ガンダムSEED ELPIS   作:明日希

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ねじれた願望

 

「頼りに出来る大人がいない、か……そう感じた理由を伺ってもいいだろうか?」

 

 ナタルさんが冷静に質問を返す。かつての仲間を軽んじるような物言いをされたというのに落ち着いた様子だ。思わず感心しながら脳内で疑問が頭をもたげてきた。

 

 エンジェルダウンの折に話したラミアス艦長の姿が脳裏に浮かぶ。あの状況下でも臆せずに自分の意思を述べていた。味方であればさぞかし頼りになっただろうと惜しんだものだ。実際は違うのだろうか。

 

 アスランがゆっくりと中央の壇上に戻ってきた。先程の疑問を尋ねれば言葉を探すように視線がさまよう。軽い深呼吸の後、悔しそうに声が紡がれた。

 

「終戦してからラミアス艦長は仲間を失ったショックに耐えきれなかったようなんです。俺から見ても分かる程に痩せ細っていった。バルトフェルト氏もやるべき事を成してから燃え尽きたようだった。彼等だけじゃない。キラやカガリも心が傷だらけだった。ラクスだって父上のせいでシーゲルさんを失ってしまった」

 

 アスラン自身も父親を失ったばかりだった。境遇は同じはずだ。それなのに自らに関して一切言及していない。彼らしくも思えるが少々歯がゆい気分になってしまう。思わず唇を噛みながら意識を切り替えた。

 

 誰も彼も精神が不安定だったという事だ。プラントは一部の帰還兵が起こした騒動が社会問題となったおかげで心の健康が注目された。その結果、フィル医師のようにメンタルケアの出来る医療従事者が増えてきている。

 国としての立て直しが最優先だったオーブではそんな余裕がなかったのだろう。回復する術も分からなかったはずだ。相手がボロボロだと分かっていながら頼れる程ラクス・クラインは酷い人物ではないと信じている。頼れる大人がいなかったという言葉は納得できた。

 

 お礼を言うと軽く頭を下げられる。最初に問いを投げたナタルさんも合点がいったように頷いた。見知った間柄としてアークエンジェルの行動は不可解だったらしい。旧知の仲だからこそ気づいたのだろう。傍らのアーサーが恐る恐る手を挙げた。

 

「周りの人達に頼りづらいのは分かった。それでもさ、ラクスさんの味方だとは思うんだ。最初の言葉はちょっとだけ言い過ぎじゃないかな?」

 

 おずおずと言われた言葉に目を見開く。しっかりと自分の頭で考える事が出来ている。副官の成長を喜ばしく思っていると、アスランが頭を下げてくる。上げられた顔は険しいものだった。

 

「すみません、先走りました。俺も今あげた彼等はラクス個人の味方だと思っています。ただ、ラクスに意見できる立場にはない。少なくとも俺の知る限り、彼女の意見に反対していたことはありません。オーブに来て直ぐの頃はラクスも俺にいろいろと話してくれた。彼女が頼ろうとしていたのはクライン派の面々でした。そのクライン派がラクス個人の味方でない事が確信できたんです。それどころか彼女に対して敵意を抱いていると見ていい」

 

 アーサーがいつものように素直な声をあげる。息を整えて思考をまとめる。

 以前の会議でもクライン派が彼女を暗殺しようとした可能性が提示された。しかし、あの時はまだ疑惑でしかなかった。今回彼女と直接言葉を交わした事で確証を得たのだろう。

 レイが真剣な声で説明を求めた。アスランが首を縦に振って大きなため息を吐き出す。しっかりとした声が響いた。

 

「決定打となったのはラクスの問いかけです。あの装置を議長の指示で盗ませたように考えていた。実際は俺の提案を後から承認してくださっただけです。この時点で事実と食い違う内容が教えられています。そして、重大な案件なら何故そうなったかを調べるはずだ。それなのに彼女は全く知らなかった。以上の事から意図的に与える情報を制限されていたと考えられます。まさか調べていないなんて可能性はあり得ない。そうだな、ラーナス?」

 

