恋するバンドガールと見守るバンドマン   作:黒マメファナ

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第一章:春以前のできごと
①:近所の看板娘


 それは、一年前のこと。俺は地方から新幹線で東京へと独りでやってきた。ドキドキと胸を高鳴らせて、駅の構内から外に出るとそこには懐かしい兄の姿があった。これから、高校への進学に合わせて遠く、東京で独り暮らしをしていた兄の家に住まわせてもらうことになった。それは兄が高校卒業して以来だから、実に三年振りに一緒に暮らすことでもあった。

 

「よっ、待ってたぜシュウ!」

「はは、迎えに来てくれてありがとう、兄ちゃん」

「かわいい弟の迎えだからな」

 

 兄ちゃん──山本(やまもと)浩介(こうすけ)さんとは血の繋がった兄弟じゃない。でも実の兄弟じゃないからこそ五つ下の俺のことを本当の弟のように接してくれているような気さえしていた。母さんの連れ子で、現在は母方の姓である山本を名乗っているけど、電話や長期休暇で会えた時には俺が唯一の家族だ、なんて言ってくれる。そして、俺も浩介兄ちゃんが唯一の家族だと感じていた。

 

「ここがお前の部屋な」

「わ、いいのこんなに広くて」

「せっかくならって買ったマンションだけど、部屋余ってるからな」

 

 いつもファンにしてるみたいにカッコよさげなウィンクを飛ばしてくる兄につられて笑みをこぼしてしまう。陽気で、明るくて、それでいて爽やか、モテる男っていうのはこの人のことを指すのだと昔から思っていたけど、二十歳を越してその輝きは大人っぽさも合わさって同性でも全くイヤミを感じないなと関心した。

 

「それじゃあ出席番号順に自己紹介、最初は──」

「はい、磯村(いそむら)修斗(しゅうと)です、趣味は音楽を聴くことと演奏することです。好きなバンドは──」

 

 つつがなく、良くも悪くもない学校での挨拶をして、初めての場所で戸惑いもあったけど、人間なんでも慣れてしまえばこっちのもので、気づけば東京に来てもう半年が経過し、男子中通いだった俺も、なんだかんだ女性とも免疫がついてきた、と自分では信じている。いや初対面はどもっちゃって後で悶絶する羽目になるんだけどさ。

 

「じゃあスタジオ行ってくるから、昼飯はどうするつもりだ?」

「いつものところで食べるよ」

「わかった」

 

 そんなとある秋の休日のこと、兄を見送って、俺は一通りの家事を終えていつものところ、近所にある珈琲店に足を伸ばす。兄ちゃんが教えてくれた商店街にある小さなカフェで、落ち着いた雰囲気で作曲もしている兄ちゃん曰く泉のようにインスピレーションが湧く場所なんだとか。その上ご飯も美味しいし、スイーツも飲み物も家じゃ味わえないという兄ちゃんの言葉に足を運んで以来、俺もまた行きつけになっていた。

 

「いらっしゃいませ! お一人ですか?」

「うん、兄ちゃん仕事行ったから」

「そっか、じゃあお好きな席へどうぞ!」

 

 扉を開けると、小柄でかわいい女の子が元気に接客をしてくれる。

 彼女の名前は羽沢つぐみ。ここ、羽沢珈琲店の看板娘であり、店主さんの一人娘であり、俺と同学年で、更に音楽をやってるって共通点もあったおかげで、すぐに仲良くなった。向こうがグイグイ来てくれたからっていうのが大きなポイントでもあるんだけど。

 お気に入りの席に座ると、まるで待ち構えていたかのように水を置いてつぐみはもう決まってる? とフランクに問いかけてくる。

 

「んー、ペペロンチーノとブレンドで」

「ホット?」

「まだアイスかな」

「じゃあアイスコーヒーとペペロンチーノね、かしこまりました!」

 

