「わ、わざわざ御案内していただいて申し訳ありません……ホーク大尉も作戦後でお疲れのはずですのに……」
亜麻色の髪が申し訳なさそうに下へ動く。気にしなくて良いと伝えたら大げさに肩が跳ね上がってしまった。報告書もまとめ終わって手持ち無沙汰になった時にこの子を見つけた。困ってる人を放っておけなかっただけだ。
少しでも仲良くなりたい一心で名前呼びで良いわよと付け足してみた。小さな身体がますます縮こまってしまう。さっきの呼びかけの涼やかな声と反する意外な姿に思わず眉が下がってしまった。せっかく会えたんだから友達になりたいのに。どうしようかと考えながら目の前の子のプロフィールを頭の中でおさらいする。
ハルカ・アルヒ准尉。入隊はヘブンズベース戦の前。議長がロゴスの存在を教えてくれてから真っ先に連合を抜けて駆け付けてくれた船に乗って居たらしい。その縁で此処にも参加してくれている。人見知りらしい彼女の性格もあってかあの頃は私と話す機会が無かった。だけどメイリンとは同じ通信兵同士交流があるって話だった。緊張を解すきっかけになるかと思って妹を話題に出してみる。
「メイリンの事、覚えてくれてる? あの子が貴女の事を褒めてたの。情報整理がとっても上手だって。前から話したかったわ。それに今日の事は私からも御礼を言わせて。さっきは私達の隊長を助けてくれてありがとう」
力強い意志を宿した声で戦闘停止を呼びかけてくれたのはこの女の子だ。もしほんのちょっと遅れていたらアスランさんはあのまま実力行使に踏み切っていただろう。後々の禍根を残さずに終わった事にお礼を言って笑いかける。また小さな悲鳴を上げて飛び上がった子が手を大きく胸の前で振った。
「いえ! いえ、そんな勿体ない御言葉を私なんかに……私なんか滅相もないです! オズワルド艦長から言われた通りにしただけですから……仕事とはいえ大英雄であらせられるザラ大佐にあんな口を……今回はそのお詫びにお伺いしたんです。あぁ、許してくださるかしら……」
あまりの謙遜ぶりに思わず顔をしかめそうになる。素直に受け取ってくれた方が褒めてるこっちも嬉しくなるのに。言われた通りにちゃんと出来るのだって充分凄い事だ。それにアスランさんだって怒ってる訳がない。誰よりも戦争の再発を嫌っているのはあの人だから。そう伝えようとした瞬間、うっとりとした表情をされた。
「メイリンちゃ……いえ、失礼いたしました、ホーク中尉も凄いですよね! あの英雄達の船ミネルバのオペレーターを立派に勤めあげてらっしゃる上、噂では諜報機関で情報収集もなさってるとか! 前線のお姉さん、情報の妹さんって姉妹で対になってるみたいでかっこいい……」
憧れで眩しそうに細められた瞳が宇宙を見上げた。よく知っていると感心しながら今は遠く離れた妹に想いを馳せる。
メイリンは今、ラクス・クラインの乗っていた機体を見つけた目と情報収集の腕を買われてミネルバのCICとサジタリウスを兼業中だ。前よりも忙しくなったはずなのに生き生きしている。
この前ミネルバで会った時には様々な所の機密情報が見れて楽しいと笑っていたっけ。いつの間にか逞しくなっていたあの子の姿を思い出していると強い視線を感じた。
顔を上げた先では輝くブルーグレイの光がこちらに向けられている。妹への賞賛に小さく笑ってお礼を言った。行動とは裏腹に内心では大きなため息をついてしまう。こんな事はこれで何回目だろうか。
ここ最近はこんな風に憧れの眼を向けられる事が増えてる。レクイエムを撃破して戦争を終わらせてからだ。大々的に報道されたからか一躍有名人になった。
ミネルバのクルーってだけで声をかけられると最初は嬉しそうだったヴィーノ達も今はちょっとしんどそうだ。気持ちはすごく分かる。
今みたいに初めて会う人でも萎縮される事が多い。他の人との間に見えない壁が造られたみたいな気がする。月光のワルキューレなんて二つ名で呼ばれる事も多いアグネスは気にしてないみたいだった。そんなの有名税よって肩をすくめられたけど、正直私は結構しんどい。