 名前を呼ばれた彼の右腕が頷いて立ち上がる。交代するように弟分を座らせてから口を開いた。

 

「情報収集してる人間ならどんな些細なことでも前後関係は絶対に調べます。どうしてそうなったか知れば、それによってどうなるかもある程度知ることが出来る。どんな情報だろうと持っておいて損はないですから。

 ちなみに俺個人としては分からなかった時でも不明だったとか何かしら報告するようにはしてます。調べてるのに何も言わないなんてあり得ないんですけど……すいません。とにかく、クライン派はラクス・クラインを社会的に貶めようとしてます。実際、先ほど話したようにあの彼女は本物と認められていない。結果から見てほぼ間違いないかと」

 

 呆れを隠そうともせず不満気に話している。思えば彼が書く報告書は過程や結果についての情報が毎回必ず書かれていた。そんな信条を持っているからこそ信じられないんだろう。思わず頭を動かして同意する。ネオさんが珍しく躊躇いがちに問いを投げかけた。

 

「悪い。どうしても腑に落ちないから訊いても良いか? ラクス・クラインの何がそんなに特別なんだ? プラントにとって心の支えになってるのは分かった。やった事も大したもんだ。それでもただのアイドルだろ? なんで暗殺者差し向けたり、社会的に蔑ろにしようとする? いくらなんでもやり過ぎじゃないか?」

 

 根本的な問いかけが来た。確かに元は一人の歌手でしかなかった。ここまで過激な感情を向けてしまう人がいるのは何故だろう。考えても理由が見当たらない。首を傾げてしまっていると、フィル医師が明瞭な声を発する。

 

「さっきのルナマリアさんの言葉でその人達の心境が予測できました。たぶん、期待しすぎたんですよ」

 

 

 

 姉様の言葉に解説を求める。やわらかい微笑を浮かべながら全員を見渡していた。

 

「プラントの大多数の人達はラクスさんがただ側に居てくれたら良かった。だけど自らの意思で動いた結果、誰にも期待されていなかった事を成し遂げてしまった。第三勢力として両陣営の争いを停めるなんて大偉業を。次はもっと凄いことをしてくれるんじゃないかって期待が膨れ上がった人もいたでしょう。彼女の行動を身近で見ていた人なら尚更です。

 強固な想いほど裏切られた落胆が大きい。可愛さ余って憎さ百倍って言葉、ご存知ですか? あれは高い所から落ちたガラスが割れてしまうのと同じ。スタート地点が高いから落下の衝撃をより酷く感じてしまうんです。過程はどうあれ予想以上の成果を出せてしまうとその後がしんどいんですよ。

 ほら、評判良かった作品の続編ってどうしてもハードル上げてしまうでしょう? 全く期待しないのも駄目ですけど、やりすぎるのも良くない。される側もする側も極端だと良いことありません。人の心ってワガママなんです」

 

 珍しく長い間話してくれる。どこかウンザリしたような表情だった。姉様もメンタル研究の第一人者として業界内での知名度はあったはずだ。出来もしない難題を押し付けられたりしたんだろうか。姉の苦労に想いを馳せながらも別の所に思考が飛んでいった。

 

 自分では出来ない事を他者に願ってしまうのは誰にだってあるだろう。オーブでジブリールを捕らえ損ねた後の事が思い出された。俺も、尊敬するクルーゼ隊長なら出来たはずだと考えてしまったのは確かだ。思わず目線を向けたレイが呟きをこぼす。ため息まじりの言葉が静かになった会議室へ広がっていった。

 

「期待されないのもいや。かと言って過度な期待も煩わしいとは。まるで水加減の難しい花の世話でもしているようですね。ギルも言っていたとおりです。何の音沙汰も無いものを待ち続けるのは苦しい。咲くかどうかも分からない、どれだけ待っても芽を出す兆しすら見えない。そんな種に一生水をやり続けろと?」

 

 苛立ちを隠さない言葉に息をのむ。極端な扱いが負担になるのは何もラクスだけに限った話ではない。しかし、オーブに降りてからラクスは何の声明も出していなかった。それ故にプラントの人々は不安に耐え切れなかった。あの時に少しでも声をかけていたらこんな事にはなっていないんだろうか。

