血しぶきハンター   作:稲月

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第5話 小太りのバディ

 

「これでよし…と。」

 

 トンパが腕時計型のタイマーを身につけるのを貴方は見届けていた。

 タイマーには試験の残り時間の表示と、「⚪︎」と「×」のボタンがついている。

 どうやらこれを用いて多数決を行いながら進んでいくようだ。

 そう理解した貴方の腕にタイマーの姿は無い。

 

《遅れてきた16番と乱入者の326番は運命共同体になってもらう。2人揃って生きてゴールに辿り着いた時初めて合格としよう。》

 

 定員を超え6人になってしまった貴方達に提案されたのはそんなルールであった。

 貴方は大迷宮の道に戻って攻略してもいいと言われたが、迷子常習犯の貴方には迷宮などクリアできる自信も無く、大人しく多数決の道で行くことにしたのだ。貴方には多数決の票を入れる権利すらないが。ほとんど探索出来なかったことが悔やまれるが致し方無い。

 道の途中にある試練でも貴方とトンパは一心同体であり、1人ずつしか受けられないものはタイマーを持つトンパのみが挑戦できる。

 貴方にとってはかなり不利なルールだが、この中で貴方だけ念を使える以上そうせざるを得なかったのだろう。実際はこれ以上貴方を暴れさせないことが1番の目的であるが、貴方はそれには気付いていない。

 

 ゴゴゴ…

 

 5人がタイマーを嵌めたことで扉が現れ、一向はそこへ注目する。

 早速多数決だ。「このドアを ⚪︎→開ける ×→開けない」

 

「こんなもん答えは決まってんのにな。」

 

 ピ、と5人がボタンで票を入れ終われば結果が表示され、⚪︎4と×1で扉が開いた。

 

「誰だ!? ×のボタン押したのは。」

「ああスマンスマン、ハハハ。オレが間違って押しちまった。」

 

 白々しく謝るトンパをレオリオが睨みつけたその時、貴方は背後からトンパの尻を豪快に蹴り上げた。

 ×を押したのは明らかに故意だった。次に同じ真似をすれば腕を落とす。別にトンパが生きてさえいれば達磨にしたって試験はクリアできるのだ。

 

「ぐえっ!! ……わ、わかった!協力する! するから武器を降ろしてくれ!!」

 

 貴方は頷いて先を促した。トンパが死にかけた時は最悪『聖女の血』を輸血すればいい。正気は失うかもしれないが死ぬことはないだろう、多分。

 

「争ってる時間が惜しい。早く先へ進もう。」

「あ、ああ。それもそうだな。」

 

 クラピカにも宥められたレオリオは、貴方の容赦ない蹴りに怒りも霧散した様子だ。

 少し進めばまた多数決があり、道は左右に分かれている。どちらに行くかを多数決するらしい。貴方はどちらも行って確認したいと思ったが、そんな選択権はないので黙っておいた。

 

 多数決は右が選ばれた。左を選んだらしいレオリオは文句を付け出したが、クラピカが論理的な説明でもって応える。

 人間は迷ったり未知の道へ進もうとした時、左を選びやすいらしい。それを逆手にとって、左の道には困難な課題が設定されている可能性があるとも。

 なんと! では次に新たな聖杯へ潜るときは右から行ってみるとしよう。そう貴方は感動した。どうせ全部の道を確認する貴方には大して意味がないのに。

 

 

 ◆

 

 

 しばらく進み続けてきた貴方達の眼前、道が途切れたその先には奈落に囲まれた正方形の大きなリングがあり、さらにその先には奈落を挟んで通路が見える。

 人影も目に映る。受験生ではないようだ、試験官だろうか。そのうちの1人が前へ出て大きく声を張り上げる。

 

「我々は審査委員会に雇われた「試練官」である!! ここでお前たち5人は我々と戦わなければならない!」

 

 1対1の勝負を行って5回中3勝すれば先へ進めるようだ。戦い方も自由で引き分けが無いという。

 受けるかどうかにも多数決をしろというので全員⚪︎を押した。なお貴方は見ているだけである。戦う数にも含まれていないし、貴方はちょっと寂しくなった。

 相手の一番手は先程から声を張り上げ説明していたスキンヘッドの大男らしい。見るからに戦闘経験豊富そうである。

 

