ガンダムSEED ELPIS   作:明日希

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夢現の祈り

 

「キラ? ねぇ、キラってば! ちょっともう、早く起きて!」

 

 明るい声が聞こえた。目を開ければ真っ赤な髪が視界いっぱいに広がった。信じられない想いで固まってしまう。手を伸ばせば不思議そうに首を傾げられた。思わず抱きよせれば驚いた声をあげる。ずっと会いたかった一番大好きな女の子の名前をようやく口にできた。

 

「フレイ……君、生きてたの?」

 

 目の前で炎に包まれた彼女の姿が脳裏に浮かび上がる。つい訊いてしまった先、フレイが眉を寄せた。

 

「嫌な冗談やめて。急にどうしたの? もしかして、嫌な夢でも見た? 寝ぼけないでよ。キラがパパを守ってくれたから私達みんなアークエンジェルから降りたんじゃない。忘れちゃった? もう、シャキッとして。ほら、早く顔洗ってきなさいよ! 皆待ってるんだからね!」

 

 当たり前のことを聞いたみたいに説明してくれた。もしかして今までが夢だったんだろうか。フワフワした気持ちのままフレイを見続けていると、心配そうな顔で頭を撫でてくれた。優しい声で何があったか説明してくれる。

 

 あの戦闘でフレイのお父さんの乗ってた船を守ることが出来た……らしい。フレイのお父さんは連合の偉い人らしくてマリューさん達にお願いして僕等をみんなおろしてくれた。話しながら凄く嬉しそうなフレイを見て僕も明るい気分になってきた。その後、なんやかんやで僕をもの凄く気に入ってくれたお父さんが強引に婚約者にしてきて。よく頑張ったお祝いにって、こうして一緒に住む家まで用意してくれたんだって。それを聞いた瞬間、目が飛び出しそうになった。思わず聞き返してしまう。

 

「本当に良かったの? だって僕は……」

 

「確かにコーディネーターはまだ怖いけど……キラは特別よ。何回言わせる気? 私が良いって言ってるから良いの! それでね、パパったら凄い張り切っちゃって……」

 

 夢みたいな嬉しい言葉に赤くなっていると、フレイが綺麗に笑ってくれる。大輪の花が咲き誇っているような笑顔に見惚れてしまう。

 思わずヘリオポリスに居た頃を思い出した。フレイがゼミに来たら一気に場が明るくなった。狭苦しい研究室がパーティー会場になったみたいに華やいでいた。すごく遠くに思える日を懐かしんでいると、頬に一つキスを落とされた。そこから一気に体温が上がっていく。可笑しそうに笑い声を上げてから続きを話してくれた。

 お父さんはそのままの勢いで和平交渉にも取り組んでくれたから戦争も終わった。ムウさんもトールも皆無事。避難船に乗ってたあの可愛い女の子からはいまだにお手紙が来るんだと楽しそうに見せてくれた。

 

 話を聞いてる内に段々とそうだった気がしてきた。確か今日は久しぶりにみんなと会えるんだった。急がないと。時間が無いから道中食べながら行こうとパンを手にする。なんでか慌てたように取り上げられた。お行儀が悪いじゃないとフレイが優しく苦笑いしている。いつかマナーも教えてあげるわなんて言ってくれた。面倒くさいけど、フレイの隣に居るためには頑張らないと。

 遠くから僕の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。なんだろうと振り向こうとしたけど、フレイに急かされて背中を向けた。彼女をバイクの後ろに乗せて走っている間に、そんな事は記憶からさっぱり消えていた。

 

 

「ごめん、お待たせ! あのね、聞いてくれる?! キラったらね……」

 

 バイクを降りたフレイが友達のところに走っていく。そのままワイワイと盛り上がる女の子達を眺めていると背中を思いっきり叩かれた。振り返ると人懐っこい笑顔が目の前に現れる。

 

「よ、キラ。久しぶりだな。俺の顔、覚えてる?」

 

