恋するバンドガールと見守るバンドマン   作:黒マメファナ

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第三章:パレオ編その1
①:PAREO?


 季節はすっかり変わり、もう七月の半ば、そろそろ夏休みが来るという頃だった。始動した動画投稿は、そこそこの再生数が取れたという感覚だった。まぁそれに対して満足するようなことはない。むしろそこそこだったことに少し悔しい気持ちもあった。

 ましろとしては感想の中にボーカルの声がよかったというものを見つけてホクホクしていた。どうやら月ノ森学園祭も成功していたみたいだから気持ちは上向きだ。

 

「よかったですね、パレオも安心です」

「色々協力してくれてありがとう」

「いえいえ〜」

 

 パレオはいつもの明るい顔で流してくるけど、パレオに色々と助けてもらって本当に感謝してるよ。これほどまでに助けてもらっといてまともな恩返しもできていないんだから、俺はちょっと焦り気味だけどね。

 

「そんなことないですよ、パレオはとっても助けていただいていますよ〜」

「助けてあげた記憶がない」

「そうですか? パレオとしては修斗さんとこうして過ごせている時点で、助けていただいておりますから」

「……よくわかんないけど」

「結局、パレオはしがない中学生──本来ならむしろチュチュ様のご迷惑になるかもしれないので」

 

 それを、ここに住まわせてもらってるからもう助けてもらってるって感じなんだね。現在はスタジオで動画編集していたらパレオが練習終わりに様子を見に来てくれていたから休憩して雑談をしていた。お茶を淹れようとするもその役目を奪われ、おつかれさまですとコーヒーを淹れてもらい、メイド根性出てるなと感じた。

 

「あくまでパレオのご主人様はチュチュ様です、ちょっと妄想とかはしますが」

「……そのうち検閲していい?」

「表現の自由でございます、それに18歳未満は閲覧禁止でございますよ?」

 

 それを女子中学生のキミがタブレットに書き留めてるという事実が俺には恐ろしいんだが。他にはパスパレのライブレポやら、握手会のレポなどを執筆して、ブログはそこそこの閲覧数を出しているようだ。さすがパスパレのガチオタク。そんなチュチュさんのキーボードメイドであり、パスパレのオタク女子であるパレオはいつだってかわいらしい笑顔だ。

 

「パレオの笑顔はいつもかわいいよね」

「ありがとうございます〜♪ いつもスマイルがパレオの信条ですので」

「迷惑掛けすぎて怒られないかヒヤヒヤしてるけど」

「とんでもないです。是非、使用人として扱ってくださって構いませんよ?」

「それはチュチュさんに怒られるか、ヤキモチ妬かれるよ」

「……それは、どうでしょうね〜」

 

 俺はその一瞬の間に違和感を覚えた。パレオにとって今はRASも朝日六花さんが加入したことで本格始動しているはず。風向きはいいはずだ。なのに、それはまるで現状のチュチュさんとの関係を憂いているような、いや諦めているような感情があるように思えてしまった。そんなはずない。パレオにとってチュチュさんは絶対のご主人様で、同時に信頼できる人なんだから。

 

「えっと、ごめん、気の所為だったらあれだけど──なにかあった?」

「なにか、とは?」

「練習とか、こう……RASの関係で」

「いいえ、特には」

「……そ、そっか。ならいいんだけど」

 

 だがその否定は確実な否定であり、練習とかRASの関係じゃないことがわかった。じゃあなんだろう、後は学校関連とか家関連とか? まぁすごく遠くから来てるからその移動の疲れとかも当然あるだろうし、こうやって年頃の中学生が毎度毎度週末に外泊しているという事実は親にとってあまりいいものじゃないだろうし。

 

「何か悩みがあるなら、そしてそれをチュチュさんに相談しにくいって言うなら、兄ちゃんとか……まぁ俺でもいいんじゃないかな?」

「……そうですね、そうします」

「うん」

「ですが、そこで真っ先にお兄様の名前が出てきて、まぁと自分が続くのはどうかと思いますが」

「え? なにが?」

「──パレオのことをそうやって気にかけてくれたのが、修斗さんだということです」

 