 いつもつぐみがこうやって接客する時は営業スマイルというにはあまりにもかわいらしくて、キラキラとした笑顔だった。そうじゃなくても、彼女としゃべる機会があるといつもニコニコしているイメージがある。それか眉を上げて気合が入ってるかのどっちか。リアクションも大きくて、その仕草いちいちもかわいい子で俺は手を振って店の奥に消える彼女が見えなくなると心の中で叫び出したい気持ちでいっぱいになった。

 ──いや、天使! なにあれ心臓なくなるかと思ったんだけど! いや、男子が好きそうなポイント全部抑えてない!? あの子を嫌いになる男なんてこの世界に存在するのか!? そんな感情でいっぱいになっていると突如として再びその天使のような笑顔が俺に向けられた。

 

「あ、ねぇねぇ修斗くん!」

「えっ、あっ、なに?」

「ちょっと、お話ししたいことあるから食べ終わってもそこにいてね!」

「う、うん、りょうかい」

 

 お話し、したいこと。頷いた後にゆっくりとつぐみの言葉を咀嚼して思わずドキドキしてしまう。あんな笑顔でお話ししたいことなんてたとえ違う意味だったとしてもこう、心臓が跳ねてしまう魅惑の単語だった。

 運ばれてきたペペロンチーノを食べて、心地よい辛味と冷たいコーヒーのコントラストに満足し、片付けてもらってからほんの少しすると、エプロン姿ではなくなったつぐみがモンブラン二つと紅茶とアイスコーヒーをお盆に乗せて俺の向かいへとやってきた。

 

「このモンブランは?」

「作ってみたんだ、食べてみてほしくて」

「俺に?」

「うん、あ……モンブラン苦手だった?」

「ああいや、えっとそういうことじゃなくて」

 

 食後のデザートにつぐみ手作りスイーツ、なんて贅沢なんだろうか。しかも看板娘とのおしゃべり付きだ。きっと場所によってはとんでもない値段がするだろうこの憩いの空間はなんと羽沢珈琲店では無料だと言うのだ。それで大丈夫? 採算取れてるの? なんらかの風営法に違反とかしてないよね? 

 

「ええっと、それで……つぐみ」

「あ、えっとねちょっとお願いがあって」

「お願い?」

 

 風営法の許諾とかは心配だがここではこの際さておくとして、俺はつぐみに本題は何かと訊ねる。

 つぐみはフォークでモンブランを丁寧に切り分けていた手を止めて、ゆっくりと俺を見上げた。大きな瞳にはまるで俺がしっかりと写っているのだろうか、でも見つめ返しても俺の姿はどこにもいなかった。

 

「えっと、あの……実は、一緒に買い物、付き合ってほしくて」

「買い物? 俺と?」

「うん、わたしと……二人で」

 

 それだけ言うと頬を赤らめて、つぐみは俺から目をそらす。まさしくその表情はあざとさすら感じる、恋する乙女の顔だった。落とされた視線は恐らくフォークの先端を見ているんだろう。手持ち無沙汰なようでフォークが細かくモンブランを切り分けた。だけどその小さなモンブランはつぐみの口に運ばれることなく、三つの槍に貫かれたまま視線だけが俺に向いた。

 

「ほら、もうすぐ──浩介さんの誕生日でしょ?」

「──ああ、うんそうだね」

 

 浩介さん、兄ちゃんは十月末の生まれだ。クリスマスベイビーはそのくらいの生まれになるらしく、本人としてはそれがコンプレックスなんだそうだ。

 ──そして、そう、つぐみは兄ちゃんのことが好きなんだ。正確に言うと、()()好きだ。つぐみ曰くもう告白して振られてるのだとか。

 

「何あげようか、って考えたら全然決まらなくて……あはは、だから今年は修斗くんに手伝ってもらっちゃおうと思って」

「なるほど?」

「あの──ダメ、かな?」

 

