恋するバンドガールと見守るバンドマン   作:黒マメファナ

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②:LEONA

 兄ちゃんとケンカ? なのかよくわからないことになってしまって、俺はちょっと落ち込み気味だった。そんな時にこう早くから羽沢珈琲店に行ってしまうのは、誰に影響されたんだろうか。今はいないけど、きっとあの子もそういう気分なんだろう。

 つぐみのこと、ちょっと頼りにしすぎてるな、気をつけないと。

 

「そんなことないよ、もっと頼ってくれても大丈夫なくらい」

「それは、申し訳なくなっちゃうよ」

「大丈夫だよ! 結局、配信の時はあんまり力になってあげられなかったから」

「つぐみ」

「ちょっと待ってて、人来るまでお話しよ?」

 

 こういう時、つぐみの優しさは本当にありがたい。癒やされるというか、元気になれる感じがする。つぐみの厚意に甘えるのを申し訳ないと思いつつも、俺は紅茶の穏やかな香りとクッキーの塩気、なによりその笑顔にすっかり癒やされて色々としゃべってしまっていた。

 

「そっか、浩介さんがそんなこと」

「おかしくない? なんで放置していいみたいなこと」

「うん、おかしいけど、浩介さんも普段はすごく優しい人でしょ? 今でも時々相談に乗ってくれてるし」

「相談? つぐみが?」

「あ、うん……ちょっとね」

 

 まぁ色々とあるんだろう。元々、好きな人だった──正直なところ俺はまだこれが本当かどうか疑ってるけど、そんな兄ちゃんにしかできない相談をするつぐみだからこそわかる兄ちゃんの姿も確かにある。俺はあくまで家族としての兄ちゃんしか知らないから。もしかしたら、そこで食い違ってしまったのかも。

 

「わたしは、浩介さんはこれに関して冷たいんじゃなくて、口を出しちゃいけないって思ってるんじゃないかって思ってるんだ」

「口を……?」

「うん、時々あるでしょ? 当人同士で解決しなきゃいけないことって」

「ん……そう言われると、あるね」

 

 俺だって、直近だとましろがバンドで上手く行かずに逃げてしまった時に、具体的に解決しようとはしなかった。それは俺が何かをしてあげても意味がないから。今回は、そういうのじゃないと思っていたけど兄ちゃん的には、当人たちで解決する問題なんだと思ったってことなのかな。

 

「修斗くんは、構いすぎちゃうところあるから」

「そうかな」

「そうだよ、気づかない間にそうなってる」

 

 つぐみに言われてちょっぴり反省した。とりあえずパレオのことは放置、というと聞こえは悪いけど本人の好きなようにさせてあげるのがいいと結論に至った。そうしてその結論に至ってから談笑して、数秒後にとても恐ろしい事実に気付いてしまい震えた。

 

「それ……パレオのご主人様になれと」

「あ……えと──そうなっちゃう、かな?」

「なっちゃうかなじゃなくて、そうなるね」

「あはは……どうしようね?」

「正直なこと言っていいかな」

「どうぞ?」

「──パレオのこと、得意じゃないんだよね」

 

 苦手、という表現を使わなかったのはそれだけの理由があるけど、とにかくお隣さんで、キーボード担当としての能力の高さを買ってたからそういう意味で相談とかはしたけど、俺個人としてあの子とプライベートな関わりを持つのはちょっとなぁと考えてしまう。相手が女子中学生だからというのもある。ましろの件としても感謝してるし、尊敬はしてるけどパスパレの時の怖いなぁって思ったところとか、得意とは言えない、水と油のような混ざり合うことのない何かを感じていた。

 

「得意じゃない、かぁ」

「最初は距離がおかしいからなのかなと思ったけど、ひまりがいるからな」

「そうだね」

 

 ひまりはすごく異性という感覚が薄れてきてる気がする。ふとした時とかには女の子なんだなって思うひまりだけど、異性を意識するにはちょっと距離が近くて。でもひまりのことは得意じゃないとか苦手だとかいう意識はない。苦手だったらそもそも一緒にライブとか行かないけど。

 

「でも、パレオちゃんもよっぽど変なことはしないと思うよ」

「そうかな……?」

「だって、きっとパレオちゃんは修斗くんのこと、すごく信頼して、甘えたいって思ってるから」

 

 その言葉に俺は首を傾げる。ましろならわかるけど、甘えたいって。あのパレオが? とても信じられないような話だけどつぐみは真剣な顔で頷いていた。

 ──あくまで予想なんだけどねと一つ置いてからつぐみは続けて俺に向かって微笑みかけてきた。

 