 ちょっとよくわかんないけど、俺には女子中学生の悩みなんて解決できるわけないし。そもそもパレオだって兄ちゃんの方がいいでしょ。そりゃ俺はパレオといる時間が兄ちゃんより長いから、気になることが多いだろうけどさ。

 だが、パレオにはそれが許せることではなかったようで、ついさっきまで「いつもスマイルが信条」と話していたパレオから笑顔が消えた。正直、パレオに多少下手なことやっても笑って流されそうだなと思っていただけに、それは驚きと衝撃を俺に与えた。

 

「……どうして、ですか」

「え……っと?」

「浩介さんは、きっと修斗さんにとって自慢の兄なのでしょう、頼りになるし、モテるし、楽器の腕は勝てない。自分が勝る部分などないと」

「う、うん……そこまで言ってないけど」

「私はそんなに……修斗さんのことを蔑ろにし、浩介さんに甘えてるように見えるんですか?」

 

 冷たい声、いやこのパレオのトーンを落とした声を俺はちょっとだけ知っていた。かつてつぐみが言っていたみたいに、パレオは他人との距離、パーソナルスペースのギリギリを見極めることが得意だ。それは、彼女がパーソナルスペースを自分で意図的に変えてる可能性があるからだ。いや、本当のパレオはもっとパーソナルスペースが広い人で、それを笑顔で覆い隠してるんじゃないかって。ふとした時に見せる、明るいパレオとは別のパレオこそが、彼女なんじゃないかって。

 

「……正直、期待してました」

「なにを」

「修斗さんが、気付いてくれるんじゃないかって。この胸につっかえた、黒いモヤモヤに、修斗さんが気付いてくれるかもしれないって」

「俺は……でも、気付いただけで」

「チュチュ様は──あの子は全然気付いてなんてくれない。私のこと、見ようともしませんでした」

 

 パレオの言葉に、俺は何も言えなかった。チュチュさんがパレオのことに気が付かないなんて、そんなことがあるんだと俺は衝撃を覚えていた、何があったんだろうか。気になってしまったけど、どうしたらいいのかわからずに無言でいるとパレオは急に俺に向かってとんでもない宣言をしてきた。

 

「……もう、パレオは反抗期になります」

「え……?」

「チュチュ様のことなんて知りません、もう浮気してやるんです」

 

 あれ、なんかさっきまでのシリアスみたいな雰囲気どこ行った? パレオは怒りとかその他諸々の感情を込めて、それを反抗期からやってくる浮気というとんでもない名称で自分のことを蔑ろにするチュチュ様に仕返しをしようとしていた。

 その内容とは、俺が首を捻るとパレオは本人なりに至って真剣な決意を秘めた顔をした。

 

「パレオ、今日から修斗さんのメイドになります!」

「ハウス」

「なぜですかっ」

 

 なんで拒絶されないと思ったのか問いたいんだけど。なぜですかじゃないよ。しかも俺のメイドさんになるって具体的に何をするのか教えてほしい。普段は実家で学校に通いながら色々使ってチュチュさんのマンションと往復して、週末になると遅くまで練習して俺んちの隣で寝泊まりをする。これから変更は? 

 

「う……ご主人様のお世話をします」

「下ネタは却下で」

「それは修斗さんの妄想力が逞しすぎると思います」

「……そうか」

 

 お世話ってあれね、家事とかしてくれるってことね。ただしあくまで兄ちゃんは忙しいこともあり巻き込むのも憚られるので俺が使ってるスタジオではメイドとして家事やその他活動の手伝いをする、ということらしい。

 ──あんまり変わんなくないそれ? 

