恋するバンドガールと見守るバンドマン   作:黒マメファナ

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③:MAID

 紆余曲折はあったものの、パレオが俺の手伝いを積極的にしてくれるようになった。まさしくメイド然として傍に立っていたり、身の回りのことをやってくれたり、今まで築いてきた関係とはちょっと違うけれどまた再び彼女の表情に笑顔が戻ってきたのは確実なことだった。

 

「修斗様、おはようございます」

「……毎朝、起こしにこなくていいんだけど」

「そういうわけには参りません! 朝ごはんもご用意しておりますよ〜」

 

 そして恥ずかしい話が、ちょうど兄ちゃんが忙しく、遠方で泊まりがけのお仕事になることも重なって、ここ数日間女子中学生のパレオのお世話になりっぱなしというところだった。普段はもっとまともだし、こんな風に家事とかやってもらわなくたってなんとかなるんだよ。ただパレオがそれ以上にお世話を焼いてくれるってだけで。

 

「ご主人様の快適な活動のためですので、どうか気になさらず」

「気になるって、というかご主人様はやめてよ。前と一緒でいいってば」

「そういうわけにはいきませんよ、なにせ現在のパレオのご主人様は修斗様ですから」

 

 ってな具合で俺は彼女のご主人様になってしまっていた。リコールはもう利かないなんて、詐欺みたいな話だ。俺は抗議したい気持ちでいっぱいだが、この生活、少し気持ちよくなり始めてしまっている自分がいるのが一番、どうしようもないところだ。なんせこのメイド風のパレオ、家事完璧なんだから。

 

「……堕ちたね、シュウさんも」

「なにその言い方」

「年下の女の子侍らせて、ご主人様って呼ばれて鼻の下伸ばしてるから」

「伸ばしてないし」

「お兄ちゃんもお兄ちゃんだよ、置いといてあげればいい、ってなに。やっぱり女の子にお世話されるのがいいの?」

 

 ──と、この現状に関して妹気取りのましろさんはちょっと不機嫌そうだった。まぁ妹名乗っといて兄ちゃんに女の顔するようなやつだから、そんな兄ちゃんの家に他の女が我が物顔で出入りしてるのが許せないって感じなんだろう。パレオがいないからってそんな裏の顔みたいなことしなくていいから。

 

「兄ちゃんいなくて寂しいのはよくわかるから、あんまり怒らないであげて」

「別に、お兄ちゃんは……そりゃいないのは寂しいけど、私的にはシュウさんだよ」

「俺?」

「ロリコンなんだもん」

「違うけど」

「夜のお世話とかしてるんでしょ、どうせ」

「俺をなんだと思ってるのかなましろは」

 

 中学生だけじゃなくて誰かにやらせてるってだけで大問題ですけどそれ。いやパレオはそんなような妄想もしてるみたいな話をしてたけど俺は関与してない。

 というか俺のことをケダモノかなにかだと思ってるんだなましろって。

 

「まぁいいや──でね、次の曲なんだけどさ」

「うん、これ難しくない?」

「でも、これ好きだから──頑張りたい」

「わかった」

 

 ましろもどんどん前向きに歌いたい曲を出してくれる。俺はそれに応えるために演奏技術を上げていける。俺の趣味に偏らずにましろの好みの曲をレパートリーに増やすことで守備範囲も広がってる感覚があるし、やっぱりましろをボーカルに選んで正解だったな。

 

「修斗様、ましろさん、そろそろご飯にしましょう」

「パレオ、ありがとう」

「今日はオムライスを作りましたから、ましろさんの好きなビーフシチューのソースですよ〜♡」

「え……はっ、わ、私はまだシュウさんのメイドさんだって認めないから……っ!」

 

 もうそんな時間かと俺は隣の自分の家に移動する。差し出されたビーフシチューのオムライスは絶品で、同年代くらいの手料理を食べたことあるメンバーの中でトップクラスにおいしいと思えた。今まで不動のトップはつぐみだったからな。つぐみは夏休み前はちょいちょい料理を作ってくれて、ましろも打ち解け始めていたけど夏休み入ってからはバンドと生徒会もあって忙しいそうだ。

