葉とともにラクス様の背後のモニターが明るくなる。俺達の歌姫から離れたカメラが一枚の写真を写した。
何処かの街のデモ風景だ。皆目を釣り上げて拳やプラカードを掲げて行進してるところを撮ったみたいだ。プラカードにはロゴスに負けるなとかセイランは退任しろとか大きく書かれている。もしかして、コレ……息をのんだ瞬間、優しい口調で答えが告げられた。
「これはオーブの街を写した一枚です。ジブリールが居ると分かったザフトの皆さんが逃がさないようオーブを包囲する中でカメラマンの方が避難する寸前に撮ったとのお話でした。ここに映っている方々は自分達も危険なのに勇気を持って抗議に立ち上がってくれた。この人達によってロゴスに屈したセイランという指導者が捕えられたそうなんです。あの国にも私達と同じようにロゴスに立ち向かおうとする方々が居るんです。だから、ただそこに暮らしていると言うだけの理由で責めるのはやめてあげてください!」
顔を上げたアイドルと確かに目があった。こっちを見てくれている事に嬉しくなる。集まっている皆の空気も和んだものになる。こっちの雰囲気が伝わったように表情を緩めたラクス様が小さく笑ってくれた。
「介入準備、出来ていますね。今から割り込みます!」
「ラクスさん?!」
あの女の子の演説は予想と真逆だった。過熱していたオーブ非難を諌めてくれたのだ。これなら介入しなくても良いんじゃないかと思わず声をかけると険しい目線が飛んでくる。
「あの方は理由無く人を責めるなと言いました。裏を返せば理由があれば構わないという事です! このままではジブリールに屈したセイランと、仕方がなかったとはいえそれを放置していたカガリさんへ非難が集中するでしょう。前者はともかく、後者を見過ごす事は出来ませんわ!」
考えもしなかった言葉の真意に息をのむ。これまでのオーブ非難の熱量はかなりの勢いだった。国に戻ったカガリさんは必死に頑張っている。そんな彼女に対して怨嗟の声が集中的に浴びせられるなんてあんまりにも酷だ。
言った本人にそんな自覚は無いのかもしれない。その傍らで見守っている議長の指示だろう。カガリさんによってオーブが安定し自らへの反抗勢力となる事を懸念した可能性が頭に浮かんで歯ぎしりをする。
皆さんの姿が映っては議長に狙われて危険が及ぶかもしれないと言われてCICに下がった。かつて頼りにしていた女性が座っていた席で凛とした後ろ姿を見守る。真の歌姫が世界に向けて声をあげた。
「皆さん、その方の姿に惑わされないでください。私がラクス・クラインです」
「私と同じ顔と声を持つラクス・クラインを名乗る方がデュランダル議長と共にいらっしゃる事は存じ上げております。しかし、いくら見た目が同じであろうとも私と彼女は違う存在です。彼女はシーゲル・クラインの娘でなく、今私と共にあるアークエンジェルに乗っておりません。そして、その想いも異なるものです。私はデュランダル議長の言葉と行動を支持しておりません」
本当に来たラクス様に息をのむ。アスランから可能性を聞かされた時はまさかと思ったのに。足が震えそうになるのは武者震いだと自分を誤魔化して小さく深呼吸する。さっきまでと同じように、私自身の想いを自分の言葉で言うだけだ。私が居ないかのように話を続けようとするラクス様に疑問をぶつけた。
「待ってください! 議長は世界を争わせようとするロゴスへ立ち向かう人達の先頭にいます。議長を支持しないという事は、アナタはロゴスの味方をするんですか? ……だからアークエンジェルの人達は武器だけ壊したんですか? パイロットの人達を生き残らせて、何回でも戦わせて、武器だけ増やすために!」
話しながらハッとした。ギルにお願いしてボランティアで病院に何度か行った事がある。手当の手伝いをした兵士さん達は高熱に魘されながらも、怪我が治ったら新しい機体でまた戦うんだと息巻いていた。あの兵隊さん達みたいに生きているなら新しい武器を再び手に取ろうとする人はいる。それは武器を売るロゴスの利益になる事だ。どうしてあんな事していたのか説明もつく。だけど、信じられないし、信じたくない。否定してほしい一心で叫ぶ。私をチラリと見たラクス様が穏やかに返してきた。
「いいえ。私はジブリール氏を庇っているわけではありません。アークエンジェルの方々も被害を抑えて争いを停めるためにあのような行動を行ったに過ぎませんわ。どちらかを支持しないからもう一方の味方であるという認識はおやめください」
