ガンダムSEED ELPIS   作:明日希

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栄華の裏側

 

「一体どうしてこんな事になってしまったのでしょう……」

 

 私の声が静かに床へと落ちた。外で見ているはずの方々は何も答えてくださらない。かつては道を共にした仲だ。なのに助けてくださらない。壁の向こうで悔しそうな顔をするばかり。

 けれどもつい先程はキラが病院へ送り届けられたとだけ教えてくれた。大好きなあの人が無事な事に安堵する。しかし会う事は出来ないときつく言われた。外に出る事は許されないそうだ。それを伝えて以降は再び沈黙を返すだけ。

 

 昔、似たような状況に陥った事を思い出す。アークエンジェルに初めて乗った時の事だ。あの時はキラが食事を届けに来てくれたし、ピンクちゃんが一緒だったから外にも自由に出られた。今はどちらも居ない。

 キラは遠く離れている。そしてピンクちゃんも取り上げられてしまった。徹底的に私を外に出させないつもりだ。先程伝えられた事は本当なのだろうかと不安になる。

 

 今のプラントには私を快く思わない方々がいらっしゃるとのお話だった。嘘だと言えば小さなため息の後とにかく外には出られないと繰り返されてしまった。今でも信じられない気分だ。

 

 この国は私の事をいつも歓迎してくれた。更なる戦いを望むパトリック議長でなく平和を望む私の言葉に耳を傾けてくれた。彼に追われる私を助けてくれる人々が大勢いたのが他ならぬ証拠だろう。それなのにどうしてそんな事になってしまったんだろうか。あの頃と私は変わっていないのに。

 

 フリーダムをキラに託してから平和と自由のためにずっと動いてきた。プラントから離れたのも人々は私が居なくても大丈夫だと信じたからだ。ラクス・クラインが居なくても彼等は前に進まなければならない。それに、戦争によって傷付いたキラを癒したかった。だから大丈夫だと信じて離れたのに。

 何故なのか問いかけたくても誰もいない。話を聞いてくれる相手も側にいない。ここ最近は一人になることが無かった。久方ぶりの一人だと感じていると嫌な事が脳裏に浮かんでくる。

 

 クライン派の方々が私に嘘をついていた事。これだって何かの間違いではないだろうか。別れ際に言ってくれたバルトフェルト隊長が何か思い違いをしている可能性は否定できない。

 

 確かにあの方達は演説の際に用いる重要な情報を間違えてしまった。しかし、間違いは誰にでもある事だ。あれがわざとなのだと仮定したら一体どこまでが嘘なのかと末恐ろしくなる。

 

 キラの力になるようにと新たなフリーダムを作ってくれた厚意。キラを支えたくて療養に入る私に万が一があってはいけないからとフリーダムの保管を提案してくれた優しい眼差し。父が死んだ時、貴女がフリーダムを託した事とは無関係なパトリック氏の暴走だと慰めてくれた暖かい言葉。どれが真実でどれが悪意によるものなのか判断が付かない。

 

 次々と浮かんでくる懸念に耐えきれなくなっていると、ドアを叩く音が聞こえた。知らずに俯いていた頭を上げる。意外な来客が告げられた。

 

「ラクス・クライン。ミーア・キャンベル嬢が会いたいと来られている。面会場所に案内するので着いてくるように」

 

 逆光で表情が分からないまま、白い服が翻る。戸惑いながら彼の後に着いて行った。私が座るべきだった席に腰をおろしている彼女がいったい何を話に来たのか不思議で仕方なかった。

 

 

 

「初めまして……でよろしいのでしょうか? ミーアさん」

 

 目の前の私と同じ顔に声をかける。緊張からか肩が上がっている少女は意外にも丁寧にお辞儀を返してきた。

 

「はい、初めまして。ラクス様。急にすいません。どうしてもお伝えしたい事とお聞きしたい事があって」

 

 何なのだろうと身構える。一度上げられた頭が再び深々と下げられた。

 

「ありがとうございました。私、ラクス様の事が大好きで羨ましかった。だけど、アナタと同じところに立って分かったんです。平和の歌姫が、ラクス様がどれだけ大変だったか。だってラクス様になった途端にいろんな普通が出来なくなった。それがとってもさみしかったんです。普通の人みたいに好きなものを自由に食べに行けなくて、ショッピングも一人で行けない。どこで何をするのにも知らない人達がラクス様らしいかどうか見てくる気がする。しんどかったですよね。それなのに、私たちのためにいつも歌ってくれた事は本当に感謝しています。歌手とひての貴女は今でも変わらず心から尊敬してます」

 

 思わず涙が溢れそうになった。慌てて力を入れて止める。私を尊敬している。こんな事になってもこの方はそう言ってくれた。その人の前で弱い所は見せたくない。真っ直ぐ見つめてくる少女を見つめ返しながら喜びが込み上げる。理解してくれる方は此処に居たのだ。