 

「その件なのですが……正直、RASは少し活動から離れようと思っています」

「……どうして」

「それは、冒頭の通りです。チュチュ様に、パレオは必要ないかもしれないからです」

 

 チュチュさんにパレオが必要ないだなんてそんなことあるはずがない。そう思っていたけど、結成から二ヶ月で色んなことがあったらしい。パレオにもわかってることは少ないけれど、何かを焦っていること、RASの活動を最優先にさせたいがあまりにロックちゃんやマスキングさんのバイト活動などを制限しようとしていたらしい。

 

「そんなことしたら反発するに決まってる」

「はい……チュチュ様の心がどこにあるかわからず、パレオはそれに寄り添おうとしましたが」

「……拒絶されちゃったのか」

 

 頷くパレオは、泣いてしまいそうに見えた。敬愛する主人に「いらない」と言われたようなものだ。パレオの心をどれだけ傷つけたのだろう。世界で一番敬愛している人といえば兄ちゃんだけど、兄ちゃんに拒絶されたりするなんて可能性すらも考えたことのない俺には想像もできないけど。

 

「なので、チュチュ様のキーボードメイドであるパレオは、もうおしまいかもしれません」

「……パレオ」

「チュチュ様にいただいた名前も、もう……」

 

 ──この深い悲しみと切なさに対して俺は本当に何かしてあげられるんだろうか。何もしてあげられるとは到底思えなかった。だけど、パレオは俺に何かを期待しているように言葉と顔を向けてくる。メイドさんにはしてあげられないからね、それ以外に何かできることがあったらするけど。

 

「ならペットで」

「ハウス」

「今日からここがパレオ──私のおうちです!」

「待て、しれっと解決しようとするな」

「まず名付けてくださいご主人様」

「人の話を聴いてもらっていいかな?」

 

 そもそも、パレオだってそんな簡単にチュチュさんとチュチュさんにもらった名前を捨てたりなんてできないでしょう。捨てたりできないから、ここにやってきたんだし、俺にそのことを伝えたんでしょ?

 もう一回、ちゃんとチュチュさんと話し合っておいでよ。チュチュさんだって焦りとかで周囲が見えなくなってるだけで、パレオのことを大切に想ってるに決まってる。

 

「……私は、いりませんか」

「そういう話じゃなくて」

「お願いします……夏休み中だけでいいんです」

「パレオ」

「もう、パレオなんて必要ないんです。チュチュ様なら、私なんていなくてもいいキーボードを見つけることができますから」

 

 何言っても、パレオは絶対に首を縦には振ってくれなかった。一応、ロックちゃんやマスキングさんには連絡しておくとして、チュチュさんにも。翌日も、練習があっただろうにパレオはずっと家にいるつもりらしい。流石に俺一人じゃどうしていいのかわからないと、その夜に兄ちゃんと二人になったタイミングで相談した。

 ──だけど、兄ちゃんから放たれた言葉は予想もしないほど冷たいものに感じた。

 

「置いといてやれよ」

「そんな簡単に」

「簡単じゃねぇよ、でも、傍に置いといてやれ」

「……どうして、それじゃあチュチュさんが」

「あいつだって、この問題のデカさとかパレオがいなくなった意味がわかりゃ、勝手に向こうから訊ねてくる」

 

 あまりに素っ気なく冷たい態度を取った兄ちゃんに、俺は苛立ちを覚えた。チュチュさんにはかなり助けられただけに、それはいくらなんでも薄情すぎる。パレオがいなくなった時に問題が起こるならなおのこと、何かしてあげないと。

 

「首つっこむことじゃねぇよ」

「それまで放置しろって?」

「シュウ、勘違いしてるかもしれないけど。本質的に関係ないことだから」

「──そんなので、納得できるわけない!」

 

 俺は思わず叫んでいた。音楽でできた縁みたいなのを信じているからこそ、俺はチュチュさんにもパレオにも悲しんでほしくなかった。だから、自分にできることは何かあるかと相談したのに。

 ──だけど兄ちゃんは、俺の言葉に冷たい表情で、そうかよと一言だけ呟いてさっさと寝室に引きこもってしまった。

 

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