ガンダムSEED ELPIS   作:明日希

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それぞれの世界

 

「ねぇ、メイリン。ジブラルタルに着いたら甘いもの食べに行かない? 今度はステラやナタルさんも一緒に。確かケーキ屋さんが基地の近くにあったよね?」

 

 凝った肩を伸ばしながら声を出す。さっきの会議では正解のない難しい話が多かった。頭をたくさん使ったから糖分がほしい。誘ったメイリンが眉をさげる。

 

「お姉ちゃん、着いても休憩時間ないみたい。すぐに月基地行かなきゃ駄目なんだって」

 

 拗ねたように頬杖をついている可愛い妹に頬がゆるむ。ジブリールを捕まえたら帰って絶対にみんなで行きましょと約束すれば嬉しそうに目尻が下がった。

 せめてもと思って自販機であったかいココアを買う。渡すと機嫌良さそうに足が動いた。子供の頃から変わっていない何気ない仕草が愛おしい。図らずも同じタイミングで缶を開けると甘い匂いが部屋中に広がっていく。ステラがナタルさんの手を引いてこっちに来た。香りが気になったんだろうか。ステラとナタルさんの分も買っている。渡しに行こうとしていたナタルさんの分を渡してからもう一本を持って戸棚に向かう。シンと一緒にディオキアで買ったって教えてくれたステラ用のマグカップを手に取る。新しい缶から中身を移せば愛くるしい笑顔でお礼を言われた。別に良いのよと笑って返す。もし火傷しちゃったら私が悲しいだけだ。息を吹きかけて少し冷ます。大丈夫そうかどうかをカップ越しに伝わる温度で判断してから渡した。一口飲んだステラのほっぺたが赤くなる。おいしいね! と笑いかけてきた。頷いている間に何回かに分けて全部飲みほしてしまった。気に入ってくれたみたいだ。立て続けの任務で憂鬱だった気分が上を向く。自分で買った同じものをシンに駆け寄って渡していた。可愛らしい光景に胸が暖かくなる。メイリンと一緒に笑顔で見つめているとドアの開く音が響いた。

 

 アスランさんが眉間を指で揉んで目をほぐしている。彼もお疲れみたいだ。レイがシンに何か耳打ちした。ニヤリと笑って忍び足で駆け寄ったシンがステラからもらった缶を閉じられたまぶたに当てる。急な温もりに驚いたアスランが大きな声を上げた。さっきまでいたソファに戻ってハイタッチする同期二人に呆れながら可笑しくなってしまう。レイがこういう他愛ないイタズラをするようになったのはここ最近だ。まるで子供時代を取り返しているみたいに思える。アスランさん、口では注意しながらも少し嬉しそうだ。小さな笑い声をこぼしながら向かいに腰かけてきた。

 自販機で買ったスチール缶を目の上に当てている。疲れた時ってあっためると楽になるのよね。大丈夫か聞きたいけど無理させてしまいそうだ。迷っていると気遣わしげな声が休憩室に響く。

 

「君達も大丈夫か? 今のうちに休んでおいてくれ。何か欲しいものがあれば手配できるようかけ合ってみる」

 

 意外な言葉に目を見開く。クルーゼ隊でもここまでの過密スケジュールはなかったと苦笑された。頑張ってるご褒美って事だろうか。

 

 シンとスティングが揃って真っ先に声をあげる。二人してハマっている小説の最新刊を希望していた。

 アスランさんが笑ってメモを取る。アウルが袖を引いて自分に注意を向ける。有名なカードゲームを頼んでいた。たまにはトランプ以外もやろうよと誘われる。頷けば照れくさそうにはにかんでいた。

 ステラはお菓子作りの道具キットを頼んでいた。さっきみたいに美味しいものを口に入れたら明るい表情を見せてくれる可愛い子はつくる側にも興味が出てきたみたい。ミネルバの調理スタッフさんに話通しておこうかな。そんな事を考えていると声をかけられたネオさんが考えておくとヒラヒラ手を振っていた。ナタルさんは最近寒くなってきたから暖かい上着があればとおずおず申し出ていた。

 快く笑ったアスランさんに一枚の紙が手渡される。サンタを目の前にした小さな子供みたいにレイの蒼い瞳が輝いていた。内容を読んだアスランさんが目を見開く。深呼吸を一つした後、どこか泣きだしそうな声になっていた。

 

「ニコルのピアノか……君も好きなのか?」

 

「はい。貴方達が配属したての頃でした。帰ってきたラウが手土産にCDをくれたんです。とても優しい綺麗な演奏でした。他の曲も買いたかったのですが人気で中々手が届かなかったんです。終戦後はいっそう値段が上がってしまった。いけますか?」

 