「それなら貴女は誰の味方なんですか?! どうして元地球軍の戦艦にいるんですか? プラントにはもう帰ってきてくださらないんですか? それに、どうして最初の放送の時じゃなくて、今になって声をあげられるんですか? 私、ずっとラクス様を待ってたのに!」
どっちの味方でもないなら誰を守りたいんだろう。訳がわからなくなって思ってる事を全部言ってから口を押さえた。今の言葉は私がラクス様じゃないと自分から認めたのとおんなじだ。
思わず俯きそうになっていると、肩に手が置かれる。おそるおそる振り向けば私を見つけてくれたギルが優しい目で笑ってくれていた。直ぐに険しい表情で上のモニターを見つめる。
「ラクス・クライン。それ程までに私を疑う明確な理由があるなら教えていただきたい。また、我々を支えてくれた彼女が申し上げたとおり、今になってその意思を表明されるのは何故でしょうか?」
「理由は明確ですわ。その方を私と偽ったではありませんか! 更には私を亡き者にしようと暗殺者やモビルスーツまで送り込んで来て! そのうえ、記憶を操作する装置を地球軍から奪い都合良く利用しているそうだとお聞きしておりますが?」
ラクス様が冷ややかな声を出す。そんな事したなんて信じられない。また振り返ってギルを見つめてしまうと困ったような顔をしていた。少し離れるように言われ、一歩横に立つ。深々と頭を下げた議長に思わず目を丸くした。
「その件は誠に申し訳ございません。しかし、我等プラントの民は貴女の無事な姿が見えぬ事に限界だったのです。貴女からは何の意思表示も為されていない。ただ待つだけというのは想像以上に辛く苦しいのですよ。可能な事なら連絡を入れて許可を得たかった。ですが、私は政界では新参者です。貴女の居場所を教えてもらえるほどクライン派の方々から信用を得ることが出来なかった。待っていたら国民が不安に耐え切れなくなる。故にやむを得なかったのです。どうか彼女を責めないでください。全ての責は私にあります。本当に申し訳ない」
議長の言葉に頷く。ラクス様の元気な姿が見えなかった時、私も周りの皆も不安でたまらなかった。ある日のオーディションの後、突然案内された場所で議長からラクス様がプラントを去ってしまったと聞いた時は言葉じゃ表し尽くせない程悲しかった。いつか帰ってきてくれるはずだからって言う言葉を信じて頑張っていたのに。ラクス様はユニウスセブンが落ちても、戦争になっても帰って来てくれなかった。思うことはあるけれど、プラントの人達を騙していたのは悪い事だ。隣で頭を深く下げて謝罪してから顔をあげる。まだ冷たい目をしたラクス様に震えそうだった。
「なんなんだよ。名前が嘘だからそれがなんだって言うんだ?」
あの星飾りを付けた歌姫は私達のディオキアに直接来てくれた。今みたいに復興が終わってはいなかったし、地球軍の奴等が去ってすぐだったから危険も多かった。それなのにこっちが頼まずとも来てくれた。ホールで聞いた明るい歌にどれだけ勇気付けられたか。その後は復興の手伝いもしてくれた。生きててくれて本当にありがとうなんて優しい言葉と一緒に手渡された温かいスープの味は忘れられない。あのお貴族様らしくない慣れた調理の手つきも本物じゃないと聞いた今なら納得できる。本物のラクス・クラインじゃなくたって、私たちにとっては偽りなく平和の歌姫だ。
そんな歌姫と私達を助けてくれた議長を静かに睨んでいる本物のラクス・クラインを見る。二人揃って謝っているんだから許してあげたら良いのに。さっき議長も話していたとおり、元々本人が直ぐプラントに帰ってきてたらこんな事にはならなかったはずだ。そこを棚に上げてちょっと酷くないか? さっき歌姫二人が問答していた時に、モビルスーツを壊していくフリーダムやアークエンジェルの映像が背後で流れていた。責められるならそっちのはずだ。
思わず眉を顰めていると、議長が口を開いた。
「貴女の暗殺未遂に関しては私も報告を聞いて驚きました。貴女を亡き者にしようとした輩に関しては未だ調査中ですが、私はなんら関与していない。これだけはどうか信じていただきたい。三つ目の事ならばどうやら情報が不十分なようですね。残念ですが、私が何を言っても貴女は信じてくれないようだ。それならば当事者の口から語ってもらいましょう。彼もそろそろ我慢の限界のようですし。アスラン、待たせてすまなかったね」
画面に現れたアスラン・ザラに目を見開く。片側の画面で不安そうにしていた私達の歌姫を労わるように抱きしめてから強く光る翡翠の瞳がこちらを向いた。