「何言ってるのさ……忘れたりなんかしないよ。久しぶり、トール。元気そうで良かった……ミリィやサイは?」

 

「ミリィはカメラマンの仕事が忙しいんだってさ。サイも都合つかなかった。カズイは体調悪いんだってよ。お前は? 大丈夫か?」

 

「それがご飯食べ損ねちゃって……なんか食べてから移動したいな」

 

 気遣わしげに聞いてきたトールに苦笑いする。起きてから何にも食べてない。ものすごくお腹がすいてる。どうしてだか久しぶりな気がする感覚を訴えると、寂しそうに笑われた。

 

「ごめんな。此処じゃやめておいてくれ。向こうにかえってからの方がいい。腹がへるならまだ大丈夫だ」

 

 よく分からない事を言ってくる友達に首を傾げる。フレイも止めてくるし、何かあるんだろうか。もうお腹と背中がくっつきそうなのに。何日もろくに食べてなかった気がする程だ。なんで駄目か聞こうとした瞬間、トールが真剣な顔になった。

 

「キラ、ごめんな。俺、スカイグラスバー乗れたから舞い上がっちゃって。ようやくお前だけに背負わせなくて良くなるのが嬉しかったんだ。それなのに、あの時何の力にもなれなくて……それどころか、俺のせいであんな……」

 

 自分の首元を強く握りながら謝られた。首に触れている手が震えている。まるで、離れていってしまわないようにしているみたいだ。なんでかそんな感想が浮かびながら慌てて首を振った。考える間もなく言葉が口から勝手に飛び出していく。

 

「違うよ! トールは何も悪い事してない! 来てくれて嬉しかった。僕が、僕がもっと強かったら良かったんだ! そしたら君だって今もミリィと一緒に笑えてたし、アスランの友達だってあんな風にならなかったはずで……ごめん、ごめんねトール。僕が弱かったせいで……」

 

 急に足から一気に力が抜けていく。泣きたいのはトールも同じだろう。僕なんかよりもっと強いはずだ。それなのに手を貸して支えてくれた。優しく背中をさすられる。

 

「そんな事言うなよ! お前は良く頑張ってた! 本当に頑張ってくれたよ。ありがとな、キラ。やりたくなんかなかったのに、俺達の事を守ってくれてホントにありがとう。キラのおかげで俺はミリィの元気な姿をここから見ていられる。それだけで充分なんだ。嘘じゃないよ」

 

 心の底から幸せそうに笑ってくれる。また泣きたくなるのを堪えて笑い返せば手を差し伸べられた。目元を袖でゴシゴシ拭われる。

 

「ほら、立てるか? 今日は紹介したい友達がいるんだ。今からみんなで会いに行くんだぜ。フレイにはだいぶ文句言われちゃったけど。お前にも会いたいってずっと言ってた。優しい奴だからさ。泣いてたら心配される」

 

 赤くなっているはずの目元に手をあてる。放っておいたらその内おさまるかな。そんな事を考えていると、フレイが呼んできた。さっきまで僕とトールが話してたの、周りのみんなも気づいてないみたいだ。今のやり取りだけ別の空間で行われでもしたんだろうか。不思議に思いながらちょっと冷たい気がする彼女の手を慌てて取った。

 

 

 

 

「すまない。隣いいかね?」

 

 広々としたコンサートホールで金髪のお兄さんが隣に座った。反対側のフレイが嬉しそうに挨拶してる。知り合いみたいだ。席変わった方が良いのかな。考えていると首を振られた。今日は気まぐれに来てみただけだと笑って別の席に向かっていく。何処かで会った気がして首を捻る。聞き覚えのある声が耳朶を打った。

 

「憶えていたらで構わない。レイに伝言を頼む。たくさんの土産話を抱えた君と会えるのを百年以上先で楽しみにしている。どうかゆっくり来ておくれ、と。それでは、さようなら。これからの君の道行も観覧させてもらうとも」

