彼女と息子   作:Victor_oscar

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本作は彼女お借りしますのショートストーリーです。殆どかのかりしてません。
2045年が世界設定です。ちづるの息子はどうなっているかというSF作品です。
和也は全くでてきません。


病室と終戦

2045年2月末。バレンタインだの故郷は騒いでいる。日本から飛び立った兵士の俺には馴染みない。すっかり異国の文化に染まり切ってしまった。

 

帰還後の足取りは何をするにも悪い。シャワーでこびりついた血と汚れは洗い流したし。腕や足は新調した。取りたいと思っていた機構についた泥と匂いも取り払った。だが、俺の心は重いままだ。ずっと心の底に溜まった膿のようなものは消えない。

 

まだ、緊急治療室の上で寝込んでいた三日前。中尉の昇格が確定したと聞かされた。隊の全滅という結果を差し引いて得られる者は少ない。

企業が得た利権の肥やしにしかならない。突き詰めて言えば、今までそうだったと突きつけられた。

 

ベットから起き上がり、横にある机に置かれた写真立てを手に取る。

そこには仲間がいた。ちらほらと人間の顔とは思えないほどの顔をしている。

人口皮に、前頭葉部をLEDオプティクスをそのまま備え付けている。加えて頭にヘッドセット。首筋には脳を繋げる神経接続端子がある。

デザリングと呼ばれる身体改造技術は企業戦争により大幅に引き上げられ、どんな劣悪な環境でも戦い抜くことが可能となった。

俺もその恩恵に与った一人と言える。

 

「俺は何をやってたんだろうな。」

真上の蛍光灯が無情にも眩しい。

 

湧き出る感情は抑えらず嗚咽を漏らす。ベットのシーツを濡らし、枕を汚していく。同時に眩暈と頭痛が交互に来る。

 

その時、扉をノックする音が聞こえた。

「少し待ってくれ!」

泣き顔を見られるのが嫌で、急いで目をこすり、数度深呼吸を繰り返す。ギリギリのところで踏みとどまり返事を返した。

「ふぅ...どうぞ。」

ゆっくりと開いたドアの向こうから、看護師がずかずかと入ってきた。手にはカルテを持っており忙しくペンを動かしていた。待たされてなのか少し不機嫌そうな表情を浮かべる。

「木ノ下さん。診察のお時間です。準備して下さい。」

固まった体をベッドから起き上がせ、スリッパをはく。ふらふらとした手つきで点滴スタンドを押しながら、案内されるまま病院内を進んでいく。世界が傾きながら動いている。

この前来た時と全く変わらない風景。病室と廊下の境目にあるガラス窓。壁の色。消毒液の匂い。すれ違う患者や看護婦。どれも見慣れたものばかり。

医務室に通されると、白衣を着た医師が座っていた。カルテを手に取り俺の名前を確認してくる。椅子を回転させこちらを向いた。

 

「えー木ノ下和人さん。体調と気分はどうですか?」

「最近、眠りが浅くて。前からもそうだったのですが。今回は特に酷くて。どうにも体が動かないんです。今も眩暈がしていて。」

 

眠ったとしても悪夢を見るだけ。原因不明の吐き気と倦怠感が常に襲ってくる。身体が思うように動かない。彼はこちらを一瞥もせずパソコンに何かを打ち込んでいる。カタカタと小気味良い音を立てていた。キーを押すとやっと顔を上げ質問してきた。

「食欲は?睡眠時間はどれくらい取れていますか?」

「あまり食べていません。睡眠は取れてないです。悪夢を必ず見るんです。」

医者は手元のマウスをクリックしながらキーボードを叩く。モニターを見ながら、手元のカルテにボールペンで書き込んでいた。

「それはどんなものでしょうか?」

 

「任務での出来事です。民間人が拷問にかけられて首を吹き飛ばされたところや。ブリーチングを掛けたときに響き渡った絶叫。そのあとに聞こえてきた断末魔のような叫び声。それらの夢を見ます。」

医者は淡々と機械的に質問を繰り返す。ぶっきらぼうでも冷たくも寄り添う形でもない。ただ感情を排して己の仕事を全うしている。

「それはいつ頃?」

言葉に詰まる。言え。言うんだ。湿る手と額の油汗が抑えられていない。

「....1週間ほど前です。それからずっとこんな感じで。」

「なるほど。わかりました。精神検査を受けましょうか。チェックシートご記入をお願い致します。」

彼はカバンからタブレット端末を取り出し画面をタッチしていく。俺はそれを受け取り操作しようとした。覗き込むと真っ暗な画面から突如として、幾度と見た人間を爆破する光景が浮かんできた。

息が荒くなり視界が回る。胃液が込み上げてくる。

気付くと俺はゴミ箱に頭を突っ込み嘔吐していた。震えながらギリギリ言葉を絞り出す。俺の手にあったはずのタブレットが消え、目の前には医者がいた。何が起こったのか理解できなかった。

「だ、だいじょう。げヴぇ。」

タブレットは吐しゃ物まみれになって床に転げ落ちていた。

医者は汚物を気にせず端末を拾い上げる。それを机の上に置き、画面に目を落とした。その顔は能面でどこか悲痛なものを感じさせるものだ。

「惜しいものです。まだ22歳でしょ?あまりにも若すぎる。ですが、これは仕方ない事です。貴方の精神状態は非常に不安定だ。これでは仕事が務まらない。」

彼は椅子に座り直し、俺の返事も待たずここ一週間の監査結果を話し始めた。聞き流しながら思考を巡らせた。

「では、そうですね。はい。まずは、簡単な質問から。あなたは日本省陸軍第二空挺師団特殊作戦群に所属していますね?現階級は三等軍曹。失礼。曹長でよろしいですか?」

記憶を探り、答えた。

「はい。間違いありません。」

「あなたの所属している部隊はどこですか?」

「桜沢基地です。」

「はい、結構。次は家族構成についてお聞きします。お母さんとと妹さん、それにおばあ様がいらっしゃいますよね?遺伝子欠陥は見られず、ご自身の身体を義体にした際にも以上は出なかった。