「ひとつ確認したいのですが。あの装置を奪取する事となった経緯とその後の此方の対応についてはご存知ないのですか?」
俺の背後にいるミーアを蔑ろにされた怒りが臨界点を超えたのか、自分でも驚くほど冷静になっていた。あまりにも的外れな非難に顔をしかめそうになる。画面越しにラクスを見つめれば戸惑ったような顔で返答が為された。
「私が協力者の方からお聞きしたのは議長直属の特殊部隊が連合から記憶の改ざん装置を奪取しミネルバに運び込んだという事ですわ。貴方もあの艦に乗っているならご存知では?」
本気で眉を顰めてしまった。議長が言っていたように、情報が断片的すぎる。もしかしたら誰かが作為的にそう伝えたのかもしれない。思わずため息をついてしまいながら答える。
「知っているも何も、奪取に動いたのは俺です。捕虜として捕らえた少女が連合によって特殊な措置を施されていました。何も知らないままに戦わされていた彼女を生かすためにはあの装置が必要だった。今は治療が完了しています。悪用を防ぐためについ先日あの装置は完全に跡形も無く破壊しました。報告は上げましたよね、議長?」
ラクスが信じられないように瞬きを繰り返している。念のため議長に確認を取ると頷いて肯定された。戸惑ったように声をあげるラクスへ困ったような笑みが向けられる。
「先程申し上げたように、そちら側の情報が不足していたようですね。今のアスランの説明通り、あの装置は必要だから奪取したに過ぎません」
諭すような声にラクスが息を吸った。微かに震える手で古びた手帳が掲げられる。最後の問いかけが投げられた。
「では、このノートはどうなるのです? 貴方がメンデルに居たというのはこの証拠が示しています。ここに書かれているデスティニープランとは一体何なのですか? 貴方が考えた世界を変える計画だとはっきり書かれておりますわ」
予想だにしなかった単語に耳を疑った。メンデル。キラやレイ、クルーゼ隊長が産まれた、遺伝子研究所のあったコロニー。弟のような後輩から聞いた情報を脳内で反芻しながら議長を見つめる。大きなため息をついた議長が真っ直ぐに前を見据えた。
「私がメンデルに居たのは事実です。しかし、それは他の研究者達のように非道な研究を行うためではない。生まれつき寿命の短い親友を救う手立てを見つけるためです。あれは人の業のるつぼでしたが、遺伝子研究の最先端であった事は間違いない。
デスティニープランはジブリールを捕らえロゴス打倒を成し遂げた暁に発表したかったのですが……こうして言葉を知った以上、今の貴女のように知らぬからこその疑念を持つ方も出てくるでしょう。解説映像も何もなくて申し訳ありませんが、概要だけ説明させていただきます。よろしいですか?」
デスティニープランという謎の言葉に思わずミーアと揃って首を傾げてしまう。議長に何か言おうとしたラクス側の画面が真っ暗になった。無理に割り込んだ回線が情報部によって弾かれでもしたのだろうか。確認用の小さなモニターの中では議長が一人で大きく映っていた。二人揃って控え、議長の言葉を聞く。
「私は常々考えていたのです。この人類史の始まりから常に傍らにある欲望という怪物とどう付き合うべきなのか。人はどうして身の丈に合わない欲を何度も抱いてしまうのか。その結果、ロゴスという悪魔が生まれてしまった。
この悲劇を繰り返さない対処法はただ一つ。知る事です。知れば皆さんは必ず善き方向へ進める。皆さんの行動が何よりの証拠です。ロゴスの存在を知り、打ち倒そうと共に手を取り合って立ち上がれたではありませんか。
一人一人に何が出来て、何が出来ないのか。それを知るための方法がデスティニープラン。成功例はここに居ます」
こちらへ議長が手招きをする。戸惑いながらも彼女をエスコートして二人して横並びになった。
「彼女、ミーア・キャンベルはプランを利用して見つけた平和の歌姫に最も適した人物です。彼女の遺伝子はラクス・クラインの遺伝子と類似性が高かった。そして、彼女は自ら危険な戦地に歌を届け、人々を励ましてくれています。プラントを顧みなかった事は一度もない。彼女にその名を偽るよう頼んだのは私です。プラントの方々にお願いがあります。どうか彼女を新たなる平和の歌姫として認めていただけないでしょうか?」
