「待ってくれ! ラクスはクライン派に騙されていたんだろう?! それなら被害者じゃないか! どうしてプラントに帰る事が許されないんだ?!」
ラクスの行く末に抗議の声をあげてしまう。プラントからの連絡を読み上げた年配の補佐官が困ったように眉を寄せた。
「内情はどうあれあの派閥のトップはラクス・クラインですので。影響力を考えても隔離が一番の手でしょう。その発言、くれぐれも外ではなさらないでくださいね」
小さな子に言い聞かせるような口調で言われた。思わず眉間にシワを寄せてしまう。ため息をつかれた。
「良い加減自覚なさってください。今の貴女様はオーブ首長の代表、国を背負うお立場です。ラクス・クラインは違います。確かに影響力は底がしれませんが、突き詰めればプラントの一国民でしかない。しでかした事を考えたら十分に情状酌量がなされたと見て良いでしょう。それなのに先程の言葉を外交の場で繰り出してしまえば、オーブがプラントに内政干渉を行おうとしたと取られかねません。絶対に口出ししてはいけませんよ。国民と約束したのでしょう? 貴女は今後オーブを離れないし守ってくださると」
最後の言葉に何も言えなくなる。行政府に帰還したあの日、縋るように見てきた人々の顔が脳裏をよぎった。彼等を裏切るわけにはいかない。それでもラクスを助けられなかった悔しさが胸に残ったままだ。ガタガタと音がして顔をあげる。部屋の隅から椅子を持ってきた教育係が向かい合って腰をおろした。
「良いですか? 先日のセイラン家による失態を水に流してくれるというだけで有り難い。我々はプラントに対して大きな借りができました。もうこれ以上余計な軋轢を生みたくない。なにより、ようやく世界が争いから抜け出せる段階に来たのですから。デスティニープランが始めればナチュラルもコーディネーターも関係なくなります」
疲れたように頭を振られる。最後の言葉で先日の議会が脳内に浮かび上がった。
我が国でもデスティニープランを導入するかどうか議題にあがった。結果は、賛成だった。最初は慎重に様子見をしようかと考えていた議員達が一気に動いたのだ。流れを変えた紙の束を思い出す。国民からの嘆願書。自分に何が出来るか知りたいと言う願いに賛同する署名が何枚も何枚も連なっていた。同じ光景を思い返していたらしい目の前の相手が静かに苦笑する。
「国民の署名が提出されてからの議会は早かったですね。まぁ、当たり前です。国民に支持されてこその我々ですから。彼等の期待に反する事は出来ないのです。なによりプランへの参加によって我々が長年抱えていた問題に解決の芽が出た」
長年の問題? いったいなんだと首を傾げる。寂しそうに笑った彼が口を開いた。
「中立である我が国だからこその問題です。コーディネーターとナチュラル、二つの人種が混在するオーブ特有といってもいい。彼等も同じ人間とはいえコーディネーターとナチュラルの能力差はどうしたってあります。その差によって所得や待遇の違いが出る。それによる不満をブルーコスモスにつけ込まれ、コーディネーターの優秀さを過剰に扱う空気が蔓延してしまっています。優秀な人間なら人種問わずに息苦しさを感じてしまう程に。カガリ様、コーディネーターにナチュラルより優秀な方が多いのは何故か分かりますか?」
問いかけられた事に考え込む。遺伝子を操作しているからと言うのは簡単だ。しかし、コーディネーターだというだけで苦しんでいた人達を知っている。それなのにそんな酷い事は口に出来ない。かと言って何故かはわからなかった。黙り込んでしまうと微かに苦笑した男が穏やかな声をこぼす。
「なるほど、答えに窮しますか……簡単な話、知っているからです。自分に何が出来て、何が出来ないのかを限りなく正確に。そして得意を伸ばし、苦手を克服しようとする。得意分野において言うならば、努力を怠らない天才です。そして、知っているなら悩まずにすむ。こちらは学校の文理選択をどうするべきかと正解も分からずに右往左往している横で直ぐに丸をつけられた気持ちが分かりますか?」
実体験のように語られる。過去に驚いて見つめてしまうと照れたように笑われた。握り拳でこれからの希望が語られる。
「デスティニープランが施行されればその差が無くなります。あれはナチュラルとコーディネーターに平等な地図を与えるためのものだ。デュランダル議長が提唱者なのは驚いています。コーディネーターである自らの利点を捨て去るなんて普通はしません。だからこそ感服したのですよ。彼は本気で世界から争いを無くそうとしていると」
先の議会でも署名が届く前から彼はプランを推奨していた。こういった考えがあったらしい。レクイエムが落とされてもキラから連絡が無かった事で頭がいっぱいだったと反省する。
それにしても随分と議長を褒めるものだ。あちらに行けば良いのではないか? とつっけんどんに聞いてしまう。何を言っているんだと目を丸くされた。自分の故郷はオーブだと頼もしい言葉が返ってくる。
この国の平和を願う夢は同じだと分かって少し心が軽くなった。分かりやすい自分に苦笑する。少し前ならそんな言葉も重荷に感じていたかもしれない。しかし、期待されているという事は私を信じてくれているという事だ。その事は純粋に嬉しかった。期待という感情自体には何の罪もないのだ。こちらの捉え方次第で力になる時もあれば、重荷になる時もあるというだけの話だろう。
