ガンダムSEED ELPIS   作:明日希

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想い出の価値

 

「シン君達、三人お揃いでどうしたんですか? 具合悪い? それとも、さっきの戦いでどこか怪我しました?」

 

 医務室のドアをノックすると、白衣を纏ったフィルさんが顔を出した。心配そうに眉が下がっている。慌てて首を振って返事をした。

 

「俺達は元気です。怪我一つ無しでピンピンしてますよ。あの、キラさんは無事なんですか? アスランさんも凄い動揺してましたけど、あの人、大丈夫なんです?」

 

 レイとルナと三人揃って元気だと頷く。桜色の眼がパチリと瞬いて上がりっぱなしだった肩が下がった。良かったですと笑う人に気がかりな二人の容態を尋ねる。

 

 ぶっ倒れたキラさんはもちろん心配だけど、アスランさんも狼狽えようが酷かった。戻ってくるって言ったのにエルピスは出てこなかった。レイが言っていたとおり、フィルさんが止めたんだろう。あの人に昔の味方を捕まえさせるなんて苦行をやらせたくはなかったから怒ってるわけじゃない。

 

 ただ、またショックで体調崩してるんじゃないだろうか。セイバーの時といい、あの人はキラさんが絡むと平気じゃなくなる。不安だから三人でお見舞いに行こうって事になった。問いかけた先のフィルさんが珍しく大きなため息を吐き出す。

 

「キラ君、酷いですよ。全然寝てない。クマの濃さからして何日どころの話じゃないですね。不眠の影響で食事もあまり食べれてなかったみたいです。あまりの軽さに抱えてきたアスランが怯えてました。これじゃちゃんとした思考が出来てたのかさえ怪しいです。普通はここまで悪化するより先に限界迎えるはずなんですけど……周りには隠してたのかな……微動だにせず眠り続けてるので点滴だけ打たせてもらいました。顔、見ていきます?」

 

 カーテンの向こうを指し示される。思わず悩んでしまった。

 

 もし起こしちゃったら悪い。敵対してた身で言うのもなんだけど、キラさんはずっと一人ぼっちで頑張ってきたんだ。今だけでもゆっくり休んでほしい。

 

 それに、直接会ったらまた酷い事を言ってしまいそうな気がする。モニター越しだけど顔を見て思い出した。キラさんとは前にオーブの慰霊碑で出会ったことがある。あの優しそうだった人がフリーダムのパイロットだなんて。意外な事実に驚いたけど、戦闘中は砲台を一刻も早くどうにかしたくてゆっくり話す余裕が無かった。エンジェルダウンの時は流石に言いすぎた気がしてたからそれを謝ったぐらいだ。あの時に想いは聞いた。俺達と同じで命を散らさないために戦ってたんだろう。夢が同じなのが分かって凄く嬉しかった。けど、された事を忘れたわけじゃない。

 

 フリーダムの手で吹き飛ばされた花を知っている。キラさん達の事が俺達よりも何よりも一番大切だったアスランさん。あの頃のあの人は帰って来ない。バラバラにされて泣いたままクレタ沖に沈んだままだ。きっともう水底で枯れている。

 でも、俺だってキラさんに似たような事をした。見知らぬ誰かに対しても酷い事をしてしまったんだろう。それが分かってる今は恨んでいるわけじゃない。とはいえ、やっぱり複雑な気分だ。

 

 戦争なんてやった時点でどこも負け。いつか聞いた言葉を思い出して考え込んでしまっていると、心配そうに名前を呼んでくれる声が聞こえた。慌てて顔をあげる。安心してほしくて返事しようと息を吸った瞬間、ふと横のレイと目があった。

 大事なことに気づいてまた迷ってしまう。レイはどうなんだろう。前に教えてもらった昔の話から因縁があるのは知っている。会いたいんだろうか。それとも、お兄さんを殺した仇だから会いたくない? 思わず見つめてしまった先、頼りになる優しい声が耳を震わせる。

 

「俺の事なら気にするな。キラ・ヤマトの事はどちらでも良い。二人のおかげで道は見つけられた。それより、アスランの容態はどうなんですか?」

 

 青い瞳が綺麗に細められる。帰ってきてからのレイは何か吹っ切れたみたいに晴れやかだ。良い事だなぁと思いながら今キラさんに会うのは断っておく。もう少し気持ちの整理が付けられてからにしたい。

 俺の返答に頷いたフィルさんが困り果てたように眉を寄せてレイを見る。さっきより大きなため息をついていた。

 