信じてはいるが大丈夫だろうか。不安そうにしている彼女の手を握る。基地の外から何やら声が聞こえた。画面から離れる訳にはいかないため、必死に耳をすませる。姉さんが開けてくれた窓から入ってきた強い風が街の人々の声を伝えてくれた。
「ミーア様! あの時はありがとうございました! あなたが私達の歌姫です!」
「議長! 俺達を助けてくれてありがとうございます! アンタは悪くないですよ!」
少しだけ外に視線をやる。基地の周りは人でごった返していた。彼女を認めてくれる声に嬉し涙をこぼすミーアの涙をぬぐってからカメラに向かって深く頭を下げ、感謝の意を示す。顔を上げた俺達を議長がやわらかな目線で見ていた。再び彼の声が響く。
「みなさん、私の方こそお礼を言いたい。本当にありがとうございます。もう一つお知らせが。先程、プランによってラクス・クラインとミーアの遺伝子は似通った所が多いとお伝えしました。そして、アスランと先代の彼女は対の遺伝子だった。先日、もしやと思って遺伝子バンクで検査を行ってみたのです。アスランとミーアも対の遺伝子、運命の相手だと証明されました!」
ミーアが歓声を上げて嬉しそうに抱きついてくる。風が運んでくる民衆の声もより一層大きくなった。背中を押されたように議長が高らかに宣言する。
「全てを知ればより良い未来が開ける。私は、これ以上戦争のない世界のためにデスティニープランの全世界同時導入を御提案いたします!」
深々と一礼した議長を最後に中継が終わった。電源を切り、真っ暗な画面を前に思索にふける。ターミナルの奴等、やはり情報を隠していた。しかし、それなら今回の電波ジャックでの問答は不利になると分かっていたはずだ。ラクスを止めもしなかったのは疑問が残る。そもそも捕虜を助けるためだった行動をさも悪意があるかのように伝える必要性は無かったはずだ。まさか、目的は議長の失墜ではないのか? これまでの事実を振り返り、更に隠された真意を探る。以前思い当たった可能性より更に信じ難いものが浮かび上がって来た。簡単には信じられないが、そうだと仮定したら全てに納得がいく。沈痛な面持ちで沈み込んでいるダコスタの肩を思いっきり叩いた。思わず震えてしまう声で最悪の可能性を告げる。
「一番最初の大前提が間違っていた。クライン派が信奉しているのはラクス個人では無いのかもしれない。“プラントの平和の歌姫ラクス・クライン”という彼等の中に存在している理想像だ。それに適合しない者はたとえ本人でも認められない。最悪、あの暗殺部隊ですら彼等の……」
つい言い淀んでしまった先を察したのかダコスタが青白くなった。
ラクスは一人の少女として平和な暮らしを望んでいた。恋人であるキラの療養があったとはいえプラントには二年も帰っていない。気にかけてはいたものの、直接赴こうとはしなかった。そんな彼女を認められない派閥が暴走したとしてもおかしくない。そもそも、ただの少女にここまでの力を貸してくれる事がおかしかったのだ。全てラクスを失脚させる壮大な計画だったと考えられる。これはもう戸惑っている場合では無い。どうにか抜け出そうと焦る気持ちで副官と計画を練った。
「申し訳ございません、ラクス様。我々の調査不足でした。罰はどのようにでも」
項垂れている少女へ深々と頭を下げる。無論、謝罪の気持ちは微塵もない。今後は気をつけてくださいと力なく言われた。周囲に配置した追従するだけの大人達が慰めに来るのに背を向ける。
プラントにいないラクス・クラインは我々のラクス・クラインではない。プラントの民もそれを分かっているから新たなる歌姫を受け入れたのだろう。
暗殺が失敗するのは織り込み済みだった。彼女を社会的に滅茶苦茶にすると決めたのはあの時だ。
オーブに留まってばかりでプラントに帰る素振りもないラクス様に苛立つ心を抑えながらフリーダムをどうするのかと問いかけた。今後平和が破られる危険性もあるので直したらどうかと軽い気持ちで提案してみた。もちろん、とんでもないと否定されるだろうと見越してのことだった。返ってきた答えは予想と違った。使わぬことを祈っていますが念のためにと躊躇いもなく肯定されたのだ。頭が沸騰しそうだった。
平和が破られるかもしれないと理解していながら何もしないのか。故郷を訪ねることすら思い至らないのか。その瞬間に確信したのだ。
世界のために何も言葉を発しないこの人物は私の愛したラクス・クラインではない。コレは彼女の偽者だ、と。
自室の鍵を閉め、同志達に順調だと連絡を入れる。今泣いているであろう彼女を思うと口許が緩んで仕方なかった。