漫画的世界の"悪役"になろうと思う。   作:十期

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高遠サイドの話。


堕ちた"少女"

 

 

 

 

 高遠遙一には前世の記憶がある。

 

 ある世界軸のある時代、とある名探偵の孫と平行線状に生きていた記憶が高遠遙一にはあった。

 自分がどんな死に方をしたのか覚えてはいないが、確かにあの世界で生きていた記憶は存在している。

 

 

 新たに生まれた世界では至って普通な両親の元生まれたが、幼少時に母親は病死。父と二人きりの生活になる。

 幾らかの不安はあったもののこの世界の父親は逆境に負けることなく遙一を育て、彼が十歳のその日新たに母になる人とともに生きることを決めたのである。

 

 何度か会ったことのあるその人は至って普通の女性で、彼女も五歳の女の子からいるとの事。お兄ちゃんになるが優してくれやれと父は照れ気味に笑った顔を今でもよく覚えている。

 

 高遠遙一にとってニ度目の人生であったが、まともな家族というものは初めてと言っても良いくらいだった。

 新たに母になる女性に挨拶を交わし次の対象者に視線を移すと、小さな少女は表情を固まらせて遙一を見ている。

 そしてキラキラと目を煌めかせて遙一に言葉をかけた。

 

「──よろしくね、兄さん!」

 

 彼女の名前は美咲ジゼル。

 以前でも異母兄弟であった女の名前だった。

 

 まさかそんな事があるなんてと遙一は思ったし、それに何より彼方にも記憶があったら厄介だと、万が一には始末してしてしまおうと遙一は思考を巡らす。

 何せ地獄の傀儡師と名を通らせた高遠遙一だ、人一人殺すことに躊躇いなんてない。

 前世は血が繋がっておりルーツを知る上で必要かと思っていた人物だが、今はそうではない。ただの他人だ。

 もし仮に父に、新たな母にこの秘めたる異常性が暴露されて仕舞えば遙一にとって良い事はないだろう。

 自分という存在の邪魔になるならこの世界から退場させるのもありだと考えたのだ。

 

 

 しかしながらこの考えが実行させる事は数年経ってもなかった。

 

 彼女、美咲ジゼルもとい高遠ジゼルは遙一の予想を裏切りなんの変哲もない子供でしかなかった。

 

 拍子抜けだった。

 

 いくら自分が以前の記憶を所持していても、自分と同じく変わらない名前で生まれてきたあの子にあのような微笑ましい反応されれてしまえば変哲のない子供でしかないのだと思えなかったのだ。

 

 自分の考えが浅はかであったのだと、この時遙一は悟ったのだ。

 

 もしかしてもたらればも、この世界にはない。こんな数奇な人生をなぞる人間はそうそういないのだと気づいてしまえば、沸々と心に闇が広がっていく。

 

 誰かに現状を話したい。

 己の秘めた理性を解き放ちたい。

 前世と違い深く両親に愛されている自分を、それでも芸術に溺れていたくなる自分を。

 今世と前世の狭間から這い出せない自分を、誰かに、どちらかに落としてもらいたい。

 

 嗚呼、彼女さえ覚えていれば、自分が地獄の傀儡師だと知っていれば、この手で手にかけそこから前のように理性を解き放てるのに、快楽に溺れられるのに、芸術を作り上げられるのに。

 魂に刻まれてしまったあの快楽を無意識に求めているというのに、今の自分の理性がそれを止めてしまう。

 昔のようにあの頃のように、まだ無垢であった子供の頃のように。

 こんな平凡な幸せも良いのではないのかなんて脳が麻痺してしまっている。

 

 恨む人間などこの世界にはいない。

 自分を知る人間などこの世にはいない。

 平行線を辿る人間すら、この世界にはいないのだ。

 

 なんの不自由もない生活を満喫しながらも、心の何処かでは犯罪へと恋焦がれる自分がいるのを遙一は常に感じていた。

 

 

 

 悶々した月日は流れていき、とある年に遙一は漸く変化をもたらす一ピースを手に入れる事ができた。

 それは妹ジゼルが起こした行動と言葉によるものであったが、彼女のお陰でようやく霧が晴れたような気さえする。

 

 

「ねぇ兄さん、なんで人は殺しちゃいけないの?」

 

 あどけない表情を浮かべて、妹はゴム人形の首を引きちぎって兄へと問いかけた。一体この子は何を言っているのだろうかと目を見開かせたが、テレビか何かの影響なのだろうと子供が理解できるレベルの単語を並べて思ってもいない殺人理論を述べる。

 

「ジゼル、人を殺しちゃいけないってのはこの世界の"ルール"みたいなものなんだよ。みんな生きていて生活していて、各々の未来がある。食べ物となる生き物は生きて行くために必要だから絞めて食べるけど、それ以外は推奨されていない。何より人は互いに意見を言い合える能力を持っているし、大概の人は殺すことに躊躇いがあるんじゃないかな」

 

 子供にはまだ難しいかもしれないが、こんな時でなければこのような話はできやしないだろう。別に遙一にとってこの時のジゼルの存在は良くも悪くもないものであったが、"一般的な理論"を教えておこうと思える程度には嫌いではなかったのだ。

 遙一は自分らしくない行動をしたものだとため息つきたいのを堪え妹に笑みを見せ、両親の元へ戻ろうと手を伸ばす。このまま話を続けるのならば一般的な両親の前でした方が良いと考えたためである。

 だがしかしジゼルはその手を取ることはなくあの時に見せた煌めいた瞳とは対照的に異なるどんよりとした、途方のない黒闇を連想させる瞳で己のうちに潜んでいたモノを語った。