浮かび上がってきた憂鬱な記憶に頭が重くなってしまう。首を軽く動かして振り払えば怖々と声をかけられた。綺麗な子に心配させる訳にはいかないから笑顔をつくる。安心したように彼女が肩をおろした。
向かう先に居るアスランさんの顔が頭の中に浮かんでくる。あの人は私達の中で誰よりも有名人なのに平気そうだ。いつか私もあんな風に慣れてしまう日が来るんだろうか。少しの淋しさを覚えながら案内のために足を先へと進めた。
「ミネルバの方々、本当に凄いですよね。実はオーブに居た頃テレビでアスカ少佐の駆るインパルス見た時からずっと憧れてまして。いつか俺も成長したら皆さんみたいになれるのでしょうか……」
畏敬の念と憧れが入り混じりながらも真っ直ぐな瞳が向けられた。何を返せば良いか一瞬迷ってしまう。頑張れとありきたりな言葉をかければ嬉しそうに大きく頷かれた。何の疑いも無く気合いを入れている姿に一抹の罪悪感を覚えてしまう。彼が本当に強くなれるか確証は無い。
シンの辿り着いた守る強さは彼だけの物だ。俺はもちろん、アスランだってまるきり同じようには動けないだろう。
確かに、この少年はシンと似通っている点もある。しかし、共通点があると言うだけで彼が同等の力を手にできるかは分からない。
遺伝子が似通っているミーアとラクス・クラインの進む道が分かたれたように。俺だってラウと同じ遺伝子で形作られているが、ラウとギルが慈しんでくれたから世界を滅ぼそうとは思えなかった。そんな事を考えながら無邪気に喜んでいる目の前の相手を眺める。
シュウ・アインス伍長。シンと同じ元オーブの民だ。ジブリール確保のために俺達があの国を包囲した時に脱出したらしい。その後は幼馴染であるアルヒ准尉を頼って古巣でもある連合に身に寄せたとの話だ。現在はエインヘリアルの砲撃手で中々筋が良いと聞いている。彼はいったいどのような道を進んでいくんだろうか。親友と近しい境遇の彼の行く先に思いを馳せていると、稲穂色の頭が抑えきれない様子で声をかけてきた。
「あの! よろしければミネルバでのお話とか聞かせてもらっても良いですか?! バレル少佐のご活躍やザラ隊での任務のお話とか……艦長とザラ大佐達のお話もまだかかるみたいですし、その間だけでもお願いします!」
過剰な憧れで輝いたエメラルドが勢い良く上がってくる。戦争が終わってから繰り返し聞いてきた頼みが目の前の少年の口からも再生された。正直言ってこの手の問いかけには辟易してしまう。思わず吐き出してしまいそうになったため息を飲み込んで思わず物思いに耽ってしまう。懐かしい想い出が記憶の宝箱から浮上してきた。
ラウが白服を受け取ったばかりの頃だ。家に帰ってきても疲れたようにしていた事があった。ギルと俺の前でそんな姿を見せるのは珍しかったため、よく覚えている。どうしたのか心配すれば頭を撫でながら教えてくれたのだ。暖かな声音も柔らかい微笑みも、髪をとかしてくれた指先の温もりすら全て克明に思い出せる。落ち着いたラウの声が脳内で美しく鮮やかに蘇った。
「なんでもない、と言いたいところだがね。お偉方達や新兵からの期待が煩わしいのだよ。ある程度は予測していたが、やはり実体験は想像を超えてくる。名を上げたら上げたで苦労があるものだ。しかし、地位という他人から見て分かりやすい力が無ければ望みを叶える自由すら得られない。全く、あの男だけでは無く人間がここまで欲に塗れた生き物だとは」
困ったように肩を動かしていたラウの言葉に今なら頷ける。自分が兄に近づく事が出来た今だからこそ同じ景色が見えた気がした。
自分の名が広く知れ渡ると周囲の目が変わってくる。親しい仲間は何も変わっていない。変わったのは見知らぬ人々だ。なんといっても初対面の相手が一方的にこちらの事を知っている。自分は相手の顔も名前も出会ってから知るばかりだというのに。ラウが煩わしく感じていたのも心の底から理解できた。