 目頭を押さえたアスランさんが上を向いて黙り込む。腕で眼を思いっきり擦ってから力強く頷きが返された。

 

「任せてくれ。必ず手に入れてみせる。もし良かったら貸してもらってもいいか? ニコルの演奏、あったかくて優しいから安心するんだ。聞いてたら良く眠れる」

 

 確かにピアノ曲は落ち着く曲が多い。聴いてると眠気が襲ってくる。快諾したレイにお礼を言ったアスランさんが私達の方に向き直ってきた。

 

「二人は? なんでもいいぞ」

 

 プレゼントを待つ子供みたいにソワソワしながら返事を待っている。アスランさんって世話を焼くのも好きなのよね。思わず微笑ましい気分になってしまう。ここで何も言わないとさみしがるかもしれない。けど服はまだあるし、化粧品も余裕がある。考えていると小さな着信音が聞こえてきた。

 こっちに断ってから画面を見たアスランさんがとってもやわらかい顔になる。そんな表情になるなんて相手はミーアさんね。ようやく知った本当の名前が頭に浮かんだ瞬間、良いことを思いついた。渋々という感じで携帯を懐にしまったアスランさんに笑いながら問いかけた。

 

「なんでもいいんですよね? なら、ミーアさんに紹介してください。お友達になりたいんです」

 

 

 

 ルナマリアの思いがけないお願いにアスランが目を見開いた。メイリンもそれが良いとねだっている。お話ししたいと向かっていったステラも袖を引っ張っていた。息を吸っただけで何も声を発さないシンに気づく。たまに遠慮しがちな傍らの親友を促した。

 

「行きたいなら行けば良い。ミーアは人が好きだ。嫌がられはしない」

 

 世界そのものを慈しんでいる姉を脳裏に浮かべる。先日の最高評議会で行われた査問会でもギルの罪は自分の罪でもあると嘆願していた。彼女の言葉もあってかギルは議長として務めを果たすことを望まれていた。無論、ミーアへの咎めもない。無事だった家族に安堵の息をついていると、眉を下げたシンが躊躇いがちに言葉をこぼしてくる。

 

「ありがと。オーブの人達かばってくれたからお礼言いたいんだけど……アスランさんが嫌な顔しないかな? あの人めっちゃヤキモチ焼くじゃん」

 

 いつだったかミーアのプロポーションを褒めていたヨウラン達を凄い顔して見つめていたのを思い出す。しかし、その時も何も声はかけていなかった。かなり大きな咳払いをしていただけだ。

 シンがステラを愛おしく思っているのは彼だって知っているだろう。励まそうと言葉を紡ぐ。

 

「その理由なら嫌がられないだろう。俺達はあの人に大事にしてもらっているしな。

 人によって見えている世界は違う。まずは言葉にして伝えなければその違いは何も分からない。俺も久々にミーアと話したいから一緒に行こう」

 

 葛藤していたシンの顔が明るくなる。その事に思わず笑ってしまう。立ち上がって手を引き、背を思いっきり押してやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「詳細が分かった途端、ここまで希望者が殺到しているなんて。皆さん、プランの悪しき面から目を逸らしているように見えますわ。結果に従う必要は無いとはいえ知ること自体は強制される……自分の限界を否応なく突きつけられます。その状況での選択は真に自由だと言えるのでしょうか? 人は自由であるからこそ生きているといえます。このままでは世界が、人の意思が死んだも同然となるのでは……」

 

 ニュースを見上げてラクスさんが悔しそうに言葉をこぼす。

 先日の放送で彼女の生存を明かしても議長達は動揺しなかった。それどころか反論してきた。結果的に彼女の真贋すら世論に疑われている。手痛いカウンターをくらった気分だ。

 

 新たなプラントの歌姫となったミーアさんは喜びの声と共に迎え入れられたそうだ。彼女自身の懸命な活動が一番の理由だと話していた。それに輪をかけるかのように、プラント内で信頼の厚い人物が続々と支持を表明したらしい。

 彼女を恋人として助けに来ていたアスラン君はもちろんのこと、プラント防衛の第一線を担う隊を率いるディアッカ君とジュールさん。当代のプラント最高評議会メンバー総員に内部の平和を守る民間組織の代表。果ては医療系最大手の社長まで。

 そうそうたる顔ぶれが並べられる度にラクスさんの顔が曇っていった。先の大戦で同じ方向を向けた相手がいたのも堪えたのだろう。

 

 報告に来たターミナル所属の女性を思い出す。淡々とした声で貴女の座るべき席はプラントにもう無いのだと突きつけているようだった。見ていられなくなって制止すれば慌ててラクスさんに謝罪して労っていた。刹那の瞬間に目があった彼女の瞳は愛情と憎悪が交互に見え隠れしていたように思えた気がする。まるで自分自身も制御できない大嵐が心の中に渦巻いているようだった。サングラス越しだったから気のせいだろうか。

