混乱して泣きながら倒れた弟を抱えて、後部座席に乗り込むと景色が少しゆっくりと流れ出した。声を潜めてボスが問いかけてくる。
「すまない、廊下でのことは聞こえていた。何も、知らなかったのか」
「そうみたいです。隠されてた事も直されてた事も知らなかったみたいで酷く混乱してました。相当なストレスかかって軽く気絶した後はそのまま眠ってますね。着きそうになったら起こします。
ジュリー、こいつは寝入ったら中々起きないから、車飛ばしても問題ない。お前もあまり気に病むなよ」
返事の後、俺の横を気遣ってか誰も言葉を発さない。随分と軽くなった弟を支えながら、思考を巡らせる。
フリーダムに関しては、ここにいるジュリアスのように戦後にプラントに戻って来て、サジタリウスに所属した三隻同盟の構成員達がパイロットと半壊した機体が回収された後は姿を見ていないと口にしていた。しかし、奴は現れた。
あの組織の中核にはアスランの婚約者であったラクス・クラインがいた。当時の二人をみると、恋愛感情はさておき個人としては尊敬しあっているように思えた。月から帰ってきたアスランがよく話してくれた親友のキラ・ヤマトがフリーダムのパイロットとして参加し、当時はオーブ首長後継者であるカガリ・ユラ・アスハともアスランは親しくしていたという証言も得ている。それ故、咄嗟に思ってしまったのだ。親しかったのだから修理することぐらいは耳にしていたのではないか、と。
しかし、予想は外れた。あの混乱具合は絶対に何も聞いていなかった。アスランを生まれる前から見てきて弟のように可愛がってきた一人として断言できる。何せ、他人の前では感情を出さないように躾けられたこいつが人目も気にせず声を荒げたのだ。あの状態で噓をつけるほど器用な人間ではない。フリーダムの終戦後の行方は、確実に何一つ知らなかった。
他の中核メンバーも知らずに一部の下っ端が暴走した可能性もあるが、残念ながら限りなく低いだろう。
MS修復には莫大な金と高度な技術が要る。ワンオフ機となれば軽く小国の年度予算は超えるため一個人に賄える金額ではないし、大勢の有能な技術者と強固な繋がりを持つ必要がある。あの勢力で条件を満たすのはクライン派を後ろ盾に持つラクスと、技術大国であるオーブの現首長となったアスハぐらいのものだ。二人が協力したなら、より簡単に事は済んだだろう。 修理関係はさておき、アスハが隠し場所を提供したことは、まず間違いないと見て良い。
親しくしていたアスランに極秘で事を進めたのは、父を殺した相手の息子がやはり憎かったのか、国を焼かれた者として大戦犯の血を引く者を恐れたのか、はたまた別の理由かは分からないしどうでも良い。俺にとって重要なのは、血のつながりは無くとも可愛い可愛い弟が心労で倒れるほど傷つけられたという事実。俺自身は許してやらないことを決めて顔を上げると、もう少しで議会に着くところだった。だいぶ顔色が良くなった隣の肩を揺すって起こそうとした瞬間、シモンさんが忌々しげに呟くのが聞こえた。
「何故今出てきたのだ。先のように、戦場が泥沼化した訳でもないのに。お前が現れた事実だけで何人の兵が恐怖すると思っている!」
手が止まる。目覚めた時、コイツは受け入れられるだろうか。経緯はどうあれ、かつて志を共にした戦友が世界に無用な混乱を起こした事実を。 狂いはしないと信じているが、冷静な思考を取り戻すのは少し時間がかかると見て良いだろう。愚痴や八つ当たりのナイフを受けてでも支える覚悟を決めて、強く揺さぶると、相変わらず綺麗な緑が見えた。