「今言った事、本当だろうな!? ダイダロスの砲台からニュートロンジャマーキャンセラーの反応が検出されたというのは!!」
持ってこられた情報に全員の顔が険しくなる。眉を釣り上げたアスランさんが初めて目にするほどの剣幕で怒鳴り上げていた。
ダイダロスから放たれた砲撃による被害は皆無だった。激戦の末にプラントを守ってくれたジュール隊長やディアッカさん、ハイネ達には頭が上がらない思いだ。胸倉を掴まれたままのラーナスさんが苦しそうに息を吐き出した。
「嘘言わないって約束しただろ。説明するから放せ。無駄撃ちに終わったとはいえあれだけの熱量を放出したんだ。アレを使ってるとはいえ再発射には時間が要る。その間にどうにかしなきゃなんだけど……まずはお前が落ち着け。怒りは分かるけどぶつける奴を間違えるな。そのままだと冷静に作戦会議なんか出来ない。ほら、顔見れるようにしてやったからプラントの様子でも聞いてこい」
襟を離した手へ画面付き端末を渡されたアスランさんが舌打ちする。授章式の日はあんなに嬉しそうにしてたのに。長い黒髪をぐしゃぐしゃ掻き回したお兄さんが隣の小部屋を開けて肩を押す。渋々と後ろを向いて碧い髪が遠ざかっていった。本当にあの時とは大違いだ。閉まった扉を唖然として見届ける。大きな溜め息をついてから顔が両手で覆われた。
「クッソ、予想通りアスランがガチでキレた……アイツの地雷源両方同時にタップダンスとかやってくれたな……ネオさん、ジブリールのクソ野郎って周り巻き込む傍迷惑な無理心中志願者だったりします?」
「いや、まさか。天地がひっくり返ったってそんな殊勝な奴じゃない。ただ自分が世界を思い通りに出来ると本気で思い込んでいやがる大きなクソガキだ」
思いっきり嫌そうな顔でネオさんが答える。ラーナスさんが乾き切った笑いをこぼした。
「よりによって俺の
鼻で笑い飛ばしてから黄色い瞳が覆われる。
さっきのアスランさんの怒りようは尋常じゃなかった。アレがプラントに当たってたらとんでもない事になってただろう。それにしたって酷く冷静さを欠いていたと思う。ルナが恐る恐る手をあげた。
「あの、アスランさんの地雷って……あそこまでなるなんていったい……」
閉められた扉に視線をやってからペンを握った人が一枚の紙を差し出してきた。みんなで集まって覗き込む。簡潔にこう書かれていた。
『核使った大量殺戮兵器』
全員が読んだのを確認したラーナスさんが備え付けのシュレッダーにかける。機械が粉々にしていく音が響く中で静かな声が響いた。
「頭の文字は口にするなよ。ただでさえバレンタインで無理になってた。その上、アイツの親父さんがヤキンであんなモノ使っただろ。輪をかけて駄目になってる。さっきは久々に本気で息が詰まった」
そりゃそうだろうと納得する。そのうえで疑問が頭をもたげてきた。思い切って尋ねてみる。
「あの、フリーダム……俺が撃破した方のフリーダムだってそうでしたよね? どうして違うんですか? 使ってる相手が知ってる人だから?」
フリーダムだって核動力で動いていた。そして、たくさんの人を傷つけた。それでもアスランさんはあそこまで怒っていなかった。キラさんが乗っていた違いだろうか。考え込んでからレイが聞き返してきた。
「シン。お前はフリーダムをキラ・ヤマトのように扱えるか? マニュアル操作でフルバースト全弾をコクピットから外せるのか?」
最初に遭遇したダーダルネスでの光景が思い浮かぶ。あれから成長できたとはいえ、あんな冗談みたいな芸当が出来るかと言われたら流石に無理だ。悔しいけど首を横に振る。頷いた親友が話を続けた。
「すまない、そう気を落とすな。俺だって同じだ。あの機体は彼が乗ってこそあんな成果を叩き出せた。しかし、ダイダロスのアレは?」
考えて身体中の体温が一気に下がった。アレはきっと目標地点を入力してボタンを押すだけだ。特別な才能が無くても、訓練なんて積まなくても誰にだって出来る。聞こえてくる声は微かに震えてしまっていた。
「発射装置など赤ん坊にだって押せる。誰であろうと殺戮者に仕立て上げる事ができる。恐らくだが、アスランが許せないのはそこだ。ラーナス、違いますか?」
