恋するバンドガールと見守るバンドマン   作:黒マメファナ

10 / 65
③:俯くよりも、前を向いて

 ましろちゃんの声は、俺の挑戦に一番欠かせない要素だ。彼女の歌があって初めて、俺の動画は完成する。そう、楽器は俺が四人分、そしてボーカルにましろちゃんという、二人だけのバンドこそが俺が求める答えに近いものだと確信していた。

 

「あ、相棒ってそういうこと?」

「うん、ましろちゃんのボーカルがあれば間違いなく理想の動画が完成するんだ! どうかな?」

「え、ごめんなさい」

「……え?」

「無理です」

 

 歌うことが好きなましろちゃんならきっと──そう思っていたのに、だが彼女の答えはあっさりとした拒否だった。ちょっと興奮で頭が熱されていたせいで余計に、冷水を浴びせられたような気持ちになった。俺がどうして、とかなんでとか訊く前にましろちゃんは立て続けてくる。

 

「動画って、たくさんの人が見るかもしれないんでしょ?」

「そうだね、でもましろちゃんならきっと」

「絶っ対に、無理! 前も言ったけど、私なんてカラオケがちょっと得意なだけ、そんなプロの人とかずっとずっと努力して再生数伸ばしてる人がたくさんいるのに、私なんかが歌ったところで下手くそとか言われておしまいだよ」

「そんなこと、わかんない」

「わかるよ、私にはわかる……私は、そんな特別には、なれっこない」

 

 目を伏せて、頭を横に振る。なんで、俺はたしかにましろちゃんの歌声なんて聴いたことない。でもましろちゃんの話を総合すると間違いなく、天才的な歌のセンスを持ってる。透き通っていて、水晶のように繊細だけど一切の不純物を感じない美しい声、広い音域ときっとブレスコントロールもできてる。間違いなく、俺には補填できない1%をましろちゃんは持ってるのに。

 

「私、下手くそだから、他に変な雑音とか、周囲の人が歌ってると全然だめになっちゃう。それこそヒトカラだと高得点出るけど、他に人がいると……全然、リズムも取れなくなっちゃう」

「それなら、レコーディングとか」

「あとあがり症だから、一人で歌うとか無理」

「どっちだよ」

 

 しまった思わずツッコミを入れてしまった。そうじゃないんだよな、ましろちゃんも俺のリアクションでわかってることを理解していたみたいで小さく頷いた。

 カラオケボックスなら、本当の意味で誰にも聴かれずに、気にしなくて済む。ましろちゃんは人が聴いてるって思うことで、そのいいところが崩れる、本当に脆いガラスのようなボーカリストだった。

 

「レコーディングなら、音響の人とかいるでしょ? それでもだめなの。多分シュウさんでも──お兄ちゃんでも」

「……じゃあ兄ちゃんも」

「多分、知らないと思う」

 

 一筋の光が、たった一瞬だけ見えた光明が、暗雲に呑み込まれてしまうような感覚だった。本当はもっと説得して、ボーカルをやってほしい。だけど、ましろちゃんの雰囲気的にこれ以上誘っても、結果は変わらないことは明白だった。俺は、ちょっとだけ悔しくて、お茶を淹れようと立ち上がった。でもここで感情を溜め込んでてもしょうがない、はっきりと課題は見えたんだから、切り替えていくとしよう。

 

「はぁ……ごめん、変なこと言って」

「あ……えと、う、うん……だい、じょうぶ」

 

 戻ってきて、お茶を淹れる。ごめんねという気持ちも込めてましろちゃんの分も淹れて、ストレートだと飲めないって言ってたからミルクティーにしてあげて、俺はましろちゃんの前に置いて──それから俺は彼女の表情にびっくりしてしまう。

 

「ま、ましろちゃん……」

「ごめんなさい……ごめんなさい」

「え、えっと……え、待ってどうしたの?」

 

 ボロボロと大粒の涙をこぼして、ソファの上で膝を抱えてしまった。こんな時にどうすることなんてできもしないため、俺はオロオロすることしかできない。そもそもなんで急に泣き出してしまったのかすらわからないのに。

 おそるおそるどうしたのと訊ねても、ごめんなさいとしか返ってこずお手上げ状態だ。俺が悪いのかこれはもしかして。

 

「──というわけなんだ、ごめん兄ちゃん、こんなことで急に電話して」

『いや、ちょうど休憩してたからな、ましろと代われそうか?』

「ましろちゃん……ちょっとごめんね」

「え……あ、お兄ちゃん……?」

 

 お手上げ状態なので兄ちゃんにヘルプを求めた。スマホから兄ちゃんの声がした瞬間にぱっと顔上げてしゃべり始めるのはすごく、なんだか微妙な気持ちになるけど。

 俺はそのまま兄ちゃんと会話させてあげるために放置する。頭の中では誰に頼めばいいんだということばかりがぐるぐると巡っていた。まず自分はない。俺は変に音痴なのでボーカルだけはできない。前にキーボードで音を出しながら音階を歌うのを録音した時はあまりの下手さにひっくり返った。耳は悪くないのに、頭で浮かべてる音と実際に声帯を経由して出る音が違いすぎて意味がわからん。

 

「知り合いに頼む? いやなるべくならフリーの方がいいしなぁ……」

 

 頭に浮かんだのはひまりやつぐみのバンド、Afterglowのボーカル美竹さん、花音のバンド、ハロハピのこころさんだ。だけど二人は忙しいだろうし、前者はやや怖い。俺がなるべく接触を避けてるんだ。ハロハピの弦巻こころも噂によるとヤバいらしいので近寄りたくはない。

 

「あ、あの……シュウさん」

「ましろちゃん、電話終わった?」

「うん……さっきは、ごめんなさい」

「いやいや、こっちこそ無理言ってごめんね」

 

 スマホをましろちゃんに貸してしまったので自室に戻りパソコンを立ち上げ、何か参考にならないかと動画サイトを検索しているとドアをノックされる。

 ちょっとだけ目を赤くしたましろちゃんがすごく遠慮がちにスマホを渡してきて、俺もちょっと勧誘が強引すぎたかなと反省した。兄ちゃんがなんとか落ち着かせてくれたみたいだ、俺にも伝授してほしいよ、その能力。

 

「怒って……ない?」

「え? なんで? 怒ってないよ?」

「そ、そっか……」

 

 そう言うと幾分かほっとしたように肩が下がった。あれ、もしかして怒られたと思ったってこと? 

