ましろちゃんの相談、それは簡単な内容だった。バンドは口喧嘩になって戻るのは無理だろうけど、自分の歌声の評価がどうしても悔しいということだった。月ノ森がバンドを組んだってことで一部では話題になってはいたけれど、ボーカルが普通すぎる、平凡すぎてつまらない、声が出てないと言った意見が散見された。
「それで、悔しかったの?」
「……うん、だから、もっと声、出せるようになりたくて」
俺はそこで以前に、チュチュさんからもらった意見の一部を伝えた。腕利き、かどうかはわからないけどプロデューサーとして信頼されている人だ。特にましろちゃんは少し周囲に目を向けすぎていることを伝えた。俺としては誰かがいると集中できなくて音が取れないってのを知ってたから、それもマイルドにしたけど。
「確かに、ましろに必要なのは集中力かもな」
「それが無理なら、テンポをちゃんと保つ……かぁ」
「うん」
自分で語っていたようにましろちゃんは人前で歌うとリズムとかテンポが崩れてしまうという悪癖がある。きっと極度に緊張するアガリ症だからだろうね。そうなるとまずは人前で気にせず思いっきり声を出せるようになる必要がある。ようは慣れるか自信をつけなきゃいけないってことだ。
「めっちゃいい曲だね」
「本当?」
「ああ、歌詞の感じもいいけど、なにより作曲だな。初心者とは思えねぇな」
「曲は、広町さんが……」
「へぇ──シュウ、これいけそうか?」
「うん、ドラムでいい?」
スコアだけ渡されてたら流石にすぐ演奏するのは無理だけど、幸い撮影OKの場所で演奏してくれてたからね、そっちの動画があれば曲の雰囲気を掴める。スタジオに入って俺がドラム、兄ちゃんがギターで一通り合わせる。これなら、なんとかいけそうだ。それにしても、これはたしかに、問題がないわけじゃないけど。
「……どうだったシュウ?」
「いや、うん……なんというか、確かに初心者が書いた曲とは思えないけど──これが
「どういうこと……?」
なんというか、音が足らないし、なにより平坦だ。負担が全員にきっちり三等分されてる感じ。バンドありきで作る曲ってよくも悪くも個人の力量に引っ張られるところがあると思うんだよ。でもこれは機械的に、普遍的に分配されてる。たぶんだけど俺に訊いたってことは兄ちゃんも同じ意見かな?
「ああ、この三人で組むとオレが難しいリズムを引き受けてシュウが難しくなりすぎないようにってするだろう。後はましろが歌いやすいように入りの楽器を減らすとか、か?」
「アマチュアのデビューでオリジナル曲って時点でかなり挑戦的な気がするけどね」
「最近のガールズバンドそんな感じだからな」
「そうなんだ」
後はこれでましろちゃんがいつでもこの曲を練習できるようにして、お風呂とかでちょっと開放的になってみて、後はここで思いっきり歌えばいい。そうするだけでも成果はでるはずだから。
「オレはあんまりいないから、シュウに聴いてもらえ」
「うん、ありがとうお兄ちゃん……シュウさんも」
「ううん、仲直りできるといいね」
「……うん」
ましろちゃんは技術よりも気持ちだ。きっとバンドを組んだ時に、いやきっとライブを見た時に感じたであろう気持ちをたくさんの挫折の中で忘れてしまっている。そして、これは兄ちゃんの言った通りのことなんだけど、バンドって楽しいんだけど、楽しいだけじゃない。苦しい時とか悔しい時とか、時にはふざけんなって楽器を叩きつけたくなるくらいの激情に駆られる時だってある。
──それでも、バンドマンは楽器に向き合うんだ。だって、音楽を始めた時の楽しいって気持ちが、脚を、腕を止めることを許さないから。
「シュウさんも、お兄ちゃんも、バンド──好きなの?」
「好きだよ、ね兄ちゃん?」
「ああ、元バンドメンバーの仲間と感じたことは一生忘れねぇ宝物だからな」
俺だって、まだバンドは組んだことがないけど。兄ちゃんの背中を見てきたから、兄ちゃんの楽しそうなライブを知ってるから。