戦争は決して華々しいものではない。どう取り繕っても生きたかった誰かの命の奪い合い。かけがえのないものが失われていく在ってはならないものだ。綺麗なだけであってはならない。
だというのに、今のように英雄譚のような活躍話をせまがれる。本音を言えば断ってしまいたい所だ。アインス伍長は実戦経験がないそうだから戦場に夢を見ている。好奇心が強い本来の性格もあるだろう。ここで俺が断ればシンやルナマリア、アスランの手を煩わせてしまう事は容易に想像が出来た。第一、地球軍からの客人の頼みを断る訳にはいかない。正面の胸ポケットについている天秤を模したエンブレムを眺めながら頷けば嬉しそうに手を打ち合わされた。
ちょうど通り過ぎようとしていた休憩室で腰を下ろしながらアスランに端末で連絡を入れる。話が終わり次第大至急来るよう頼んでおいた。デスティニーのパイロットとして俺とルナマリアより一つ上の位をもらったシンに肩を並べるため、推薦状を一筆書いてもらった恩もある。急いでくれたらこの後の予定は大目に見ても良いかもしれない。
空の上にいる姉に想いを馳せながら興奮で頬が赤くなった少年に飲み物を渡してやる。しっかりと頭を下げられた。爛々と輝いた顔から矢継ぎ早に問いが放たれた。こちら側のプライベートも何もあったものでは無い。流石にそう言った部分は誤魔化しながらもありのままの戦場を伝えていく。こう言った事も重要だと理解しているはずなのに、心の片隅では一刻も早くこの時間が終わる事を願っていた。
「とにかく、今後は気をつけるように。繰り返しになりますが、お願いですからもう少し我々を頼ってください。これから今回のような呼びかけは最初からこちらがやります。必要だと感じたら呼んでください。歳下の貴方に泥を被せて平気な顔が出来るほど自分達大人は腐っちゃいません。な、オズ大佐?」
眼前のコノエ艦長が幾度となく繰り返された言葉をもう一度言ってきた。頼れと言われても慣れていない。憮然とした感情が湧き上がってくるが顔には出ないよう押し留める。何故だか肩をすくめた艦長が隣に呼びかけた。白髪混じりの痩身が大きく頷いている。
オズワルド・ライブス大佐。オズ大佐と言うのは本人が呼んでほしいと言っていた愛称だ。地球軍からの出向者達が集うエインヘリアルの艦長で、三十代半ばという年齢に反してやけに老けた相貌が印象に残る。彼はヤキン戦以前からの生き残りだ。ストレスか何かが原因だろうか。本人さえ良ければ姉様を紹介する事を考えていると、シワの多い顔に新たな溝が出来上がっていった。
「全くです。悲しかったですよ。我等は何のためにこの場に居るのかと。アスハ代表を始めとするライブラの理事達に繋いで大急ぎで電子署名でサインをいただいて。どうにか間に合ったものの正直参りました。ザラ大佐。こちらにも面子が、年長者としての責務があります。それを果たさせていただきたい」
本当に辛そうに眉を下げられる。感情に訴えかけられた後に実利の面からも険しい顔で頼まれた。流石に反省して頭を下げると二人のまなじりが柔らかく変化する。痺れる足を叱咤して立ち上がると少しよろめいてしまった。予期していたのかハインラインさんが支えてくれた。お疲れ様でしたと嫌味なく笑っている。後で良い品がありますと耳打ちされて叱られたばかりなのに心が踊ってしまった。
フリーダムとジャスティスに続いてエルピスやデスティニーの開発にも携わった彼とは同じ機械好きのよしみで話が合う。エイブス班長も交えて語り明かした事もある程だ。一体何なのかと胸を弾ませているとオズワルド大佐から名前を呼ばれた。
「ザラ大佐。よろしければウチのひよっ子達の迎えを手伝っていただいてもよろしいか? アルヒ准尉とアインス伍長もミレニアムに来ていてな。居る場所の見当はつくので案内をお願いしたい」