呼びかけられたラーナスさんが頷く。出る幕無いじゃんと苦笑いしていた。アスランさんの様子が気になるのか心配そうに目線が小部屋とこちらを何度も行きかっている。すごく不安そうだ。思わず大丈夫ですよと声をかけていた。驚いたような瞬きの後、嬉しそうに笑い返された。安心しながらも気を引き締める。
あんな兵器をのさばらせるわけにはいかない。必ず破壊するんだと決意を新たにした。
「プラント、どこも大混乱なの……アプリリウスから他のプラントに行くのも危ないから駄目って……ねぇ、アスランは大丈夫? 顔が怖いわよ?」
直接会いにいけない事がもどかしいのかミーアが悔しそうに唇を噛み締めていた。彼女にそんな顔をさせた奴へ更に怒りが募る。
イザークやハイネが中継地点を破壊してくれなければ、あれは確実にアプリリウスを第二のユニウスセブンにしていただろう。愛しいミーアと俺に手を差し伸べてくれた議長、そして大勢の民間人のかけがえない命が永遠に失われてしまうところだった。絶対に許してなるものか。
眉間に皺がよっていくのが自分でも分かった。心配そうに眉を寄せた彼女に指摘されたため慌てて指でほぐす。先程より力が抜けた気がする。気をつけながら返事をした。
「すまない。どうしても奴等の所業が許せなくて……」
頭を下げれば首を振られる。私だって許せないわよと眉を立てた顔で返された。そのまま言葉が続けられる。
「とりあえず今はメディアの人達にお願いしてせめて声だけでも届けてもらってるの。少しでも心が落ち着く助けになればと思って。怖いのはみんな一緒だと思うから」
「……君は、すごいな」
ミーアだって怖いに決まっているはずだ。俺でなければ気づけない程だろうが、僅かに今も肩が震えてしまっている。そんな状況でも他人の力になろうとしているなんて。心の底から尊敬するとともに彼女を守りたい気持ちがますます強まった。これ以上はどうしようか途方に暮れてしまうんだが。
彼女と言葉を交わしていくうちに自分でも制御できない程に吹き荒れていた激情が落ち着いていった。本当にすごいともう一度呟いてしまえばいっとう可愛らしくはにかまれた。
「全然すごくなんかないわ。自分のできることを精一杯やってるだけ。やりたいのも勿論あるけれど、みんな大変な今はそうするしかないでしょ?」
照れくさそうに髪をいじっている。そんな様子も愛おしく思えながらそれが凄いんだと繰り返す。ありがとうと微笑んでくれたミーアが気遣わしげな表情で問いかけてきた。
「ねぇ、アスラン。私の髪が変わったらイヤ?」
脈絡のない話題に目を瞬かせる。どうしたのか問えば小さく頷かれた。
「うん。私がラクス様じゃないって分かった後でもそう呼んでくれる人が偶にいるの。私は嫌じゃないのよ? でも、その人達みんな謝って来た後、とっても辛そうなの。ラクス様は戻って来ないんだった、って。髪の色だけでも戻せばあんなに苦しそうな顔されなくなるのかなって。
別にそれだけが理由じゃないわよ? 今ならミーアも認めてもらえる気がしたの。だから髪は戻そうかなって。アスランはどう思う?」
既にミーアは人々に認められていると思うんだが。他人だけが理由なら反対していたところだが、彼女自身の希望なら構わない。むしろ歓迎するに決まっている。外見の変化で性格が変わるわけではないだろう。つい口元が綻ぶのを感じながら言葉を返した。
「いいんじゃないか? 髪色が変わったからといって君の中身が変わるわけじゃない。どんな姿のミーアも好きだよ」
不安そうに揺れていた瞳が細められる。頬に赤みが差したのを幸せな心地で見ていると真剣な声で呼ばれた。
「あのね、アスラン。染めたら真っ先に貴方に見せるから。それまでは外に出ないわ。だから、必ず無事で帰ってきて。お願いよ」
思いもよらない言葉に息をのむ。ミーアは外で楽しそうに笑っているのが誰よりも似合うのに。最初からその気はなかったが、絶対に死ねなくなった。約束すると頷けば力強い目線がやわらかくなる。いつもの言葉を言い合ってから通話を終えて踵を返す。自分が何のために此処に立っているかを改めて確認できた。
大きく深呼吸をして決意を新たにする。共に戦ってくれる、守りたい仲間のところへと迷う事なく踏み出した。
「そうか、プラントは無事か……さて。情報には感謝するが、いったいどういう腹づもりだ?」
眼前への警戒を緩めずに思考をまわす。