やっぱり、音楽が好きじゃないとね。一過性かもしれない、忘れ去られるブームかもしれない。それでもきっと、ましろちゃんならバンド組みたいって時の気持ちを思い出せるって信じてるから。
「そっか……実はね、昨日CiRCLEの近くで戸山香澄さんに会ったの」
「戸山香澄って、ポピパの?」
「うん」
どうやら彼女もましろちゃんにバンドを続けてほしくて、声を掛けたらしい。そうして香澄さんも楽しいだけじゃないってことを言われたんだと言っていた。だからこそ、まだどんな顔をして会いに行けばいいのか勇気が出ないなりにこうして兄ちゃんや俺にもっと上手くなるコツみたいなのを教わりにきたんだな。
「大丈夫だよ」
「……なにが?」
「本当にバンドがやりたいって思うなら、きっとみんなもましろちゃんを探してるよ」
「そ、そうかな……結局、私が足を引っ張ってたし」
「でも、きっとこの歌はましろちゃんしか歌えない。だって、これはましろちゃんの言葉そのものなんだから」
ましろちゃんから借りたフルスコア、一番上にはかわいらしい文字で『Daylight-デイライト-』と書かれているそれは、ましろちゃんの言葉と、想いで出来てる。これをみんながまだ練習してるっていうなら、みんなましろちゃんの帰りを待ってるんだと思う。この気持を歌で伝えてくれる特別な人を。
「──私、もう一回、頑張ってみる……できるかどうか、わからないけど」
「うん、ちゃんとバンド名も決まって、ちゃんとバンドとして元に戻ったなら今度は俺や兄ちゃんにもチケットをくれると嬉しいな」
「そっ……それは、えと……考えてみます」
そのまま夜ごはんを食べて、ましろちゃんを送っていく。そういえば今日は兄ちゃんじゃなかったんだな。まぁ疲れててちょっとぐでってしてたから遠慮したのかな。そういう意味でも、初めて会った三月よりもましろちゃんは着実に大人になってるような気がする。ちゃんと頑張れたら兄ちゃんとの恋愛もちょっとくらい認めてあげるか、なんて考えていた。
それから一週間くらいして、ましろちゃんが明るい顔をして報告をしてくれた。どうやらちゃんとバンドとして再始動が決定したらしく、俺は素直にそれを祝福した。これでバンドの件は終わって、後は作曲の件とかはどうなったんだろうと気になったが、それもましろちゃんからすごく嬉しそうに報告してくれた。
「八潮さんが……バイオリンで入ってくれることになって」
「……バイオリン? って、え、あのクラシック楽器の?」
「うん」
なんともまた変化球なパートが追加されたもんだ。どうやらその八潮瑠唯さんというらしい同級生は幼い頃にバイオリンでコンクールでの成績を目指していたが、優勝するには至らずそれでスパッと諦めてしまったらしい。トップに立つことこそが至上という両親の方針に従った形だけど、どうやらブランク等も感じることなく、またすんなりと始めたことも驚きだったらしい。
「それに、作曲もね、八潮さんがしてくれるんだって。これ、新しいやつ」
「……おぉ」
なんなの、月ノ森ってすんなり作曲できる天才ちゃんが跋扈する場所なの? しかも今度はすごい、いや全体的にめっちゃくちゃ難しくなってるんだけど、きっと絶妙に配分されてる。バイオリンのスコアってどれが適量なのかわからないけどぎっしり音符が詰まってる。またドラムの比重が高くなっており、逆に初心者らしいベースとギターの配分は少なくなっていた。
「ん……これ、バンドにすると、ましろちゃんの横は?」
「えっと桐ケ谷さん、ギターと八潮さんだよ?」
「なるほど」
歌の入りが難しいところ、バイオリンがなくなってるか単純なリズムになってる。その分ギターとドラムで誤魔化してる、もといカバーしてもらってるけど、これは多分、ましろちゃんのリズムがブレちゃうクセを把握してるからこそのスコアの書き方だ。生徒会役員で、部室の管理として聴いてたって言ってたけど、こんなことってあるんだな。
