3年目のホグワーツ生活が終わり夏季休暇がやってきた。
リドルは再びジュードの家に招かれ夏休みの一ヶ月間、レストレンジ家で過ごした。
8月からはアランが「是非ノット家にいらしてください」とリドルを誘い、後半はノット家で過ごす事となる。
ノット家はレストレンジ家と異なり純血貴族でもない無名のリドルが長期間家に泊まる事に難色を示したが、リドルだけでは無くルーク、ジュード、テオも泊まると聞いてあっさり許可した。
元々レストレンジ家、ノット家、ロジエール家、エイブリー家は親交があり、純血貴族の彼らは長子として──次期当主として、仲良くなる必要があり、現当主達は将来のためにそれを強く望んでいた。
互いに裏切らぬよう、尊い純血を守るためにそれは必要な事であり、彼らは幼少期から晩餐会などで度々顔を合わせていた。
そんな純血貴族の次期当主達が口を揃えてトム・リドルの素晴らしさを目を輝かせて伝えるのだ、リドルという少年に一度会ってから今後付き合いをどうするか決めてもいいだろう。我が子がこれ程言うのだ、きっと純血なのは間違いない。そう、各家の当主達は考えていた。
こうして幾つかの打算が含まれたお泊まり会がノット家で開催される事となった。
ヴォルデモートとしては行きたい気持ち半分、面倒臭い気持ち半分。といった所だろう。
──マグルの孤児院で二ヶ月間暮らさず済むのは、なによりもありがたい。成人している魔法使いが居る場所では魔法を使用する事だって出来る。
ノット家にも膨大な書籍があると聞いている。中には今では禁忌とされている魔法が記されている本もあるとか…。
読みたい、是非読んでみたい。
だが、アラン。アイツはいいのだ。テオとジュードのように騒ぐ事も、無理矢理クィディッチに誘う事も無い。
しかし…テオとジュード、それにルークも居るとなると…どう考えても静かには過ごせまい。
──…うむ…秘蔵書の数々は魅力的だ…。
自分の平穏と、まだ知らぬ本の存在を天秤にかけたヴォルデモートは、結局、8月からノット家にジュード達とお泊まりしに行く事となった。
そんな8月のある日、テオとジュードは家から持ってきた箒でノット家の広大な庭を飛び回り、リドル、アラン、ルークはテラスで優雅に紅茶を飲みながら読書に耽っていた。
「トム、これ父上の書斎から借りてきたものです」
「ありがとう、アラン。……すごいね、読んだことの無いものばかりだ」
アランは机の上に数冊の本を置き、リドルは表紙を撫でながら満足そうに笑う。どの本も古く、一般人は読むことの出来ないもので、忌避された魔法ばかり書かれていた。
ノット家の歴史は古い。このような本が書斎には沢山あり、それはノット家の者しか持ち出す事のできない強固な呪いがかかっている。
禁じられた魔術や、古代魔法をノット家で秘匿するための措置なのだが──まぁ、それもこのように自ら他人に手渡せば意味がない。
「いえいえ。──トムも、こういった魔法に興味がおありなのですね?」
「そうだね…力のある魔法は、それだけで魅力的だから」
リドルの薄い微笑みに、アランはリドルのお絵かきの内容を思い出して甘温かい目を向ける。
──そういえば蛇とか髑髏とか血とか描いていましたね。間違いなくアングラな物が好きなんでしょう。やはり、マグルと過ごした何年間はトムの心を苦しめていたのですね…可哀想に…。
アランは何も言わずにリドルの前に有名店のクッキーやフィナンシェが入った皿をそっと近づける。リドルは本に視線を落としたまま、綺麗な指で丸いクッキーを摘みぱくりと食べた。
──ああ、きっとこんな上等なものを食べたこともないのでしょうね…ゴーント家の末裔がおいたわしい。まぁ…没落し困窮してましたので、ゴーント家で暮らしていてもこのような生活は出来なかったでしょうが…。
「…何?」
リドルはアランがじっと自分を見つめる視線に気がつき、ふと顔を上げ首を傾げる。
「いえいえ、沢山食べて大きくなってくださいね」
「……」
ヴォルデモートは理解できないアランの言葉にすぐに開心術を使ったが──アランは嘘は言っていない。本当にすくすくと大きく育ってくださいね、とその時は思っていた。
アランの優しい目に、ヴォルデモートはまたぽつぽつと首筋に鳥肌が立つのを感じ、首元を摩った。
暫くは遠くから聞こえるジュードとテオの歓声や罵声──クィディッチに熱くなると口が悪くなるのは誰だって同じだろう──しか聞こえなかったが、突如高い鳥の鳴き声…いや、絶叫が響いた。
リドルとアランとルークは本を読んでいた顔を上げ何事かと声のした方を見る。
それは断末魔のような叫びであり、近くの森に野良犬が魔獣でもいるのだろうか、とリドル達は無意識のうちに杖を握った。
「うわっ!やべっ!」
だがすぐにジュードの焦ったような声が聞こえ──ヴォルデモートは「また何かやったのか」と杖を握る手の力を緩めた。
「なあなあ!このフクロウってノット家の?」
「は?…い、いえ、違いますが」
ジュードはフクロウの足を掴み、ぶらぶらと揺らす。
どうやら飛んできた茶色いフクロウをブラッジャーと間違えて思い切りバッドで殴ってしまったようであり、どう見ても──無事では無さそうだ。