「アスランはですね……連れてきたままパイロットスーツから着替えもせずにキラ君の側に居続けて……アスラン本人も精神的に疲れてたのでラーナスにお願いして自室に帰らせました。自分が何されたか忘れたのかな……っと、すいません。アスランは念のためですし、キラ君も私が診てますからご心配なく。みなさんも、この後はプラントに帰るだけです。ゆっくり休んでください。またいつでもいらしてくださいね。悩み事があれば是非とも」

 

 最初に口ごもった様子からして強引な手を使ったんだろうと察せられた。アスランさん、一回決めたら引かないからな……お疲れ様ですと思わず頭を下げてしまえば苦笑いされた。最後の優しい言葉にお礼を言ってから部屋を後にする。次に行く場所は決まっていた。

 

 

 

 

「疲れてるとこありがとな。申し訳ないんだけど、良かったらアスラン見といてもらえるか?」

 

 アスランさん達の部屋のドアを開けると、ラーナスさんが笑って出迎えてくれた。意外なお願いに目をまたたかせる。断る気はないけど、この人がアスランさんより優先するなんていったい何なんだろう。思わず訊ねてしまえば手招きしてから教えてくれた。

 

「サジタリウスで任務があるんだよ。ジェミニでちょっとした土木工事。資材班がそろそろ現場に着くらしくって……これ以上は難しいから助かった。アイツが動こうとしても止めなくて良い。ただ、話聞いといてくれると助かる」

 

 声をひそめて告げられた内容に首を傾げる。部屋の中に招かれると、不満気な表情のアスランさんがベッドに座っていた。私達を視界に収めた瞬間、不思議そうに変わる。

 

「シン、レイ、ルナマリアも……どうしたんだ?」

 

「アンタ具合悪いんでしょ? フィルさんが教えてくれたんですよ。厨房でゼリーもらってきたんですけど、食べれますか?」

 

 戸惑いながらも頷いたアスランさんにカップとスプーンが渡される。中身を覗いた緑の眼が丸くなった。お礼を言ってくれる声が一段階上がった気がする。嬉しそうな様子に私達の頬も緩んでしまう。

 

 せっかくだから食べやすいゼリーを持っていこうって食堂に寄った。お願いしてみたら、桃のゼリーならあるってコックさん達が教えてくれた。メイリン情報ではアスランさんの大好物だって話だ。ご飯一緒になった時も偶に出るデザートを美味しそうに食べてるからきっと喜んでくれる。そう思って持ってきたけど大当たりだ。人数分貰ってきて良かった。こんなに嬉しそうにしてくれるなら私の分もあげようっと。

 

 小さな目論見が成功して気分良くなっていると、パイロットスーツに着替えたラーナスさんが奥の部屋から出てきた。アスランさんが手招きして得意気にカップを見せている。はしゃいでいる藍色の髪を撫でまわしたラーナスさんからもお礼を言われた。楽しそうな口ぶりのまま言葉が紡がれた。

 

「良かったな。俺の分は食べてていいよ。それじゃあ、ちょっと出てくる。戦闘任務じゃないしすぐ戻るから。シン、レイ、ルナマリア。ありがとな。俺が居ない間のコイツ任せた」

 

 もう一回ワシャワシャ頭を撫でてからこっちに呼びかけてくる。安心してくださいと頷けば笑ってドアが閉じられた。見送ったレイが心配そうに問いかける。

 

「それで、身体の具合はいかがですか? 酷いようならミーアに連絡を……」

 

「それだけは止めてくれ。キラの容態を聞いてちょっと目まいがしただけだ。まさかアイツが過労なんて……」

 

 慌ててレイを制したアスランさんが信じられないといった風に眉を寄せる。最後の呟きを聞いたシンが睨みつけて直ぐに嗜める間もなく反論していた。

 

「キラさん、一人で戦闘全部こなしてたんですよ? 攻撃も船の守りも……倒れて当然ですって。アンタだって無理でしょ」

 

「当たり前だ。単騎戦闘を長期間やった上に健康体を保てなんて、無理難題にも程がある。だからこそ、あのキラがここまでやるとは信じられないんだ。アイツ、甘ったれの面倒くさがりで宿題よりも漫画やゲームばかりだったんだぞ? 俺が何回面倒見てやったと思ってる?」

 

 顰めっ面でこぼしてからアスランさんが懐かしそうに話し始める。愚痴っぽい言葉とは裏腹に、どこまでも優しい顔をしていた。表情を緩めたシンがアスランさんの近くに座る。可笑しそうに笑って続きを促していた。

 

「知りませんよ。生憎と俺はキラさんでもアンタでもないんで。ねぇ、月にいた頃のアンタ達ってどんな感じだったんです? 教えてください」

 