「どうしたの?」
「いや、このスコア書いたその八潮さんって子は、すごく優しくて仲間想いなんだなって」
「……え、そ、そうかな……」
「違うの?」
「いや、えっとねうん、確かに優しいけど、基本的にロボットみたいで……怖いっていうか」
「そうなんだ」
「でも、実は……心の中ではそう思ってくれてたら嬉しいな」
ましろちゃんは微笑んで、続いてこれからも自主練習はここでさせてほしいことと、俺にとってはとんでもなく嬉しいことの二つの話題を出した。前者はもちろんオッケーだし、後者も俺としては待ってましたって気持ちでいっぱいだった。
「遅くなっちゃったかも、だけど……私、もっと歌が上手くなりたいから、だから、ボーカルやらせてください!」
「もちろん、ましろちゃんの歌声、期待してるよ」
「き、期待は、えとほどほどで……お願いします」
そんなこんなで、ましろちゃんの事件は無事終わりを迎えた。どうやらガールズバンドパーティの方も新しく色々と取り組んでいるみたいだ。ましろちゃんも今度はバンドメンバー五人で行く予定だと言っていた。
「シュウさんも行く? お兄ちゃんは誘ったけど、その日はお仕事だって」
「いやいや、俺は客層から外れてるから」
「でも広町さんが、他に誘いたい人がいるならって、一枚多く持ってるんだって」
「そっか……でも」
「あと、私チャンネルのボーカルやるなら、紹介しておきたいし」
ましろちゃんの言葉に押されて、俺はわかったと頷いた。今までの引いた感じとは違う、兄ちゃんにしてたみたいなちょっと強引でわがままな面が見えた気がした。俺が日程をメモして、それから今日は早めに帰るということで俺が送っていく。最初は意地でも、お母さんに怒られてまで兄ちゃんに送ってほしがってたましろちゃんも、どうやら毎日は無理ということで俺でも妥協するようになったらしい。
「次ね、月ノ森音楽祭で歌うんだ、ちゃんと月ノ森の人に認知してもらって、そこから始めようって思って」
「そっか」
「お兄ちゃんやシュウさんに聴いてもらえないのは残念だけど、でも私、絶対にライブを成功させるから」
「ましろちゃんならできるよ、きっと」
俺は本当に信じてる。ましろちゃんの音楽ならきっと、もっともっと高いところまで行ける。きっとつぐみやひまりたちに負けないガールズバンドのボーカルとして、満員のステージで歌える時が来るって。
ましろちゃんは、ありがとうと微笑み、家の前で俺に向かって振り返った。
「あのね」
「ん?」
「呼び捨てでいいよ」
「え、ましろちゃんのこと?」
「うん、だって──シュウさんもお兄ちゃんだって思ってもいいんでしょ?」
「も、もちろん……ましろ」
「ふふ、またね、シュウ兄ちゃん♪」
──なんか、ボーカル探してたら妹ができてしまった。兄ちゃんの妹分から俺と兄ちゃんの妹分となったましろちゃん、倉田ましろはこれからどう変化するのだろうか。いつも末っ子だった俺としては、少し嬉しい気分もあった。あったけど、まさか俺に対してもすっかり甘えてくるようになるとは思わないよな。それがましろの中のお兄ちゃんはそういう存在らしい。
「シュウさん、私お兄ちゃんたちの行きつけの喫茶店行きたい、奢ってほしいな」
「……え、まぁいいけど」
「やった、ミルクティーと、ケーキと……あ、シュウさんは何食べるの?」
「どうしようかな」
チーズケーキを頼むと、ましろちゃんはチョコケーキを頼みつつ、どっちも食べてみたいと言ってわけっこすることになった。ましろはなんというか、幼くなってより甘えん坊になったひまりという印象が俺の中で強くなり始めていた。そして甘えていいと判断したましろのあざといというか、妙に放っておけない感じがきっとモテる時はモテるんだろうなと感じた。後でつぐみにすっごくイチャイチャしてたねって皮肉まで言われる始末だ。違うんです、この妹、兄弟の距離感を果てしなく間違えてるだけなんで。