気がつけば寒い季節も終わりを迎え温かな春がやってきた。
リドルはクィディッチの試合でしっかりと自分の役割をこなし、見事今年のクィディッチ優勝杯はスリザリンが獲得し、リドルに対する評価はただの成績優秀の模範生ではなく、クィディッチまで得意だという魔法界においてかなり尊敬される地位も得る事ができた。
これはただ他人と交流し、その中で生まれるかもしれない愛を理解しようとしただけのヴォルデモートにとっては思わぬ副産物であったが、更に教師や生徒たちをうまく騙す為には丁度良い隠れ蓑であった。
しかし、ヴォルデモートは2年生が終わる前であっても、やはり愛の何たるかなど到底理解できていない。
選手達を観察し、それなりに心を通わせる事が出来る相手とは、相手が何も言わなくても次の行動がわかるようになる。という特殊能力──ヴォルデモートは人の心を理解しない為に、それは特殊能力では無いかと訝しんでいた──を得ることができるらしいとは、わかったが。
ヴォルデモートはそもそも人の心を見る事が出来る。その為、それは彼にとっては必要ではない能力であり、開心術を使わずに人とアイコンタクトをするだけで心がわかる、相手の気持ちを読み取る事など、ついぞヴォルデモートにはなかった。
そもそも、この能力──と言って良いのか疑問だが──は、ある程度人と交流し、仲を深めれば誰だって会得するありふれた力だ。
だが、心を一切開く事なく、閉ざしきっているヴォルデモートにそんな能力が会得できるはずもない。
クィディッチでリドルがシーカーだったのは幸運だっただろう。チームプレイが全くもって出来ない、というよりやろうとする気持ちが微塵も無いヴォルデモートにとって、もし他のポジションだったならば間違いなくクビになっていた。
成績優秀、品行方正、怒るとそれなりに怖い、クィディッチも得意、さらにとびきり美少年。
それが、2年生終盤のトム・リドルの評価だった。
そしてこの頃からヴォルデモートは静かに、確実に、闇の魔の手を幼き同級生達に忍び寄せ始めようとしていた。
──まずはやはり、ルームメイトであるテオとジュードだろう。ジュードは救いようもない馬鹿だが、だからこそ深く物事を考えず俺様に陶酔し誰よりも忠誠を誓う。何より好ましい純血魔法族だ。テオもまたどうしようもない馬鹿だが純血であり、マグルに対し嫌悪感が強くたくさんのマグルを殺す優れた死喰い人になる。
彼らは馬鹿だが、利用すべき価値がある。今まで苦労して脳内クルーシオだけで済ませてやったのも、全ては未来の為だ。
リドルはぱたん、と読んでいるふりをしていた本を閉じ、各自ベッドの上でクィディッチの雑誌を読んでいるテオとジュードを見た。
「テオ、ジュード。君たちはマグルと魔法族について…どう思う?」
「んー?」
「え?」
テオとジュードはいきなり何だろうかと雑誌から顔を上げ、薄く微笑むリドルを見た。
「魔法史の課題の話か?」
「そんな課題でてたっけ?どうしよう、僕まだ終わってないや」
「俺もだ」
「…君たちが自主的に課題を終わらせる事があったのなら、ぜひ教えて欲しいんだけど?」
ちくりとリドルが言えば、テオとジュードはニヤリと悪戯っぽく笑い「また今度な」「来年は期待してて」とからかうように言った。
「…課題の話じゃないさ。…ほら、グリンデルバルドは魔法界解放の為に活動してるだろう?どう思うのかなって思って」
「あー。その話か。俺の父上はグリンデルバルド賛成派だな、マグルなんかの為に俺達が隠れるのは間違ってるって言ってた。父上が言うんだ、間違いない」
「僕は…親とその話をしないけど、マグルを粛正するのはイイよね」
顔を見合わせてテオとジュードは頷いた。
リドルは表面上では「そうなんだ」という表情をしながら、内面ではやはり前回と2人は同じだとわかりほくそ笑む。前回もこの切り口で2人に魔法界とマグルについて目を向けさせ、議論を交わしていた。
──いや、議論だと思っていたのはコイツらだけで、実際は俺様の巧みな話術により俺様が思うままに思想を植え付けていったと言うべきだろう。
ヴォルデモートがなによりも優れたのは、人を誑かせる巧みな話術にある。
同級生の幼く愚かな子どもの思想を操る事など、ヴォルデモートにとっては至極簡単な事だった。
それ以上の、警戒している大人の魔法使いですらヴォルデモートの話術に惑わされ疑心暗鬼になり、仲間内で見張り合い──破滅していったのだ。
「…君たち2人が、僕と同じ考えで嬉しいよ。…僕も、魔法族がマグルの為に隠れ暮らすのは少しおかしいと思ってる。マグルの粛正は、正しい事だ」
──少し、ではないが、いきなり全てを曝け出す事はしない。少しずつ、数年をかけて巧みに支配させていくのだ。
テオとジュードは、目をぱちくりとさせてリドルを見た。
リドルが、まさかそんな事を思っているとは思っていなかったのだ。誰にも分け隔てなく優しいリドルが、マグルに対して偏見の目を持っている?その考えの魔法族は少なくは無いが──トム・リドルという人間の言葉にしては、少々違和感があった。
「へえ?トムがそんな事いうなんて、ちょっと意外だな」
「…そう?」
「そうそう。トムって誰にも優しいから、てっきり博愛主義なんだと思ってた」
「…そう見えるかな」
──ふむ。前回こんな流れだったか?流石に会話の内容までは思い出せん。少々急ぎすぎたか?いや、前回も確か3年に上がる前だったはずだ。時期としては正しい。
「──少し、思っただけさ」
リドルは彼らの困惑を読み取るとすぐに話を打ち切り、誤魔化すように曖昧に笑った。