先程の激戦を注視するターミナルの目を盗んでダコスタ君を脱出させた。勘づかれたら終わりだ。何食わぬ顔を被って艦長室に戻ろうとした瞬間、監視カメラの映像をこの女性に見せられた。ダコスタを脱出ポッドに押し込んでいる俺の映像だ。監視カメラから見えない位置にあったと思ったんだが腕が鈍っていたんだろうか。この部屋に入るよう言われ従うしかなかった。尋問か拷問かと腹をくくればプラントは無事だと告げられるのみだった。問いかけた先、黒い服を着た女が口元を上げる。
「ご安心を。先程の映像はフェイクです。先程の廊下でのやり取りも見られていません。記録にも残っていない。結論から言います。手を組みませんか?」
寝返れという事だろうか。鼻で笑い飛ばしてしまった。
「ラクスへ暗殺犯を仕向けた一派と? お断りだね。君達の夢見ている“ラクス・クライン”は虚像だ。最初から現実の何処にも居やしない」
奴等が目を逸らし続けている事実を突きつけてやる。少しは動揺するはずだ。此方を見つめたままゆっくりと首を傾げた女性の隙を探る。直ぐに合点がいったような声がこぼされた。
「あぁ。アナタ、一部分だけを見て全部が分かったと思う人ですか? 謎の問題文を全部聞く前に回答ボタン押す方? 良くないですよ。それじゃあ目的地にたどり着けない」
かなり失礼な物言いだ。久々に青筋が立った気がする。おい、と声をかければ呆れたようなため息を吐かれた。
「私達と奴等は別です。ラクス・クラインに失望している点は同じですが、世界を救ってほしいなどと自らに出来ない不相応な願いは託していない」
敵だと思っていた彼等も一枚岩ではないようだ。どういう事だと聞けば座るように促される。ここには奴等の目も耳も無いと得意気に言われた。緊張感が僅かに解ける。視線をやった目の前の壁は本で埋まっていた。謎解きやら脱出ゲームやらの題が多い。さっきの言葉からしてこの女性の趣味だろうか。よく見れば随分と年若い。ただ纏う空気が随分と重苦しいように感じる。気を取られていると言葉が紡がれた。
「彼等は最悪彼女の命が失われようと構いません。ラクス・クラインがメチャクチャになりさえすれば良いと取り憑かれてる。今や考えた本人がアイデアの奴隷です。バカみたい。それにしたって暗殺計画が杜撰でした。自覚はどうあれ本心は別ですね。もし最初の一手が成功してたら誰よりも嘆き悲しむタイプです」
冷めた表情で敵情が暴かれる。随分と拗らせているな。思わず呟けば頷かれた。
「全くです。私達は違います。彼女には生きていてほしい。しかし彼女自身にも罪はあります。故に計画はこうです」
鮮やかに語られた道筋に目を見開く。これなら確かにラクスの安全は保証されるだろう。しかし気になる点がいくつかある。最も知りたいものを問いかけた。
「ラクス自身の罪とはなんだ? 君の派閥は彼女の何に失望した?」
問うた先、青空色の瞳が曇る。淡々とした声で返された。
「簡単です。誰にでも出来ること。今後の事を何か彼女自身の言葉で伝えてほしかった。ただ、それだけです。そんな事すら負担だと、おこがましいと言われるでしょうか?」
ターミナルの一員として真実を知った時、少なからずショックだったのは認める。ただ、他の人達と違って納得があった。
お父君を失ったのは無論知っている。療養は当然の権利だ。
定められた相手以外と結ばれるのも祝福しよう。他ならぬ貴女の望みだというなら。
あなたを待っている故郷に背を向けるのすら涙をのんで見送ろう。負担になっていたこちらにも責はある。今までに感謝を述べ、引き止めようとする片方の手は握りつぶそう。それぐらいの覚悟はあった。
ただ、彼女は公的には何も言ってきてくれなかった。それだけが小さな不満だった。聞こうにも無理に促すことになってしまいそうで出来なかった。
その間に悲劇が起きた。世界中の多くは知らない。プラントでも地方紙の小さな枠に載っただけだった気がする。それでも、私の世界は崩れ去った。
戦争のショックで心を壊した帰還兵の一人が些細なことで人を撃った。私の可愛い可愛い唯一残った家族を奪った。一目顔を見に行った先の白い部屋でソイツが叫んでいた言葉が忘れられない。ラクス様は何処に居るんだ、それさえ分かったら安らげるのに、と。