心の中でラクスに謝って別れを告げる。私の一番守りたいものはオーブで慕ってくれる人達だ。今ラクスに手を伸ばせば彼等を危険に晒してしまうかもしれない。例え可能性の話だとしても、そんなことは二度と避けたかった。目を開けて息を吐き出す。以前はあった重苦しさが少しだけ消えていた気がした。小さな寂しさを抱えたまま、澄み切った青空を見上げる。大気の向こう側にいる彼等はどうしているかと思いを馳せながら次の予定を尋ねた。
「貴方も物好きな方ですね。協力の見返りとして自分を逮捕させろだなんて……普通は逆ですよ?」
腰に手を当てた女性が呆れたような眼差しを向けてくる。誰かに嗜められるなんてアイシャ以来だ。愛しい記憶を脳内で再生しながら言葉を返す。
「悪いね。せめてもと思ったが、ただの自己満足かもしれん。本当は二年間の間で俺が指摘していれば良かったんだ。今更の話になるが、自分の立場と影響力をラクスにしっかりと認識してもらうべきだった。すべき事をしなかった俺が何食わぬ顔でのうのうとする訳にはいかない」
そうしたら彼女の弟は今も生きていたかもしれない。話を聞いてからずっと抱いていた後悔を込めて頭を下げる。エターナルの艦長室が沈黙で満たされた。小さく息を吸った喪服姿の女性が淡々と声を発する。
「大丈夫です、取引は守りますから。デュランダル議長に御目通り叶ったところ、貴方は懲役刑だとか。副官の方は貴方の希望通りにお咎め無し。私達はプラントへの恭順と引き換えに罪に問われないんだそうです。はい、証拠。手始めに暗殺部隊差し向けた派閥の身柄を手土産にしますよ」
法務部の印が入った一枚の書類が机の上に差し出された。礼を言えばやわらかく微笑まれる。
「構いません。貴方の協力のおかげでラクス様の最後の暴走に歯止めがかけられた。希望通りの結末を与えられた事で私は満足ですから。私たちプラントの民と彼女は一度きちんとお別れしなきゃ駄目だったんです。彼女がもうプラントに二度と降り立つ事はないと大々的に発表してもらいます。本来なら二年前のあの時、彼女自身からそうしてくれていたら……」
失ったものを掴もうとするように握られた手が震えている。思わず伸ばそうとした腕をテーブルの下で押さえつけた。被害の責任は俺にもある。彼女を慰める資格が自分にあるとは思えなかった。目の前の相手もそれを望んではいないはずだ。黙祷を捧げるように閉ざされていた眼が開き、静かに声が絞り出された。
「すいません、大丈夫です。これが出来るのはもう一つ理由があるんですよ。今のプラントはラクス・クラインを失っても問題ありません。新たな歌姫が居てくれます。あの子は先代よりも私達に寄り添ってくれている。彼女ならプラントを捨てる事はないでしょう」
段々と明るくなっていった声でプラントの未来が教えられる。確かになと思わず苦笑いしてしまった。
ラクスが良い顔をしないのでひた隠しにしていたが、俺はミーア・キャンベルの事も結構好きだ。なんせ、あの明るい歌声を聞いていると勇気が湧いてくる。プラントだけでなく地球各地のザフト基地を積極的に訪ねてくれていたのも好感度が高い。昔いた砂漠に歌姫は来なかった事を口惜しく思い返していると、目の前の相手が背を向けた。今度こそ別れの挨拶が耳に届く。
「報告は以上となります。そろそろ行かないと。とっちめられなくなっちゃいます。それでは、ご協力ありがとうございました。もしいつか再びお会いする事があっても初めましての他人としてお話しましょうね」
振り向く事なく扉が閉まる。一人になった部屋であちらの船はどうしているのかと思考を飛ばした。
「しかし、良いのか? 俺に舵を任せても」
自分の手足の一部のように感じるハンドルを握りながら通信先に問いかける。相手の声が少し楽しそうに返ってきた。
「ここで行き先を変えたらどうなるかは分かってるだろ? それを建前に頼み込んだら艦長からお許しが出た。本音言うと、エンジェルダウンで俺はアンタの操舵に見惚れたんだ。目視だって言うのに綺麗な回避だった。そんな操舵手が居るのに舵を握らせられないなんて耐えられない。そんな俺のエゴで来月の給料を全額注ぎ込んだだけだ。気にしなくて良い。それでもって言ってくれるんなら、今度コツを教えてくれないか?」
ありがたい言葉に感謝する。もし自動操縦で役目を奪われていたら、納得していても悔しかっただろう。彼も船を動かすのが好きみたいだ。これからどうなるかは分からないけど、舵さばきの秘訣は教えてやりたい。了解の返事を返す。嬉しそうに笑った彼の名前を呼ぶ鋭い声が耳を打った。慌てたように謝る声が聞こえてから通信が切られる。
先程の凛とした声はあちらの艦長だろうか。こちらとは雰囲気が随分と違うようだ。ラミアス艦長が怒声を上げている場面などついぞ出くわした事がない。あの人がクルーの誰かを叱っているところは記憶の限り無かった気がする。
代わりのようにその役目を担っていたのは今この船に居ない副艦長だった。その席はずっと空いたままだ。先程モニター越しに見た姿を思い出す。火傷の痕が痛々しかった。それでも、生きていてくれた事は本当に嬉しい。艦長と同じ気持ちだ。
穏やかな心地であと僅かの距離となったプラントへと舵を切る。背後から大きな声が上がった。慌てて振り向けばチャンドラが目を丸くしていた。
「向こうの船からお客様だ……! 機体はカオス! フラガ少佐が来るぞ……!!」
バジルール少尉と同じく、生きていた事に目を飛び出させた相手の名前が震える声で告げられた。