彼女と息子   作:Victor_oscar

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道と友人

昼にかけて日が沈む方向へただ当てもなく道を歩く。春に入りかけた青緑の雑木林が生い茂り車道を挟む。人の出入りはない閑散とした場所。烏と別種の鳥の声だけが聞こえる。

気付けば基地から随分と遠くまで歩いたものだ。

 

負傷して軍病院で終戦の報告を目の当たりにした。

時間は残酷なもので半ば放心状態の中、退院を迎える形となった。

眼鏡がギザったい彼から言われた内容を要約するとこうだった。

DNIは脳機能補助作用が働いているが、記憶転位が発生し、精神分裂によりじわじわと自分を認識できなくなるんだと。司令塔の役割を持つチップは内部機械の合併症を防いでるが、人間性コストを使い果たし自我の崩壊を起こす。

また、サイバーサイコへ着実に進んでいるとも。

 

冷たい最初の印象とは随分違ったようで、医師としての職業倫理は強く、患者を見放さない気らしい。なんでも、ここは企業の息の根が掛かりすぎてるせいで、正確な診断ができない。全て利権によって左右されるのだとか。

代わりに信頼できる上野のドクターを紹介すると言われ、紹介状を持たされ放逐される形となった。

 

 

胸ポケットから煙草を一本取り出して口にくわえる。ライターの火を点けて指先に灯す。風で煙がゆらめく度に火が揺れる。

塗装があまりされていない道を抜けると線路が見えてきた。俺は吸いながら道なりに進んでいく。

 

すると、エンジン音が聞こえてきた。バイクで走り去っていくのを確認する。死角があり見えなかったが高架線の柱には男達が何人かいたようだ。

 

巨木の影を作る薄寒い高架下の真上には電車が通っている。線路沿いを歩き続けると時たま、ガラガラとレールを軋ませ刻みの良い音を上げて風が吹き抜ける。

下を支える柱には、前衛的なアートが描かれていた。さっきの奴らが描いていったのかもしれない。

虎が大きく口をあけて"虎釣衆参上!"と文字を噛んでいる落書きだ。スペレーペイントで描かれるそれはギャングの縄張りを示す。

 

シンガポールと深圳を実質支配していたギャングも同じことをしていた。

最も。戦った相手はギャングというよりも、完全に統制の取れた軍隊で一つの国のいった方が正しい認識だった。

ふと、視界の端に何かが映る。

「ん?TYGER CLAWS?」

こいつらはタイガークロウズというらしい。虎。

組織構成は日本人なのか中国人の移民がメンバーなのか。ギャングってのはどいつもこいつも奇抜な格好をして変な名前を付けたがる。

犯罪組織が存続してる理由は、企業が暴力装置として雇い入れているからで。結局他人がやりたくないことを請け負ってるに過ぎない。

とは言っても、こいつらに目撃されて絡まれても損にしかならない。早々に俺は立ち去ることにした。

 

線路上を1時間ほど歩き駅が見えてきた。遠目からデカデカと企業の電光広告版が主張し爛々と辺りを照らし出す。

広告は隙間を許さず敷き巡らされている。人の営みと利益を求める心は常に揺るぎがない。

 

泊まる宿ぐらい探そう。

 

駅のホームへ続く階段を登る途中、ふと、見覚えのある顔が視界に入る。

「お前...どうしてここに?」

俺は声をかける。そこには中学からの友人がいた。高校を俺が中退した後、どうなってるのか分からなかった。彼も俺同様にJDFとワッペンが貼られたジャケットを着ている。

彼は俺を見るなり訝しげ目を細めたが誰なのか思い出したらしく、笑顔を見せてこちらに手を振る。

「久しぶりじゃねえか、えーっと」

「木ノ下だよ相川。下の方は和人。なんでここにいるんだ?こんな辺鄙な場所に。」

「思い出した。和人でいいよな。まあ色々あって今はこの辺に住んでるんだよ。うちの会社アラサカとの取引も多くてさ、結構給料いいんだぜ」

そう言いながら友人は自慢げに胸を張る。どうやら彼は兵士ではないようだ。基地に入るための作業着といったところか。

「へぇ。すごいな。何の会社なんだ?」

「軍の下請け会社。一応開発部にいるんだけど、俺の専門はロボット工学なんだ。それで仕事柄ここに来ることが多いってわけ」

「すげえな。」

「だろぉ?」

素直にそう思う。調子が良い奴なのは昔からあまり変わってない。だが、目の前の友人は開発者になれる頭脳と知識を備えているというのは紛れもない事実。

 