 ああそっか、切り替えようとして息を吐いた時に、びくって反応してたけど、そういうことだったんだ。ちょっと俺もショックだったというか、ましろちゃんの後ろ向きをどうにかするための言葉が見つからなくてモヤモヤしてたから、それが怒られたって思った原因だったのかも。

 

「……それでさ」

「うん」

「お兄ちゃんに言われて、私もそうしたいって思ったんだけど……聴いてくれる?」

「もちろん、どうしたの?」

 

 リビングに戻ってましろちゃんはミルクティーを飲もうとしてちょっと熱かったらしく、顔をしかめた。猫舌なんだな、じゃなくて。それからましろちゃんは、なんで月ノ森に入ろうと思ったのかを話してくれた。自分には何もなくて、勉強も普通、運動はできないし要領が悪くていつも怒られる。そんな自分にも何かきっと特別なことがあるはず、才媛の集う月ノ森に入れたのなら、自分にも何かがあるはず。そう信じて。

 

「でも、やっぱり私は私のままで……変われなくて、せっかく月ノ森に来たのにクラスについていけなくて、一人ぼっち」

「そっか、でもそうやって努力しただけでもすごいことだよ」

「ううん、もっと変わりたい……でも、勇気がなくて」

「うん」

「だから、もうちょっと時間が、欲しいなって……今のままじゃ、きっと怖くて動けなくなる。だから」

 

 まっすぐと、もしかしたら初めてまっすぐましろちゃんの目を見たのかもしれない。不純物のない青い目、白い髪、ピュアで、イノセント、そんな何色でもない彼女の美しさを俺はそこで初めて直視した。

 

「……じゃあ、待ってる」

「本当?」

「俺はましろちゃんがいいって思ったんだ。たまたまそこにいたんじゃなくて、ましろちゃんの歌がいいって。だから待ってるよ」

「うん、ありがとうシュウさん!」

 

 パッと笑顔に変わるましろちゃんは、もう既にいつもどおりのましろちゃんに戻っていた。人見知りとか、後ろ向きで自信のないところを除けば普通に明るい子なんだよな。そしてなんとなく兄ちゃんが近所にいた時から放っておけなかった理由もわかる気がする。やっぱりちょろいのかもしれないな俺。そうすると兄ちゃんもってことになるけど。

 

「それで、やっぱりそれまでは撮影やめるの?」

「やめないよ、なるべく多くのストックを溜めとかないと」

「編曲とかあるもんね、そういうの全部蘭がやってるからなぁ」

 

 翌日、ひまりがやってきて自主練しつつ雑談をする。作詞もやってるのにすごいよね、美竹さんのハイスペックさに驚嘆しつつ、俺はひまりに次やる曲を相談していた。パレオに相談したいところだけど、平日は練習終わりですぐ帰らなきゃいけないからって会えないんだよね。チーバくんのおしり辺りからコッチに来るのはやはり難しいんだろう。

 

合成音声(ボカロ)系だとこれとかカッコいいよ!」

「カッコいいじゃなくて……まぁいいや」

「あとコレとコレならスコア作ったから編曲の参考にしてもいいよ、私リーダーだからね!」

「そこは美竹さんに確認取ってね」

「リーダーなのに!」

 

 リーダーそんなに強調しないでもらえます? 普通に著作権は編曲した美竹蘭さんにあるんですよね。なので使用許可を取らないと怒られると思うんだよ。

 とはいえ、おすすめ曲はメモして美竹さんに使用許可をもらうために、そっちの交渉はひまりに頼んでおく。

 

「なーんか、熱入ってるね〜」

「これで、ましろちゃんが来た時に俺が下手くそでしたなんてオチじゃ、カッコ悪いからね」

「まぁいいけど……あ、そうそう。前にCiRCLEでイベントやるって話、したじゃん?」

「してたね、最近お客さん増えてきたらしいし、もっと盛り上げるためって花音さんが言ってた」

 

 ひまりはうんうんと頷くと、どうやらそれに便乗してバンドを始める女の子向けのイベントとして五つのバンド合同で第二回のガールズバンドパーティを開催する予定で、その前哨戦とも言うべきミニライブがもうすぐあるんだとか。五つのバンドってさらりと流したけど、ガールズバンドパーティって名前で去年出演したバンドはポピパ、Roselia、アフグロ、ハロハピ、パスパレってそうそうたるメンバーだ。

 

「シュウのチケット取っておこうか? 参考になるかもよ?」

「あー、それもいいけど……今回は遠慮しとくよ」

「なんで?」

「バンドを始めようと思ってる女の子への第一歩、でしょ? 顧客じゃないし」

 

 あくまで俺は既に自分の道を定めているし、なんなら戸籍上も気持ち上も女じゃないし。第一回の時は楽しませてもらったけど、今回は本当に背中を押すべき子のために席を空けておきたいよね。後でその話をしたらパレオは当然行きますよ、パスパレ出演しますからと言われた。お前……お前さぁ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。