 

 誰かの長生きを願う優しい言葉が投げかけられた後、愉快気に別れの挨拶をされる。何か言おうとした瞬間、ブザーが鳴り響いた。会場が真っ暗になる。若草色の髪をした歳下の男の子がステージに現れた。次の瞬間から彼が紡ぎ出す綺麗な音に心を奪われて夢中になっていった。

 

 

 

 

「皆さん、来てくれてありがとうございます。トールもワガママ聞いてくれてありがとう」

 

 演奏会が終わった後、ピアニストの男の子がわざわざ会いに来てくれた。お礼を言う彼にお辞儀を返す。あんまり綺麗で安心できるからウトウトしてしまった。流石に失礼だったなぁ。少しだけバツの悪い思いになっていると、僕の方を向いた彼が悪戯っぽく笑っていた。

 

「気にしないでください。アスランなんかぐっすり眠ってましたから。リラックスしてもらえたなら良かったです。僕の方こそ疲れてるところすいません。どうしても貴方に、アスランの昔の友達に会ってみたくって……」

 

「アスランの事、知ってるの?」

 

 大切な友達の名前に眼を見開く。優しく頷いた彼はアスランと学校の同級生らしい。遠くで手を振ってくれた夕陽色の髪の彼もそうなんだって。僕の知らないアスランの話が聞けるかもしれない。行こうとしたらフレイに袖を引っ張られた。

 

「ちょっと、キラ。せっかく私と一緒なのよ? それに、あんまり長い事居るとかえれなくなっちゃうわ。私だって伝えたい事たくさんあるのに……とにかく今はダメ。いつかの機会にして。ほら、行くわよ!」

 

 機嫌を損ねたフレイを慌てて引き留める。唇を尖らせたフレイも美人だなぁ。思わず見惚れていたら周りが囃し立ててきた。顔を赤くすると、笑い声をあげたニコル君が別れの挨拶をしてくる。

 

「これはすいません。どうか行ってあげてください。そうだ、良かったらアスランに伝えてくれませんか? アレばっかりじゃなくて楽しかった僕との記憶も思い出してください、って。それじゃあ、またいつか」

 

 拗ねたような顔で伝言を頼まれる。分からないまま頷けば手を振って見送られた。

 

 

 

「疲れた……キラ、こっち来て。最期にお話ししましょ」

 

 最後なんて変なの。ここは僕とフレイの家だって話だ。明日も話せるのに。なんだか嫌な心地がして抱き締める。さっきからちっとも温まらない彼女の身体に怖くなってしまう。僕の肩に顔を埋めたままフレイが震える声で話し始めた。

 

「ありがと。温めてくれなくて良いわ。キラが冷えるだけだから。こうして話せるだけで充分な奇跡なの。キラったら、最期に会えた時の私の話、聞こえてなかったんでしょ?」

 

 なんだったろうと首を傾げる。ため息をついたフレイが目を潤ませながら話してくれた。優しい言葉達に涙があふれる。どうしよう。フレイに泣いちゃ駄目って言われたばっかりなのに。彼女の胸に顔を埋めて動けないでいると、細い指が髪を撫でてくれた。

 

「キラったら泣き虫なんだから。じゃあ今みたいに私の為なら泣いてても良いわ。特別に許してあげる」

 

 フレイが勝ち誇るみたいに綺麗な笑顔を浮かべた。気づけば辺りは真っ暗だ。さっきまで座ってたソファも消えてる。驚いているとイタズラが成功したみたいに無邪気な声が響き渡る。

 

「そんな顔しないの。全くもう。さっきまでのは私の夢。こうだったら良いなって、ここでずっと考えてた。それなのに皆して勝手なんだから。トールは良いけど、他は無理に出てきて。私が頑張ったのよ? じゃあね、キラ。そろそろ貴方も帰らなくちゃ」

 

