ガンダムSEED ELPIS   作:明日希

92 / 105
その手にないもの

 

「ミネルバがフェブラリウスに着いたってよ。たぶんセントエルモにキラ届けてからこっち来る気だな」

 

 相棒からもたらされた情報に息をつく。倒れたと聞いてから音沙汰なかった相手の無事に肩の荷が降りた気分だ。

 

 キラ・ヤマトは俺達のような軍人教育を受けていない。言葉を交わした回数の多いディアッカいわく戦場に立つ心構えが未熟な節があったとの事だった。周りの年長者は何をしていたと眉をひそめたものだ。そんな状態で戦場に居続ければ神経をすり減らしてしまう。奴が倒れたのは当然の帰結だった。一度は共に戦った間柄として、今後の平穏と無事を祈るばかりだ。

 

 頷いて礼を言えば珍しく口ごもられた。軽い沈黙の後に遠慮気味の問いかけが耳に届く。

 

「どうする? この奥に居るお姫様に教えるか?」

 

 肩をすくめて放たれた言葉に対して思考をまわす。ラクス・クラインにキラ・ヤマトの事を教えれば会いたいと請い願われる可能性は高い。しかしながら不可能だ。今現在、彼女を外に出す事は許されない。

 

 ラクス・クラインの身柄を狙う者がプラントには大勢いる。好意的なものもあれば、恨んでいる者もいる。かつての歌姫に対する感情は様々なものが渦巻いていた。

 

 かつての名声を利用しようとする者や未だ残る信奉者達。その反対に先の乱入行為で出た被害者達やその遺族は彼女に憎悪の視線を向けている。どちらにせよ彼女の身を再び振り回すだろう。

 

 それ故にプラントに留まらせる訳にはいかないのだ。法務部から俺達が警護を依頼されたのが何よりの証拠だろう。彼女を収容しているこの場所も限られた人間にしか伝えられていない。

 

 投降前から今に至るまでキラ・ヤマトを案じてばかりの少女を思い出す。恋人以外にはまるで意識が向かないようだった。無事だと伝えれば落ち着くだろうか。ディアッカに頼めば苦笑して頷かれる。頼れる副官に口許が緩むのを感じながら、この場に居ない彼女に言いたい事が頭の中を埋め尽くす。思わず横の彼に問いかけていた。

 

「ディアッカ、何故ラクス・クラインは言葉より先に武力を振るったと思う? 一部のクライン派がそうなるよう導線を引いたのは確かだ。しかし、彼女の言葉にはそれよりも強い力があった。争いになる前に止める事だって出来たはずだ。対話より先に武器を手にすれば不要な諍いになるだけだ。それが分からぬほどの人物ではないはず……いや、すまん。今のは単に俺がそう信じたいだけだな」

 

 手前勝手な願望が口をついて出てしまった。反省しつつ二年前の事を思い出す。

 あの時の彼女は反戦の演説を行っていた。武力行使に踏み切ったのは言葉が届かないと分かってからだ。先の大戦での第三勢力に罰が無かったのはその経緯も関連しているらしい。

 

 だが前回と今回では過程が大きく異なる。今回は何の音沙汰も無い状態から始まった。故にプラント市民は不安に駆られ、新たなる歌姫が連絡も出来ないまま名を借りて表舞台に立つ事態になった。そのまま戦端が開かれ突然の武力行使だ。ラクス・クラインが此方に言葉を届けてきたのはその後だった。そして、彼女が行動を共にしていたというアークエンジェルの介入もどちらもオーブに味方するものだった。

 

 あの日の放送で彼等の行動を知った市民からはラクス様はプラントよりもオーブが大事なのかと失望の声があがっているらしい。そんな状況下での処分は情を廃せば因果応報だとも言えた。

 

 しかし、もし戦争の無かった間に奴等が平和維持活動の一つでもしていたら。せめて、争いのない世界を望むと声をあげてくれていたら。巻き戻せない過去の仮定を考えても虚しいだけだ。それでも残る悔しさに肩を震わせていると、慰めるように叩かれる。視線を宙に向けてから答えが返される。

 

「今から言うのはあくまでも俺の予想だし、願わくば外れてほしいんだけど……手っ取り早かったからじゃねぇの? なぁ、イザーク。自分の意見を一番にするにはどうすれば良いと思う?」

 

「納得できる根拠を用意して説得してまわるしかないんじゃないのか? 努力する他に道はあるまい」

 

 地道だが、一番確実な手段だ。堅実な方法と言うのはいつの時代も時間と努力が必要とされる。意見を通すにはそうしろと母上から教わった。自らの平時職である議員としては此処からが正念場だと激励をいただいた。数刻前の通信を懐かしく思いながら答えると、眩しいものでも見るように目を細められる。久方ぶりに見る歪な笑みが口許に浮かんでいた。

 