「パレオちゃんのこと、もっとまっすぐ見てあげた方がいいと思う」

「……どういうこと?」

「本名と一緒で、わたしたちはパレオちゃんがどうしてパレオちゃんになったのか、知らないでしょ?」

 

 つぐみの言う通りだった。俺はパレオのことを得意じゃないなんて言ったけど、パレオがどうして「パレオ」なのか、どうして本名ではなくバンドネームでずっと通してしているのか、何故髪をツートンにするのか、何故、かわいいにこだわるのか、なんでチュチュさんがご主人様なのか、俺は知らないことだらけで、むしろ知りもしようとしてなかった。

 

「もちろんパレオちゃんが知られたくないなら無理に詮索しちゃだめだと思うけど……知ろうってしてあげることで、何か変わるんじゃないかな?」

「……そうなのかな」

「うん! それに──修斗くんは、そうやって色んな人を助けてあげられる人だって、わたしは知ってるから」

 

 知ろうとしてあげることで、色んな人を助けてあげられる。そんな褒め言葉にムズムズするけど、嫌な気分はしない。むしろ、誰かに言われることで少しパレオのことに関して知ってあげた方がいいんだという気持ちになれた。

 

「ありがとうつぐみ」

「どういたしまして」

 

 多分兄ちゃんも同じようなことを言いたかったのかな、首を突っ込むならそれだけの理由を知るべきだって。俺はパレオのことも、チュチュさんのことも、なんにも知ろうとせずになんとかしたいなんて思っていたから。俺は賑わい始めてきた羽沢珈琲店を後にして、とりあえず楽器を弾きながら考え事をする。だけどパレオやチュチュさんのことを、うまく訊き出す方法なんて思いつかない。

 

「うーん、何か魔法みたいな方法があればなぁ」

「なんのお話ですか?」

 

 演奏を止め、独り言とため息を吐き出したところで、突如話し掛けられたため驚き立ち上がってしまう。そこにはツートンカラーの髪をツインテールにして明るくかわいらしい表情と仕草で首を傾げるパレオがいた。

 

「い、いつの間に……」

「ああ、演奏に夢中で気付いていなかったんですね。素晴らしいことですが、でしたら鍵は締めておいたほうがいいと思います」

「あ、うん……ごめん」

「いえいえ、集中できているのはよいことですから」

 

 パレオは笑顔でそう言ってくれるが、少し元気がないように思えた。きっと本当にRASの練習には行ってないのだろう。チュチュさんを裏切っているという事実と、自分がバンドの輪を乱しているという事実が罪悪感となってパレオにのしかかっている。そして、軽率なことをした自分への後悔が感じられた。

 

「……パレオを、キミを待ってたんだ」

「私を、ですか?」

「今日さ、昨日のことちょっと考えてて」

「では、修斗さんの答えは……?」

 

 やっぱり、期待している。そしてなにより俺を頼りにしてくれているんだろうリアクションを彼女は取ってくれた。少し前のめりになり、拒絶される不安も当然抱えつつ、今の自分が抱え込んでしまっている複雑な感情の吐き出す場所を待っているみたいだった。

 

「まず、なんでチュチュさんをご主人様にしたの? 俺、その辺の事情は全然知らないからさ、ちょっと不思議に思ってたんだよね」

「……そう、ですよね。それを知らなければ、修斗さんは何もわからない状態ですよね」

「えっとね、もちろん教えたくないことならそれでいいんだけど」

「いえ……教えたくない、という程ではないんです。ただ……」

「ただ?」

「……少し待っていてください」

 

 そう言って彼女はツートンカラーを解いた。水色とピンクが解け、その下から同じくらいの長さの美しい黒髪が現れる。

 ──驚いた。いやもちろん普段の髪色がウィッグであることは知っていたけど、その下にある地毛を突然晒すとは思わなかった。それもまた、彼女の覚悟の現れなのかもしれない。

 

「これが……私です」

「なんというか……印象が違うね」

「まぁ、そうですよね。というか、パレオでなくなった私に、これは相応しくないのかもしれません」

「そんなこと」

 

 まるでスイッチが切り替わったかのように、かつてパレオと名乗っていつも明るくて笑顔だった彼女は──めちゃくちゃ素早い手付きで地毛をツインテールにしていく。鏡も見てないのにすごいですね、高さとかもすごくキレイでそこに目が行くので集中できないんですが。