「オレが行こう!」

 

 スッと身を乗り出したのはトンパであった。正気か? どう見ても彼の敵う相手ではない。

 当の本人は、この試練の毒見役だとか誤投票の詫びであるとか御託を抜かしているが、そもそも最初から負けが濃厚では意味が薄い。

 そうしているうちに奈落を渡る細い足場が現れた。戦う者はこれを伝って正方形のリングへと進むようだ。

 貴方はトンパが先へ赴こうとするのを呼び止め、いくつかのアイテムを手渡し使い方を教えた。無いよりマシだろう。

 

「勝負の方法を決めようか。オレはデスマッチを提案する!!」

「……いいだろう!! その勝負受けた!!」

 

 一方が死ぬか負けを認めるまで戦うルールだ。案の定トンパには不利だが、どう切り抜けるつもりか。

 

「その覚悟見事! それでは、勝負!!」

「グビッ……ゔぉえっ」

「なっ…!」

 

 開始と同時に駆け出す試練官に対し、トンパは貴方から受け取った秘薬を勢いよく飲んで思い切りえずいた。

 突然怪しげな薬を飲んでは嘔吐し出したトンパに対し、試練官もその身の勢いを失ってドン引きしているようだ。

 

「うぅぇ……くくく、さあ! どこからでもかかってこい!!」

「ふむ、何のつもりかは知らんが、いざ!!」

 

 試練官は無手のまま突撃し、その鋭く頑強な指先をトンパの首元へ真っ直ぐ突き出す。トンパはのろまに身を捻るが動きが追いつかず回避し切れない。

 

 ガキン!

「何っ!?」

 

 そのままトンパの喉を惨たらしく破壊するかのようだった手刀は、まるで金属にぶつかったような音と共にトンパの首に弾かれ大きく逸らされた。

『鉛の秘薬』…貴方がトンパへ渡した、重苦しくドロリとした飲み薬である。これを飲んだ者は、一時的に比重を高め、攻撃を弾きやすくする効果がある。

 そのあまりに重い飲み口と名状し難い味わいは、慣れていなければトンパのように思わず吐き出してしまうほどだ。しかし効果は確かである。

 人間が発するとは思えない硬質音と重さに驚き距離を空けた試練官へ、トンパはすかさずアイテムを投擲する。

 小さく細長い刃物のようなそれは試練官へ真っ直ぐ飛躍し、しかし寸前で躱される。

 

「毒か!」

 

 刃物に毒々しい紫色の液体が大量に付着しているのを視認した試練官は、それがまさしく猛毒である事に気付く。

 貴方が提供したそれは『毒メス』。歪んだメスのように薄く鋭く、たっぷりと毒に塗れた投げナイフである。

 凶暴な獣には毒など遅効に過ぎるが、人間相手ならば効果は抜群だ。掠るだけでも勝機は見える。

 トンパは立て続けに毒メスを2本投擲する。

 

「だが当たらなければ意味もあるまい! …フン!!」

 ガキン!

 

 軽く躱した試練官が再びトンパに手刀を突き出し、トンパの体に弾かれる。

 相手の攻撃が効かない事に余裕の笑み(胡散臭い)を浮かべたトンパの土手っ腹へ、間髪入れずに試練官の猛烈な蹴りが突き刺さる。

 

「ぐぼっへェ!?」

 

 やっぱりな。貴方はそんな感想を抱いた。

 鉛の秘薬はあくまで比重を高めるのみで、身体の防御力自体が上がるわけではない。真正面から攻撃を受ければ弾けずにマトモに食らう羽目になる。なんなら身体が重いせいで尚更深く蹴りが突き刺さっているようだし、薬によって動きも鈍い。これはもう勝てないだろう。

 

「ごふっ。…ま、まいったァーーー!!!」

 

 迫る追い討ちを何とか腰を捻って弾き、トンパは即座に降参した。

 調子に乗って回避を疎かにしなければ勝ちの目もあったが、全く話にならない戦いであった。

 相手に勝利数1がカウントされ、腹を押さえ青い顔のトンパは震える脚で足場を伝って戻ってくる。

 