「そうか。なら、ちょうど良かった。今迷子になって困っていて。道案内してくれないか?泊まる場所を探してるんだ。」

「別に構わないけど。お前こそ何してたんだ?」

「ああ俺は。兵士さ。ここに来たのは気晴らしかな?」

その言葉を聞いて彼は少し驚いた顔をする。俺の顔を見て何かを悟ったのか、納得したような表情を浮かべた。

 

「あーでも。最初見た時ほんと誰だって思ったわ。髪も白いわ、肌も青白いわでまるで幽霊みたいだったぞ。」

言いづらそうな顔をして風貌について追及してくる。

「それに....なんだその?腕が作りものじみてるというか……」

「これか?義手だよ。仕事上しかたなかったってやつだな。」

「そっか。悪いこと聞いた。」

申し訳なさそうに彼は頭を下げる。

「いや気にしないでくれ。それより、案内してくれないか?」

「あ、あぁ!勿論!」

 

彼は快く引き受けてくれた。

改札を通り、電車に乗り込む。車内には乗客は少なく座席に座ることができた。電車に揺られ目的地に着くまでしばらく時間がかかる。

その間、お互いの近況を話し合ったり昔の話に花を咲かせた。

「そうだ。聞きたいことがあるんだ。」

「和人様が質問とは珍しいな。」

「様なんてつけなくて良いだろ。」

「それもそうだな。で、聞きたい事とは?」

「新宿はどうなったのか聞きたくてさ。酷い暴動があったって聞いたから。」

暴動ではない公安部隊との殺し合いだった。俺達は民間人の被害を構わずに戦闘を続けた。

 

「あれな。凄かったらしいな。確か軍と暴徒が衝突したとか言ってたっけな。」

「家族が心配でさ。なんか知らねえか?」

「うーん。ごめん。俺は知らない。他の奴にも聞いてみるよ。多分、みんな同じだと思う。」

「ありがとな。」

電車が泊まり住宅街が見えてくる。街には光が灯り、昼間とは違った風景を映し出していた。

「てか、知らないって。お前どこ行ってたんだ?」

「台湾とかベトナムかな。駐屯地みたいなところ。」

「へぇ。なんでそんなとこ行ったんだよ。歯切れ悪いな。」

「色々あってさ。」

適当に誤魔化す。あまり深入りされても不幸になるだけ。特殊作戦をやったなどと言えるはずもない。

「まあいいか。それにしても、お前が高校中退するとは梅雨ほどにも思って無かったよ。親父さんが死んだってのは聞いたけど本当にショックだったな。」

「悪いことしたな。」

「いや、和人がくだした決断だしな。気にするなって。お袋さんの方は大丈夫なのか?」

「それをお前に聞いたんだろ?」

こいつ昔から変わってないな。見事に人の話を左から右に流してる。こういうところがあるから呆れることもしばしばあった。

「あー、そうだったな。わりぃ。」

「お前は変わらないよな。」

俺の言葉を聞いて友人は苦笑いを浮かべる。

「よく言われる。和人は随分と変わったみたいだな。昔はもっとこう....なんていうの? 」

「語彙力なさすぎだぞ。」

そうだった。相川とはこんなやり取りをしょっちゅうやっていた。懐かしさと悲しさが入り交じる複雑な感情が湧き上がってくる。

「とにかくお前は変わっちまった。昔の和人とは全然違う。何かあったのか?」

「別に。ただ、ちょっと疲れちまってさ。今はゆっくり休んでるところだよ。」

「そっか。何か奢るから元気出せよ。」

こいつはいいやつだ。だから、今の状態で会いたくはなかった。友人は俺に気を遣ってくれている。

「ちなみにどこに泊まるつもりなんだ?」

「練馬の近く。家族の安否を確認したい。」

「家族は無事だと思うぜ。」

「だと良いんだが。」

電車が揺れる。窓の外を見れば代わる代わる景色が流れていく。

 

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