 

 平和と自由のために何かしたい。先程も考えていたその想いに嘘はない。だけど、それと同時に私は普通になりたいという思いも抱いていた。家ではメイドの方からも何かあってはいけないと距離を取られ、どこか一線引かれているという淋しさがあった。彼女の言う通り、外でもラクス・クラインらしい振る舞いをしているかどうか見張られているような気がしていた。街の人々は何も言ってこなかったけど、何処か息苦しかった。

 そんな記憶があったからこそ、ただのラクスとして生きられたオーブでの生活は夢にまで見た日々だった。

 

 だけれど愛しているキラは戦争のせいで深い悲しみの中にいた。この苦しみは打ち明けられなかった。似たような立場にいたカガリさんは、そういった他者からの目線を意に介さずにいられる強い人だった。だから、この事は誰にも理解してもらえないと思い込んでいた。

 

 同じ想いを抱いた人が現れた事に舞い上がりそうになった瞬間、頭の冷静な部分が何を考えているのかと冷や水を浴びせてきた。

 

 彼女の味わった想いは本来なら私一人が飲み込むべきだった。私が宇宙を捨てて地に降り立ったから彼女は背負わなくても良かったはずの重荷を背負う事となった。恨み言の一つ二つあってもおかしくない。それなのに感謝を述べてくれた。

 

 先程までの孤独感で疑心暗鬼に囚われそうになっていたけど、この瞳に嘘はない。そう信じたい。堪えきれずにこぼれかけた涙を目立たないように拭って謝罪とお礼だけでも返そうとした瞬間、向こうから三度目の頭を下げられた。

 

「それと、すいませんでした。ラクス様に何も言わずにお姿と名前を使ってしまって。嫌でしたよね……」

 

 真っ直ぐに私を見ていた目線が下に落ちた。気持ちの動きが分かりやすい方だ。好ましく思いながら首を振る。謝るのは私の方なのに。何か言いたいけれど今は嗚咽が混じってしまいそうだ。ゆっくりと息を整えていると、安堵したようにミーアさんの肩が下がった。

 

「本当ですか? なら良かった……それで、お聞きしたい事なんですけど……」

 

 途中で言葉が区切られ、大きく深呼吸が為される。分厚いガラス越しに意を決した眼差しが私を射抜いてきた。

 

「ラクス様は、一人で歌うのがお好きなんですか? 他の人と一緒に歌うのは、嫌いですか?」

 

 考えた事も無かった質問が真剣な声で投げかけられた。

 

 

 

 

 思いもよらなかった事を聞かれたみたいに瞬きを繰り返すラクス様を見る。さっき羨ましいと言ったのは本当だ。でも、全部は言っていない。この人の苦労を知ってしまったから軽々しく口にできない。ラクス様はラクス様のままで歌えて羨ましいなんて。

 

 うんと昔に思えるけど、まだ二年しか経ってない頃を思い出す。

 戦争が始まるちょっと前からラクス様以外の歌はメディアで流れなくなった。理由はシンプルで残酷なものだ。

 シーゲル・クラインさん、ラクス様のお父さんが最高評議会の議長になった。それで偉い人達が勝手に気を回したのだ。オーディションに落ちてトボトボと歩いたテレビ局の帰り道でスタッフさん達が愚痴っていたのを何度も聞いた。

 今思えばその前からおかしな所はあった。他の歌手の人とラクス様が同じ番組に出る事はなかった。テレビ局やスタジオですれ違う事もなかった。あの頃はお姫様だからセキュリティとか凄いのかしらって思ってたけど、今なら違うと分かる。上の人達がわざと私達とラクス様を遠ざけていた。ラクス様に知られないために。

 私がラクス様じゃないと明かしてからプロデューサーさんとかスポンサーさんが怖々と尋ねてきた。お願いだからやめて下さいと頼んだけど、本当は大きな声で怒りたかった。あの頃の私達がどんな想いでいたと思っているんだろう。

 

 歌う事が許されなくなって直ぐに反対の声を上げた人達がいた。トーク番組やバラエティにすら出れなくさせられていた。

 テレビじゃなくても良いと小さな劇場に行った人達も居た。直ぐに戦争が始まったから閉鎖する事になったと目に涙をためて無理な笑顔を浮かべていた。

 そんな事が繰り返される内にみんな諦めていった。目立つならいいなんて嘯いて媚びを売ってバラエティに出る子がいた。生活とレッスンの両立が大変だからと悔しそうに退会届を持ってきていた先輩が居た。親がクライン派でこれ以上は勘当されると震える手でマイクを置いた同期も居た。

 

 私は諦めきれなくてお仕事終わりにレッスンを受けてた。お休みの日にオーディションへ応募してたけど、ラクス様そっくりの声が足を引っ張ってきた。あの頃はこんな声に生まれてきた自分が悔しくて仕方がなかった。