「い、いや〜面目ない。いいところまではいったんだがな。」

「けっ、あんだけ大面かいといて、てんで情けない動きようだったぜ。」

「まあまあ、トンパさんもやれるだけはやってくれたよ。」

 

 早々に黒星をつけられ機嫌の悪いレオリオがトンパに嫌味を言うのをゴンが宥める。

 

「あんたも、悪ィな。せっかくいいモン寄越してくれたのに、全部使って負けちまった。…ぐべぇっ!?」

 

 貴方はそう謝るトンパの腹に情け無用のパンチをお見舞いした。毒メスはまだ残っているだろう。隠し持とうとしても無駄だ。

 トドメを刺されて地に撃沈するトンパから残りの毒メスを回収した貴方は、あまりの容赦の無さに汗を流すクラピカ達には気付かなかった。

 負けてしまったとは言えトンパが生き延びたのならまだ問題はない。あとの4人で3勝してくれればクリア可能だ。

 

 

 

「超長期刑囚…!!」

「そう。我々をこの塔から出さなければその時間に応じて、刑期を短くしてもらえるようだ。」

 

 クラピカが試練官達の正体に気付き説明する。貴方は感心した。一体どこからそんな事に気付いたのか。だが確かに向こうに見える5人は手枷を嵌めているし、おそらく推理は当たっているのだろう。

 殺してもなんら問題ない相手なら貴方の独擅場であったのだが、生憎出番はない。残念である。

 キルア曰く、先程の相手も元傭兵か軍人の犯罪者であり、喉を潰した後は時間をかけてたっぷり拷問されていただろうと。今回ばかりはトンパの負け腰と潔さが功を奏したようだ。

 

 次の相手は細身で長髪の男だ。あまり戦闘は得意でないと見える。

 こちらから出る人間を相談しようかと言う時、すぐにゴンが立候補した。

 勝負はローソクを同時に灯し先に消えた方が負け。ローソクは長い物と短い物を選ばせてくれるらしい。

 罠は考えるだけ無駄だろう、やってみなければ正解など分からない。本当に何も考えていなかったゴンは長い方を選び、勝負が始まった。

 

 結局ゴンの選んだローソクが罠であったが、機転を利かせたゴンの立ち回りでこちらが勝利した。

 素晴らしい身のこなしであった。相手の懐に瞬時に飛び込み火を消すとは。貴方なら相手ごと火炎放射器で滅却していたであろう。

 

 次の戦いにクラピカが立候補したところへ、相手方の試練官も現れる。ボロボロの屍のような顔を持つ筋骨隆々な大男だ。

 貴方はヤーナムのトロールを思い出し懐かしい気持ちになった。パリィが楽な上に輸血液を多く得られるあの愚鈍な敵は、むしろ一種の救済である。

 向こうに見える試練官にも同じような雰囲気を感じる。見てくれだけの雑魚のようだ。如何にもな脅し文句を垂れ続けているが、クラピカには何ら響いていない。

 これは退屈な試合になりそうだと貴方が思ったところで、戦いが始まった。ルールは1人目と同じデスマッチである。

 

 ドゴオ!

 

 む? 思いの外強いのか?

 試練官が素手で床を叩き割ったのを見て貴方は目測を誤ったかと思ったその時、クラピカの纏うオーラが急激に変質した。

 ——膨れ上がる殺意。地の底から湧く激昂。濃密に過ぎるそれを間近で受けた試練官は完全に気圧されている。

 

 これほどの殺意は久しぶりだ。或いはあのヒソカにも匹敵するだろうか。貴方は暗く深く燃えるそのオーラに戦意を刺激されていた。

 クラピカは忽ちの内に相手を鷲掴みにし、渾身の力で顔面を殴り地面に叩き付けた。勝負ありだ。殺すかと思ったが寸前で踏みとどまったらしい。

 

 勝ったと言うに落ち込んだ様子のクラピカが戻ってくる。簡単に理性を失いかけた自分を省みていると言うが、貴方に言わせればあれこそ狩人が理想とすべき純粋な殺意と理性であった。効率的かつ無慈悲に敵の命を刈り取らんとする姿は、かつての貴方を彷彿とさせる。