 今更ながらに悔やんでしまえば名前を呼ぶ声が聞こえた。視線を上げた瞬間、知らずに噛み潰していたストローが視界から消え去る。代わりに差し出された新しい紙コップを受け取れば桃の風味が口いっぱいに広がった。すっかり乾いていた喉が潤され思わず大きな息をこぼす。励ますように肩が叩かれた。

 

「そんな顔すんな。あの時ああしていれば良かったなんて話は終わって結果が出てからこそ話せる。何も責任無くなってからじゃないと出来ない。実際に今じゃなきゃ考えられなかっただろ?」

 

 理屈で分かってはいる。それでもつい軽く睨んでしまえば頭をもみくちゃにされた。好物を飲み干せば気にした風のない笑顔とともにおかわりが渡される。先読みはもっと有意義に使ってほしい。強張っていた身体の力が抜けていくのを感じながら息をつく。何故だか部屋中の空気が緩むのを感じていると、シンが途方に暮れたように眉を寄せて声を発した。

 

「なんか、どっちもどっちって感じですね。期待しすぎたクライン派の奴等も悪いし、それに応えられないからって黙って雲隠れしたラクスさんも悪いし。ただ帰りを待ってたルナ達みたいな人を少しはどっちか気にかけてくれたら良かったのに」

 

 憮然とした顔つきに変わる後輩を見る。確かにこれはどちらにも問題点がある話だ。簡単に善悪の二色で塗り分けられるものではない。良く考えたな。褒めようとした瞬間、もう戻らないものを懐かしむように眼が細められる。優しい表情のままやわらかい声音が部屋に響いた。

 

「昔読んだ絵本のこと思い出しました。大きな木と男の子の話。俺は何でも差し出せる木の事をすごい優しいと思ったんです。けど、マユは怒っちゃって。木が可哀想、男の子は何もしてないのにもらってばかりで酷いって。そしたら母さんったら男の子も悪いけど、あげてばっかりで嫌って言わなかった木も悪いと思うって。優しいだけじゃないかって思わず口出ししたら火に油。帰ってきた父さん巻き込んだらそういう話じゃないだろうって言うし。みんなで盛り上がったなぁ……」

 

 あの本だろうかと懐かしい一冊を思い浮かべる。人が宇宙に行く事すら当たり前ではなかった時代に書かれた貴重な本だ。幸せとは何かを問いかけてくる話。シンの話どおり、どちらにも問題がある話だと読みとく事も出来る。

 僕が幼い頃の姉様達は遊んだ後に読み聞かせをしたがった。あまりにも幸せそうな顔つきで見てるこちらも嬉しくなった。文字が読めるようになってもあの顔が見たくてねだっていた事を思い出す。その中でもあの話はさみしいけれど考えさせられるものだった。

 今回話題の中心となった彼女が脳裏をよぎる。あの話を知っていたらなんと言うだろうか。今は会えないと分かっていても気になってしまった。

 

 

 

 

 

「ラクス、大丈夫?」

 

 目の下にクマをつくったキラが優しい声をかけてきてくれた。ただでさえ不安定な彼に余計な気苦労をかけたくない一心でどうにか頷く。目尻が緩んだ彼を愛おしく想いながらため息をついてしまう。

 

 いつからか私は“ラクス・クライン”が疎ましかった。歌い始めてばかりの頃は何もなかった。ただ私の歌を褒めてくれる人が増えていく事が嬉しかった。なのに、クラインの娘と言うだけで持ち上げられる。心待ちにしていた歓声が段々と重荷になっていった。

 だからこそプラントを離れたオーブでの生活は身軽で新鮮だった。なんでも自分で自由にできる。誰も私を“ラクス・クライン”として見ない。

 願わくばあのまま続いて欲しかった。修復したフリーダムだって永遠に使わないことを祈っていた。

 