「フクロウの口から手紙が落ちたよー?」
フクロウが運んでいた手紙はジュードのわざとでは無い攻撃によりその嘴から外れ、ひらひらと落ちていた。空中で掴んだテオは箒に乗りながらリドル達の元へ向かった。
どこのフクロウ便かはわからないが、この家に来るのだからレストレンジ家宛の手紙なのだろう。そう思いテオは手紙をアランに手渡す。
ジュードは暫くぶらぶらとフクロウを掴んでいたが、どうやら誰のフクロウでも無いらしいと分かると、ぽいっと近くの森へ捨てた。
フクロウが運搬途中に事故に遭うのは、少なくない。きっと今回もそんな事故の一つだとして処理される事だろう。
遺骸は獣が食べるだろうし、証拠は残らない。
特にフクロウに思い入れもない──自分の家のフクロウなら別だが──ジュードは何も気にせずリドル達が集まるテラスへ向かったし、ジュードの行いを見ても誰も苦言を言う事も、咎める事もない。
彼らは純血魔法族。
壊れたものは買い換えればいい。それが例え命であっても──代用出来るのならば、問題ない。という思考を、幼少期から埋め込まれているのだから仕方がないだろう。
「これ…ルーク宛ですね」
「え?僕?──ありがとう」
アランは宛名を読み、そこに書かれている名前がルーク・ロジエールだと分かるとすぐにルークに手渡した。
確かに表にはロジエール家の紋章があり、ルークは少し開けるのを躊躇い、小さなため息をついた後ゆっくりと開き中の文を読む。
「……あー……やっぱりね」
ルークはいつも余裕に満ち、他者を見下す笑いしか見せない。隙も弱音も吐く事は無く、マグルと穢れた血を心から侮蔑し視界に入るのも嫌がる。半純血の事も内心では馬鹿にし、自分より劣っていると信じている。
この中で誰よりも純血思想──というより、血を裏切る者への嫌悪が強いのは、おそらくルークだろう。
そんなルークは、今まで──少なくともリドルは──一度も見たことが無い悲しそうな、苦しそうな表情をしていた。
ヴォルデモートにとって1度目のルークは忠実な部下だった。
誰よりも血を裏切る者を許せず、何人もの魔法使いや魔女を殺した。楽しげに笑いながら、拷問する事だってあった。
自分が正しい事をしているのだと信じているルークの苦しげな表情を見たのは、死の間際くらいだろう。
「…どうしたの?」
ヴォルデモートは、何となく、気になった。
──その心の変化を、ヴォルデモートは気が付かない。
「あー…うん…誰にも、言わないでくれるかな…?」
ルークは困ったように笑い、リドルと、そして友人達を見つめる。
彼らは真剣な顔でこくりと頷いた。
「グリンデルバルド、いるだろう?──僕の叔母は、グリンデルバルドの側近なんだ」
「…そうなんだ?」
ヴォルデモートは目を見開き──久方ぶりに驚いた。
──そうだったか?…いや、流石の俺様もそれ程重要な事は忘れまい。前回、その事は知らされていなかったのだ。何故今回はそれを…そうか、俺様が今、コイツらと共に夏季休暇を過ごしているからか。
「ヴィンダ・ロジエール…って言うんだけどね。僕の母様の…歳の離れた姉上なんだ。僕は会ったことは無いけどさ。…まぁ、その関係で、家に魔法省の人間が来るから、アイクの家から直接ホグワーツに行くようにだって」
アイクの父さんにはもう連絡行ってるみたいだよ。とルークは手紙をひらひらと振りながら苦笑し、机に肘をついて大きなため息をこぼした。
「そうですか、大変ですね…」
「…ルークは、グリンデルバルドの思想に賛同してるの?」
「ん?勿論」
リドルの問いに、ルークはあっさりと頷いた。特に隠しているわけでもないし、そもそもグリンデルバルドが現れる前から純血思想に染まりきっている一族であり、ルークは次期当主だ。
「…その様子だと、トムもかな?」
「そうだね」
「良かった!」
ルークは嬉しそうに笑う。
──もし、いくら素晴らしい友人であるトムだとしても、穢れた血やマグルを認める発言をすればこれ以上交流するつもりは無かった。
「トムは、俺たちと同じ由緒正しい純血だからな。…純血思想がどんなものか…わかってるだろ?」
「まぁね」
「私たちが、純血思想がなんたるか…純血である事が何故尊いのか、血を裏切る事がどれほど罪深いのか教えてあげましょう」
「…よろしく」
リドルがふわりと微笑めば、ジュード達は満足そうに笑った。
彼らは由緒正しき純血魔法族。同じ思想を持つ純血同士の繋がりは強固であり絆は強い。
彼らは滅びゆく運命にあった純血一族、ゴーント家の末裔がトム・リドルだと信じて疑っていない。
確かな証拠は何もなく、ただマールヴォロの名を受け継ぎ、パーセルタングが使える…それだけだ。だが幼い彼らには──それで十分だった。
誰よりも優しく、尊敬できる親友であるトム・リドルが自分達と同じ高貴な血が流れている。その事実は彼らの胸に、今までにない特別な感情をもたらした。
確かな親友であり──守るべき
ヴィンダさんとの関係は勿論捏造です…
年齢的にはありうるか…!?って思っていますが、どうなのでしょうね。