 

「それで、えっと……キミは」

「レオナです」

「……え?」

「玲王那──鳰原(にゅうばら)令王那が私の名前です」

「そっか、じゃあ、令王那、ちゃん?」

「はい」

「何があったのか、訊いてもいい?」

 

 パレオ──令王那ちゃんは頷いておおまかな話を語ってくれた。自分が目指す「かわいい」とは裏腹に真面目な委員長で文武両道の姿が「カッコいい」と呼ばれることへのコンプレックスを抱いていた彼女はパスパレと出会うことでより強く、そして激しくかわいいへの憧れを抱くようになっていた。

 

「その表現を、キーボードで伝えようと思ったのがチュチュ様、いえ……()()に出会ったきっかけなんです」

「チュチュさんに」

「はい、あの子はかなり前から究極のガールズバンドに拘っていましたから」

 

 そのための第一歩として、そして第一号としてスカウトされたのが令王那ちゃんだった。そこでチュチュさんの言葉によって自分自身が新しく生まれ変わり、自らの姿で、音楽で究極の「かわいい」を目指すためにRASの一員として、そしてそんな筋道を立ててくれたチュチュさんへの忠誠を誓い、キーボードメイド、パレオが誕生した。

 

「パレオは何かを上から覆うもの、チュチュも、レイヤも、マスキングも、そしてロックも」

「RASはそこからの脱却、ってわけだね」

「ロックさんは、以前からそう呼ばれていたのをちゆがそのまま綴りだけ変えただけですけどね」

 

 俺はてっきり六花ちゃんのバンドネームでありあだ名の「ロック」ってロックンロール的な意味だと思ったけどチュチュさんは(ロック)の意味でバンドネームにしたんだ。

 ──そしてチュチュさんは彼女の姿を見て、パレオと名前を付けた。抑圧された自己を揶揄してるのか、詳しい事情は俺にはわからないけど。

 

「私は、ちゆに必要とされたかった。あの子のこと何も知らないクセに、ムシのいい話ですよね」

「知らない?」

「はい、多分、私も踏み込もうとはしなかったんです。かつては友達だと思っていたのに、当時から音楽に対して暗い気持ちを抱いてるちゆを、知っていたのに」

 

 結局、その事情を知ることはできず、焦りのあまりにパレオは拒絶されてしまった。だからこそパレオはそのことに悲しみ、チュチュさんの元には戻れなくなってしまった。

 自分は必要ないと感じてしまったから。

 

「でも、本当は戻りたいんでしょ?」

「……それは、いえ──もういいんです」

「パレオ」

「──パレオはもう、必要ありません」

 

 絶対に後悔する。このままだなんて間違ってる。そんなことを思うのは自由だ、俺だってそう思う。でも、そうやって言っていいのは、そうやって引き留めていいのはRASの仲間として一緒に音楽を紡いでいるあの人たちだけだ。外部の人間である俺が言ったところで甘ったるい正論以外の何者でもない。借り物の言葉でしかない。

 

「だったら、俺が必要だって言うよ」

「……修斗さん?」

「ご主人様にでもなんでもなるから、もうしばらく、ここで音楽を続けていてほしい……ダメかな?」

 

 ──兄ちゃんの言った通り、俺にできることは彼女を傍に置いてあげることだった。令王那ちゃんが俺に助けを求めている、頼りたい甘えたいと思っているってことは、彼女だって少なからず戻りたいって気持ちがあるってことで、そして戻ってきてほしいって思ってるのはチュチュさんや仲間たちも同じのはず。

 だったら俺にできるのは、その時まで彼女をチュチュさんたちと紡いだ音楽を途切れさせないことだ。

 

「ちょうど夏休みで手伝いほしいなって思ってたし」

「……いいんですか?」

「むしろ令王那ちゃんがいいなら……ううん、パレオにいてほしい」

「は、はいっ! 修斗さん、修斗様!」

「様はやめて」

「ご主人様!」

「話聴いてなかったもしかして?」

「妄想が現実になってちょっとドキドキしてます……優しくしていただけると助かります」

「やっぱハウス」

「もうリコールはできません!」

 

 ということでチュチュさんちから脱走してきたパレオをちょっとの間預かるようになりました。後はこの大型の忠犬を明らかに犬とか苦手そうな妹とどう折り合いをつけさせるかってところが心配の種だ。まぁパレオはいい子だし、きっとましろも人見知り程度で済むだろう。いざとなれば兄ちゃんも発動させればいいや。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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