漫画的世界の"悪役"になろうと思う。 作:十期
やっぱりこの世界はすげぇや。
目の前でワタワタする工藤家族を眺めながら、私は知らない男の腕の中で無表情を貫いていた。
犬が歩けば棒にあたると等しく、工藤が歩けば事件にあたる。つまり何が言いたいかと言うと、現状私人質。
それもつい先程まで工藤優作氏が推理していて解決したばかりの、殺人事件の犯人からのである。
ワロスワロス。
「──落ち着いて、その子を離すんだ」
「う、うるせぇぇぇええ⁉︎」
お前の声の方が五月蝿ぇやい。
私はため息をつきたいのを必死に堪え、何故こんな状況になったかとのんびりと思い出すことにした。
始まりは多分、三時間ほど前。謎解き友達の工藤宅で答え合わせをしていた時である。その日はたまたま両親と兄さんが用事があり帰りが遅いと私はうっかりとその情報を新一に流していた。
そしてその情報が彼のご両親の耳に入ってしまったようで、私はキャラ立ちする三人に囲まれて夕ご飯でも食べに行こうぜ、となってしまっていたのである。
いやいや流石に友人家族プラス一人で出掛けられるほど根性決まってないわ、とお断りしたのだが、気にしなくていい、むしろ一人で誰もいない家に帰すのは忍びないし帰りは送って行こう、と半ば強引に連れ出される始末。ちなみに一度母に電話も入れられて逃げ場もなかった。
こういう行動は幼馴染の女の子にしてあげてほしいものである。
結局お断りは虚しく、そこら辺のファミレスよりお高いであろう個人店へと連行されてしまっていたのだが食事の最中に事件勃発。甲高い女性の悲鳴が店内に響いた瞬間、新一は駆け出し優作氏は私と有希子氏にじっとしておくようにと言い残して現場へ向かっていった。有希子氏は優作と新ちゃんがすぐ解決してくれるから安心してと笑って食事を続けており、私もその時は殺人現場になっていると思わずオムライスを食していた。
オムライスがほぼほぼなくなる頃には警察が到着したようだが、その時には既に優作氏が事件解決間際だったのだろう。恰幅の良い警部補とやらと何を話し込んでおり、容疑者となっていた人物を集め出して推理を始めている。
そんな最中、私は有希子氏と警察の一人に断りを入れてトイレに向かったのである。いくら推理中とて尿意にはかなわなかったのだ。面目ない。
私は用を終え鏡の前で少し乱れた髪を梳かし、"兄さんに言われているように"万が一の準備も欠かさずトイレから出る。すると既に犯人の自供が始まっていた。
やはり警察より探偵なんだなとこの世界の仕組みに感心していると、顔を怖べた男と視線が交差する。
そしてその結果がこれだ。
見事な人質。
「お前さえ! お前さえいなければ上手くいくはずだったんだァァアアア!」
うん、わかるよその気持ち。探偵がいなければ完全犯罪だったのにって事だよね。うんうんよくわかる。こんな世界だもの、居合わせたメンバーが悪かったと私も思うから、私の首に添わしているナイフを置きなさい。
いくら何でも私だって痛覚はあるのだ、プッツリと皮膚を裂いたであろうところがヒリヒリしているし、きっと切れているに違いない。
こちらを見遣る工藤一家もそこそこ慌てているようだし、新一に至っては顔を青くしている。全くもって、ここはヒロインポジションであって私の場所ではないのだが?
「あのー、すいません?」
「ッお前は黙って──⁉︎」
プシュッとな。
残念ながらただただ拘束されているだけの私ではないのだよ。
この世界の悪役ならば自分の身は自分で守るものだと、私は隠し持っていた小型スプレーを犯人の顔めがけて噴出する。中身はデスソースとカラシとワサビを混ぜた液体を水で割り濾過したもので、変質者撃退用に兄さんから持たされていたのである。兄さんがシスコンだからも持たせていたわけではなく、こんな世界だからいつ犯行に巻き込まれるかわからない、犯人だから死なないわけでもないという考慮も踏まえた防犯キットでもあったのだ。
まさか使う機会があるとは思っていなかったが、何様兄様傀儡師様、抜かりなかったように思えるものだ。
顔を抑え、のたうち回る犯人を唖然と見ていた観衆であったが、警察はその隙を逃さず犯人を確保。私は一応撃退スプレーの説明をして、犯人の顔を念入りに洗う事をオススメしておいた。まぁこれで失明に至ったとしても、私は悪くない。人質だったのだもの。
「ジゼル! お前! 首⁉︎ クソっ」
「落ち着け工藤君、私は大丈夫だから」
「でも!」
「ほーら、怪我はないよー!」
心配そうな、泣き出しそうな顔をしている新一の前でクルリとターンし首以外に怪我はないことを示したのだが、それでも私は彼に抱きしめられた。
こんな現場蘭に見られたら誤解されるのではと必死にその腕から逃れようとするも、今度は新一ごと有希子氏に囚われた。
「……よかった! ジゼルちゃんにもしものことがあったら私ッ!」
「いや大丈夫ですって」
「でも、女の子に怪我させるなんてっ!」
「普通に生きてても怪我はしますって。この前も段ボールで指切りまして、そっちの方が痛かったなぁ」
「そう言う問題じゃねぇだろ⁉︎ なんでそんなに冷静なんだよ! お前、怪我じゃ済まなかったかもしれねぇんだぞ⁉︎」
「いやだって工藤君もいるしおじさんもいるし、助けてくれるでしょ?」
君は”主人公"よ?その両親よ?