 かわいらしく、そして困ったように眉尻を下げて首を傾げるあざとかわいい仕草に、頭の芯が冷えるような感覚がする。

 誓って、別に俺はつぐみのことを好きだとか、そういう横恋慕的な気持ちを持ってるわけじゃない。わけじゃないけど、()()()()()()()って思っちゃう。

 

「いいや、ダメじゃないよ。なんなら明日でもいいけど、どうする?」

「本当? ありがとう! ふふ、じゃあ、明日で……えっとじゃあ」

「この店の前で集合にしようか、時間は?」

「十時で、お願いしますっ」

「うん、わかった」

 

 でも、断ることもしない。わざわざ断る程の理由もないし、つぐみは俺を利用しようなんて悪いことを考えるような子じゃない──はずだ。まだこの子の感情の底を知ってはいないけど。

 せいぜい、弟の俺がいるから喜んでくれそうなものを選べる、という程度のかわいらしい考えだ。そうであってほしい。

 

「それで」

「ん?」

「モンブラン、ちょっと自信作なんだけど……どう?」

「え、ああ──うん、美味しい。お店に出せるレベルだよ」

「ふふ、それは褒めすぎだよ……でも、ありがとう」

 

 味なんて、本当に正しく味わえてるのかもわからなかったけど、栗の仄かな甘味が俺を優しい気持ちにしてくれたらもっと嬉しいなと思った。どうやらアイスコーヒーもつぐみが淹れてくれたものらしく、気づかなかったと言うとまた嬉しそうに笑う彼女とのひとときが俺はちょっとだけ苦しく感じてしまう。

 

「これ、兄ちゃんにも作ってあげたらきっと喜ぶんじゃない?」

「えー、どうかな? 浩介さん、甘いものとか苦手だから……」

「そうだった」

「お誕生日のケーキとかってどうしてるの?」

「苦手だから、兄ちゃんいっつもあんまり食べないから今年はいいかなって」

 

 兄ちゃんは辛党でスイーツが苦手だから、ケーキとかあってもあんまり食べない。俺も辛いものは好きだけど、甘いものも食べれるのは兄ちゃんの分までスイーツとかを食べてきただからだろうか。

 そういう事情もあって今年はおめでとうと言うだけでいいだろうと決めていた。きっと作ってあげるものもカレーとかだ。

 

「修斗くんも、唐辛子とかのスパイス系だもんね」

「そうだね、ここのお店のペペロンチーノとか好きだし」

「だよね、やっぱり唐辛子系かぁ、よしっ」

 

 料理ができる女子のつぐみはなんとしてでも想い人の胃袋を掴もうとするような意気込みが見られた。頑張り屋で、真面目な彼女の料理はなんだかんだと数ヶ月試食させてもらってるけど、どれも気合と愛情が籠もっているように感じられたもんな。兄ちゃんのことをたくさん考えて作ったのだろう辛い系料理は、今ではつぐみの得意ラインナップに入っているらしい。つぐみ本人は苦手なんだから無理しなくてもいいのに。

 

「それじゃあ、明日楽しみにしてるねっ」

「うん」

 

 見送ってもらって、なんだかんだで一時間以上過ごしてしまった羽沢珈琲店を後にした。

 楽しみに、なんて言われるとまた勘違いを生みそうだななんて苦笑いを一人でしてしまった。兄ちゃんに喜んでもらうプレゼントを買うための買い物だから、それを楽しみにしているだけなのに。

 

「相手が悪いよ、つぐみ」

 

 ──応援はしてる、一応だけど。ただそれはスポーツなどで完全な負け試合になっているところで、せめて一点くらい返せと応援するようなものだ。どうせなら諦めがつくまで頑張ればいい、そんな感じ。

 それだからって自分にチャンスなんかないのも理解してる。それに兄ちゃんのおこぼれでモテ期になっても虚しいだけだし。

 やや暗いことを考えつつ、今晩は何を作ろうかと冷蔵庫の中身を思い出しながら家までの短い距離をゆっくりと歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 




しばらくはプロローグで一年の秋からやってます。
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