後から聞いたが似たような事は他にもあったらしい。協力者のほとんどはそんな事件の関係者だ。
謎解きが趣味だった弟が今も頭の中で泣いている。
あの日は戦争でずっと中止されてた大好きなイベントがやっと再開されるって喜び勇んで出かけていった。終わってからむちゃくちゃ楽しかった! と長文のメールを何通も何通も送ってきた。急に途切れた時もカメラとメールの使いすぎでまた充電が切れたと思っていた。こんな事はイベント帰りによくあった。ごめんごめんと笑いながら帰ってくるのだ。そして晩ご飯を平らげながら夢中で続きを話して、買ってきてくれた本を一緒に解こうと誘ってくれる。ようやく戦争前の日常が戻って来ると幸せに思っていた。馴染みの警察から連絡が来た時も仕事関係かと考えていたのに。
ラクス・クラインが何か一言、内容はなんでも良いから伝えてくれていたら弟は家に帰って来れたのに。後は曲がり角をいくつか曲がるだけだったのに。あと少しだったのに。どうしてだろう。どうして何も言ってくれなかったんだろう。
理由は大きく三つ考えられる。
一つ、単純に療養中で連絡できる状態になかった。しかし、仲間から送られてくる彼女は元気そうだった。原因として考えにくい。そうなれば残る二つのどちらかだ。伝えなくても良いだろうと甘えられたか、彼女自身の本当の願いのためにあえて何も言わなかったのか。可能性を伝えた隻眼の男が目を凝らして問いかけてくる。オーブで一緒だったという彼の顔をつぶさに観察しながら口を動かした。
「彼女に見える世界は優しかったでしょう? 戦時中だというのに自分を助けに向かってくれる特殊部隊。当時の指導者に弓引くような行動を行っても支持する民衆。お父上が居なくなっても私達が彼女を支援した。そして志を同じくする仲間も直ぐに見つかった。ご自身の影響力に自覚があるかは分かりません。ただ、言わずとも分かるだろうとこちらを過信されても無理はないでしょう」
甘やかしたこちらにも責任はある。それでも少しは気にかけてほしかったな。背中に隠した手で反対側の腕を掴む。あの日から乱れやすくなった心を落ち着かせようと息を吸って問いかけた。
「ラクス様、オーブでは歌っておられましたか? お一人の時でも?」
「オーブではほとんどキラに付きっきりだった。彼女が一人の時は無いに等しかったさ。ただ時折孤児院の子供達の前では歌っていた」
そうですか、と呟く。外れてほしい可能性が現実味を帯びてきた。ラクス・クラインのどうしようもない矛盾が頭の中に浮かび上がってくる。
震えそうになる声で三つ目の可能性を口にした。
「ラクス・クラインの地位を重荷に感じながら、その椅子を捨てようとはしなかった。もしかして深層心理ではいつか戻る気でいたんじゃないでしょうか。だけど、今の平和の歌姫の役割は別の少女が果たしている。一つしかない椅子取りゲームは終了した。ラクスの心の底にある願いは叶わない。それを生きて見届けてほしいんです」
これ以上人が死ぬのは嫌だ。だから此処が私達の妥協点。話した先の砂漠の虎が考えさせてくれと申し出てきた。勢いで受けて後悔されるよりよっぽど良い。頷いて艦長室までの安全なルートを渡す。見送ってからこの賭けがうまく行くことを祈った。
「えぇ、そうです。そちらも発進準備をお願いします」
エターナルに繋ぎ頼み事をすればバルトフェルトさんは心うかない顔で頷いてくれた。彼もあんな兵器に心を痛めているのだろう。
プラントの様子を聞けば、新たなる歌姫のおかげで落ち着いてきていると硬い声で報告された。どこか胸が痛むような気がして首を傾げる。今の報告で憂う事など無いはずなのに。一体なぜか自分の奥深くに沈もうとした時、キラがやってきてくれた。
「ラクス、ごめん。僕のワガママで……」
慌ただしくなったアークエンジェルに申し訳なさそうな顔をしている。最近は活気がなかった。むしろ喜ばしい事だ。俯いている彼を励まそうと言葉をうたった。
「いいえ、キラ。感謝こそすれ、責めなど致しませんわ。私達がやらねばならない事です。一緒に参りましょう」
キラの表情がやわらかくなった。安堵の息をついてからマリューさんに頷く。彼女が力強く発進の号令をかけてくれた。進む船の中、先程感じた虚しさなど綺麗さっぱり頭から消えていた。