 

「ん〜♡ なにこれ、おいし〜! すごい!」

「ましろさんの胃袋を掴むため、研鑽を重ねました♪」

「いいなぁ、私毎日ここでご飯食べたいなぁ」

「ましろは偏食だからパレオは厳しいぞ」

「いえいえ、チュチュ様に比べれば──」

 

 あ、地雷踏んだ。そう、こんな風に表面上はすっかり元のパレオだが、未だにRASのキーボードメイドとしてのパレオは休止中だった。あの後すぐ、こっちにマスキングさんとロックちゃんが来てくれたけど、パレオは首を縦には振らなかった。それだけ、チュチュさんに裏切られたって気持ちが強いんだということだ。

 

「あのさ、えっとパレオさん?」

「はい」

「私も、一回逃げちゃってさ、気まずくなって蹲ってたことあるから、気持ちはわかるよ」

 

 そうだったな、ましろも自分が平凡であることに耐えきれなくなって逃げ出していた。だからパレオの戻りたくない、戻れないって気持ちはきっと俺なんかよりもよっぽどよくわかると思う。理由は違えど、ましろの言葉は連れ戻しにきた二人よりも、きっと心に響くだろう。

 

「シュウさんは甘いし、優しいってよりは何かしてくれるわけじゃなくて、でも気持ちを知って傍に置いてくれる。それに甘えちゃう気持ちはよくわかるけど」

「はい」

「……シュウさんはね、休憩所みたいな感じがちょうどいいよ」

 

 なんだよ休憩所って。ツッコミが喉から出そうになったけどすんでのところで留まった。そしてなんとか言いたいことを納得することができた。

 永住じゃなくて、ちょっと疲れたら休んでいくみたいな感覚ってことか。雨宿りをして、また雨が上がったら進んでいくその途中みたいな感覚でってことね。

 

「ましろさんの言葉、受け止めました」

「あ……なんか偉そうに言ってごめんね?」

「いえ、パレオは少し甘えすぎているのだと気づけましたので」

「でも、甘えたいならそうしていいと思うよ! シュウさんは割と甘いから」

「ましろさてはキミ、普段から俺のことチョロいと思ってるな?」

「違うの?」

 

 恐ろしいことに違わないんだよな。本当に恐ろしいことだけど、ましろに対しての一連の行動で俺が実はチョロいのではという自覚は持ってるからいいんだけどさ、いやよくはない。客観的に突きつけられるのは正直言って心が苦しいから。

 ──そんな晩ごはんを終えた後はいつものようにましろを送っていく。

 

「それじゃあね、シュウさんも帰り気をつけてね」

「うん、じゃあまた」

「あ、そうだ」

「なに?」

「パレオさんにあんまり入れ込み過ぎたら、他の女の子たちに怒られちゃうからね」

「……え? あ、うん……気をつける」

 

 他の女の子、つぐみやひまりのことだろうか。つぐみには相談したけど、ひまりにはなんにも言ってないからな、また頬を膨らませてくるかもしれない。花音さんにはちょっと話しただけだし。

 でも、怒るってほどじゃないと思うんだけどな。そう言うとましろはちょっと呆れ顔をして去っていった。

 

「なんなんだ……」

 

 ましろの表情の意味をその場に留まって考えても仕方ないため、帰るとパレオが笑顔で出迎えてくれた。兄ちゃんがいないと、独りぼっちになるはずの家にパレオの元気な声は少しほっとする。

 

「おかえりなさいませ、修斗様!」

「ただいま」

「本日もお疲れ様でした」

 

 パレオはいつものパレオで、でもやっぱりちょっと無理してるような感じもある。ましろが言ったことを少し気にしているのかもしれない。こういう時に兄ちゃんがいたらな──ってまた頼りそうになってる。

 これは、この件はパレオが()を頼ってきたんだ。安易に兄ちゃん頼りで物事を進めるのは相談してくれたパレオにとってもよくないことだ。

 

