「ミレニアム発進完了。目的地到着まで各員待機願います」
アビーの硬い声が響く。ミレニアムには何回か乗っているけどまだ慣れない。苦笑しながらレイ達と一緒に歩いていると見慣れた青い髪が見えた。声をかけようと追いかければ横の方から高い声が聞こえた。
「アスランさん、お疲れ様です! あの、この前のお話ってやっぱり駄目ですか?」
アグネスがアスランさんに話しかけている。思わず足が止まってしまった。悪い奴じゃないとは思うけど、正直少しだけ苦手だ。声を聞くのも嫌なのか、レイが顔を歪めて小さく舌を打つ。アカデミーの頃からレイの方が彼女を嫌悪していた。自分より感情を出している人を見ると落ち着くって本当だったみたいだ。どう宥めようかルナと目配せしていると、アスランさんの淡々とした声が聞こえてくる。
「この前……? あぁ、俺の家に来たいって話か? 無理だ。この非常時だからな。ミーアも俺も忙しい」
困ったように小さくため息をついていた。アグネスが怯えたように息をのむ音がする。きっといつもあの人の前で見せてる笑顔は凍りついてるはずだ。ルナが大きなため息をついて額を覆っている。
こんな時期にそんな話をしてたアグネスもアグネスだけど、アスランさんも今の言い方は良くない。後で上手く言っておかないと。久しぶりに兄心に火がついた。今は離れて活動しているあの人のお兄さんから直々に頼まれたのもある。どうしようかと考えているとレイが飛び出していた。
「アスラン。今回の出撃についてお聞きしたい事が幾つかあるのですが。今、お忙しいですか?」
「いいや。直ぐ行く。ギーベンラート中尉は今回の行動に関して何か質問は……」
レイが出て行った瞬間、アグネスは向こう側へ走り出して行った。アスランさんがもう一度大きなため息を吐き出す。恐る恐る顔を見せた俺達に対して不満気な視線が向けられた。
「三人とも最初から見てただろう? 気配で丸分かりだ。レイ、ありがとう。正直助かった。彼女のご両親はザラ派だからな。あまり親しくする訳にはいかない。かと言って邪険にし過ぎるのもな……」
「事情は分かりましたけど、もう少し優しくしてあげても良いと思いますよ? 私、アグネスの所に行ってきます」
腰に手を当てたルナが苦笑いしてから同い年の子の後を追う。言い聞かされたアスランさんは眉を寄せていた。これはもう一回ぐらい僕からも言っておいた方が良い。こっそりと胸の内で決意を固めていると、途方に暮れた呟きが床に落とされた。
「名前呼びも許したし、さっきみたいなプライベートな話にも付き合ってはいるんだが……それでレイ、話は?」
眉間に出来ていたシワは直ぐに消えて真面目な視線が飛んでくる。レイが落ち着き払った頷きを返した。
「今回の作戦目標に関してですが、オルドリン自治区に向かいつつあるブルーコスモスの排除ですよね。彼等を直接叩かずに自治区へと向かっているのは何故でしょうか?」
思わず頷いた。前の大戦の時から比較して降下技術も上がっている。ミネルバよりミレニアムの方が大気圏内での性能も良い。向かっているウィンダム達の真上に降りて強襲するのも出来るはずだ。アスランさんが再び険しい顔になった。
「注意喚起も行いたいからな。彼等の発進元はカナジだ。そこにミケールが居ると言う噂も流れているらしい。自治区の防衛軍が踊らされて国境を越えられたら厄介だ。全く、フェイクを流して戦乱を誘発しようなんて卑怯者の男が如何にも考えそうな事だ」
終戦から一年と少し経っても地球の国は国境線などの境界問題には敏感だ。戦争の引き金になったら最悪だと改めて気を引き締める。苦々しく吐き捨てられた言葉には思いっきり首を縦に振った。
ミケール。ブルーコスモスの一員で、アルザッヘルでも最後まで徹底抗戦を貫こうとしたらしい。コープランド代表から伝えられた情報から要注意人物だと判断したサジタリウスによって監視されていた。大人しくしていたどころか監視員に対しても友好的だったらしい。これなら安心じゃないかと思ったある日、その人を殺して逃亡した。そして散発的にテロ活動を続けている。
早くどうにかしたいと逸る気持ちを落ち着ける。納得したのかレイがお礼を言っていた。軽く首を横に振ったアスランさんが申し訳なさそうな顔をする。
「とにかく絶対に国境線を越えさせるな。それとブルーコスモスの無力化、同時に自治区への被害も抑えないといけない。無理を言って悪い。正直に本音を言ってしまえば人手がもう少し欲しい所だな。お前達それぞれに小隊を預ける話も出ていたんだが……」
俺達が断った事に思い当たったからか、バツの悪そうな顔をした。言葉が萎んでいく。代わりに言葉を紡いだ。
「良いんですよ。戦争を経験した人間なんて少ないに越したことありませんから。こんな仕事は俺達の代で最後にしたいんです。武器を取る人間が増えたら、いつまで経ってもお終いにできませんから」