もし私が彼にトラウマ植え付ける役割だったキャラクターだとしたら死んでたかもしれないけど、私は"悪役"。配役はどちらかといえば殺す側と"決めつけられている"のだ、そう簡単に殺されるわけがない。
大袈裟だなと笑って戯けて見せれば、仕上げにとばかりに優作氏までもが私を抱きしめた。
「そうか、君はそこまで私達を信用してくれていたのか……」
「次は俺が守るからっ!」
「ん? まぁ、よろしく?」
何これ盛大なモテ期?探偵にモテても嬉しくないんだけど。
それにそのセリフは是非私じゃなくてヒロインに向けて言っていただきたい。一応キョロキョロとあたりを見渡して彼女らがいないこと確認しておくが、万が一見られていたら炎上モノである。
新一大好き蘭に、新蘭大好き園子。その二人は私の友人ではあるのだが、何せ多感な時期の少女だ。私が彼を好きなのではと疑っている節がある。私にそんな気持ちがないとしても抱きつかれている姿を見てしまったらいい気はしないであろう。
「──にしても、ジゼル君はよく冷静でいられたものだね。パニックに陥ってもおかしくない状況であったというのに」
「それは兄のお陰ですかね。人生何があるかわからない、いざという時のために常に先を考えろと教え込まれていますから。故に一人で出歩くときは防犯スプレーか先の尖った何かをいつでも使える状況で持ち歩いています!」
今回のデスソーススプレーや家のカギの先端とかね。
この犯罪の多い米花町ではうっかり何かに巻き込まれないとは限らない。そのための防犯対策でもあるわけだ。兄さんに護身術を習っているが子供と大人の体重差であったり、男女の力の差でやり込めることはないだろう。そのときな必要なのが痛みである。大概の人間は不意打ちの痛みに弱いモノで、その一瞬の先をついた猛ダッシュできれば私の勝ち。多分これはうっかり探偵に捕まった時にも代用できる行動なのだと思う。
「ジゼルちゃんのお兄さんは、本当に貴方が大切なのね」
「──家族ですし」
血は繋がってないし、傀儡師だかな。それに私が捕まると自分に不利益が被りそうだから教え込んでる感もあるけれど、まぁそこそこは大切にされてるとは認めよう。
じゃなきゃこんな小娘の戯言を信じて知識を与えてくれるわけないだろう。
「てなわけで、私は大丈夫なのでそろそろ離してくれませんかね工藤君」
「──わりぃ」
「目の前で知り合いが人質になればそうなるのも仕方ないと思うよ。ただ、もうそろそろおうちに帰りたい」
「みんなで送っていくわ!」
「その前にご両親にもう一度ご連絡をしておこう。事件に巻き込んでしまったわけだからね」
「そうですね、黙ってると『工藤さんにお礼いえてない』って母に叱られそうです」
「……そこはまずオメェの安否確認だろうが」
「……たしかに」
そう言われてみれば御礼よりも先に首の傷のことを話すのが先か。
でもまぁ兄さんと色々やりすぎて怪我は多い方だし、そこまで問題視されない気もする。一応私がマジックの練習をして怪我をしたって体を貫いてるし、両親から見たらヤンチャな子だからな。
私はお店に備え付けである電話で母の会社へと連絡し、事件に巻き込まれてしまったことを説明した。途中から優作氏が代わりに話してくれて、母は仕事を切り上げて帰ってくるそうな。工藤一家は私が不安だろうからと家まで送りとどけ、母に引き渡すときは深々と頭を下げていた。大事な娘さんを巻き込んですまなかったと。
母は工藤一家が悪いわけでないからと頭を振り、逆にいつも娘が迷惑をかけて申し訳ない。今後も仲良くしてほしいと笑っていた。
安心しておくれ母さん、私と新一は"平行線"の関係を目指しているのだから。きっとこの先も仲がいい友人でいられるさ。