 どうやら相手にあった蜘蛛の刺青を見て、宿敵たる盗賊団“幻影旅団”を連想し激怒したらしい。試練官はハッタリのつもりが裏目に出たようだ。

 

「……と言うか実は、普通のクモを見かけただけでも逆上して性格が変わってしまうんだ。」

 

 なんともまあ難儀な悪癖である。『白痴の蜘蛛ロマ』を見せたら一体どうなってしまうだろうか。蜘蛛への怒りと得た啓蒙で完全に正気を失ってしまうかも知れない。

 貴方はこっそり彼へと大量の子蜘蛛をけしかけてみたい欲望を抑えるのに苦心していた。やれば決裂だ。でもやりたい…。

 

 さて残るは1勝、ここで決めるとレオリオが立候補したところで、相手方から待ったが掛かる。先のエセトロール試練官はまだ息があるし降参もしていない、故に試合は終わっていないと。

 クラピカがトドメを刺せば済む話だが、彼は敗者に鞭打つような真似は嫌だと言う。レオリオやキルアが文句を付けるが彼の意志は揺らがないようだ。目覚めるのを待つしか無い。

 だが貴方はそんな退屈な時間を過ごすなど御免被る。レオリオが煩く騒いでいる横で、貴方は徐に懐から『火炎瓶』を取り出したかと思えば、地に伏すエセトロール試練官のすぐ傍へと投擲した。

 

「お、おい!!」

 

 レオリオの制止も遅く、リングへ着弾した火炎瓶は中身をぶち撒けて豪快に燃ゆる。

 熱で炙れば起きるだろう、そんな貴方の雑過ぎるアイディアはしかし、保身第一のエセトロールにはよく効いたようだ。眼前で起こった突然の大炎上にビビり散らかした彼は、野太い悲鳴と共に跳び上がった。

 直接当ててはいないし文句はあるまい。さっさと負けを認めるようにと貴方が脅せば、相手は大人しく降参して下がっていった。

 次はレオリオの番だったな。貴方が道を譲れば、レオリオは鬼を見るかのような目で貴方をチラと見遣り進んで行った。

 

 

 

 ものの見事なボロ負けだ。レオリオの愚かさには貴方もほとほと呆れていた。

 今度の相手は女の受刑者であり、賭けによって勝負を決めるものだった。チップは「時間」。試験の残り時間と懲役年数をそれぞれ賭けたその戦いでレオリオは見事に策略に嵌り、制限時間50時間を代償に黒星1つを手に入れたのであった。あまりにも大きな敗北である。

 レオリオは心理戦と色仕掛けには滅法弱いらしい。全く何故相手が男であることに賭けたのか。あれはどう見ても女だろう。

 女に賭けておいたなら、最悪男だったとしても()()()()()()やれば女であると言い張れたものを。

 これで2勝2敗、後がない。加えて試験の制限時間は50時間も失われ、残すところ15時間程度である。

 

 残るはキルアのみ。相手の試練官が姿を晒したその時、レオリオが動揺を露わにした。

 

「あ…あいつは………!! キルア、オレ達の負けでいい。あいつとは戦うな!!」

 

 曰く、「解体屋(バラシや)ジョネス」。ザバン市犯罪史上最悪の大量殺人犯であり、素手で獲物をバラバラにする残酷な異常殺人鬼だと。

 貴方はその相手の手元を見て納得した。薄いが、指先にだけオーラを纏っている。念能力者ではないが、自然と念の力を引き出すいわゆる「天然物」だ。力量に天地の差はあるものの、流星街へ来たばかりの頃の貴方と同じである。

 ジョネスは近くの壁を素手で粉々に砕く。オーラを纏えるのならば容易い事だろう。

 

「!!おい、キルア!?」

 

 レオリオの忠告にも耳を貸さずリングへ進んだキルアが勝負のルールを確認する。

 

「勝負? 勘違いするな。これから行われるのは一方的な惨殺さ。お前はただ泣き叫んでいればいい。」

「うん。じゃあ死んだ方が負けでいいね。」

「ああいいだろう。お前が

 

 

 

 刹那、ジョネスの背後に立つキルアの右手。そこには、ビクビクと脈打つ赤黒い鼓動があった。

 

「か…返…」

 

 血の原動を奪われたジョネスの懇願虚しく、キルアはその心臓を豪快に握り潰した。

 

 

 

 ほう、素晴らしい(majestic)!!