ではなぜこの様な症状が出たのでしょうか?思い当たるふしはありますか?」

「はい。家族構成はその通りです。症状については分かりません。」

医者はその答えに納得したのかどうなのかわからないが、眼鏡をあげて手元の資料を見て口を開いた。

「木ノ下さん。貴方はアラサカ社が開発したDNIシステムを脳に埋め込みました。私はこの分野に関しては専門外ですが、ただ一つ言えることがあります。貴方の脳波を解析したところ、DNIの統合監視システムにより貴方は感情を抑制され続けていました。通常なら、戦闘活動に従事する兵士は緊張感、罪悪感、恐怖心などを長年にかけて克服します。木ノ下さんの戦闘履歴を確認しました。休暇はなく4ヶ月以上任務を継続して行っていました。長期間にわたり、ストレスが蓄積された状態で、かつ、強いプレッシャーの中で仕事を行っていたわけです。その結果、極度の疲労と不安、焦燥感が募ったと考えられます。それはシステムが誤動作を起こすぐらいに。」

言葉が途切れると同時に、電子音が鳴った。医務室の扉が開き、看護師が入ってきた。

「先生。次の会議ですが。」

医師は腕時計を見ながら言った。

「あー。はぁ....。遅れると言ってください。今はこの人をなんとかしないとならない。」

「分かりました。」

看護師は扉の方に向かっていき出ていく。医者は様子を確認すると、俺に振り向き言葉を連ねた。

「すいません、話を戻しますね。貴方の症状は身体の機械化部分も影響しています。DNIとリンクしたサイバーウェアを突然切り離すと、機能不全を引き起こしてしまい最悪死に至ります。貴方と同様の症状を起こした患者は何人もいます。まだ、新しい技術なのでデータが少なく、当面では症状を薬による処方で抑え込むしかありません。その、なんと言いましょうか。申し訳ない。」

俺は驚きを隠せなかった。これはずっと続くってことか?

「えっ?」

医者は目を瞑りながら答えてくれた。

「治せないんです。私にはどうしようもない。」

彼は拳を強く握りしめていた。悔しいのは当人よりも医者のようだ。立場がそれをさせるのか、彼なりの責任なのか。俺には分からない。

「そうですか...分かりました。」

ただ、俺は了承する以外ほかにない。文句なんて言えやしない。

「お大事に。」

 

 

俺は診察室を後にした。宛がわれた部屋に戻るよう言われ、その通りにした。処方された薬を何十錠も飲む。赤に緑、青、黄色、色彩豊かなカプセルたちが俺の中に消えていく。しばらくすると睡魔に襲われ眠りについた。

 

翌朝、起きたは良いがやることもなくただ漫然と時間を潰した。薬が効いたのか、体調は良くなった気がするが、気分は全く良くならなかった。告げられた事実は良くはない。現状、金を稼ぐことも使命を果たすこともできそうにない。ただ不安になるので考えるのは止めようとした。その矢先、部屋の扉が開き、誰かが入ってきた。

「木ノ下さん。おはようございます!」

「おはよう。」

「シーツの取り替えに来ました。移動願えないでしょうか。」

「ああ。はい。」

彼女は看護師だった。10代後半くらいだろう。とても若々しく昨日の医者とは違い希望に満ちた顔つきだ。

言われるがまま退くと、看護師がシーツを剥ぎ取り、手慣れた様子で交換していく。あっという間に作業は終わり、看護師は笑顔で俺に話しかける。

「おめでとうございます!とうとう終わったんですよ!」

やけにテンションが高い。めでたいことなんてあったか?

「え?なにがですか?」

「まだ見てないんですね。失礼します。テレビつけますね。」

「あ、はい。お願いします。」

ベッドに横になったままテレビを見つめる。そこには衝撃的な光景が広がっていた。

『政府は、先ほど戦争終結に向けた講和条約に締結いたしました。CDP及びアジア武装勢力との全面的な和解に向けてNUSA新合衆国アメリカが仲介役となり、終戦協定を結ぶこととなりました。現在、サンフランシスコにて中継いたします。』

画面には、大勢の記者が詰め寄り、フラッシュを焚きながらマイクを向けていた。

呆気に取られていると、また別の映像が流れ始める。ただ俺は呆然と何も言えなかった。終わってしまった。15年続いた戦いも。俺の存在意義も。

「やっと終わったんですねえ。今日は本当に素晴らしい日です。これで平和になりますよ。」

看護師が言った。彼女の言葉は耳に入らない。もう何もかもどうでも良かった。

「ええ、そうですね。」

「はい。これからは、私達のような戦争孤児にも支援してくれるって言う話も出ていますし、きっといい時代になるはずですよ。」

「そうでしょうね。」

「はい。今までお勤めご苦労様でした。」

「はい。こちらこそおめでとうございます。」

「ありがとうございます。それでは私はこの辺で。お大事になさってください。」

 

彼女は丁寧に頭を下げて病室を出ていった。頭を抱え込みうずくまる。それ以外できない。現実は俺を許さなかった。

 

 

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