 

「……ねぇ兄さん、私にとってこの世界は人形みたいものなの。人も景色も世界そのものも、全部作り物。なのになんで人とカテゴリされるものは壊しちゃいけないの? この人形と何も変わらないじゃない。 もしかして血が出るから? 動いているから? じゃあオイルの入った機械壊すこともダメなの? 違うよね? なんで人という"キャラクター"は壊しちゃいけないの? ねぇ、なんで?」

「──君にとって人は、世界はなんだというんだい?」

「人はキャラクター、世界は漫画そのもの。私はね兄さん、否、高遠遙一さん。地獄の傀儡師を名乗る犯罪コーディネーターさん。物心ついた頃からこの世界が嫌いだったの。憎らしかったの。なんで生まれてきたんだって恨んで、目に見える全てを偽物だと判断して。でもね、貴方に会ってようやくこの世界に生まれた理由がわかった気がするんだ。私はきっと“そちら側"にいるべき存在。"名探偵コナン"の世界で“金田一少年の事件簿"側のキャラクターにならなければならないいけない異端児。記憶を所持しているのはこの世界を更に混沌させるためなのかもしれない。だからね、高遠遙一さん、私にキャラクターを殺す理由をちょうだいよ。きっとそれがこの世界が望んでいる事だから」

 

 

 妹の口から淡々と語られたその事実に、遙一は思わず息を呑む。

 彼女は以前の記憶を無くしていたのだろうと考えていたが、どうやらそうでもないらしい。遙一を以前の渾名で呼ぶ辺り、それ相当の記憶を所持していたのだろう。だがそれと同時に気になる言葉も二、三ある。

 それはこの世界が"漫画"であるということ。人が"キャラクター"であるということ。

 

 彼女の言っていることが正しいのであれば、この世界が誰かに作られた物語の中という事になる。こんな馬鹿馬鹿しい話なんてあるわけないと思いつつも、もしかしてなんてと考えてしまう自分もいる。こんなファンシーな言葉を間に受けるほど自分は落ちぶれてしまったのかと気落ちするかと思いきや、案外そうでもない。

 何故だがすんなりと"そうなのだ"と理解してしまった自分がいたことに驚きだ。

 

「ねぇ教えてよ。彼らは人間なのかキャラクターなのか。はたまた私が狂っているだけなのか。人と呼ばれるモノを壊せばわかるかな? 腹かっ開いて臓物取り出して、肉を削ぎ落として骨だけにすれば私は彼らを人と認められるの? 眼球抉って観察して頭蓋骨の作りを記憶と照らし合わせれば、私は彼らを人と認識できるの? どうやれば私はこの世界を正しく理解できるの? ねぇ、どうすればいいの? 何にこの憎しみを向ければいいの」

 

 もしもこの子が言っていることが本当ならば、この"高遠ジゼル"は"高遠遙一"に生き方をこうている。

 きっと理解し難い"漫画の世界"とやらで生きるための理由を探しているのだ。その結果人を殺す"悪役"に徹するのさえ厭わない、そんな決意さえも見て取れる。

 理解し難い世界で生き残るために生きていくために、彼女は自身を狂わせることにしたのだろう。

 

 きっと彼女は人を殺したことがない。否、殺す気なんてない。でもそうしなければいけないのだと何かが彼女を突き動かしている。

 必死に狂おうとしている妹に"何故か"遙一は親心にも似た何かを抱き、思ってもいないほど穏やかに微笑んでいたことは今後誰も知ることもないだろう。

 

「──君はなかなか愉快な考えを持っているようですね。それに私の過去を知っているとは。いいでしょう、貴方が私にこの世界を教えてくれるので有れば、私は貴方に知識を与えてあげましょう」

 

 

 そう言った遙一に妹は目を煌めかせて、これから"も"よろしくねと頷いた。

 

 

 

 それからというもの、遙一は妹に様々な知識を詰め込んだ。有難いことにまだ幼いジゼルの脳はスポンジのように知識を吸い取っていく。両親の知らぬところで人の急所の勉強やら動物の解体実験をこなし、確実に彼女は狂人的思想を抱いていく。

 一度だけ"私も完全犯罪をしてみたい"と計画書を提出してはくれたが、それはあまりにも杜撰な計画で思わず呆れてしまったモノだ。だが妹はそれに懲りることはなく、何度も何度も計画を練っていく。お手本になるようにいくつかの"計画書"を用意しておけば、彼女は嬉しそうに受け取りそれを元にして新たに計画を練っていく。

 

 一年二年とそのようなやりとりを行なっていれば自然と力はつくようで、遙一的にはまだまだ疎かな計画書であったが一般人ならば解けないであろうレベルにまで達することができた。それを伝えれば彼女は力試しをしてみると意気込み、国語のノートに物語を描いていく。

 何故物語なのかと問えば、その方がこの世界では受けそうだからとジゼルは笑った。

 

 

 

 そして数日後、妹はがっくり肩を落として学校から帰宅する。

 

 

「今日ね、"主人公"にトリック見破られちゃった。まだまだ"悪役"にはなれないなぁ」

「──大丈夫、私がついていますから。貴方を立派な犯罪者にしてあげますよ、すぐにでも」

 

 

 遙一はただ嬉しかった。

 大切な家族の一人がこちら側に落ちてきて。何故かわからないが、必要以上に歓喜したのだ。堂々と彼女を取り込めたことに。

 

 高遠遙一はもう、一人ではなかった。

 

 

 

 

 

 




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