テオとジュードは顔を見合わせて首を傾げた。なんとなく、いつものトムでは無いような気がする。
そんな僅かな違和感に──ジュードは「あ!」と声を上げる。
「わかった、トム。夏休みに孤児院戻りたく無いんだろ。もしかして、マグルに…何かされたりしてるのか?マグルの孤児院なんだろ?」
「トム、まさか、虐められてるの?」
マグルは魔法の力を知ると、大体が拒絶しその力を奇妙なものだと思う。
テオはまさか、自分の母のように心なく薄汚いマグルなんかに、この何より素晴らしい人が虐められているのかと険しい表情でリドルを見た。
「──え…。…いや…孤児院に戻りたくはない…けど」
「いいって!わかった、俺はわかってる。何も言うな」
「そうだよトム!そんなことになってるなら言ってよ!僕ら友達だろう?」
「…は?」
テオとジュードは真剣な顔でリドルの元に駆け寄ると慰めるようにリドルの肩を叩いた。
──こいつらは何を言っているのだ。
ヴォルデモートは人の心がわからない。だからこそ僅かに動揺し、それがリドルの表情にも現れた。
僅かに目を揺らせ狼狽したように見えるリドルのその表情を見たテオとジュードはハッと息を呑むと顔を見合わせた。
「大丈夫だトム。わかってる。夏休みは俺の家に来い」
「……待て」
「それがいいよ!僕の家でも良いよ」
「……おい」
しかし、テオとジュードは意味ありげに視線を交わしこくりと無言で頷くだけだった。そう、テオとジュードはクィディッチで絆を深め、十分に互いの考えを理解できるようになってた。そして、その表情から同じ事を考えているのだろうとも読み取っている。
2人はすぐにリドルから離れると家に手紙を送る為に机に向かい、物凄い速さで羽ペンを動かす。
ヴォルデモートは、全く2人の思考回路が理解できず、珍しく狼狽えた。
それもそのはず、ヴォルデモートは2人の心を見て、その2人の言葉に他に真意があるわけではなく──ただ、己を心配して孤児院から引き離そうとしているのだと、感じ取ってしまったのだ。
──何故だ。何故そうなる。たしかに孤児院はマグルの腐った臭いがする。1秒でもいたくはない。だがマグル如きに虐められるなど、この俺様があり得るわけがないだろう。
前回と同じ世界を辿らず、全てを偽り欺き、完璧な善人に擬態しているヴォルデモートは、全てが自分の想像通りうまくいくと微塵も疑っていなかった。
前回よりも誰に対しても優しく接し、クィディッチの選手となった事の新たな副産物が──こういった形で現れるとは夢にも思わなかった。
そう、ヴォルデモート本人は全く意識していなかったが、クィディッチでの経験はヴォルデモート以外に多大な影響を及ぼしていた。
テオとジュードの深い絆、そして、それは2人だけではない。テオとジュードは、同じようにリドルに対しても、強い絆を一方的に感じていた。絆…と言うよりも、友情と言えるだろう。
前回、リドルは2人に対しこれ程まで甲斐甲斐しく世話をしなかった。何故なら、前回のリドルはまだ自分のことで精一杯な子どもであり目の前に広がる魔法界を知ることに夢中だったからだ。
前回、リドルは2人に対し特に怒る事も無かった。何故なら、人間というものに期待もせず興味もなかったからだ。愚かで馬鹿な同級生であり、利用価値などないと、この時は思い込んでいた。
前回、リドルはクィディッチの選手では無く。2人や他の選手たちと青春めいたものをする事は無かった。共通の強い経験を重ねる事で、絆が強固になり互いを好きになる、そんな事はこの年代の青少年にはありがちだった。勿論、一方的なものだが2人はリドルも同じように思っていると信じ込んでいる。
何故なら、リドルはテオとジュードを特別に目にかけ、甲斐甲斐しく母のように世話をし、時には叱責した。
それもこれも、きっと自分達が真の友達──そう、親友だからだ!
と、テオとジュードは思っていたのだ。
そんな親友のトムが、どうやらマグルの孤児院でとんでもない目にあっているらしい。
誰にでも優しいトムが、マグルの事を嫌うくらいだ、よっぽど酷い目に遭っているんだろう!こうしちゃいられない、親友のトムが苦しんでいるのなら、せめて避難させてあげよう!
と、そう2人が考えるのも当然だ。
2人にとって、リドルは親友なのだ。
だがしかし、彼らの親愛を理解できないヴォルデモートは、心の底から困惑し、狼狽えた。
──何故そうなる。確かに俺様はコイツらにとって良き友人であるように取り繕っている。だが、何故前回以上に俺様の事を、そこまで…?理解が、出来ん。
そう、ヴォルデモートは2人の好感度を上げすぎたのだ。
それはまさに、ヴォルデモートが初めて向けられた愛情だった。
奇しくも、あれほど知りたかった愛が最も近くにあったのだが──勿論、ヴォルデモートには理解が出来ない。
ただ、2人がなんの見返りもなく自分を孤児院から避難させるわけがない、その見返りにレポート一年分くらい要求するに決まっている。そう考えていた。
「…課題1年くらいやらせるつもり?」
リドルは羊皮紙に向かうテオとジュードの背中に冷たい言葉で問いかけた。
だが、2人は視線を上げ首を傾げ「なんの話?」と答えるだけだった。
──なんの見返りも求めないなど。あり得ない。なんのつもりだ。
ヴォルデモートは、2人からの温かい無償の親愛が理解できず、腕にぽつぽつと鳥肌が立つのを感じ、気持ち悪そうに腕を擦った。
果たしてトム君は7年間の間に親愛を理解できるようになるのでしょうか。