 優しい声にアスランさんが瞬きを繰り返す。照れくさそうに言葉が紡がれた。

 

「そんなに大した事はないと思うぞ? 放課後一緒に遊んだり、長期休暇の終わりに宿題手伝ったり……そういうのはよくあるんだろう?」

 

「良いじゃないですか。アスランさんにとってはそれが大切な想い出なんですよね。だったら聞きたいです。ダメですか?」

 

 今あげられた一例から日常の他愛無い話が多いんだろうと察せられた。昔だったら聞き流していたかもしれない。でも平和じゃなくなったからこそ、何気ない毎日がどれだけ大事か分かる。

 

 ラーナスさんが護衛として小さい頃から一緒だったっていうぐらいだ。アスランさんは普通の貴重さを子供の頃から分かっていたんだろう。凄いなぁと改めて尊敬しながら話の続きをお願いしてみる。優しく笑って頷いてくれる。懐かしそうに始められたアスランさんの昔話に三人そろって聞き入った。

 

 

「ずっと一緒だったんだ……キラさんと本当に仲良かったんですね……あの、なんで俺達の方に着いてくれたんですか?」

 

 月での楽しかった日々を久しぶりに思い出せた。もうすぐ会えるであろうミーアにも聞いてもらおうと胸を弾ませる。礼を言おうと視線を向けたシンが恐々と尋ねてきた。両隣の二人も戸惑ったような表情を向けてくる。意外な質問にこっちが混乱してしまいそうだ。思わずため息をついてしまいながら理由を話した。

 

「そんなの決まってるだろう。まず大前提として議長が不審な行動を取らなかった事がある。話した言葉と取った行動は筋が通っていたし、ユニウス条約が形骸化してもニュートロンジャマーキャンセラーを使わなかった」

 

 仮に議長の言葉と行動がチグハグだったらと考える。

 俺もキラ達のように疑念を抱いて離反していたかもしれない。例えばエンジェルダウンとロゴス公表の時期が入れ替わっていたり核動力に手を出されていたら黙っておく訳にはいかなかった。万が一そうされていたら何にも代え難いミーアやシンの事も手放してしまっていたかもしれない。嫌な可能性に眉を顰める。まぁ、今そうなっていないからこうして考えられる訳だが。

 

 今度は一人も欠けなかった隊員達の顔を眺める。思わず内心で胸を撫で下ろしているとレイが質問を続けてきた。

 

「前提と仰るなら理由は別にあるのでしょう? 一体何なのですか?」

 

「うん。ミーアの存在もあるし、君達が優しくしてくれたのも理由だけど……シンが俺の守りたいものを守ってくれたのが大きいな」

 

 感謝を込めて見つめた先の赤い瞳が限界まで見開かれる。瞬きを繰り返してから震える声が否定してきた。

 

「何言ってるんですか。俺、エンジェルダウンでキラさんに酷い事したのに。守れてなんかいませんよ」

 

 何を言っているんだろう。本気で不思議に思いながら縮こまった肩に手を置いてやる。項垂れていた顔がもう一度上がるのを観ながら言葉を紡いだ。

 

「そっちこそ何を言ってるんだ? 格上に挑むっていうのにアイツの命を優先してくれただろ。お前にとってキラはよく知らない奴でしかないのに、徹夜してまで必死に訓練して。あの時に頑張ってくれたからキラは生きてる。お礼を何回言っても足りないぐらいだ。ありがとう、シン」

 

 ゆるゆると頭が振られ、身体が預けられる。胸元から聞こえてくるすすり声に気づかないふりをしてやりながら先程の仮定に脳内を戻した。

 

 もしキラ達の所に走って行ってしまったとしても、懸念事項が一つだけあった。目を逸らしそうになったけど今はしっかりと見つめられる。俺の守りたい人と彼等の守りたい世界が同じではない事。

 

 キラ達の守りたい世界にはミーアもシンもレイも、ルナマリアもメイリンも居なくてもいい。知らない人達が居なくなっても気づかないのと同じだ。俺の世界は変わり果ててしまうのに。

 付き合いの長い俺をああしたぐらいだ。そんな俺の守りたい相手を大事にしてくれるとキラ達を信じる事が難しかった。今思えば怖くなっていたのかもしれない。

 

 キラ達が守ってくれないなら側にいて俺が守りたい。そう思っていた矢先、エンジェルダウンでシンがキラを護ろうとしてくれた。あれがどれだけ嬉しかったか。ありったけの想いを込めて髪を撫でてやる。口にしたお礼の言葉が目の前の後輩と重なり、思わず笑い声をあげてしまった。