 ドス黒く弾ける赤い花火に、貴方は大層感動していた。まさか、かの少年も内臓攻撃(モツ抜き)の使い手であったとは!!

 それもただ1つ、生命の根幹たる心の臓のみを鮮やかに抜き取り押し潰す様は、いっそ芸術的ですらある。

 これまで貴方は、内臓攻撃とは如何に派手かつ豪快に赤い中身をぶち撒けてやるかとばかり考えていた。

 しかしこの様な手法も悪くない。無駄なく最も重要な物のみを華麗に奪い去る。…ふーむ、美しい。

 惜しむらくは血があまり噴き出ない事だろう。やはり内臓攻撃の魅力は全身に浴びる生き血にこそある。普段の狩りでは使わぬが、あまり血を浴びるわけにいかぬ際などは真似してみるのも悪くない。

 

「さて、3勝2敗。これでここはもうパスだろ?」

「……ああ、君達の勝ちだ。」

 

 一体キルアは何者かと騒ぐレオリオ達へゴンが教える。なるほど、暗殺一家。また物騒な家庭へ生まれたものだ。是非その家族とも交流してみたい。きっと他にも面白い技を見られるはずだ。

 貴方だけそんな外れた感想を抱く中へキルアが戻り、リングを越えて先の部屋へ進む。

 家具の揃った小さな部屋だ。ここで賭けに負けた分の50時間を過ごすらしい。

 苦、苦痛だ…。退屈が何よりも耐え難い貴方は、既に出口を吹っ飛ばしてやりたい衝動に駆られていた。

 

 部屋ではクラピカがキルアへ先程の技の絡繰を尋ね、キルアは貴方に以前見せたような指先の変形を皆へ見せる。何度見ても便利そうな技術だ。

 得意顔のキルアは語る。

 

「オヤジはもっとうまく盗む。ぬきとる時相手の傷口から血が出ないからね。」

 

 それはむしろ劣化してはいまいか?

 価値観の狂った(血が出るほど素晴らしい)貴方の内心は、幸い口に出されることはなかった。

 

 

 ◆

 

 

 暇を持て余し暴走寸前だった貴方も何とか50時間耐え忍び、部屋を脱出した一行は幾度となく多数決を迫られながらも先へ進んでいた。

 ドアを多数決で開ける際、迫る制限時間に心の余裕も無くしつつあったレオリオが、ゴンの投票ミスをトンパの故意投票と勘違いした事で仲間割れも起こしかけている。そんな矢先に辿り着いたのが最後の多数決の部屋であった。

 

 〈それでは扉を選んで下さい。道は2つ……。6人で行けるが長く困難な道なら⚪︎を……3人しか行けないが短く簡単な道なら×を押して下さい。〉

 

 酷な選択を突きつけるものだ。残り時間は6時間半ほどだが、長い道では45時間以上はかかると言う。

 当然貴方はクリアを目指すし、そのためにはトンパと共に短い道に進まねばならない。もし戦いになれば、速攻でトンパ以外の誰か3人を落とす必要がある。貴方は攻めには強いが守りには滅法弱いのだ。悠長にしていてはトンパが仕留められるし、速攻では手加減できるかも怪しい。

 

「先に言っておくぜ、オレは×を押す。」

「オレは⚪︎を押すよ。やっぱりせっかくここまで来たんだから6人で通過したい。」

「残り時間は7時間もないんだぜ。短い道を選ぶしかないよ。」

 

 部屋の雰囲気は重く沈んで来ている。それも当然だ。この試験を突破するには互いに戦わねばならず、だからといって諦めるような者はここまで残らない。

 

「あとはどうやって3人を決めるか。…といっても、2人は決まってるようなモンだね。ウィロルドに勝てると思うヤツがいないなら、だけど。」

 