「嫌だ! フレイと一緒が良い! せっかく会えたのに! ずっと君に会いたくて頑張ってきたのに!」

 

 君の事は守れなかったから、戦って死んでほしいっていうフレイの願いは叶えたかったのに。カガリを泣かせても、ラクスを傷つけても彼女との約束を守りたかったのに。やっと会えた君と離れたくない。聞き分けのない子供みたいに嫌がってしまう。抱きしめて動きを止められた。そのまま額に優しいキスが落とされる。

 

「もういいの。大丈夫よ、キラ。あれは悪い夢だったの。そんな事思ってないから。貴方に見えなくたって側にいる。今までもずっと居たのよ。キラの事は私が守るから。これ以上は戦わないで。お願いよ。ほら、あっちでキラの事呼んでるわ。聞こえない?」

 

 顔を上げるとしつこいぐらいに僕の名前を呼ぶ声がする。耳をすます必要もない程だ。呼んでくれるのが誰かは考えなくたって分かる。離れ離れになっても、向く方向が反対になってもずっと呼びかけてくれた声。こっちが酷い事してもちっとも諦めてくれやしなかった幼馴染。

 強がってるけど本当は一人が嫌いだ。授業でちょっと離れるとすごくつまらなそうだった。僕の方がお兄ちゃんだから行ってあげないと。

 仕方がないなぁと立ち上がる。名残惜しくてフレイを見つめると、女神様みたいに笑ってくれた。

 

「早く行ってあげて。大丈夫。私も一緒だから。これからもずっとよ」

 

 優しい言葉に安心する。大好きな声に背中を押されて、明るい光が照らす方向に一歩踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キラ! 大丈夫か? どこか痛むところは? 身体の具合はどうなんだ? キラ?」

 

 ずっと閉じられていたキラの瞼が開いた。強く握っていた手が何度か開け閉めされ、ようやく視線があう。心配でたまらなくて矢継ぎ早に問いかけても返事が無い。不安になって姉様を呼び出そうと近くのボタンに手をかける。随分と細くなった指が赤服の袖を引っ張ってきた。何日も眠り続けていたせいで掠れ切った声が鼓膜を微かに震わせる。

 

「……いっきに、言わないでよ。凄くよく寝た……ここ、どこ?」

 

 のんびりとした声に怒る気も沸かない。キラが無事に目覚めてくれた事に全身の力が抜ける。椅子に身体を預けながら手元にあったペットボトルの蓋を開けてから渡してやる。お礼を言おうとして咳き込んだキラの背中をさすってから質問に答えた。

 

「ミネルバの医務室。その中の特別室だな。お前、ずっと寝てたんだぞ? プラントに着いたら病院行きだからな。俺の信頼しているところだから安心しろ」

 

 姉様の提案だ。眠り続けるキラが起きたらリハビリとカウンセリングを受けさせたいという話だった。このままセントエルモの本社に護送する手筈だ。俺の言葉を聞いたキラが苦笑した。流石に自分の容態は分かっているらしい。ゆっくりと水を飲み干してから先程よりマシになった声が響いた。

 

「分かった。頑張るよ。そうだ、夢で君あての伝言預かったんだけど……また思い出したら言うね。それより、まだ着くまで時間ある?」

 

 不思議な事を言ったキラが首を傾げて聞いてきた。まだ少しだけならある。頷くと嬉しそうに目尻が緩んだ。

 

「聞いてほしい事があるんだ。君が居なかった間の僕の話。君のも聞かせてよ。せっかく話せるんだから」

 

 意外な願いに目が丸くなる。二年前に少しだけ聞いたが、あの時はオーブに危機が迫っている最中と言うこともあり、詳しくは聞けなかった。俺の話も殆どしていない。

 平和になってからはお互いそれどころじゃない精神状態だった。今が良い機会なのかもしれない。

 

 頷いて冷蔵庫から新しい水を二本取り出し、片方を渡してやる。お互いに長い話が始まった。

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