「まぁ、お前はそう言うよな……もう一個あるんだよ。最低最悪な方法が。自分にとって邪魔な反対する奴が居なくなればいい。そうすれば自動的に自分がトップになって正しくなる。嫌な事に武力はそれを叶える手っ取り早い手段だろ」

 

 思いもよらない発言に二の句が告げなくなる。アカデミーでの頃、俺の上にはほぼ常にアスランが居た。自分が首位でない事に腹が立ったのは事実だが、奴が居なくなれば良いと考えた事は一度だって無い。むしろ自分と競える相手がいる事が喜ばしい。公正な条件下でアイツを超えて部下にしてやる。あの日から変わらない俺の目標だ。自分が上回らないなら消してしまおうなどと言う感情は俺にとって到底理解しがたい。思わず眉間に力が入る。困ったように苦笑したディアッカが言葉を続けた。

 

「さっきも言ったけど、当たってるかは分からないぜ? 流石にそんな事ないって俺も信じたいよ。けどさ、行動だけ見たらそんな風に考える事もできる。まぁ、もしかしたらただ単に自分と違う意見をぶつけてくる他人とのコミニュケーション不足って可能性もあるし。ほら、彼女って確か学校ちゃんと行ってないだろ」

 

 他者からの見方に関して確かにと頷いてしまう。古い歴史書を読み解く時は人物の行動から心情を推し量るしかない。その人物と直に接さない限り本当の正解は分からない。

 純粋な歌姫だった頃からラクス・クラインはどこか遠い存在だった。彼女の歌を聞くだけで親しくなれる程接する機会のなかった人間は彼女の為した行動から人柄を想像するだろう。そこまで考えてディアッカの最後の言葉に納得がいった。

 

 ラクス・クラインの教育は彼女の家に招かれた家庭教師が行っていた。幼少期はシーゲル・クラインの娘という立場から安全面を考慮したものだった。成長してからは歌手としての活動が忙しくなっていた。スケジュールの都合上から学習形態は継続されたはずだ。愛娘の安全を確保したいシーゲル氏の意向もあったのだろう。無論、プレスクールにも彼女は行っていない。今考えると惜しい事だ。

 

 学校というのは小さな社会だ。子供の頃から他者と共に生きる事を学ぶための場所。あの中で人は自分とは異なる他者との関わり方を学べる。授業としての話し合いだけに留まらず、休み時間の何気ない世間話からも自分と他者が違う事を知る。そして、自分ではない他人との付き合いを学習できる。集団の中で生きるのに役立つ経験だ。

 月に亡命していたというアスランも幼年学校には通ったと話していた。かつて教育に携わっていたパトリック元議長の方針だろう。懐かしい日々を思い返しながら少し憐れんでしまう。

 

 ラクス・クラインの周りには大人ばかりだったはずだ。歳の近い相手がいたかも怪しい。子どもは良くも悪くも素直だ。自分の意見を真っ直ぐに言ってくる。故にお互いの意見をぶつけ合って成長出来る。

 

 大人になるとそうはいかない。相手の地位や自らの将来など考える事が増える。故に自分の意見とは異なる事でも言えてしまう人間が増え、時には思考を止めてしまう人間も出てくる。

 

 ラクス嬢はプラントの重鎮であるシーゲル・クラインの愛娘だ。彼女の不興を買えば自分の人生に困難が降りかかって来るかもしれないと不安に駆られた人間も居た可能性は想像できる。

 

 これらの事から一つの仮説が立てられる。ラクス・クラインは先の大戦よりも以前から自分の意見を肯定する人間に囲まれてきたのではないだろうか。それ故に自らと異なる意見を持つ相手に対して狭量になってしまうのではないだろうか。もし当たっていたら悲しい話だ。

 

 先程、俺も自分より上の人間を排除しようとする思考が理解できないと考えた。しかし、その存在までもは否定していない。例え自分が理解できない程に異なる意見だとしても存在する事は悪ではない。その事を俺は知っている。いったい彼女はどうなのだろう。

 ため息の後、難儀な事だと呟きが落ちた。笑って頷いたディアッカが外の監視カメラの映像を観て声をあげる。

 

「イザーク! 車が一台此処に向かってくる! 護送の手配って感じじゃない」

 

 先程までの重苦しい空気は霧散した。危惧されていた襲撃かと緊張が走る。深呼吸をしながらカメラを拡大した右腕が運転席を確認して笑い声をあげた。

 灰色の髪を束ねた女性だ。見覚えのある気がして記憶を探っていると勢い良く背中が叩かれた。

 

「昔アスラン家で出迎えしてくれた美人なレディだ! ほら、お前もジブラルタルでチラッと顔見ただろ? 今はミーア嬢の護衛してる。後部座席はスモークで見えないけど間違いない。今の歌姫が先代に会いに来たって事だ!」

 

 予想もしなかった訪問客に、一瞬言葉を失う。軽い深呼吸をしてからゲートを開けるよう指示を出した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。