 部屋の皆は貴方へ向けて最も警戒の眼差しを向け、トンパのみが自身の安全を察しているかのような余裕を醸し出している。

 だがゴンだけは貴方にも誰に対してもそんな視線を向けていない。いつものように真っ直ぐな光の射す瞳だ。

 それに気づいた貴方は自分を恥じた。このような純粋な子供を見殺しにできないと言ったのは、いつの貴方が浮かべた感情であったか。

 貴方としたことが、狩人としての矜持を忘れるところであった。

 貴方が狩るのは血に酔う獣と悍ましい神秘だけ。

 血に染まらぬ無垢な子と代え難い友人らを害そうなど、それこそ血と獣性に呑まれ誇りを失った狩人の姿に他ならない。

 

「な…!! だがそれは!!」

 

 貴方は自分が短く簡単な道の扉を大砲で破壊しようと提案した。

 もとより試験は毎年あるのだ。ここで己の誇りと信念に反してまで受かろうとするつもりは無い。

 貴方の言を聞いたレオリオやクラピカは悔恨の念と忸怩たる思いに顔を歪ませ、希望を失ったトンパは絶望的な表情で膝を突く。

 トンパもろとも失格上等、いざ貴方が大砲を撃ち打さんとしたその時、突如ゴンが明るく大きな声を上げた。

 

「あ!! そうだ!!!」

 

 

 ◆

 

 

 トリックタワー最下層、3次試験のゴールであるその場には、見事試験を突破した猛者達が体を休めていた。

 残りは約5時間、そろそろこの場へ辿り着く者もいなくなろうかと言うその時。また1つ扉が開き、合格者が部屋の中へと入って来る。

 

「ケツいてー。」

「短くて簡単な道がスベリ台になってるとは思わなかった。」

 

 姿を見せたのはゴン、キルア、クラピカの3人。

 

 

 

「全く、イチかバチかだったな。」

 

 ——そしてその後ろへ続くレオリオ、トンパ、そして貴方の姿であった。

 

「だがこうして6人揃ってタワーを攻略できた。」

「ゴンのおかげだな。」

「全くあの場面でよく思いついたもんだな。」

 

 あの時、貴方が大砲の撃鉄を下ろす直前でそれを止めたゴンは、長く困難な道から入って壁を壊し、短く簡単な道へ出るという奇策を提案してきたのであった。

 

「ウィロルドさんの大砲を見て、最初に壁を壊してオレ達の所へ来たことを思い出してさ。道具さえあれば壁に穴を開けることだって出来るんじゃないかって思ったんだ。」

 

 時間と選択に迫られるあの極限状態下でそんな柔軟な発想に至ったゴンに、貴方は心からの賞賛を惜しまなかった。

 深く考えぬままとりあえず破壊しまくる貴方とは、似て非なる思考である。

 ここに追記すると、貴方の過剰な攻撃力を知る一同は、壁の破壊に貴方の道具は使わせなかった。また豪快に壁を吹っ飛ばして無効や失格にされては堪らないという気持ちの表れであったが、貴方は部屋にあった武器を振りまわすのも存外楽しかったので気にしていない。

 

 〈タイムアップ!! 第3次試験通過人数24名!!〉

 

 兎にも角にも、貴方達6人は全員無事に3次試験を突破したのであった。

 





大変お待たせ致しました。後先考えず6人にしたら書くのすごく大変になっちゃった。
大砲がだめならパイルハンマー!も考えたけど流石に辞めました。

感想や評価、励みになります。大大感謝。



『聖女の血』
血の聖女による「施しの血」。
その施しは、医療教会と拝領の価値の象徴なのだ。

『鉛の秘薬』
製法が全く知られていない謎めいた薬。
一時的に比重を高め、攻撃を弾きやすくする効果があるが、動きは鈍り、また防御力も変わらないため、使いどころが難しい。

『火炎瓶』
投げつけると激しく炎上する。
病の浄化の偏見もあり、獣狩りに炎はつきものである。
だからだろうか、ある種の獣は病的に炎を恐れるという。

『白痴の蜘蛛ロマ』
冒涜的な儀式を覆い隠していた上位者。
巨大な芋虫のような体に無数の瞳を持つ。

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