「よし」

「どうかされましたか?」

「しばらくこっちで寝泊まりしていいよ」

「……こっち、とは?」

「この部屋、いちいち帰るのも面倒でしょ?」

 

 多分だけど、話を訊いた感じだとパレオは自分が必要とされたいという欲求が強い感じがするんだよね。だからただ前の関係じゃなくて俺が「ご主人様」である必要があって──つまりは俺はチュチュさんに求めていたもののぶつける先みたいなものってことだ。だったら、俺に対して不満を出せばいい。サンドバッグくらいなら俺にだってなれるから。

 

「つまりは夜のお世話を……」

「違うよ? パレオ、まだなんか我慢してることがある気がしてさ」

「……それは」

 

 なんだかんだでパレオって俺に対して遠慮してる気がするんだよね。それまでは俺が別にご主人様にならなくても、みたいな中途半端な気持ちだったら気づけなかったけど、ご主人様である必要がどうしてもあるっていうんなら話は変わってくる。そのヒントはましろが言っていたことだった。

 

「パレオ」

「あ……」

「今日もありがとうね」

「……はい、修斗様」

 

 頭を撫でる。この行動が正解かどうかはわからないけど、パレオが欲しいものという意味では合っていたように思えた。これがきっかけで何が変わるのかなんて俺は予想していなかったけど、少なくとも、パレオが自分がどうしてチュチュさんのことを支えたいと思ったのか、ちゃんと思い出せるといいなというつもりで手を差し出したのだった。

 

「あの、もう少し」

「ん?」

「もう少し……甘えてしまっても、いいのでしょうか?」

「うん」

 

 頷くとパレオは俺の肩に頭を乗せてきた。驚きつつもゆっくり撫でてあげると気持ちいいのか嬉しいのかちょっとだけ息を吐いた。この瞬間に、パレオのご主人様として慕う印象がメイドから大型犬にクラスチェンジをしてしまった。そしてなによりめちゃくちゃ懐かれてしまっているようで、中々離れようとしなかった。

 

「修斗様」

「どうしたの?」

「パレオは……本当は、とても甘えたがりなのかもしれません」

「そうかもね」

「それでも……いいですか?」

 

 いいですか、もなにも。俺はどっちかというとチョロいし甘やかす方が得意なところあるし。ああでも、一応俺も男で、パレオは女の子だからなるべく身体的接触の多い甘え方は避けてほしいかもしれない。現状の肩に顔を埋められるでマジで限界なところがある。後、頭を撫でるとかそういう感じ。

 

「できれば寝る時も抱きしめて寝てほしいくらいですが」

「ハードル高いなおい」

「修斗様がダメとおっしゃるなら、パレオは賢いので、我慢致します」

「わ、ちょっとパレオ」

「膝枕は、許していただけますよね?」

「……まぁ、それくらいなら」

 

 この日からパレオはメイドとしてではなく、主にふたりきりの時には大型犬のように甘えてくるようになった。あんまりパレオに入れ込みすぎると云々と言っていたましろはこれを予知していたフシがある。さすが自分も筋金入りの甘えん坊である。普段は人見知りを発動するが、俺相手の時は本当にわがままを言い出すんだから。

 

「修斗様、ましろさんをあんまり妹だからと甘やかしすぎると、他の子に怒られますよ?」

「……それ、なんかどっかで聴いたセリフだよ」

「既に忠告されていたことでしたら、差し出がましいことをしました」

「いや、うん……気をつけるよ」

「ああいえ、多分手遅れなところもあるかと思われますが」

 

 そして挙げ句はパレオにまでこの言われようだった。俺ってそんなに他の女の子に怒られる要素持ってるってことなのか? 疑問に思いつつもましろならまだしも、特にパレオは無意味なことを言わないという信頼があったため肝に銘じておくことにする。そういえば今度ひまりの推しのベーシストがいるアマチュアバンドのライブに誘われてて、保留にしてたけどそういうことなら行こうかな。

 

 

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