 

 どこか引っかかる記憶を思い返してから意識を現在に切り替える。もう誰も歌姫の話題を口にあげていない。世間は今、自分達に身近な将来の話に夢中だ。

 

 つい先日、プラントの広報部からデスティニープランの詳細が発表された。世界はその話題で持ちきりだ。自分達も閲覧しようとしたが世界中からアクセスが集中しており、中々繋がらなかった。プランを活用するかどうかは各々の自由意志に委ねると謳われていた。一見すると穏健に思える。実際、自分が何が出来るか知りたいと人々がこぞって検査を受けたがっていると報じられている。彼女のように他者がそうしているからと思考を止めないのは類稀なる才能だ。

 

 しかし、画面に映る人々の気持ちも理解できる。私だってこの椅子に相応しい人物だと胸を張ることは出来ない。もしそうならムウもナタルも共にいてくれたはずだ。

 でも、弱っている子達にとっては否定するように聞こえてしまうだろう。そんな言葉は口に出来なかった。またしても沈黙を保ってしまう。小さなため息をついた少女が飲みかけの紅茶を置く微かな音が艦橋に響く。近頃、目に見えて体重が落ちている気がするキラ君が拳を震わせた。

 

「僕は全部知ることが幸せだなんて思えない。知らなくて良い事だってあるよ。実際、母さん達は僕の産まれた理由なんて教えてくれなかった。そんなの気にしたことなかった。でも、それで良かった。幸せだったんだ。自分にあんな才能がある事なんて一生分からなくて良かったのに」

 

 紫の瞳は床を見つめたままだ。そっと寄り添った恋人にも気づいていない。苦しそうな彼になんと声をかければ良いのだろう。胸の中で問いかけた所で誰も教えてくれやしない。カップから昇る熱気は冷めていくばかりで何もできない気持ちが重なってしまう。溺れそうなほど重苦しい静けさに息が詰まりそうだった。

 

 

 

 

 

「お待ちしておりました。これでようやく忌々しい砂時計共を灰にできます。最初は何処に……いえ、まず確認させてください。撃てますか?」

 

 レクイエムの最終調律が終わったと連絡が来た。訪れたコントロールで不思議な問いかけが降ってくる。撃つために造ったのに使わないなんてあり得るんだろうか。思わず聞き返せば安堵したように相手の肩がおりた。軍人らしい厳つい顔から嬉しそうに言葉が放たれる。

 

「そう言える方なら何よりです。貴方以外の統治者は甘ったれている。巨額を投じ、我々の時間と労力を犠牲に造らせる。そうまでさせておきながら撃たねばならぬ時に引き金を弾けない。あまりにも責任感がなさすぎる。汗水垂らして働いた我々の苦労はいったい何だったのかと言いたくなる時があるのです」

 

 忸怩たる思いが滲んだ言葉に頷き返す。私は他の奴等とは違うという自信を持って言葉を口にした。

 

「コープランドのような臆病者では何も行動できてやいない。デュランダルのような夢想家達は自らの夢の重さに潰されている。理想と現実は乖離する。綺麗事を吐きながら奴とて分かっているのだよ。人の欲は果てしないものだ。管理など出来やしないとな。デスティニープランを強制しなかったのが何よりの証左だ。自らの意志を貫き通すよりも人々からの反発を恐れたのだろう。あの男も臆病者だ。私は違う。例え人からそしられようと初志を貫く。必ずやコーディネーターを滅ぼしてみせるとも。そうすれば残った民衆は私を選ぶに決まっている。さぁ、レクイエムを奏でに行こう」

 

 促した将校が喜色満面になる。私の気分も高揚するのを自覚しながら自らの意思を弱めたであろうデュランダルを嘲った。

 強制しようとすれば反発される。そうなれば結局は力にものを言わせるしかない。オーブから連れてきた奴がそうだった。

 火事場の馬鹿力とはいえシャトルの操縦は大した腕前だと感心を抱いた。仲間になれと誘えば怯えた顔で首を左右に振られた。身体中の血が沸き立つのに身を任せて殴れば震え出した。今頃はクスリ漬けだろう。私の思い通りに動かなかった罰だ。最後まで死にたくないと喚いていてうるさかった。処置が終わったら私の忠実な手足となってくれる。デストロイを華麗に操ってくれるだろう事に心が高鳴る。反発を恐れていたら何もできない。反対勢力を黙らせ全てを従わせる力を手にした私が勝つのだ。愉快な今後を考えてついほくそ笑んでしまった。

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