 叶わなかった望みを振り返って物思いに沈む。

 今、ニュースでは詳細の分からないデスティニープランに戸惑う声が主に報じられている。私の事は偽者だろうと決めつけられ、話題にもならない。

 立場からの解放はずっと待ち焦がれていたはずだ。それなのに胸の何処かがポッカリと空いた気がする。この虚しさは何なのだろう。代わりとなる人物が居るからだろうか。ようやく名前を知れた少女を思い浮かべていると、キラが私の隣に座りこむ。眉を寄せながら言葉をこぼした。

 

「ひどいよね。ラクスはこうじゃないといけないとか、そうしないから偽者だとか好き勝手に言って。ラクスはここに居る君だけなのに」

 

 ずっと誰かに言ってほしかった言葉が聞こえてきた。愛しい彼に身体を預ければ抱きしめられる。夢見心地になりながら顔を埋めて深く息を吸う。それだけで先程の胸の痛みが消えていった。やはり気のせいに決まっている。私はあんな肩書き、欲しくなんかない。私がしたい事をするためには要らないものだった。

 

 

 

 

 

 

『だけど、それはほんとかな?』

 

 初めて読む絵本に書かれていた言葉を読めば、目の前の小さな女の子がボロボロと涙をこぼした。慌てて抱き抱えてどうしたのかゆっくり聞いてみる。しゃくり上げながら質問が来た。

 

「なんでぇ? なんで、木は、こんなことしたの? おとこのこ、なにもしてあげてないのに! かわいそう!」

 

 火がついたように泣く子の背中をなでる。少しだけお兄さんの子が近づいてきて私の真似をしてきた。お礼を言うと孤児院の子達が膝の近くによってくる。笑って相手しながら内心でため息をついた。ここの先生が勧めてくれたこの本、もう少し大きい子達向けの内容なんじゃないかしら……

 

 お詫びに各地を飛び回ってアプリリウスに来れたのは少し前の事だ。どこの人達も暖かい対応をしてくれた。その事をアスランに話せば安心したように彼の声が弾んでいたっけ。大好きな人を頭に浮かべるだけで心があったかくなる。昔の私と同じ、親がどこかに行ってしまった子達を抱きしめると嬉しそうに笑ってくれた。泣き止んだ子が髪を引っ張ってなんでなんでと催促してくる。この中で一番お姉さんの子が慌て始めた。気にしてないよと笑えば顔が明るくなる。ちょっと考えてから口を動かした。

 

「きっとね、絵本にはないところで男の子はたくさん木のお世話をしてたのよ。水や肥料をあげたり、周りの雑草をお手入れしたり。それが嬉しかったから、木はここまでしちゃうんじゃないかなぁ?」

 

「なんで本にかいてないの?」

 

「たぶんね、男の子にとってはあたりまえだったの。言わなくても良いぐらいに。段々と忙しくなって忘れちゃったみたいだけど。誰かのあたりまえが他の人には大事な事もあるわ。ほら、ありがとうって言ってもらえたら嬉しいでしょ?」

 

 鼻を鳴らしながらコクンと頷いた子の髪を撫でる。花が咲くような笑顔に変わった。可愛いなぁと思いながら続きを読む。ちょっぴりさみしくて優しい、愛にあふれたお話が終わった。

 

 眠くなったのか頭がグラグラしている子が何人かいる。子守歌を歌えば直ぐに小さな寝息が聞こえてきた。本当は目が覚めるまで側にいてあげたいけど、この後の予定は流石に遅れるわけにはいかない。

 名残惜しい気持ちでみんなの寝顔と一緒に写真を撮る。メッセージをいつもより大きな字で書いて貼っておいた。ありがとう、また来るねって。大人の人達にお礼を言って、記念写真をもう一枚。子供達を起こさないようにもう一回お礼を言って挨拶をする。そのまま走って車に乗り込む。あんな風に優しい子達がいるならプラントは安心だ。これからの事に気合いが入った。議会の人から参考人として呼び出されている。ギルを守ってアスランとレイを安心させるためにも行かなくっちゃ。大きく深呼吸して気持ちを落ち着ける。大きな窓から晴れ渡る空を見上げた。

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