 

 ギルからラクス様の代役になってほしいと言われた時、初めてこの声で良かったと思った。引き受けた理由の一番はプラントのみんなのために何かしたかったのは本当だ。でも、ほんの少しだけ。ラクス様になりでもしないと歌う事が許されなかった状況が背中を押したのも確か。

 

 こんな事がまた起こらないように考えている事がある。まだちゃんと形には出来ていないけど、ギルも一緒に計画を立ててくれてる。さっき思い出していた昔一緒に励まし合っていた仲間も快く頷いてくれた。上手くいけば私達は平和の歌姫の幻想から抜け出せるかもしれない。

 

 でも、ラクス様はどう思うだろう。それだけ気になって聞いてみた。見つめた先、今の私と同じ色の髪が微かに揺れる。

 

「そうですわね……孤児院で暮らしていた頃、皆さんと一緒に歌うのは楽しかったですわ。プラントでは出来なかった事だから新鮮で。皆さんと肩を並べて歌う事は嫌いじゃありません」

 

 最後の言葉にホッとした。あの仕打ちはラクス様の意思なんかじゃなかったんだ。もちろん信じていたけどこうして言葉にしてもらえたらすごく安心する。思わず口から出た大きなため息を吐き出せば壁のブザーが小さく鳴った。

 イザークさん達にお願いして作ってもらった面会時間もそろそろ終わり。後悔しないように、いつか叶えば良いなってお願いを口にした。

 

「ありがとうございます、ラクス様。いつか……うんと先の話になると思いますけど、いつかみんなでラクス様の歌を歌いたいです。もちろん、ラクス様もご一緒に」

 

 恐る恐る口にした希望にさっきから我慢されていた涙がラクス様の目から溢れていく。嬉し泣き? それともやっぱりお嫌だったのかしら? 慌ててしまうと、嬉しそうな声が綺麗な笑顔と一緒に響いてきた。

 

「ありがとうございます……! 私、その時を楽しみにしておりますわ」

 

 しっかりと頷かれた後、ブザーが一際大きく響いてガラスにシャッターが降り始める。これまで私達を支えてくれたお礼の気持ちを込めてしっかりと頭を下げて見送った。

 

 振り返ると奥で待機していたイザークさん達が困ったような顔をしていた。小さなため息とともに言葉が降ってくる。

 

「今回奴等がしでかした事は大きすぎた。追放措置も先の大戦で双方の全滅を防いだ功績と差し引いて叶ったものだ。いくら人は忘れる生き物とはいえ、時間がかかるぞ」

 

「まぁまぁ。未来の約束ぐらいは良いだろ、イザーク。クライン派が自然消滅でもしてくれたら帰って来られる芽はゼロじゃない」

 

 悔しそうに眉をしかめたイザークさんの肩をディアッカさんが気安げに叩く。二人とも時間はかかるけど不可能じゃないって言ってくれた。その事にお礼を言えば少し照れくさそうにされる。おかしくなって笑っていると二人にも移ってしばらく笑い続けてしまう。楽しそうな笑顔を間近で見れたのはラッキーかも。嬉しくなっていると、やわらかいノックの音が響いてフォリィが顔を出した。車の準備が出来たみたい。三人に囲まれて面会室を後にする。心の中でラクス様に少しだけさよならを告げた。

 

 

 

「それでは私達はここまでになります。道中お気をつけて。ヤツに……アスランにもよろしくお伝えください」

 

 軽い咳払いの後に耳を震わせた一番大好きな人の名前に心が弾む。笑顔で返事をすれば綺麗な敬礼を返された。閉められた窓の中から外を見る。考えるのはアスランの事だ。やっと彼の気持ちが分かった気がした。

 

 ラクス様じゃないみんなの苦労もラクス様の苦労も私は両方知ってる。どっちも凄く大変だった。だから、どっちかを責めるなんてできない。

 

 アスランもきっと同じ。ううん、私よりしんどかったはず。レイ達が大変な事も、キラさん達が何を望んでいたかも知ってて誰よりもすごく考えたんだろう。どっちも知ってる分、アスランだって辛くてしんどいはずなのに。本当に優しい人。無事に終わったダイダロス攻略ではレイもシン君も、突然助けに来たキラさんもアスランの大事な人はみんな生きてるって話だ。本当に良かった。

 

 でも、キラさん達を捕まえる事になって落ち込んでいるかもしれない。私だってあの部屋でラクス様を見た時悲しかったから。

 

 だからお迎えに行ったら真っ先にアスランを抱きしめてうんと褒めたい。偉かったね、頑張ったねって。

 もうすぐ来るその時を思うと心が少し軽くなる。明るい未来へ向かうように車がスピードを上げて進んでいった。

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