同僚を殺されて荒れていたラーナスさんから教えてもらった話を思い出す。ミケールは嫌がる人を攫ったり脅したりして利用する事もあるらしい。何回か俺達もこうやって後を追ってるけど、あちら側は帰りの事を考えていないみたいにバカスカ撃ってきて悲しかった。
大きく目を見開いたアスランさんが何か言いたげにする。ちょっとだけ差が縮まってきた人の背中を思いっきり背伸びして勢い良く押した。慌てた声に被せるように大きな声をあげる。
「大丈夫ですよ! 俺達一人一人が三人分頑張りますから! な、レイ!」
振り向けば笑ってハイタッチされる。安心したように目元を緩めた人に嬉しくなっていると、後ろから朗らかな声が聞こえた。
「おぉ、青春って感じだねぇ! あっちでもルナマリアとアグネスが話し込んでた。良いね、見てるとこっちまで元気になってくる!」
オレンジの髪を短く刈ったハーケン曹長がニッと笑いかけてきてくれた。青い両目が眩しそうに細められる。いつも俺達に良くしてくれる。親戚のお兄さんお姉さんって感じだ。でも結構謎が多い。
けっこう強いし現場判断も上手いのに、昇級の話が無い。本人に聞いたら仕方がないんだよって困った顔された。少し気になって見ているとマーズさんに頭をワシャワシャと撫で回された。レイもヘルベルトさんの手で同じような目にあっている。慌てていると、アスランさんの前で落ち着いているはっきりとした声が聞こえた。
「ザラ大佐。ハーケン隊総員、モビルスーツの点検整備完了しました。いつでも出られます」
「分かりました、現場では指示通りに」
アスランさんが少し冷たい雰囲気で返している。アグネスに対するよりも素っ気ない。らしくない気がする対応に首を傾げた瞬間、ここ数ヶ月でまたよく耳にするようになってしまったアラートが響き渡った。
「コンディションレッド発令! コンディションレッド発令! ブルーコスモス残党がオルドリン自治区に砲撃開始! ウィンダムの他にデストロイも保有していた模様! パイロットは大至急コクピットへ!」
焦ったアビーの声が告げてきた言葉に一瞬だけ頭が真っ白になる。
デストロイ。強化人間にしか扱えない機体だって聞いた。また誰かが壊れるまで無理矢理に戦わされているんだろうか。ジブリール以外の奴がやるなんて思ってなかった。酷い所業に全身の血が沸き立ちそうになる。拳を握りしめて駆け出した。
思ったより奴等の行動は早かったけど、全員パイロットスーツには着替え終わっている。真っ先に機体へ乗り込んでアスランさんに繋げた。
「先に行かせてください! あの機体の対処なら俺が一番慣れてます!」
息を吸った隊長が視線を虚空に向ける。頭の中で色々考えているんだろう。分かっているけど一瞬の間すら焦ったくて爪先でペダルを蹴りそうになった。強い緑の瞳が力強い光を投げてくる。
「駄目だ。ミレニアムとリンクを繋げた現場のエインヘリアルから情報が来た。市民の避難誘導が終わっていない。お前達はその援護と地区の防衛を頼む。ハーケン隊は船の護りを」
「隊長、私も前線に出れます! ぜひご一緒に!」
アグネスが一瞬だけ不満そうに唇を尖らせる。戦線を広げたくないと断られていた。良い子の顔をして頷いたアグネスが画面から消える。一番槍はもらうと言わんばかりにギャンが真っ先に上がって行った。威勢の良いコールがスピーカーから響き渡る。
「アグネス・ギーベンラート、ギャン、出ます!」
「アグネスったら……アスランさんも無理はしないでくださいね。ルナマリア・ホーク、ゲルググ、出るわよ!」
呆れたように首を振ったルナが後を追う。どこか釈然としない顔になったアスランさんに声をかける。大切な仲間から預かった機体の操縦桿をしっかり握ってペダルを踏み込んだ。
「さっきのルナの顔はアンタに向けてじゃないですから。大丈夫です。逃げてる人達は必ず守ってみせます。シン・アスカ、ガイア、行きます!」
フライトユニットのついた黒い機体を地球に向けていく。今、デスティニーやインパルス達は改修のためにオーブへ預けている。ルナがせっかくの機会だからと貸してくれた。ステラとの間に挟まって悪いわね、なんて冗談混じりに揶揄われたのも大切な思い出だ。
そんなガイアにも最新型の盾を付けさせてもらっている。これなら普通に生きてる人達を護ってくれるはずだ。そう思いながら大気圏を突き抜ける。レイのカオスとアスランのエルピスも合流してきた。そのままオルドリン自治区の上空に到着する。全体に繋げたアスランが凛とした声で呼びかけた。
「此方は世界平和維持機関ライブラ! 攻撃部隊、直ちに戦闘を停止せよ! 繰り返す、直ちに戦闘を停止せよ!」
分かってはいたけど、ウィンダム達の歩みは止まらない。構えた盾を避難する人達の背後に置いて呼びかけた。