断る理由も無いので頷いて足を進める。退出の際、もう一度頭を下げればコノエ艦長にひらひらと手を振られた。
部屋を出た瞬間、ポケットの携帯が震えた。オズワルド大佐に断りを入れてから手に取る。ミーアからのメールだろうか。
彼女もプラントや地球の慰問に各地を飛び回っている。戦争が終わり、他のアーティストの活動も増えてきた。しかしながら戦火の中でも勇気を与えてくれたのはミーアに他ならない。彼女の訪問を望む人々は未だに絶えないのが現状だ。恋人が誇らしい気持ちはある。それでも、一緒に居られる時間が少ない事にもどかしさを感じてしまうのは否定できない。ミーアも先日の電話で寂しそうにしていた。世界のためにも彼女のためにも早くミケールを捕縛して諍いを止めなければ。気持ちを新たにしつつ急いで操作する。
この作戦から帰ったら俺達は休暇に入る。シンはステラと家でゆっくり過ごすのだと幸せそうに笑っていた。今も二人で話しているはずだ。
俺もミーアと久々に休みが被った。姉さんがスケジュールを調整してもぎ取ってくれた貴重な丸一日一緒に居られる日だ。希望があるなら全て叶えてあげたい。
何をしようかと逸る心で開いたメールを見ればレイからだった。僅かばかりの落胆を追いやって文章を読む。アインス伍長と休憩室に居るため合流して欲しいとの事だった。ちょうど探しに行く所だった為、オズ艦長に伝える。笑って案内を頼まれた。早足で先導していると、よく通る声が自分の名前を呼んでくる。
「ザラ大佐。もう一度お願いしますが、どうか我々を頼っていただきたい。戦火という悲劇を二度と燃え上がらせない。国は違えど、ここに集った我々は皆、その気持ちは同じでしょう?」
無論だ。頷きながらも気分が重くなる。俺には自分から人に頼る経験というものが乏しい。理由は複数存在するが、やはり自分の名前が大きいだろうか。
アスラン・ザラ。この名前を人々がどう見ているかぐらいは分かる。先の大戦を終結に導いた強者。そんなところな筈だ。他者からの期待には応えなければならない。だからこそ、誰かに頼るなんて真似はあまりした事が無かった。人に助けられた経験はある。エンジェルダウンの時のシンは向こうから自発的に申し出てくれた。様々な情報を日々伝えてくれるラーナスも同様だ。向こうが何か言うより先に俺から頼んだ訳ではない。改めた方が良いのだろうか。思案していると、肩が痛む気がした。久しぶりだなと痛みを押し殺す。
父上に撃たれたところだ。治したと言うのに偶に痛む時がある。姉様いわく、治療自体は完璧に出来ているという話だった。時間がある時で良いからカウンセリングに来るように言われていた。忙しくてそのままだ。頻度が高いわけでは無いし、痛みも直ぐに引いていく。こうして傷んだ時に思い出す程度だ。問題ないようだからまだ先でも構わないだろう。
休憩室が見えてきた。アインス伍長の嬉しそうな声にレイが何か答えている。珍しく声音に疲れが滲み出ているのが分かった。小走りで向かえばホッとしたように振り向かれる。俺を見て嬉しそうに笑った最年少の子が慌てて背筋を正した。後ろから来た自分の艦長に気がついたようだ。
親子のようなやり取りを眺めながら、ただでさえ新兵の面倒を見るのに忙しい人にあまり迷惑をかけないようにしようと肝に銘じる。記憶の底から聞こえてきた父上が俺を糾弾する声が心の何処かを冷やした気がした。気のせいだと振り払っていると、ステラとの話が終わったらしいシンがやってきた。後ろにはルナマリアとアルヒ准尉も居る。人見知りらしい彼女は恐縮しきりだ。この顔ぶれに萎縮でもさせてしまっただろうか。困った顔のルナマリアが彼女の手を引きながら全員で食堂に行かないかと誘ってくる。偶には夜食も良いかと頷きながら賑やかな語らいを楽しむ。先程感じた嫌な予感は、いつの間にか消え失せていた。