 四人で他愛無い話をしながら今も眠り続けている心配で堪らない幼馴染を想う。キラとも話したい事が沢山ある。早く目覚めてほしいとも思うし、ゆっくり休んでほしいとも願ってしまう。どっちつかずの自分に苦笑しながら差し出された新たなゼリーを口に運ぶ。これを分けてくれたもう一人の昔馴染みはどうしているかとアイツが今いる宇宙を眺めた。

 

 

 

「良し! 大穴の埋め立て工事は完了! お疲れ様でした! 後で見張りのローテーションは連絡するから引き続きよろしくお願いします!」

 

 無線で声をかけてから新たに作り上げたアリの子一匹通さない真っ平らな窪みを見下ろす。

 破壊したとはいえ砲台のあった大穴は空いたままだ。無いと思いたいけど、利用しようとする奴がいるかもしれない。それを危惧したフェデラーさんが埋め立てるように指示を出してきた。直ぐさま賛同の声があがり、こうして参集する流れになったという訳だ。掘り返そうとする馬鹿が現れても止められるように警戒体制を取るシフトも準備されている。

 

 そんな事を考えていると見知った人達が声をかけてきてくれた。返事を返しながらこの人達と出会っていて良かったと思う。元クライン派の彼等を知らなければラクス・クラインを苦手とする人がそれなりに居るなんて思いつきもしなかっただろう。

 

 ラクス・クラインが武器を手にした。その事に拒否反応を起こしてしまった人達がクライン派の中にいた。これ以上の戦火は嫌だと協力したけど耐えきれなかった彼等が俺と同じ初期メンバーに当たる。そんなプラントに帰ってきても行き場のない人達の受け皿としての側面もサジタリウスにはあった。そんな人々を乗せたモビルスーツが帰って行く先を見つめる。

 

 サジタリウスの母艦でもあるスミスは小惑星を改造した要塞だ。宇宙の向こうを移動しているデスティニープランの要となるメサイアと同じ。基地内で見守ってくれた我等がボスに極秘回線を繋げる。頼りになる声が耳を打った。

 

「どうした、ラーナス? お前もご苦労だったな。早くアスランの下に帰ってやれ」

 

「言われなくても帰ります。その前に一つだけ教えてください。どうして議長と手を組んだんですか? あの人が何を考えていたかちゃんと伝えましたよね?」

 

 そんな気は無いけど責めるような口調になってしまう。

 あの日、アスランを止めてくれるよう頼んだ師匠が口頭で衝撃的な情報を教えてきた。核動力モビルスーツの話を持ちかけられたらしい。もちろん直ぐに断ったとの事だが慌ててボスに連絡した。なのに、何もしなかった。見つめた先の瞳が真剣な光を宿す。突拍子のない問いを投げかけられた。

 

「お前、怪獣になって地球を踏み潰してやりたいと思った事はないか? 反対に、不思議な生命から謎の力を託されて世界を救ってみたいと思った事は?」

 

 どっちも考えた事がある。アスランと出逢う前は俺を捨てた世界なぞ滅べばいいと思ってた。そのくせアイツと会ってからはアスランを泣かせる全部から守ってやりたいと思った。渋々頷けば苦笑いが浮かべられる。

 

「だろう? 私もだ。愛しい妻子が奪われた時は奴等を同じ目に合わせてやりたいとこの身を焦がしたものだ。だが、私は罰せられていない。何故か? 簡単な話、行動に移さなかったからだ」

 

 意外な昔話に眼を見開く。やっぱり奪われた直後はこの人も憎かったんだ。何を返すべきか迷うと真摯な声が響く。

 

「考えるだけなら罪ではない。実行しなければ他人には分かりようがないのだから。そして、議長には図面の一つも引かない理性があった。何かしらの行動を起こしていたら全機で問い詰めに行っていたぞ」

 

 確かに、他人が何を考えてるかなんて言葉や行動にされないと正確には分からない。もしかしたら議長も何かしらの心変わりがあったのかもしれないと思い当たる。納得したので了解の返事を返す。頬を緩ませたボスが自慢げに遠くの救世主を見つめる。

 

「良かった。しかし、私達も一枚噛んだとはいえメサイアは凄いな。偏光リングを三重に重ねた代わりに攻撃装備は本体に無いときた。念のためだ。彼方にも定期的な見回りを送ってやらねば。そっちのスケジュールも追って連絡する。では、またな」

 

 肩を下した偉丈夫との通信が切れる。今度こそミネルバに帰ろうとジェミニを真っ直ぐに進ませた。





レクイエム、完全破壊並びに修復不可能。

お読みくださりありがとうございます。
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