「援護します! 早く安全な所まで逃げてください!」
小さく頭を下げてくれた人達が再び走り出す。向かってくるミサイルを撃ち落としてから、人を撃とうと躊躇いがちに構えられたウィンダムの銃を横薙ぎにする。
きっと本心から戦いたい人なんてほんの僅かだ。そして、そんな奴はいつだって戦場には立ちやしない。ミケールへの苛立ちをぶつけながら敵を無力化する。時折監視の名目で話すあの人もこんな気分だったんだろうか。こういう真似をしていると、少し寂しそうな笑みを浮かべていた栗色の髪の人を思い浮かべてしまう。
大体の人は大丈夫だと思うけど、逃げ遅れた人がもう居ないか確認する。 基地の防衛をやっていたアグネスから個別通信が来た。
「ちょっと! 何やってんのよ? さっきから下ばっかり見て! 暇なら援護なさい!」
暇じゃないんだけどな。ルナが全員無事に逃げられたと確認に行って教えてくれた。お礼を言って基地の防衛に戻る。上を見るとアスランさんがデストロイにサーベルを突き刺していた。飛ばされていたデストロイの腕はレイの兵装ポッドが器用に撃ち落としていた。地上に砲撃が来ないよう飛び回って引きつけてくれた二人にもお礼を言いたい。
感謝の気持ちを伝えようと回線のスイッチに手をかけた瞬間、辺りのザク達が一斉に進み始めた。アスランさんが信じられないような声をあげてオルドリンの指揮官に呼びかける。言い争いの声が痛いぐらいに響いてきた。
「オルドリン政府軍、何をしている!? 近辺のブルーコスモス残党は排除した! ただちに基地へ戻られよ!」
「ザラ大佐各員、我等への援護感謝する。貴君らも来てくれた今が好機! このままカナジのミケールを叩く! 総員、突撃!」
信じられない行動に言葉を失う。その間にも進軍は止まらない。自治区の境界線一歩手前まで来ていた。大きな舌打ちをしたアスランさんが政府軍の前に立ちはだかった。怯えたように行進が止まる。腹の底から凍り付くような声が紅い機体から流れてきた。
「カナジにミケールは居ない。此方の情報部による確かな証拠もある。政府上層部にも資料を到着前に送っている。ここの指揮官殿には通達が無かったのか?」
「し、しかし……そのフェイクだという情報が嘘だと言う可能性もあるのでは……」
俺達より数回り歳上の指揮官は声が震えている。聞いているこっちが可哀想になってくるぐらいだ。
アスランは静かに怒っている時が一番怖い。あの人の幼馴染が遠い目をして話してくれた思い出話が本当だったと思い知りながら同情を強める。
気持ちは分からなくもないけど、今の反論は火に油だ。諜報部の人達が命懸けで掴んできてくれた証拠つきの情報を疑うなんて。
キレたアスランさんは手を上げるのに躊躇いがない。それもどうかと思うけど、大事になる前に止めないと。
今は下手に動けず見守っていると、言葉すらなく静かな舌打ちが静まり返った夜空に響き渡る。ブレードを出してはいないものの、エルピスの腕がゆっくりと持ち上げられた。レイがポッドをバレないようにゆっくりと動かしているのが視界に映った。合図したら飛び込んで止めろと通信文がこっそりと送られてくる。
頷いてタイミングを見計らっていると、真後ろから爆音が襲いかかってきた。
「オルドリン政府の皆さん及びザラ大佐! 無用な矛を収めてください! これはフォスター大統領、ラメント議長、アスハ代表の三カ国連名の撤退指令書です! この場に居る総員、直ちに基地及び母艦へ帰還願います! 繰り返します! この撤退指示は三カ国代表合同の命令です! 全員帰ってモビルスーツから降りてください!」
後ろから船が空を滑ってくる。連合から協力してくれてるエインヘリアルだ。モニターには各国代表のサインが入った命令書が映し出される。全員に送られているのだろう。間一髪で助かった。エルピスの肩が降り、赤が機体から消えていく。攻撃意思は無いのと謝罪の気持ちを示しているんだろう。お互いバツが悪そうに謝って司令官と通信を切っていた。俺達にもすまないと通信をよこしてからミレニアムへと上がって行った。
コノエ艦長がしっかり叱っておくと小さな子でも見るような顔をして教えてくれた。すいませんと頭を下げて俺達も空へと戻っていく。カメラの中では意気消沈したように見えるザクの列が回れ右をして戻って行った。
強張っていた肩をコクピットの中でほぐしながら運ばれていく。今回は瀬戸際でどうにかなったけど、あのままだったらミケールの目論見通り政府軍は国境を超えてしまっていたかもしれない。それに、こんな行動は人も機体も長続きしないはずだ。少しでも早く終わらせたい。その為にはとっととミケールを捕まえないと。決意を新たにしながら眼下のオルドリンを眺める。ミレニアムが飛び立った後は静かに火が消されていっていた。